第125話「第1次『エリュシオン』防衛戦(リースティア王国の平原にて)(3)」

 ──ユウキ視点──




 ぎりぎりのタイミングだった。

 本当に──間に合ってよかった。


 オデットに『王騎』同士の通信で連絡を取ったのが数日前。

 それから俺は、ぎりぎり体力を維持するための仮眠を取って、王都を目指していた。

 その間、オデットとはこまめに連絡を取っていた。


 だから、オデットたちがこの『黒き森』にいることも知っていた。

 オデットは老ザメルに頼んで、『霊王ロード=オブ=ファントム』の追加実験の許可を取り、魔術師や護衛の騎士たちと、この森に来ていたんだ。


 この場所はドロテア=ザミュエルスが隠れていた場所で、人目につかずに魔術の実験をするにはちょうどいい。兵士たちの警戒網の空白を埋めるという口実もあった。

『霊王騎』の実験をしている間、護衛の騎士たちは遠ざけていた。

 ただ、魔術師たちの一部は、森の外で敵を警戒していた。

 だから、敵の騎士たちの攻撃に気づいた。

『レプリカ・ロード』の群れと、『聖王ロード=オブ=パラディン・A型』とやらを、オデットが迎え撃つことになったんだ。


 でも、さすがに連戦はきつかったようだ。

 魔力を使ったところで、白金の『王騎』──『聖王ロード=オブ=パラディン』が来てしまった。

 足の速い『聖王騎』は、『霊王騎』では止められない。

 限界が来たら、『霊王騎』を捨てて逃げて欲しかったんだけど──


『──遅くなってごめん。でも、できればオデットには逃げていて欲しかった』

『言ったでしょう? あなたが来る前に終わらせたかった、って』


『王騎』を通して、オデットの言葉が返ってきた。


『老ザメルや他の魔術師に、あなたの「黒王ロード=オブ=ノワール」を見せたくなかったのです。それをまとっているのがあなたであるとわかったら、「黒王騎」の出所が追及されます。そうしたら……あなたの正体がばれてしまうかもしれません……』

『……オデット』

『でも……ごめんなさい。「霊王騎」はもう限界です。「魔力減衰光線」も撃てません。わたくしでは力不足でしたわ……ごめんなさい。ユウキ』


 オデット、そこまでしなくてもよかったんだ。

『霊王騎』をまとって、敵の『王騎』と戦って──まったく。


『ありがとう。オデット。でもこれからは、できるだけ危ないことはしないでくれ』

『ユウキ?』

『俺にだって、優先順位があるんだよ』


 気づくと、俺はそう口走ってた。


『俺にとっては身内を守るのが第一で、正体を隠すのは二の次だ。いくら正体を隠すのに成功したって、家族が怪我したり、死んだりしたらなんにもならないだろ』

『……でも』

『でもじゃない。無茶しないでくれ。無理だと思ったら俺を呼べ。できる範囲でなんとかするから。もっとも、俺は前世で長生きしてただけの魔術師だから、たいしたことはできないけどな』

『「長生きしてただけの魔術師」であるものですか。あなたは家族や仲間をなんとしても守ってくれる人で……そういう人だからこそ……前世で、村人を守るために命を落としたんでしょう?』


 オデットは言った。


『でも、忘れないでください。あなたが身内を守りたいと思ってくれているように、あなたを守りたいと思っている身内もいるのですわ! その人たちを──わたくしを、泣かせるようなことはしないでください……』

『わかってるよ。また転生するのも、家族に無茶させるのもごめんだからな』


 俺は通信を切った。

 今は、取り込み中でもあるからな。


 目の前──俺がまとった『黒王ロード=オブ=ノワール』の下では、『聖王騎』がもがいてるんだ。

 いいかげんに、機能停止して欲しいんだけど──


「ぐがぁっ! 放せ! なんだこれは。放せ──!!」

「放すか。馬鹿」


『聖王騎』の胴体には亀裂きれつが入っている。

 さっき『黒王騎』のかぎ爪がえぐった跡だ。

 当然そこには、俺の『魔力血ミステル・ブラッド』が入り込んでる。

 現在絶賛『侵食ハッキング』中だ。


「第1防壁──突破。第2防壁に侵入」

「ぐっ!」


 どぉん!


 爆発音と共に、『聖王騎』の胴体が爆発した。

 衝撃で『黒王騎』の手が離れる。俺は翼を広げて、距離を取る。


「……よくも……古代魔術文明の遺産である、この『聖王騎』に傷をつけたな」


 ゆらり、と、白金色の騎士が立ち上がる。

 その胴体には穴が空き、その奥には別の装甲があった。

 なるほどな。『聖王ロード=オブ=パラディン』は多重装甲たじゅうそうこうになっているのか。外部装甲を破壊されたり、『侵食』されても、その部分を切り離すことでダメージを止める、と。

 さすが古代魔術文明の遺産だ。よく考えられてる。


「そんな技術があるなら戦闘用じゃなくて、魔力で動く作業用のよろいを作ればいいのに」

「貴様は一体なんなのだ!?」


 鎧馬よろいうまで地面を蹴りながら、『聖王騎』をまとった女性が叫んだ。


「私に挑戦するのであれば、せめて『王騎ロード』の名を告げよ! 私は貴様を強者と認めた。ならば、強者同士、正面から力を競おうではないか!」

「ああん?」


 なに言ってんだこいつ。

 勝手に王国の領土に踏み込んで、ロッゾ=バーンズさんの使者をぶちのめして。

 その上、グリフォンまで持ち出してるんじゃねぇか。


 たとえて言えば、人の家に猛犬もうけんを連れて踏み込んできて「さぁ戦おう」とか言ってるようなものだ。

 そんな奴に、付き合う義理があるわけねぇだろ。


「黙れ。あんたと話をする気はない」

「貴様も『王騎』をまとっているのであれば、強力な戦士か魔術師なのであろう! ならば、互いに武を競って、どちらが強いか決着を──っ!?」

「うるさいと言っている!!」


 俺は『黒王騎』で飛翔ひしょう。白金の『聖王騎』に接近する。

 直後、『聖王騎』が地面を蹴る。跳ぶ。『黒王騎』の爪を避ける。


「──ここはつまらぬ世界だ。そうは思わぬか!?」


 叫びながら、『聖王騎』が走り出す。


「『古代魔術文明の都エリュシオン』が発見されてから200年以上。いまだに文明は進歩していない。それは何故か!?」

「『聖域教会』が暴走したからだろう?」

「違う! 『聖域教会』は正しくはないが間違ってもいない。なぜなら、発見された『古代魔術』『古代器物』は戦闘用のものばかりだからだ。つまりこれは、古代文明を作った者たちが、人々に戦うことを促しているということになる」


『聖王騎』が、こっちに背を向ける。

 全速力で走り出す。向かう先は──森の中か!?


「つまり、戦って勝利したものがすべてを得るのが正しいのだ。『王騎』をまとう者は強者の代表。ゆえに、この世界は戦いがすべてだと──」

「世界のことなんか知るか。俺にとっては、うちの子の安心した生活がすべてだ」

「──貴様とは相容あいいれぬ」

「それだけは同感だ」


『聖王騎』が逃げる。

 俺は『黒王騎』の飛行速度を上げる。速度はこっちの方が速い。

 が、森が近い。『聖王騎』は鎧馬よろいうまを必死に走らせ──森の木々の間に──飛び込む。


「──面倒な」


 森の中は木が茂っている。

 障害物が多くて、『黒王騎』は全力では飛べない。

 だけど、それは『聖王騎』も同じはずだ。騎兵は森の中では全力で走れない。

 それとも──奴には森に入ることにメリットがあるのか……。


『オデット。俺は奴を追う。終わったらまた連絡するから』


 俺はオデットに通信を送る。

 その返事を聞いた直後、俺は黒い森へ飛び込んだ。





 ──オデット視点──




「……な、なんだったのだ。あの黒い『王騎』は」


 老ザメルは呆然と、黒い森を見つめていた。

『霊王騎』で敵を制圧したあと、突如現れた白金の『王騎』。

 それは恐るべき機動性で『霊王騎』を圧倒した。『霊王騎』が倒されてしまえば、老ザメルたち魔術師に白金の王騎──『聖王騎』を止める手段はない。老ザメルたちは全滅を覚悟した。

 だが、直後に黒い王騎が現れて、『聖王騎』を地面に叩き付けた。


 もちろん老ザメルも、あの黒い王騎のことは知っている。

 以前、トーリアス領に現れて、『獣王騎』を倒した者だ。

 あれが味方であることは疑いない。

 だが、あのよろいの中にいるのが何者なのか。

 どうしてこのタイミングで現れたのか。

 一体、黒い王騎の目的は何なのか。彼が言う『うちの子』とは誰のことなのか。

 謎は深まるばかりだった。


「──味方なのは……間違いない」

「──ああ。あの黒い王騎がいなければ、我々は全滅していた」

「──だが、正体がわからなければ……あれに頼ることはできない」

「──手がかりが欲しい。なにか、手がかりはないのか……?」


 魔術師たちは、倒れた敵騎士たちを拘束しながら、呆然とつぶやいていた。


「スレイ家のご令嬢れいじょう!」


 不意に、老ザメルが『霊王騎』の前に進み出た。


「怪我はないか!? 体調は、大丈夫であろうか!?」

「……だ、大丈夫ですわ!」


『霊王騎』の中から、オデットは答えた。

 魔力はもうほとんど残っていない。できるのは『霊王騎』を数分動かすくらい。

 それでも鎧を脱がないのは、ユウキからの通信を待っているからだ。


「残りの魔力は少ないですけれど、体調に問題はございません」

「そうか。それでスレイ家のご令嬢よ。あの黒い王騎に心当たりはあるか!?」


 予想していた質問だった。

 トーリアス領に『獣王ロード=オブ=ビースト』が現れたときも、オデットは現場に立ち会っている。

 それに加えて今回の事件だ。

 老ザメルが、オデットと『黒王騎』に関わりがあると考えても不思議はなかった。


 大丈夫。

 ユウキとの通信は、声に出さずに行っている。

 あれはユウキとオデットの間だけの秘密通信だ。それを確認して、オデットは深呼吸して、


「……存じません。あれはまさしく、謎の王騎ですわ」

「そうか……だが、近くで見ているお主の意見を聞きたい。あれを操っているのは誰だと思う?」

「それも、わかりません」


 オデットは『霊王騎』ごと、首を横に振った。

 その前で、老ザメルは納得いかないような顔をしている。わかる。

 知らない、わからないばかりでは、老ザメルも不審に思うだろう。なんでもいいから答えなければいけない。ユウキだと思われないように。ユウキとは正反対の人物像を。


「直感ですが……地位が高い方で、家族のことをあまりかえりみず、魔術の研究にすべてをかけていて、ぶっきらぼうではなく──物腰がやわらかで、人を使うのに慣れている方のような気がしますわ」

「……地位が高く、人を使うのに慣れている方……」

「は、はい。あくまでもあの王騎を間近で見たわたくしの、直感ですが」

「一理あるな。確かに、地位が高くなければ、あのようなものを手に入れることはできない。あれを保管しておくには、人の手が必要だ。家族のことをかえりみない……魔術の研究にすべてをかけている……物腰がやわらか……それにすべてあてはまる者といえば」


 なにかスイッチが入ってしまったようだった。

 老ザメルは目を閉じ、ふむふむ、と、うなずいた。


「その条件に合う方といえば……まさか! カイン殿下が!?」

「……え」

「なるほど。第2王子にしてB級魔術師のカイン殿下であれば、密かにあのようなものを見つけ出し、隠しておくこともできよう! 『霊王騎』の実験を途中でやめたのもうなずける。すでにあの黒い王騎を入手して、あれほどに使いこなしていたのだからな! 実験などは必要あるまい!!」

「あ、あの。ザメルさま? 今申し上げたのは、あくまでわたくしの印象で──」

「魔術師とは時に理屈を排して、真理を見抜くことができるものだ」


 あ、これはなにを言っても無駄ですわ。

 きらきらした老ザメルの瞳に、オデットはため息をつく。


「ザメルさま。詮索せんさくは後にいたしましょう。まだ戦いは終わっていません。すぐに魔術の信号を上げてくださいませ。護衛の騎士たちを呼び寄せて、もしもの時に備えましょう」

「う、うむ」


 もしもの時──それは『黒王騎』が『聖王騎』に敗れたときだ。

 その時は、オデットは残るすべての魔力を使って、『聖王騎』を止めるつもりでいる。


「……信じてますわよ。ユウキ」


 通信は飛ばさない。

 森の中で戦ってるユウキの気を散らしたくないからだ。


「ユウキを守ってください。あの方に黒い鎧をくださった、ライルさん、レミリアさん……『フィーラ村』のみなさん……ディックさん、ニールさんも……」


 今はただ、黒い森を見つめながら、祈るしかないオデットだった。





 ──ユウキ視点──




「──障害物の多い森ならば、騎士型の『王騎』は不利──そう思ったか?」


 木々を避けて走りながら『聖王ロード=オブ=パラディン』が言った。


「だとしたら、甘いな。貴様は誘い込まれたのだ!!」


 叫ぶと同時に『聖王騎』の馬が地面を蹴る。

 直後──


「──消えた?」

「どこを見ている!」


 俺の右側の樹が、揺れた。

 同時に、木のみきを蹴った『聖王騎』が、槍を手に跳んでくる。


「──ちっ!」

「違う違う。そちらではないよ……愚者ぐしゃめ」


『聖王騎』の槍が、『黒王騎』の装甲をかすめる。

 奴は俺の横を通り抜けて──後ろか?



 がいんっ。



 再び俺の背後で木々が揺れた。

 奴はまた木の幹を蹴り、どこかに跳んだ。今度はどこに──


「上か!?」

「遅い遅い。森の中に入った時点で貴様の負けなのだよ!!」


『聖王騎』が頭上から降ってくる。

 俺は翼をすぼめて回避。奴に向かって腕を飛ばす。

 が──


 ──『黒王騎』のかぎ爪が捉えた瞬間、『聖王騎』が消えた。

 かぎ爪は、なにもない空間を掴んだだけ。

 面倒だな。幻影魔術か。


「気づいたか。貴様は魔力で作った残像を相手にしていたのだ」


 四方から、声が聞こえた。

 俺の──『黒王騎』の周囲に、8体の『霊王騎』がいた。


「「「「「「「「──言っただろう。貴様は誘い込まれたのだと」」」」」」」」

「自分の分身を作り出す。それが『聖王騎』の能力か」


王騎ロード』には様々な能力がある。

霊王ロード=オブ=ファントム』には、補助腕と盾。魔力を喰らう光線。

獣王ロード=オブ=ビースト』には、魔物を操る能力。獣のごとき運動性能。


聖王ロード=オブ=パラディン』には複合装甲と、立体的な機動能力。瞬間移動とも言えるほどの、加速力。そして自分の分身を作り出す能力。

 ったく。本当に面倒だな。


「森に入ったのは逃げるためだとでも思ったか? 違うな!!」



 がっがっがっがっ!



 8体の『聖王騎』は樹の幹を蹴りながら、空中を飛び回っている。

 さらに、槍の先から光線を飛ばしてくる。

 速すぎて、どれが攻撃しているのかわからない。『黒王騎』の手で弾くのがやっとだ。


「発動『炎神連弾イフリート・ブロゥ』!」


 俺は腕を外して、火炎弾を発射する。

『炎神連弾』が『聖王騎』を叩く──が、分身を消しただけ。本体には当たってない。


「混乱しているようだな。『王騎』に『古代魔術』は通じぬのを忘れるとは!!」


『聖王騎』の主が笑う。


「強さの意味もわからない者よ。貴様にその『王騎』は不要だ」

「いや、必要なんだが」


『黒王騎』は、ライルたちの形見だ。

 これを研究して、普通に人の運動能力を上げる鎧とか、作りたいし。

 人間が齢を取っても楽に畑仕事とかできるようにしたいからな。みんなで『レプリカ・ロード』をまとって畑仕事ってのもシュールな光景だとは思うが、そのうち慣れるだろ。文明の進歩ってのはそういうものだ。


「だから、お前みたいな奴は迷惑なんだ。消えてくれ」

「減らず口を! その『王騎』を剥がして、まぬけ面を見てやろう!!」

「断る。それに、森に入って有利になったのは、お前だけじゃない」


 さっき確認した。

『聖王騎』の分身は、『古代魔術』を当てると消える。

 それだけわかれば十分だ。


 俺は深呼吸する。

 大きく息を吸って──森全体に聞こえるように、声を張り上げる。


「魔術を発動せよ! 我が配下たち!!」

「「「「了解です! ごしゅじんーっ!!」」」」


 戦闘エリア外に隠れていたディックたちが、一斉に飛び立った。


「「はつどう! いふりーと・ぶろぅっ!!」」

「「ばーにんぐめてお!!」」


 ずどどどどどどどどどどっ!

 ごおおおおおおおっ!!


『古代魔術』──『炎神連弾イフリート・ブロゥ』の火炎弾と、『紅蓮星弾バーニング・メテオ』の巨大な火炎球が、『黒き森』に降り注いだ。

 火炎弾を受けた『聖王騎』の分身たちが消えていく。

 巨大な火炎球が、木々を灼き、なぎ倒す。

 奴の足場を奪って、その行く手を遮っていく。


 よし。分身がすべて消えた。

 残ったのが『聖王騎』の本体だ。


『黒き森』は、逃げ込むのにちょうどいい。

 だから前もって、コウモリ軍団を隠しておいたんだ。

 森の中なら、ギルドの魔術師たちの目は届かない。思いっきり、コウモリ軍団に魔術を使わせることができる。

『王騎』本体に『古代魔術』は通じなくても、木々を灼き、奴の視界を塞ぐことはできる。


 ここに来るまでの間、コウモリ軍団には『黒王騎』の背中で休んでもらってた。

 森が近づくと、俺は飛びながら『魔力血』で、すべてのコウモリの翼に紋章を描き、オデットたちの姿が見えた瞬間に、コウモリたちと分離。みんなには森の中に隠れてもらった。


 目的はオデットたちが森に逃げ込んだとき、追っ手の目をくらませて、その足を止めるためだったんだけどな。

 まぁ、役に立ったんだからいいけどな。


「──な、なにが。魔術が、どこから!?」


『聖王騎』は魔術を放った者と、逃げるための足場を探して──左右を見回してる。

 動きが止まった。今だ・・


 俺は『黒王騎』の翼を広げる。魔力を限界まで注入して、飛ぶ。

 そして──



 がぎぃぃぃぃん!



「な、な、なにぃぃぃぃっ!!」

「──捕まえた」


『黒王騎』の左手が、『聖王騎』の胴体をつかんだ。

 装甲が爆発するのはわかっている。だから、『侵食ハッキング』はしない。

 破壊はかいする。

 もったいないけど、『聖王騎』はバラバラに解体させてもらおう。


「よいしょ」


『黒王騎』のかぎ爪が、『聖王騎』の装甲に突き刺さる。

 そのまま、タマネギの皮を剥くように、白金の鎧をはがしていく。


「ぐがっ! や、やめろ。この『王騎』の価値がわかっているのか!?」

「知ってるよ」

「これは古代の遺産だ! 城ひとつ……いや、国ひとつ分の価値がある!」

「俺の仲間や家族に比べたら、なんの価値もない」

「物の価値が分からぬのか貴様は! 貴様などに、『王騎』を扱う資格があるものか──っ!」

「知るか」


『黒王騎』の爪は、『聖王騎』の装甲を簡単に裂いていく。

 鎧馬の装甲を剥がすと──中には魔力の結晶体があるだけ。なるほど、馬そのものはゴーレムで、魔力の結晶体が動力源か。使用者の魔力消費を減らす意味もあるんだろうな。よくできてる。さすが古代文明の遺産だ。


「──やめろ……もう、わかった。私の負けだ。だから、『聖王ロード=オブ=パラディンA型アルファ』を破壊するのは……やめてくれ……」

「断る」


 それに、『聖王騎』をまとってる本人には傷ひとつ付けていない。

 こいつには、『聖域教会』と帝国の情報を残らず話してもらわなきゃいけないからな。


「…………『聖王ロード=オブ=パラディンA型アルファ』。全装甲を解除」


 不意に、『聖王騎』をまとった女性が、つぶやいた。

 同時に、鎧の背中が開いて、金髪の女性が姿を現す。彼女は身体にぴったりと張り付くような服を着ている。泣きじゃくりながら、半壊した『聖王騎』から出てくる。転がるようにして、離れる。


「……敗北を認める。降伏する。私は殺されても構わない。だからこれ以上『聖王騎』を壊さないでくれ……」


 女性は地面に頭をこすりつけて、泣きじゃくる。

 でもまぁ、今さらそんなことをされても手遅れなんだが。

『聖王騎』で原形をとどめてるのは上半身だけだからな。あとはもう、バラバラになってる。


「私はガイウル帝国第4皇女、ナイラーラ=ガイウル……戦って敗れたからには、いかなる権利も要求しない。処刑されても文句は言わぬ。また……貴様らに情報を提供する用意もある……」

「情報?」

「『エリュシオン』地下第5階層に入る方法について」


『聖王騎』の持ち主は言った。


「そして、第5階層にある、生物を強化するためのシステムについて。これは王国の武力を強化する役にも立つはずだ。どうせ『聖域教会』の連中は、殺されても口を割らぬはず。取り引きの材料になるかと思うのだが……どうだろうか」


 俺としては、それはどうでもいいんだが……。

 まぁいい。

 とりあえずありったけの情報を引き出して、それからこいつをどうするか決めよう。


 俺は通信回線を開いて、オデットと打ち合わせをはじめた。

 ついでに、『聖王騎』の中枢部ちゅうすうぶだけは、あとでこっそり握りつぶすことに決めたのだった。







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・お知らせです



いつも「辺境ぐらしの魔王」をお読みいただき、ありがとうございます!


おかげさまで書籍版2巻の発売が決定しました! 7月20日発売です。

2巻ではアリスの転生の秘密と、フィーラ村の歴史、そして最強の古代器物「王騎」の存在が明らかになります。

ますます盛り上がる「辺境魔王」の第2巻を、ぜひ、読んでみてください!

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