第129話「ユウキの帰還と、由緒正しいおまじない」
──ユウキ視点──
皇女ナイラーラの『
俺は、国境から少し離れたところにある町にやってきた。
国境で別れたアイリスとは、この町で合流することになっている。
急いできたつもりだったけど、すっかり遅くなってしまった。
日は暮れて、時刻はもう夜。
アイリスはもう眠ってる時間だ。
俺は国境を離れるとき、王都に伝令に行くと言って出てきた。
だけど結局、俺は王都には行かなかった。
アイリスが心配で、放っておけなかったからだ。
今のアイリスは王女だから、前世で村娘アリスだったときよりも、かなり落ち着いてる。
そのアイリスが不安定になってるのを見ると──どうも、落ち着かないんだ。
だから俺は、王都にコウモリを送って、書状だけを届けることにした。
宛先はオデットにしておいた。彼女なら、話を合わせてくれるはずだ。
その後は『黒王騎』をまとって、町の近くまでやって来た。
町の城壁がぎりぎり見えるところで『黒王騎』を脱いで、収納魔術で隠した。
そうして、町に入ることにしたのだった。
「アイリス殿下の護衛騎士、ユウキ=グロッサリア。ただいま戻りました」
俺は宿舎を警護する兵士に向かって、告げた。
「残念ながら王都にたどりつくことはできず、書状を使い魔を通して送るのみとなりました。お許し下さい」
「おお。ユウキ=グロッサリアどの!」
宿舎の隣の建物から、若い兵士が走り出てきた。
ロッゾ=バーンズさんの部下だ。
「心配しておりました。ご無事でなによりです!」
「遅くなって申し訳ありません。国境の方は大丈夫ですか?」
「われらが隊長が守っております。問題はございませんよ」
「わかりました。では、ロッゾ=バーンズさまに報告をお願いします。国境より送り出された伝令の方が……街道の脇の草原で、倒れておりました。その方は自分が近くの町まで運び、町の衛兵に保護していただいております」
「なんと!??」
兵士さんが目を見開く。
俺は報告を続ける。
ロッゾ=バーンズさんが送り出した伝令兵が、10数人の騎士に襲われたらしいこと。
その伝令兵が、騎士たちが王都を目指していると教えてくれたこと。
それを俺が保護して (もちろん俺が『
王都への伝令は町の兵士に任せて、俺がアイリス殿下のところへ戻ってきたこと。
念のため、王都へ事情を知らせるために、使い魔のコウモリを飛ばしたこと。
宛先は、親友で公爵令嬢のオデット=スレイ。
彼女から『魔術ギルド』に情報を伝えてくれるように頼んだこと──
──以上。
ほとんどが事実だ。
俺が敵の『王騎』を倒したことを除けば、嘘はついていない。
「……そんなことがあったとは」
兵士は、ぎりり、と唇をかみしめた。
「承知しました。すぐにロッゾ=バーンズ隊長にも知らせましょう」
「お願いします」
「それから、これは隊長からの依頼なのですが……護衛騎士ユウキさまは、戻り次第、アイリス殿下についていてくださるようにとのことです。殿下を安心させるためにも」
「わかりました。殿下になにかあったのですか?」
「これは隊長と、側付きのメイドが言っていたことなのですが……」
ロッゾ=バーンズさんの部下は、声をひそめた。
「『聖域教会』の
「……え?」
「殿下はまだお若い少女でいらっしゃいます。王族の役目とはいえ、あのようなものと言葉を交わせば、お心が休まらないのは無理はないでしょう。どうか、ユウキどのが殿下を安心させて差し上げてください」
「わかりました」
それから俺は、アイリスの宿舎の場所を教えてもらった。
彼女を護衛する一行は、この町の宿を借り上げたらしい。俺の宿も手配されていた。助かる。
でも、アイリス……眠れないのか。
やっぱり、戻ってきてよかった。
あいつは大事な、俺の家族だ。
それに、俺と違って不死じゃない。
アイリス──アリスがが熱を出して苦しそうにしてるのは、死紋病のときに見てるけど──あんな思いはこりごりなんだよ……。
そんなことを考えながら、俺はアイリスの部屋をめざしたのだった。
「遅い時間に申し訳ありません。護衛騎士ユウキ=グロッサリア。帰還いたしました。アイリス殿下にお取り次ぎをお願いいたします」
アイリスの部屋の前で、俺は言った。
世話係のメイドは首を横に振って、
「申し訳ございませんユウキさま。アイリス殿下はもうお休みになっていらっしゃいます」
「そうですか」
「殿下は最近、よく眠れていらっしゃらないようなのです。ですから、貴重な睡眠をさまたげるようなことは──」
「──お待ちなさい」
不意に、部屋の中からアイリスの声がした。
「で、殿下。お休みになられたのでは……?」
「──ユウキ=グロッサリアさまを、部屋に通してください」
「し、しかし。もうこんな時間です。旅先でお疲れでもありましょう。殿下はゆっくりと眠られた方が」
「──私は王家の者としてここに来ております」
扉の向こうで静かに、アイリスは言った。
「国の大事を語るのに、時間など気にしてはいられません。私のユウキさま──いえ、私の護衛騎士ユウキ=グロッサリアさまは長旅をされて、貴重な情報を持ち帰ってくださったのです。それをうかがうのは、王女としての義務です」
「……殿下。なんとご立派な」
メイドの女性は感動に震えながら、閉じた扉の前で深々と頭を下げている。
「承知いたしました。そういうことでしたら──どうぞ。ユウキ=グロッサリアさま」
「恐れ入ります」
俺は扉の前に移動する。
メイドの女性が扉に手を掛けると、ふたたび声がした。
「ここからは国の大事について話し合う場となります。申し訳ありませんが、ユウキさま以外の方は席を外してください」
「は、はい」
「それではユウキさま、どうぞ──」
アイリスの言葉を聞いて、メイドと、廊下に控えていた護衛の兵士たちが去って行く。
それを確認して、俺はアイリスの部屋に入った。
「──マイロード」
「話はあとだ。まず寝ろ」
俺は寝間着姿のアイリスの横を通り過ぎた。
そのままベッドに近づき、ぐしゃぐしゃになったシーツを直す。
続いて、なぜか床に落っこちてた枕をベッドに戻し、毛布を整える。
そうして改めてアイリスの方を見ると──やっぱり、目にくまができている。
声を聞いたらわかった。こいつ、本当に寝てない。
前世からのつきあいだからな。
声を聞けば体調くらいはわかる。
それくらいできないと、村の守り神はつとまらないんだ。
「……マ、マイロード」
「悪い。お前の体調のことを、もっと考えてやるべきだった。捕虜と話したあと、お前が眠れなくなることくらい、気づくべきだったんだ」
国境で敵の捕虜と話したときから、アイリスは不安定になってた。
相手が聖域教会の残党だったからだ。
それで、昔のことを思い出したんだろう。
本当はついててやるべきだったけど、俺は敵の『
それでも、早く帰ってこられたのはオデットのおかげだ。
彼女が『
彼女がいたから、アイリスの睡眠不足も最低限で済んだんだ。
本当に、感謝しないとな。
「マイロードは……どうして私が眠れなくなったのか、わかるんですか?」
「『聖域教会』の残党と話をして、昔のことを思い出した。その後に俺が王都に出発したから、前世の俺──ディーン=ノスフェラトゥが死んだときのことを思い出した。それを夢に見て、眠るのが怖くなった。違うか?」
「……違いません」
アイリスは俺を見て、照れたように笑った。
「やっぱり……私のマイロードはすごいです」
「俺は無事に戻ってきた。怪我もしてない。だから安心して寝ろ」
「は、はい……わわっ」
アイリスは声をあげる。
俺が寝間着姿の彼女を抱き上げたからだ。
そのまま俺はアイリスをベッドに移動させる。
身体に毛布をかけてから、両肩と額に軽く触れる。これは『フィーラ村』時代の、よく眠れるようにというおまじないだ。
──『フィーラ』には不死の魔術師がいる。
──夢の中だって、悪いものは子どもたちに近づけない。
──その守り神が、悪夢を払うおまじないをしてあげたんだから、安心して眠りなさい。
実に150年の伝統がある『おやすみなさい』のおまじないで、効果は保証付きだ。
「マ、マイロード。私、たくさん話したいことがあるんですよ……?」
「それはあとだ。元『村の守り神』として、体調不良の村人を放っておくわけにはいかないんだ」
「……もう」
「問題は解決した。起きたら全部話してやるよ。今はゆっくり眠ってくれ」
「……ずるいです、マイロード」
ベッドに横たわるアイリスの目が、ゆっくりと閉じていく。
「……私が……マイロードのおまじないに抵抗できるわけないじゃないですか」
「ああ。抵抗は無駄だ。俺は近くにいるから、安心して休め」
「はい。でも……残念でもあります。本当は私も、マイロードと一緒に戦いたかったのに……」
毛布をぎゅ、と握りしめて、アイリスは言った。
「私……なんで王女に転生したのかな。普通の村娘だったら、また、マイロードに魔術を教えてもらって……隣で一緒に戦うことができたのに……」
「あぶなっかしいから駄目」
「そんなぁ」
「だってお前、なにするかわからないし。側で見てるこっちの身にもなってくれ。俺としちゃ、お前が王女で助かってるんだ。まわりに護衛がいるから、目を離しても大丈夫だからな」
「いいことを考えました。私が『
アイリスは不意に目を開けて、言った。
でも眠気に耐えられなかったのか、すぐに、とろん、と目を閉じる。
「わ、私が……そうですね。『
「……確かに」
そういえばオデットが『霊王騎』を使っていることは、アイリスには伝えてなかったな。
忙しくて、こっちに連絡用のコウモリを飛ばす暇がなかったんだよな……。
オデットが『霊王騎』を使っていることを知ったら──アイリスは自分も『
「……逆に心配になるけどな。それだと」
今回の戦いで、オデットは『聖王騎』に追い詰められてた。
ぎりぎりで救援が間に合ったけど、かなり危険だった。
本当はアイリスはもちろん、オデットにも、あんまり危ないことはして欲しくないんだ。
「しばらくは『
「……はい」
「俺もアイリスも、王都でのんびりと生活ができるはずだ。事件は、片付いたんだから」
「…………わかり、ました。マイロード」
「まぁ『王騎』には、離れていても俺の『黒王騎』と話ができる機能があるからな。アイリスが『王騎』をまとえば、いつでも話ができるようになる。それは便利だとは思うんだが──」
「え!? ちょっと待ってくださいマイロード。それを詳しく──」
「はいはい。それは後でな。寝ろ」
俺は再びアイリスの両肩と額を、つん、とつついた。
「……ひ、ひどいですマイロード。『フィーラ村』の者は、マイロードの『おやすみなさい』のおまじないには抵抗できないのに…………」
アイリスは小声で抗議していたけれど──やがて、静かに寝息を立て始めた。
俺はアイリスが完全に
廊下の奥に控えていたメイドの女性には、アイリス殿下は話の最中で眠ってしまった、と伝えた。
「やはり、護衛騎士の方がおそばにいると、殿下も安心されるのですね……」
「ユウキ=グロッサリアどのは、殿下に信頼されているのですな」
メイドの女性も護衛の兵士も感心したようにつぶやいていたけど、俺は、実はそれどころじゃなかった。
実は……めっちゃ眠かったのだ。
アイリスのことが気になって、眠らずにここまで来たからだ。
ユウキ=グロッサリアは、まだ13歳。
成長途中の身体に、徹夜での強行軍はきつすぎたんだ……。
「──悪い。コウモリ軍団。俺が寝ている間、町の警備を頼む」
「「「しょうちしましたー!」」」
宿舎を出た俺はコウモリたちに指示を出してから、自分の宿舎へ。
まわりに人がいないのを確認して、『飛行』スキルで、窓から部屋へ。
そのまま朝まで、夢も見ずに眠ったのだった。
──────────────────
お知らせです。
「辺境ぐらしの魔王」のコミカライズがスタートしました!
「コミックウォーカー」と「ニコニコ静画」で連載中です。ただいま、第1話が掲載されています。ユウキの前世、ディーンとライルのお話です。
最新話は無料で読めますので、ぜひ、読んでみてください!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます