第128話「オデット、友人のことを自慢する」

 ──オデット視点──





 戦いが終わり、オデットたちが王都に戻ると──


「いえ、カイン殿下は国境巡回のいため、南の国境地帯にいらっしゃいます。南に領土を持つ伯爵はくしゃくさまと、自分と、兵士や魔術師たちが証人です」

「──は?」


 ──カイン王子が王都に送った使者と、でくわした。

 使者はC級魔術師のデメテルだった。


 デメテルを見た老ザメルは鼻息荒く「カイン王子が黒い王騎の使い手だったのか?」と、問いただした。

 その後、老ザメルと仲間の魔術師は、今回の事件と『黒い王騎』について説明した。

 すると、デメテルはあっさりと



「魔術師としての名誉にかけて証言いたします。カイン殿下は南の国境にいらっしゃいます」



 と宣言したのだった。




 しばらく、沈黙があった。 

 老ザメルと他の魔術師たちは、ぽかん、と口を開けていた。

 魂が抜けたような顔だった。

 それを見たC級魔術師デメテルは、あきれたように、


「そもそも、どうやって『王騎ロード』を国境から王都近くまで運べるのですか。え? 飛んで行く? 

 あの……『王騎』が魔力をバカいすることは、ザメルさまもご存じですよね。不可能です。カイン殿下にも自分にも無理です。

 はぁ、ザメルさまたちは黒い『王騎』に助けられ……本人と話をした。で、その本人はなんと言ってました? 『自分はカイン王子ではない』と言っていた……ならば別人に違いないのでは?」


 よどみない彼女の言葉に、老ザメルたちはうなずくしかなかった。


「……た、たしかに。だが、しかし……あれほどのものを扱えるのは……」

「あれが最初に確認されたのは北の『トーリアス領』ですよね? そのとき、カイン殿下は王宮にいらっしゃいました。自分も一緒でした。記録も残っていると思いますが」

「あ……」

「ザメルさまも皆様方も、冷静になってください」


 C級魔術師デメテルは、ため息をついた。


「ザメルさまは、最近は研究ばかりで、ダンジョンでの戦闘経験もございませんでしょう? もしかして、すぐ近くで『王騎ロード』同士の戦闘を見て、気持ちがたかぶってしまったのでは? いわゆる町の言葉で『ハイになった』というものですが。それで、変な思い込みをしてしまったのではないですか?」

「……う、うぅ」

「それで、黒い『王騎』の持ち主と話をされたのですよね? 彼から、なにか証言は得られましたか? え……カイン殿下だと思い込んでいたから、そのまま見送った…………はぁ」


(……まぁ、そうなりますわよね)


 オデットは苦笑しながら、そのやりとりを見つめていた。


 老ザメルと魔術師たちは、がっくりと肩を落としている。

 C級魔術師のデメテルは、あきれたように空をあおいでいる。


 ユウキは結局、カイン王子のふりをしなかった。老ザメルが勝手に勘違いをする分には問題はないのだが、きちんと『カインじゃないよ』と言ったのだ。

 オデットの忠告を、ちゃんと受け止めてくれたらしい。

 それはとても好ましく思う。


 だが、戦闘でハイになった老ザメルたちは『王騎』の主をカインだと思い込んでしまった。

 話を聞くべきところを『カイン王子ならいつでも話を聞けるはず』と考えて、立ち去る『黒王騎』をそのまま見送ってしまったのだ。しかも、手まで振っていた。


 そして今、デメテルの指摘で、自分のミスに気づいた老ザメルと魔術師たちは、絶望に身を震わせている。


『黒い王騎』は、王国の味方であり、強力な力を持つ存在だ。

 その正体を知る機会を、あっさりと見逃してしまったのだから。


 座り込んで頭を抱える老ザメルたちのことは、オデットも気の毒に思う。

 でも思わず、安心した笑みを浮かべそうになる。

 老ザメルのミスのおかげで、ユウキの正体がばれずに済んだのだから。


「あなたも大変だったようですね。オデット=スレイ」


 しばらくして、C級魔術師デメテルが、オデットの前にやってきた。


「『霊王ロード=オブ=ファントム』の実験と、レプリカ・ロードを相手の実戦。ダメージは受けたとはいえ、最終的にあなたは敵を撃退したのだ。ほこりに思いなさい」

「はい。デメテルさま」


 真にほこるべき方は他にいますわ──喉まで出かかった言葉を、オデットは飲み込んだ。

 本当は、大切な友人である──あの人をほこりたい。

 自分よりすごい人は他にいて、その人は、200年前から人を守り続けて、今も人に慕われ続けている──って、自慢したい。

 けれど、それはできない。ユウキもそれを望んではいない。


(いつか、心置きなく、ユウキの話をするときが来るのでしょうか)


 それはきっと、ずっと未来の話。

聖域教会せいいききょうかい』が本当に消えて、帝国の脅威きょういもなくなった頃のことだろう。


 その頃には、ユウキもアイリスも、マーサさえ、人の世界からは姿を消しているかもしれない。

『グレイル商会』のローデリアは……たぶん、彼らとこっそり連絡を取り合うだろう。

 レミーは、もちろんついていく。

 コウモリ軍団も一緒だ。彼らは、人の世界との連絡役として働くのだろう。


(……わたくしは、そのとき……どこにいるのでしょう)


 オデットにはわからない。

 わかるような気がするけれど、それを認めてしまうのが怖かった。


 ずっとあこがれ続けてきた魔術師としての立場。

 公爵家こうしゃくけ令嬢れいじょうとしての地位。

 この世界に生きる女の子としての、人間関係。

 それらをすべて投げ出して──あの人たちについていけるのか──どうか。


(……怖い、ですわね)


 なにがだろう?

 今までつちかってきた、人の世界での関係性を捨てること?

 それとも……大切な人たちに、置いていかれること?


(わかりませんわ。わたくしには、まだ……決められません……)


 だから、オデットはユウキの正体がばれなかったことに、ほっとしている。

 まだ、あの人と、この世界で一緒にいられる。それがわかったから。


 まぁ……『黒王ロード=オブ=ノワール』の主がカイン王子だと勘違かんちがいされたことには、ちょっとむっとしている。オデットを守って、『聖王騎』に完全勝利したのは彼女のユウキなのだ。

 そのことを誰かに伝えたい。自慢したい。

 それができないのが……もどかしかった。


「デメテル=スプリンガルさま」


 だからオデットは、別の話をすることにした。


「『霊王騎』を傷つけてしまったこと、お詫びいたします。あれはデメテルさまが最初に起動実験を行った『王騎ロード』ですのに」

「気にすることはないよ。あれは、自分にはあつかえなかったのだから」


 デメテルは遠い目をして、そう言った。


「むしろ、君があれを使って戦えたことにおどろいている。その功績こうせきは、きちんと記録させてもらう。間違いなく老ザメルとカイン殿下より、C級魔術師に推薦すいせんされるだろう。心の準備をしておきたまえ」

「ありがとうございます。デメテルさま」

「……君はやはり大物のようだな」

「え?」

「自分はC級魔術師になれるとわかったとき、飛び上がって喜んだものだよ。なのに君はとても落ち着いている。やはり能力のある者は違うのだな」

「や、やめてくださいませ。デメテルさま」


 本当に、やめて欲しい。

 気づかないようにしていた想いに、気づかせないでほしい。

 C級魔術師になれるとわかっても──少しも心が動かないって、わかってしまったら──


 その地位をいつでも捨てられるということに、気づいてしまう。

 本当に彼女自身が望む道が、わかってしまうから。


(……今はまだ、いいのです)


 オデットは心のなかでつぶやいて、深呼吸。

 改めて、C級魔術師デメテルに向き直る。


「わたくしの立場でおうかがいしていいのか、迷ったのですが……」

「なにかな?」

「今回、レプリカ・ロードで国内に侵入した者たちと、帝国の第4皇女は、どうなるのでしょう?」

「彼らはすでに、王国の兵士によって拘束こうそくされたのだろう?」

「それは……そうなのですが」


 戦闘のあと、老ザメルたちは兵士を呼び集めるための魔術を打ち上げた。

 兵士たちはすぐにやってきて、レプリカ・ロードをまとった敵兵たちと、帝国の第4皇女ナイラーラ=ガイウルを拘束こうそくした。彼らは魔術が使えないように手足をしばられ、口には猿ぐつわをされた状態で、王都へと運ばれていった。


 あとは王国が彼らをどうするかを決めることになる。

 ここから先は、オデットが介入できることではない。

 だけど、ユウキやアイリスのためにも、情報を手に入れておきたかった。


「自分にもわからない。だが、聞いた話では、皇女は素直に質問に答えているそうだよ」

「……そのようですわね」

「奇妙なことだ。他国に侵入してくるほど恐れを知らない者──しかも皇族であれば、捕らえられた直後に自害してもおかしくはない。だが、帝国の皇女はおびえた様子で、ひとつひとつ質問に答えている。自分も、話を聞いておどろいたよ」


 C級魔術師デメテルは、不思議そうに首をかしげた。


「カイン殿下の使者として、王都の様子を見に来たら、いきなり大事件だ。まったく、C級魔術師になって、これほど事件が多い年ははじめてだ」

「お気持ち、お察しいたしますわ」

「それに、これほど優秀な新人が多い年も初めてだよ」

「デメテルさま?」

「君たちの世代は、いずれ『魔術ギルド』を変えるかもしれない。自分としてはうらやましい限りだ。カイン殿下の関心が、君たちに向いていることもね……っと、しゃべりすぎたか」

「い、いえ。デメテルさまとお話ができてうれしいです」

「自分も、優秀な後輩と話せて楽しかったよ」


 オデットとデメテルはうなずいた。

 それで、話は終わりとなった。

 デメテルはこれからカイン王子の名代として、王宮に報告に向かうことになる。

『魔術ギルド』には、その前に立ち寄っただけらしい。

 そこで老ザメルに「デメテルどの! カイン殿下は極秘に自分の『王騎』を!」──と、突っかかられて足止めを食ったのだ。突っかかった本人──老ザメルとその仲間たちは、反省しているようすだったが。


「それでは、自分はこれで失礼します」


 デメテルは老ザメルにあいさつをしてから、王宮に向かって歩き出した。


「ザメルさま。わたくしに出来ることはございますか?」

「……いや、スレイ家のご令嬢れいじょう……君はもう、十分に働いてくれた」


 老ザメルは力なく、首を横に振った。


『霊王騎』は馬車に乗せて、ギルドまで運んできた。

 今はもう、ギルドの倉庫に収められているはずだ。

 レプリカ・ロードと『聖王騎』の残骸ざんがいも同じだ。老ザメルがこの様子では、調査をするのは明日以降になるだろう。もっとも、オデットがそれに参加することはない。意見を聞かれるかもしれないが、それはまた別の話だ。


 つまり、オデットの仕事は、もう終わったのだ。


「わかりました。後ほど、今回の戦闘についてのレポートを提出いたしますわ」

「スレイ家のご令嬢れいじょう

「は、はい。ザメルさま」

「……お主は、強いのだな」


 老ザメルは感心したようにつぶやいた。


「わしは、戦闘のさなかで冷静さを忘れてしもうた。だが、お主は最後まで冷静に『霊王騎』を操り、敵を撃退した。戦闘が終わった今も落ち着いている。まったく、お主はたいしたものだ」

「や、やめてくださいませ」

「ぜひとも『ザメル派』に──」

「申し訳ございません。それはやはり、お断りいたします」


 オデットは数歩、身を引いて、それから深々と頭を下げた。


「わたくしには仕えたい方が、もうおりますので。その方の側を──少なくとも『魔術ギルド』にいる間は──離れるつもりはございません」


 そう言って、オデットはその場を離れたのだった。








 それから、数十分後。


「お邪魔してよろしいですか。マーサさん。レミーさん」

「いらっしゃいませ、オデットさま!」

「オデットさまー」


 オデットがユウキの宿舎を訪ねると、メイド服のマーサとレミーが迎えてくれた。

 ふと気づくと、キッチンの方から焼き菓子のにおいがした。


「もしかして……ユウキは国境に戻る前に、こっちに来ましたの?」

「いいえ。実は、オデットさまをお待ちしていたのです」

「おまちしてましたー」

「わたくしを?」

「は、はい。コウモリさんたちが来てくれましたので、ユウキさまがご無事だったことはわかるのですが……事件の詳しい内容までは、わからないもので……」


 オデットは、マーサの手がかすかに震えていることに気づいた。

 彼女も、ユウキを心配していたのだろう。

 ユウキはコウモリたちを使って、まめにマーサに手紙を送っている。

 マーサも、全身全霊ぜんしんぜんれいでユウキを信じている。

 でも、心配するかどうかは別問題だ。

 大事な人が、自分の知らないところで戦っている。それがどれほど不安なことか──オデットも、今はよくわかっている。


「ですから……オデットさまが来てくださらないかな、と思って、お茶とお菓子の準備をしていたのです」

「してたのですー」

「あら、偶然ですわね。わたくしもちょうど、お茶とお菓子をいただきたいと思ってましたのよ」


 オデットは笑いながら、マーサとレミーに向かって片目をつぶってみせた。


「では、わたくしが事件のすべてを話して差し上げますわ。戦いの最中、わたくしは『王騎』越しに、ユウキとたくさんお話をしましたの。マーサさまとレミーさまにも、その内容をお伝えします」

「……いいのですか。オデットさま」

「わたくしも、誰かに話したくて仕方なかったんですもの」


 ちょうど、ユウキのことを誰かに自慢したかったところだ。

 老ザメル相手では、それができなかった。

 でも、マーサやレミーが相手なら、遠慮えんりょはいらない。


 ユウキがどんなふうに駆けつけてくれたか。

 ユウキが、どんなに強かったか。

 ユウキが──異国の皇女相手にも一歩も退かず、結局、相手を完全に敗北に追い込んだことも。そうそう、あの人は戦う理由について「マーサやレミーがいる王都を守るため」と言っていた。それも教えてあげないと。

 マーサもレミーも、きっとすごくよろこんでくれるはず。

 それを想像すると、ふわり、と、オデットの胸が温かくなっていく。

 とても落ち着く。

 まるで、ここが自分自身の居場所であるかのように──


「さて、長い話になりますわよ? おふたりとも、準備はよろしいですの?」

「はい。よろしくお願いします。オデットさま」

「オデットさま、ありがとー!」


 オデットは、マーサとレミーに手を引かれて、宿舎の食堂へ。

 そうして、3人でお茶を飲みながら、今回の事件について、話し始めた。

 それはお茶の席にふさわしくないような、戦いについての話だったのだけど──


「ほんっと、ユウキったら、いきなり距離を超えて話しかけてくるんですもの。びっくりしました」

「オデットさま……いいなぁ」

「レミーもあるじさまとお話したいよー!」

「まぁまぁ、いいじゃありませんの。それで、ユウキったらね──」


 とても落ち着く……そして、とても優しい時間を、オデットたちは過ごしたのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る