第126話「番外編その2:不死の魔術師ディーンと、ローデリアのご先祖」
今回のお話は、「辺境魔王」2巻発売前記念の番外編です。
2巻はグレイル商会のローデリアが初登場するので、彼女のご先祖のお話を書いてみました。
200年前のある日、不死の魔術師ディーンと、気弱な細工師ゲイツ=クーフィは──
──────────────────
「ユウキさまユウキさま」
「どうした? マーサ」
「ユウキさまの前世は不死の魔術師で、今も、当時のスキルと記憶を持ったまま転生されているのですよね?」
マーサに俺の正体を伝えた数日後。
のんびりお茶を飲んでいたら、そんな話になった。
「そうだよ。信じられない話かもしれないけど」
「いえ、マーサの中ではすでに事実です」
「話が早いな!?」
「そう考えると、今までユウキさまにびっくりさせられたことに、すべて説明がつきますから」
「なんかごめん」
「いえ、それより前世のことを教えていただけませんか?」
マーサはカップにお茶を注ぎながら、そう言った。
「ユウキさまにちゃんとお仕えするためには、昔のことも知っておきたいですから」
「……なるほど」
となると、ローデリアの先祖、ゲイツの話がいいかな。
さっき『グレイル商会』製の杖の手入れをしていたら、色々と思い出したから。
「あのな、マーサ。俺は前世で、とある村の守り神をやってたんだけど」
「わかります」
「わかるのか?」
「ユウキさまと一緒にいると、すごく安心しますから。その村の人たちも、きっとそうだったんだろうな、って」
「……そっか。それで、その村には、気弱な
──200年前の『フィーラ村』にて──
「しっかりしろ、ゲイツ。今日は町に商品の売り込みに行くんだろ?」
「……お腹が痛いので無理っす。マイロード」
ここは『フィーラ村』の
細工師のゲイツは、玉座の間でうずくまっていた。
ゲイツは小柄な男性だ。童顔で、20歳を過ぎた今も、10代で通るくらい若々しい。
まぁ、気弱で涙もろいのも、10代の時から変わってないんだが。
「昨日はみんなの前で『この商品は絶対に売れるっす』って宣言してたじゃねぇか」
「すんません。
「
「そういうわけなので、マイロードからみんなに『ゲイツは不治の病にかかっている。商品の売り込みはお前たちだけで行ってきてくれ』と伝えて下さい……」
「不治の病のゲイツをほったらかして出かける奴が、うちの村にいるかよ」
「……みんなの友情が重いっす」
ゲイツはお腹をおさえて座り込んでる。
小さいころから見てきたから、わかる。ゲイツの腹痛は7割が仮病。3割が本当だ。
顔色を見ると──今日は7割の方だな。
商品の売り込みに行くプレッシャーに耐えきれなくなったんだろうなぁ。
「落ち着けよゲイツ。今日はお前の商品だけを売りに行くわけじゃない。村で採れた果実や作物、乳製品を売りに行くのがメインなんだ。そこまで気負うこともないだろ?」
「無理っす!」
「即答かよ!?」
「マイロードが一緒なら行けますけど!」
「『不死の魔術師』が、商品の売り込みについて行けるか!」
俺は長生きしすぎてるからな。ふもとの町にも、俺の顔を知ってる奴はいるんだ。
しかも最近、謎の教会とやらが幅を利かせてるからな。
なるべく俺は、表には出ない方がいいんだ。
「自信を持てよ。お前が作った新型スプーンとフォークは売れるって」
今回、ゲイツが町に売りに行こうとしているのは、細工を加えたスプーンとフォークだ。
どちらも持ち手を大きくした上に、突起とデコボコを付けて、滑りにくくしてある。
フォークは子どもが使うことも考えて、先端部分を丸くしてある。
これを大人用・子供用のセットで売り込むというのが、今回の計画だ。
「いい商品だと思うぞ。村の子どもたちに使わせたら、スプーンやフォークを落とす頻度がかなり減ってた。アリスも使いやすいって言ってたからな。売れるんじゃないか?」
「さすがはマイロードのお言葉っす。自信が出てきました」
「えらいぞ。ゲイツ」
「町に着くまでの間、今の話を耳元でささやき続けてくれないっすか?」
「無茶言うなよ。まったく」
俺はゲイツの頭をなでた。
「無理に自信を持てとは言わないよ。お前は気弱で臆病だからな。でも、それはお前の長所でもあるんだ。商品がちゃんとできてるか心配して、何度も精度をチェックしてるだろ? 手触りはどうかとか、形はそろってるか、とか」
「は、はい」
「商品説明についても何度も練習してる。練習してるところを村の連中に見られるのが恥ずかしいからって、夜中に古城に来てプレゼンを始めるのはどうかと思うけどな」
俺も使い魔のコウモリたちも、内容を暗唱できるくらい聞かされたからな。
もちろん、
「あの食器は、気弱なお前と、二百年近く生きてる俺がチェックして、問題ないって確認した商品だ。プレゼンの通りにやれば大丈夫だよ」
「は、はい……マイロードがそう言うなら」
ゲイツは、ぐっ、と拳を握りしめた。
「うまくできるような気がしてきたっす!」
「よし。えらいぞ。ゲイツ」
「でも、今度は本当にお腹が痛くなってきたっす!」
うん。さっきまでは仮病だったって自白してるな。
行く気になったのはいいけど、今度は本当に精神的プレッシャーから腹痛が来たらしい。
しょうがないな。まったく。
「……ちょっと待ってろ。お腹に効く薬草茶を淹れてきてやるから」
俺はストックしてある薬草をブレンドして、薬草茶を淹れた。
村の連中はいつも、予告なしで訪ねてくるからな。
いつでもお茶を淹れられるように、準備をしているんだ。
「ほら。薬草茶だ。飲め」
「……ありがとうっす」
ゲイツは頭を下げて、大きなカップに口をつけた。
「いつもながら、マイロードのお茶はうまいっすね」
「落ち着いたか?」
「はい。マイロードのお顔とお茶が、おいらにとっては一番の薬っすよ」
ゲイツは安心したような息をついた。
「ところで……この薬草茶って、3種類の薬草のブレンドっすよね? お腹に効く『ガジュラルの草』と、身体を温める『サイサルの花の根』、気分を落ち着かせる──えっと」
「気分を落ち着かせる『フラベンドの実』だ。粉にして5対3対2で入れてある。飲みやすくなるように、ハチミツも数滴垂らしてあるぞ」
「薬草を集めるのって、大変じゃないっすか?」
「『サイサルの花』は高いところに生えてるからな。飛ばないと無理だ。でも、別の花でも代用できるぞ。効果は弱くなるけど、手間は省ける」
「あとで製法を教えてくれるっすか?」
「もちろん。というか、ゲイツ印の薬草茶として売ってもいいぞ」
「スプーンやフォークと一緒に売ったらイメージ悪すぎないっすか? 『この食器を使ったら腹が痛くなります』って感じで」
「一緒に売れとは言ってないだろ!?」
「でも……確かに、この薬草茶のプレゼンなら自信があるっす」
ゲイツは真剣な表情でうなずいた。
「マイロードの薬草茶には小さいころから助けられてるっすからねぇ」
「お前の胃腸の弱さは年季が入ってるからな」
「オイラがこの齢まで成長できたのは、マイロードのおかげっす。村の守り神の加護は……ありがたいです……」
「やめろ祈るな。というか、早く行け。みんな待ってるだろうから」
俺が手を振ると、ゲイツは苦笑いして立ち上がる。
「それじゃ、がんばってみるっす」
「薬草茶、本当に売る気ならブレンド方法を書き出しておくが、どうする?」
「お願いするっす!」
ゲイツは、むん、と拳を天井に向かって突き上げた。
「このゲイツは、マイロードの銘入りの薬草茶で大もうけして、マイロードに恩返しするっすよ!」
「いや、俺の名前を入れたら駄目だろ」
「それじゃ『古城』をアレンジした紋章をつけるのはどうっすか?」
「……それならいいかな」
古城くらいなら、例の教会に目をつけられることもないだろ。
俺としては、できればゲイツ印にしといて欲しいんだが。
「でも、ただの胃腸に効くだけの薬草茶が、大もうけするほど売れるか?」
「そうっすねぇ……」
ゲイツはむむむ、と首をかしげて、
「みんなが緊張するようなことが起これば、めっちゃ売れるかもしれないっすよ」
「緊張すること?」
「戦争とか」
「やめてくれ、冗談じゃねぇ」
そりゃ国同士の戦が起これば、みんなストレスにさらされた状態になるからな。
俺の薬草茶があれば、緊張して胃腸を悪くした人の助けになるんだろうが……。
「兵士に売るのは、戦争の手助けをするみたいで嫌だな」
「わかったっす。売るときは、一般民向けにしとくっす」
「頼むよ」
「了解っす。それじゃ、行って参ります!」
そう言って、ゲイツは古城を出て行った。
それは『死紋病』の流行がはじまる数年前。まだ平和な時期のことだった──
──現在、ユウキの宿舎──
「──ということがあったんだよ」
俺は説明を終えた。
マーサは目を輝かせてる。
そんなにすごいことを言ったつもりはないんだけど。
「おどろきました。200年前に、そんなことがあったんですね……」
「まぁね。ただ、証明はできないけど」
「いえ、ユウキさまのおっしゃることですから、マーサにとっては確定事項です」
そう言って、マーサは俺の手を取った。
信じてくれたのはうれしいけれど、ほんとに話が早いな……。
「ところで、新型のスプーンとフォークはどうなったんですか?」
「売れたよ。1セットだけだけど」
「……あれ?」
「ゲイツのやつ、俺の知らないうちに、飾りや細工をめちゃくちゃ追加してたんだ。おかげで値段が高くなっちゃって、町の市場では売れなかったんだ。町の商人が目をつけて、1セットだけ買ってくれたんだけどな」
「そうだったんですか……」
「それで町の商人と知り合いになって、ゲイツの商品を取り扱ってもらえるようになったんだから、悪い結果じゃないかったんだが」
もしかしたらそれが『グレイル商会』のはじまりだったのかもしれない。
ゲイツは才能はあった。商才もあったんだ。
できれば、俺がサポートを続けてやりたかったんだけど。
「どちらにしても昔の話だ。同じものが残ってるかどうか、今となってはわからないけど──」
「あるじさまー」
そんなことを話していたら、レミーがやってきた。
「お客さんですー。『グレイル商会』のローデリア=クーフィさんとおっしゃってますー」
「ローデリアが?」
すごい偶然だな。ちょうど、あいつの先祖の話をしていたところだ。
せっかくだから、マーサにローデリアを紹介しよう。
ローデリアが『フィーラ村の子孫』だってことを教えるのは──タイミングを見てからだな。
今日はもう、ゲイツの話でおどろかせてるんだから。
そんなことを考えながら、俺はローデリアを応接間に通したのだった。
「お邪魔いたします。マイロ──いえ、ユウキ=グロッサリアさま」
「歓迎します。ローデリアさま」
とりあえず俺たちは王女の護衛騎士と、商会の支配人としてのあいさつを交わした。
「本日はどのようなご用件でしょうか」
「実は、当商会の礎となった商品を、ユウキ=グロッサリアさまと王女殿下にお試しいただきたいと思いまして」
「ありがとうございます。それで、どのようなものでしょうか?」
「進化型スプーンとフォーク。それと、胃腸に効く薬草茶でございます」
ローデリアは言った。
「……え?」
マーサが声をあげた。
「進化型スプーンとフォークは持ち手を加工することで、持ちやすくしたものです。戦争時代には、揺れる馬車や船の上でも、スプーンとフォークを落とさずに食事ができると評判でした。また、フォークの先端が丸くなっているので、子どもが怪我をすることもございません」
ローデリアは説明を続けた。
「薬草茶は、同じく戦争時代にストレスで苦しむ人たちを救ったものです。どちらも、我が商会の祖先が作り出し、商会を広げるのに役立ったものでございます。言い伝えでは、先祖が師匠と相談して作り上げたものだそうです」
話を終えたローデリアは「わかってますよね?」って顔で俺を見た。
マーサは「すごくよくわかりました」って顔で、俺を見た。
一瞬で、ローデリアがゲイツの子孫だってことがバレた。
……紹介のタイミングを測ってたのがだいなしになったよ。
その後──
マーサは俺の秘密を知るメイドとして、ローデリアは『フィーラ村』の子孫として、改めて自己紹介した。
ふたりは意気投合して、今後は連絡を取り合うことに。
ちなみに、レミーは『グレイル商会』製のスプーンとフォークを気に入ったらしく「今日からこれでご飯を食べます」ってはしゃいでる。
それから4人でのんびりとお茶を飲みながら、俺は──
(とりあえず今の俺は、こんな感じに生きてるよ。ゲイツ)
──ここにはいない家族に向かって、ふと、呼びかけていた。
できれば、俺はゲイツを手伝ってやりたかった。
泣き虫だったゲイツは、あれからがんばって、200年残る商会を作ったんだ。
本当は、側にいて手伝って、商会の発展を見届けてやりたかった。でも、前世の俺にはそれができなかったんだ。
だから──
「あのさ、ローデリア」
「は、はい。マイロード」
「困ったことや泣きたいことがあったら言ってくれ。お腹が痛いときなんかも。俺が、できる限りなんとかするから」
「いきなりなんの話をされているのですか!? あれ……マーサさまは、どうして温かい目でこちらをごらんになっているのですか? た、確かに私は涙もろいのですが……どうしてマイロードがそのことを!? 優しい目でこちらを見ていないで、なにかおっしゃってください!」
──そんな話をしながら、俺たちのお茶会は続いたのだった。
──────────────────
・お知らせです
いつも「辺境ぐらしの魔王」をお読みいただき、ありがとうございます!
おかげさまで書籍版2巻の発売が決定しました! 7月20日発売です。
2巻ではアリスの転生の秘密と、フィーラ村の歴史、そして最強の古代器物「王騎」の存在が明らかになります。
ますます盛り上がる「辺境魔王」の第2巻を、ぜひ、読んでみてください!
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