第127話「第1次『エリュシオン』防衛戦(リースティア王国の平原にて)(終戦)」

『──帝国の皇女ですか。ならば、帝国との交渉に使うべきでしょうね』

『俺もそう思う』


 それが、オデットと話し合って、出した結論だった。

聖王ロード=オブ=パラディン』をまとっていたのは、ガイウル帝国の第4皇女ナイラーラ=ガイウル。

 帝国の皇族だ。


 ここは無傷で捕らえて、帝国との交渉材料にするのがいいだろう。

 ただし──


「知っているすべての情報を吐き出せ。さもなければこの『聖王騎』は原形も残さず破壊する」


 俺は『聖王騎』の頭部と胴体を、『収納魔術』で回収した。

 魔術的なシステムがあったのが、頭部と胸のあたりだったからだ。


「……あ、ああああああああああ!」


 皇女ナイラーラは真っ青な顔で震え出す。

 俺は続ける。


「お前の身柄は『魔術ギルド』に引き渡す。だけど、覚えておけ。そのときに証言を拒んだり、俺について余計なことを言った場合は、この『聖王騎』はこの世界から消え去ると思え」

「や、やめて。やめてえええっ!!」


 皇女ナイラーラは泣きじゃくりながら土下座した。


「『古代魔術文明』の遺産は──人類の財産だ。それが永久に失われるなど……耐えられない。お願いだ。それだけはやめてくれ……」

「ならば、知っていることを話せ」


 俺は『黒王ロード=オブ=ノワール』をまとったまま、皇女ナイラーラを見下ろす。

 森は静かになっている。

 戦闘が終わったことに、そろそろ老ザメルたちも気づくころだ。

 彼らが来る前に、尋問じんもんを済ませておきたい。


「まずは『古代魔術文明の都エリュシオン』第5階層に入る方法と、あの場所になにがあるのかを話してもらう」

「わかった」

「正直に、あと手短に頼む」

「わかっている! こちらは人質を取られている身だ」


『聖王騎』のことだろう。

 そんなに大切なら、こんなところに持ってこなければいいのに。

 大事なものは隠すか、手元に置いておくべきだろう。

 ……人間の──特に皇族の考えることはわからない。


「『古代魔術文明エリュシオン』の地下第5階層には、魔力を喰らう障壁しょうへきがある」


 皇女ナイラーラは話し始めた。


「突破するには──『王騎ロード』か、レプリカ・ロードの力が必要になる」

「『王騎』を着て、障壁を通ればいいのか?」

「いや、『王騎』かレプリカ・ロードをまとった状態で、『対魔術障壁』を展開しなければいけない。それで障壁の効果は弱まる。『王騎』をまとった状態で『古代魔術』を使うのは難しいが……うまくいけば、通り抜けるまで、魔力が保つはずだ」

「それだと出るときに困るだろう。魔力が残ってないんだから」

「第5階層の中からなら、障壁を消すことができるらしい。これは『聖域教会』からの情報だが」

「わかった。それで、第5階層にはなにがあるんだ?」


 俺は質問を続ける。


「お前たちは国境を越えて、わざわざ王都を目指した。それに値するものが、『エリュシオン』の第5階層にあるんだろう? それはなんなんだ?」

「……そ、それは……」


 皇女ナイラーラは、がっくりと肩を落とし、観念したように、


「魔物を──巨大化させるためのシステムだ」

「魔物を巨大化?」

「『古代魔術文明』は魔物を労働力として使役していたという伝説があるのだ。おそらくは『古代魔術』で魔物を支配していたんだろう。だから仕事の効率を上げるために、魔物を巨大化させていた──というのが、帝国での通説だ」


 なるほど。

 それなら『古代魔術文明』が、巨大な地下施設を作ることができた理由も説明がつく。

 巨大化させた魔物を集団で使役していたなら、地下に大穴を掘ることもできるだろう。


「つまり『アームド・オーガ』なども、人工的に巨大化させた魔物ということか」

「そうだ。そして、魔物を巨大化させるには、ポーションを飲ませる必要がある」


 皇女ナイラーラは、少しため息をついてから、


「『聖域教会』の連中は、そのポーションを持っていた。だが、200年も経って、さすがにストックが切れたようなのだ」

「それを補充するために来たのか」

「……そうだ」

「ご苦労なことだな。200年も便利に使ったのなら、もう十分だろうに」


 魔物を巨大化させたって、どうせろくなことには使わないんだから。

 ポーションがなくなったなら、その時点で諦めればいいのに。


「そ、それだけではないぞ」

「他になにかあるのか?」

「連中は魔物を巨大化させるシステムのレプリカを作り出すつもりだったのだ」

「最悪だな」

「……だが、そのためには、オリジナルのシステムの一部を奪ってこなければならぬ」

「いや待て。『古代魔術文明の都』の入り口は『魔術ギルド』が管理している。どうやって入るつもりだった?」

「秘密の通路があるらしい。私もよく知らない。『聖域教会』に聞け」


 そう言って皇女ナイラーラは、長いため息をついた。

 同時にオデットから通信が入った。



『ユウキ、尋問じんもんの方はどうですの?』

『かなりストレスが溜まってきた。でもオデットの声を聞いたら落ち着いたよ。ありがと』

『いきなりなにを言ってますの!?』


 だって、皇女ナイラーラは、話は通じるけど考え方は理解できないし。

 こうしてオデットの声を聞くと落ち着くんだ。本当に。


『そ、それはともかく、報告ですわ』


 オデットは口調を改めて、


『老ザメルたちが、森の方に向かいました。間もなくそちらに着きます』

『戦闘が終わったのに気づいたのか』

『ですわね。わたくしは……もう動けません。止めるのは無理ですわ』

『オデットはもう十分働いてくれたよ。休んでて』


 オデットは今回、一番危険な仕事を引き受けてる。

 というか、もう危ないことはしてほしくないんだけどな。


『こっちも、老ザメルが来るまでに尋問じんもんを終えるよ』

『それとなのですが……老ザメルたちは「黒王騎」をまとっているのは、第2王子のカイン殿下だと思っているようです』

『待って。なんでそんなことに?』

『カイン殿下なら、謎の「王騎」を所有していてもおかしくない、と思ったようですわ』

『誤解、解いた方がいいかな』

『王家の名をかたるのは犯罪ですものね』

『名をかたったつもりはないよ。向こうが勝手に勘違いしただけだ。まぁ、使えるようなら、その勘違いも利用させてもらうけど』

『まったく、もう』


 オデットは通信の向こうで、笑ったようだった。


『わたくしはあなたのそういう自由なところが、す──ごほんごほん!』

『オデット?』

『な、なんでもありません。とにかく、用心してくださいませ!』

『わかった。ありがと』


 通信は切れた。

 間もなく、老ザメルたちが来る。

 それまでに、個人的に聞きたいことは全部聞いておこう。

 老ザメルが手に入れた情報が、C級魔術師の俺のところまで下りてくるとは限らないからな。


「──お前は『聖域教会』の第1司祭を知っているか?」


 俺は聞いた。


「第1司祭は寿命を超越ちょうえつしたって聞いたことがある。本当にそうなのか?」

「……第1司祭だと? 奴がどうした?」

「ああ。帝国にいるんだろう?」

「そう名乗っている者は存在する。だが、寿命を超越したという話は聞いたことがない」

「……そうなのか?」


 第4階層にいたゴーストが言っていた。第1司祭は古の技術で寿命を超越した、と。

 だから第1司祭を捕まえれば、アリスやマーサを不死にする方法もわかると思ったんだが。


「第1司祭というものは確かに存在する。代々の皇帝に仕えてきた者だ。詳しいことは私も知らない。だが、寿命を超越などしていないはずだ。皇帝が代替わりするたびに、第1司祭も新しくなる。もっとも、フードを被っていて、顔を見たものはほとんどいないのだがな」

「……なるほどな」


 第1司祭も代替わりしているのか──それとも、同一人物が名前を変えて、新しい皇帝に仕えるのか。

 今のところはわからない。

 だが、第1司祭が不死の可能性はある。それだけで十分だ。


「最後の質問だ」


 時間がない。

 老ザメルたちに見つかると面倒だ。そろそろ終わらせよう。


「2つ質問する。『裏切りの賢者ライル=カーマイン』を知っているか? 奴の墓はどこにある? それと、残りの『王騎』の名前を聞かせろ」

「──『裏切りの賢者』は、名前しか知らない。残りの『王騎』は……私が知るのは『ドラグーン』と『バーサーカー』だけだ」

「『竜騎士ドラグーン』と『狂戦士バーサーカー』か」


 名前からして強そうだな……。

 特にバーザーカーが嫌だ。

 この皇女みたいに好戦的な奴がまとったら、どんな被害が出るかわからないじゃねぇか。


「……もういいだろう。さぁ、私を殺せ」


 皇女ナイラーラは目を閉じた。俺に──正確には『黒王ロード=オブ=ノワール』に向かって首を差し出すように、身体を向けてくる。


「貴公のように強き者に殺されるなら本望だ。私を殺し、武門のほまれとするがいい」

「……武門のほまれなんかどうでもいいんだが」

「なぜだ? 貴公も『王騎』の声にかれて戦っているのだろう?」


 皇女ナイラーラはうっとりした顔で、空に向かって両腕をかかげた。

 なんだろう、この表情。見覚えがある。

 前世で見た『聖域教会』の聖騎士にすごくよく似てる。

 あと、高熱を出してうなされてる病人の表情にもそっくりだ。特に、悪夢を見てる人の。


「私には『聖王ロード=オブ=パラディン』の声が聞こえるのだ。幼いころ、皇宮の宝物庫であれを見て、私は心を奪われた。『聖王騎』が──『出してくれ。私を使ってくれ』──と、ささやく声が聞こえたのだ……」

「その頃、お前、疲れてなかったか?」

「皇位争いが続く皇宮の中で、宝物庫で過ごす時間だけが私の安らぎだった」

「そうだな。かなりストレスが溜まってたんだろう」

「じっと見つめていると、段々と『聖王騎』の望みがわかってきたのだ。同時に『古代魔術文明』の遺志いしもな。ふはは、次期皇帝位を争うこと兄弟姉妹のなんとおろかなことか。正しいのは私だ『古代魔術文明』の意思に従う私こそが……」

「いいから休め。『トトムスの草』の根をせんじて飲めばよく眠れる。おすすめだ」

「貴公はなにを言っているのだ?」

「お前こそなにを言ってるんだ?」


 俺……帝国に転生しなくてよかった。

 この皇女を見てると、殺伐さつばつとした国だというのがよくわかる。


「つまりお前は、宝物庫で『聖王騎』の声を聞いて、あれを使ってやりたくなったのか」


 俺は言った。


「わざわざ王国内に来たのも、そのためか?」

「ああ。戦って勝利したものがすべてを得るのが世の習い。『王騎』をまとう者は強者の代表。『王騎・・に使われる・・・・・者としては、戦いたいという『聖王騎』の願いを叶えなければなるまい!!」


 ちょっと待て。『王騎に使われる』?

 それはおかしい。

 俺がまとっている『黒王騎』には、変なメッセージは出るけれど、意思のようなものはない。オデットの『霊王騎』も同じだ。それは『侵食ハッキング』で確認している。

 なのに『王騎』の意思──って。

 こいつがやばい人なのか。それとも、本当に『聖王騎』に意思があるのか……?


 ──ったく。めんどくさいな。

『聖王騎』はあとで粉々にして、海に捨てるつもりだったんだけどな……。

 しょうがない。あとで『侵食』して調べることにしよう。


「──そろそろ時間切れか」


 老ザメルたちの足音が聞こえる。

 俺がこの場を立ち去るころあいだ。


 こっちは『黒王騎』で姿を隠しているとはいっても、相手はA級魔術師だ。

 正体がばれたら面倒なことになる。『黒王騎』をどこで手に入れたなんて聞かれても困るし、不死の魔術師の転生体だってことがばれたらアウトだ。

『聖王騎』を倒した成果は──オデットがもらえばいい。

 無茶をして、『魔術ギルド』の魔術師たちを守ったのは彼女なんだから。


 ──という通信を送ったら、即、オデットからクレームが来た。なんでだ。


「聞くべきことは聞いた。俺はこれで失礼する」


 俺は『黒王騎』の翼を広げた。

 地面を蹴り、身体を浮き上がらせる。

 それを見た皇女ナイラーラの顔が青くなった。


「待ってくれ! 私を殺さないのか!?」

「あんたを裁くのは俺の仕事じゃない」


 俺は答える。


「あんたは『リースティア王国』への侵入者だ。身柄は『魔術ギルド』に引き渡す。あとは国の仕事だ」

「そんな! 強き者と戦って競うのが『古代魔術文明』の遺志! 敗れた私は、強き者の戦果となるのが定めでは……」

「それはあんたのルールだ。俺のじゃない」

「そ、そんな。勝者の手にかかるのが私の願い。戦いの末の結果こそがすべて──なのに」

「あんたは生きて、すべてを王国の者に話せ」


 皇女ナイラーラの目は、前世で見た『聖域教会』の連中に似てる。

 そういう連中は限度を知らない。

 王国に捕らわれても、尋問じんもんの前に自害する可能性もある。

 だから──


「『魔術ギルド』の捕虜ほりょになったら、知っていることをすべて話せ。それと、俺のことは言うな。仮にあんたが帝国に戻ったとしても、俺の情報は話すな。以上だ」

「──そ、そんなことに従う義務は」

「さもなければあんたの大切な『聖王騎』は火山の火口に捨てる」

「──!?」

「俺は王国にいる。あんたが生きているかどうか、ちゃんと情報を話しているかどうか、調べればわかる。だからあんたが死んだり、必要な情報を秘匿ひとくしたりした場合、あんたの大切な『聖王騎』は、この世界から消えてなくなる。理解したか?」

「この人でなし!!」


 まぁ、そうなんだけどな。

 俺は不死の魔術師の転生体で、村の守り神だからな。人じゃない。

 人を生かすのが仕事で、殺すのは──少数の例外を除いては──管轄外かんかつがいなんだ。

 だからこの皇女さんには、生きて役に立ってもらう。


「た、頼む──『聖王騎』を殺さないでくれ! なんでも話す! 双子の『聖王騎』の片割れがなくなったら、もう片方は──悲しみ、暴走して──」


 ちょっと待て。今、なんて言った?


「『聖王騎』って2体あるのか?」

「私が使っていたのが『聖王騎・アルファ』。もう1体『聖王騎・ベータ』だ。『聖王騎』は『王騎』の中期ヴァージョンの試作機だ。だから2体作られたと言われている。『ベータ』は双子の妹のヒルダが……」


「おお! すごい!! あれがカイン殿下の黒い『王騎』か!!」


 あ、もう来たのか。老ザメル。

 もっとゆっくりしててもいいのに。


「殿下! ずるいですぞ。新しい『王騎』を手に入れていたのなら、わしにも教えてくれてもいいではないですか! ひとりで『王騎』をまとって空を飛び、敵を討つ──そんなの、魔術師としてやりたいに決まっているであろう!」


「──おお。カイン殿下」

「──異形でありながら、なんとりりしいお姿だ」

「──この迫力と威厳いげん。カイン殿下以外のものではありえない!」


 あんたたちの目は節穴か。

 ……まぁいいや。


「その白金の王騎──『聖王ロード=オブ=パラディン』をまとっていたのは、帝国の第4皇女ナイラーラ=ガイウルだ。丁重ていちょうに扱い、情報を引き出すように。おそらく、もう抵抗はしないだろう」

「……う、うぅ」


 皇女ナイラーラは地面に手をついて震えている。

 俺は『聖王騎』を人質に取っている。

 彼女があれに執着している以上、俺の指示に逆らうことはないだろう。


「それから──俺は、カイン=リースティアではない」

「うむ。わかっておる!」


 老ザメルはうなずいた。


「わかっておる。わかっておりますとも! あなたはカイン殿下ではないのですな!」

「……ああ。それと『聖王騎』は破壊した。残骸ざんがいは好きにするといい」


『聖王騎』は頭部と胴体以外は、バラバラになって地面に転がってる。

 部品も潰れて、原型をとどめてはいない。

 詳しく調べれば、パーツが足りないことに気づくかもしれないけど──まぁいいか。


 俺の望みは、オデットを守ること。マーサとレミーがいる、王都に敵を近づけないこと。

 いずれ俺が人の世界を離れるまで、うちの子が安心して暮らすこと。

『聖域教会』の残党をぶっつぶしたのはそのためだ。


「それでは、今度こそ失礼する」

「助けていただいたことに感謝する。カイン──おっと、これは秘密でしたな!」


 なんですごくいい笑顔なんだよ。老ザメル。

 なんだろう。あの表情。

 友だちが大事にしてる宝物の在りかを見つけた子どものような顔をしてるけど。


「さらばです。カイン=リースティア殿下ではないお方!」 

「またお目にかかりましょう! カイン殿下でないお方!」

「ありがとうございました。第二王子ではないお方!」


 ──本当にわかってるよな?

 俺、カイン殿下の名をかたってないからな?

 あとで文句を言われてもこまるぞ。


 こうして、国境から始まった戦いは終わり──

 俺はこっそり、コウモリ軍団と合流してから、アイリスの待つ国境へと向かったのだった。

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