第124話「第1次『エリュシオン』防衛戦(リースティア王国の平原にて)(2)」

「全員。馬に『身体強化ブーステッド』をかけろ。残りの魔力はすべて『対魔術障壁アンチ・マジックシェル』に注ぎ込め!」


 騎兵部隊の隊長が叫んだ。


 騎兵たちが着ているのは『レプリカ・ロード』だ。攻撃魔術のダメージを減らす能力がある。

 だが、馬はそうはいかない。だから守らなければいけない。

 戦うにしろ逃げるにしろ、今、馬を失うわけにはいかないからだ。


「敵は魔術師だ。こちらの突撃には対応できないはず。そこを突く」

『『『了解しました!』』』


 隊長の言葉に、兵士たちが返事をする。

 彼らは一斉に馬に『身体強化』をかけて、周囲に『対魔術障壁』を展開する。

 これで敵の魔術師への対策はできた。

 問題は──


「あの『霊王ロード=オブ=ファントム』と、どう戦うかだ……」


 騎兵隊長は震えながら、4本の腕を持つ『霊王騎』を見つめていた。

 オリジナルの『王騎ロード』に『古代魔術』は通じない。防御力も桁違けたちがいに高い。おまけに巨大な盾まで装備している。あれを破壊するのは不可能に近い。


 唯一の希望は、あの『王騎』が魔力を大量消費することだ。

 しかも、敵は『魔力喰らいの光線』を、一度放っている。

 あれは魔力をかなり消費する。となると、そんなに長くは動けないはず。『霊王騎』さえ動かなくなれば、魔術師たちを倒すのはたやすい。


 撤退てったい──頭に浮かんだ考えを、騎兵隊長は追い払う。


 ここであの『霊王騎』と魔術師たちを無視するわけにはいかない。

 彼らに、通信用の使い魔を飛ばされてしまったら、すべてが終わる。帰り道で王国兵に取り囲まれることになる。

 そんなぶざまな失敗をして逃げ帰った彼らを、帝国は許さないだろう。


「『霊王騎』との戦闘をできるだけ避けて、魔術師どもを倒す。これしかあるまい」

『隊長。あの方・・・を呼ぶわけにはいかないのですか?』


 不意に、兵士のひとりが声をあげた。


あの方・・・ならば、この状況をなんとかしてくださると──』

「……聞かなかったことにしてやる。二度と言うな」

『隊長!』

「くどい!! あの方が決して失敗を許さないことを、貴様も知っているだろうが!!」


 騎兵隊長の声に、騎兵がびくりと震えた。


「帝国は完全な実力主義だ。あの方は、それを体現されているようなお方。我々が敵に発見されたことを知ったら……我らの生命さえあやうい」

『……隊長』

「『聖域教会』は帝国の主流ではないのだ。あの方に例の鎧・・・・・・・を差し出して、はじめてこの作戦を許してもらった。王国の『魔術ギルド』が地下第5階層に達する前に、あのシステムを奪取だっしゅ……もしくは、破壊はかいするという作戦を」

『……あのシステムは、帝国への脅威きょういとなるから……ですね』

「その通りだ。わかったら覚悟を決めろ」


 隊長の声に、騎兵たちは槍を構えた。

 作戦の目的は『霊王騎』を消耗しょうもうさせること。その後ろにいる魔術師たちを倒すこと。

 撤退てったいを考えるのはそれからだ。


「作戦を開始する」

『『『りょ、了解しました!』』』

『キィエエエエエエ!!』


 兵士たちの声とともに、グリフォンが叫び声をあげる。

 翼を灼かれ、飛べなくなっても、その巨体はまだ動いている。わしくちばしとかぎ爪、獅子ししの胴体を持つ巨獣は、騎兵部隊にとっては強い味方だ。


「行くぞ! 我らの力を『リースティア王国』の者たちに見せてやれ!!」

『『『おおおおおおおおおおっ!!』』』


 叫びながら、騎兵部隊は突撃をはじめたのだった。




 ──オデット視点──




「……なんということだ。『黒い森』で『霊王騎』の実験をしていたら、本当に謎の騎兵たちに遭遇そうぐうするとは……」

「予想外でしたわね。ザメルさま」


 震える老魔術師ザメルに、『霊王騎』をまとったオデットが答えた。


 もちろん、オデットたちがここにいるのは偶然ではない。


 王国はすでに侵入者たちの情報を得て、街道に兵士たちを配置している。

 だが、この『黒い森』の周辺だけが、兵士たちの空白地帯になっていた。

 だからオデットと老ザメルたちは、警戒を兼ねて、ここで魔術実験をすることにしたのだった。


 オデットは、ユウキや『コウモリ軍団』たちと連絡を取っている。

 敵の騎兵が来るのに合わせて、森の外でまちぶせするのは簡単だった。


(本当は、敵なんか来なければよかったのですけど)


 オデットは『霊王騎』の状態を確認する。

 相手の魔力を消滅させる『魔力減衰光線ヴァニッシュメント』の初撃が当たったのは大きい。

 それで敵の騎兵のうち、4人を戦闘不能にできた。

 残りは8人。それと、翼をなくしたグリフォンだ。勝機は十分にある。


(でも、ユウキの言っていた、白金色の騎士がいませんわね)


 情報によると、全身に白金のよろいをまとい、馬にも鎧をつけた騎士がいたはずだ。

 だが、目の前の騎兵の中にはいない。

 単独行動を取っているのか、それとも、逃げたのか──


(強敵がいないに越したことはありません。『霊王騎』の『魔力減衰光線』だって、撃てるのはあと2回。しかも、2回目を使ったら魔力切れが起きるのですから)


 使いこなせるとはいっても、オデットの魔力が無限にあるわけじゃない。

 しかも、この『霊王騎』は魔術師たちを守る盾でもある。

 魔術が効きにくい『レプリカ・ロード』をオデットが『霊王騎』で止める。その隙に魔術師たちがグリフォンを倒し、その後、全員で『レプリカ・ロード』に攻撃魔術をたたき込む。

 それで、なんとかなるはずだ。


「──なんとして、ここで敵を食い止めなくては」


『霊王騎』をまとったまま、オデットが前に出る。


「ザメルさま、申し訳ありませんが、わたくしを援護えんごしていただけますか? できれば指示通りに魔術を使っていただきたいのですけれど」

「わかった」


 老ザメルはうなずいた。

 白いヒゲをなでて、純白のローブをひるがえして、宣言する。


「わしが、スレイ家のご令嬢れいじょう援護えんごに回る! 他の者はグリフォンにありったけの攻撃魔術を叩き付けよ! わしらの邪魔をさせるでないぞ!!」

「「「わ、わかりました!!」」」


 ギルドの魔術師たちが一斉に答える。

 彼らは翼をなくしたグリフォンに、ありったけの攻撃魔術をたたき込んでいる。

 火炎魔術がグリフォンの脚を焼き、移動力を奪っていく。あちらは大丈夫──そう思ったのか、老ザメルはヒゲをなでながら、『霊王騎』をまとうオデットに語りかける。


「魔術師の戦い方は、これから変わってゆくかもしれぬな」

「かもしれませんわね。『古代魔術』を防ぐ盾に、『古代魔術』が効きにくい『レプリカ・ロード』などが使われるようになったんですもの」

「今後は『レプリカ・ロード』をまとった前衛が敵を防ぎ、後衛の魔術師が『古代魔術』を使うようというのが一般的になるやもしれぬ。やれやれ……200年近く止まっていた時間が、ようやく流れだしたようだ」

「わたくしは……これからどうなるか不安ですわ」

「若い者がなにを言うか」

「ザメルさまも一度若くなってみれば、わたくしたちの不安がわかります」

ごとを。それよりスレイ家のご令嬢よ。勝算はあるかね?」

「ユウキ=グロッサリアの使い魔によると、あの騎兵たちは動きも速く、飛んだり跳ねたりもするそうですわ」

「その上、魔術が効きにくいときている」

「ええ。ですが、彼は対策を立てていました。それを使わせていただきます。それと、例のものは、ここに持ってきていらっしゃいますか?」

「ああ。実験前に、とある商会・・・・・が『魔術ギルド』に献上けんじょうしたものだな?」


 老ザメルは肩をすくめた。


「『身体強化』した魔術師用の武器、ということで制作したそうだが、結局、誰も使えなかった。お主があれを使ってみたいと申したときにはおどろいたぞ」

「なにが役に立つかわかりませんわね。あの商会・・・・には感謝しなければ」


 そんな話のあと、オデットは老ザメルに作戦を伝えたのだった。





 その数分後。

 騎兵たちと、オデットたちは交戦状態に入った。





「『霊王騎』は動きが遅い。間合いも狭い。よって、一撃離脱の攻撃を行う!」

『『『了解しました』』』


 騎兵たちは『霊王騎』に向かって突進していく。

 そのまま突撃槍ランスでダメージを与えて、離脱りだつ

『霊王騎』の消耗しょうもうを誘い、隙あらば魔術師たちを襲う。それが彼らの作戦だった。


 だが──



 ずずず……。



 重い音がして、『霊王騎』が、背後からなにかを持ち上げるのが見えた。

 長い棒だった。人の身長よりも長い。

 先端は、金属で補強されている。



 それは『王騎』のために作られた──打撃棒メイスだった。



「失礼いたしますわ!!」


 ごすっ!


『霊王騎』の腕が、伸びたように見えた。

 間合いの外にいたはずの馬が、打撃棒メイスの一撃を受けて吹き飛ぶ。

 馬は兵士を巻き添えにして転がっていく。

 一瞬遅れて、『霊王騎』の側面から別の騎兵が突進する。

『霊王騎』の胴体に向かって突撃槍ランスを突き出す。間合い、勢いともに完璧だった。


「──強い騎兵なのでしょうね。あなたたちは」


『霊王騎』の中で、オデットがつぶやいた。


 この『王騎』は魔力で動くよろいだ。だから、考えただけで動かすことができる。



 よろいの背中についた3本目と4本目の腕が動き、盾を構える。

 そして──騎兵の突撃槍ランスを、あっさりと受け止めた。


「アームド・オーガが使っていた、『古代魔術』も防ぐ盾ですわ。そう簡単には壊れません!!」

「ば、化け物め──!」

「失礼な! これは元々あなたたちの仲間が使っていた鎧でしょう!?」


 オデットは打撃棒メイスで騎兵の馬の、足を折る。

 兵士は倒れた馬の下敷きになる。生きてはいるようだが、動けない。


「まずは2人。残りは、6人ですわね」


 敵の騎兵たちはオデット──『霊王騎』を遠巻きにしている。

 本来なら、彼らは『霊王騎』を迂回して、ギルドの魔術師たちを攻撃したいのだろう。

 けれど、それは難しい。

『霊王騎』が手にした巨大な打撃棒メイスの攻撃範囲はかなり広い。

 下手に迂回したら、無防備な側面をさらすことになる。


 さらに、魔術師たちは森を背にして戦っている。

 木が生い茂る森の中では、騎兵は速度を出せない。その上、トラップが仕掛けられている可能性もある。騎兵が森に入るのは危険すぎる。

 その上、魔術師が戦っている巨大グリフォンが邪魔をしている。

 あの巨体のせいで、騎兵たちは魔術師たちのところへ向かえない。『霊王騎』を避けて、グリフォンを避けて──かなり迂回うかいしなければ、魔術師を攻撃することはできないのだ。


「王国の魔術師たちめ、陰険いんけんな手を!」

「考えたのはわたくしではありません!」


 オデットの『霊王騎』は、4本の腕を広げて騎兵たちを待ち受ける。

『霊王騎』の強さは『魔力減衰光線ヴァニッシュメント』と、装甲による防御力。意外と素早い動きと、その巨体が生み出す怪力だ。魔力は消費するものの、通常の十数倍の力が出せる。馬を殴り飛ばせたのもそのためだ。


「──スレイ家のご令嬢。魔力はまだ大丈夫か?」

「ご心配なく……と言いたいですけれど、なかなかきついですわ」

「お主にひとりに戦わせてすまぬ。だが、間もなく他の魔術師たちが……」



『ギィアアアアアアア──ッ!』

「「「うぉおおおおおおっ!!」」」



 背後で魔物の悲鳴と、魔術師たちの歓声が上がった。

 一瞬だけ振り返ると、炎をまとったグリフォンが崩れ落ちるのが見えた。

 ギルドの魔術師たちが勝利したのだ。


「これで、敵騎兵も逃げてくれればいいのですが……」


 捕虜は手に入れた。敵の情報も入る。これ以上交戦するメリットはない。

 だが──


「──せめて、一矢報いなければ、あの方に合わせる顔がない。行くぞ!!」

「「「承知!!」」」


 残りの騎兵たちは、まっすぐにオデットに向かってきた。


「やはり、逃げてはくれませんか」

「気づいておるのだろうよ。『霊王騎』の稼働時間を持ちこたえれば、自分たちの勝ちだと」


 老ザメルが歯がみした。


「スレイ家のご令嬢以外、この『霊王騎』を動かせる者はおらぬ。そして『霊王騎』が動かなくなれば、あの騎兵どもを止めるのは難しくなる」

「……嫌な戦い方をしますわね」


 オデットは歯がみする。

 だが、奴らを王都に行かせるわけにはいかないのだ。


 王都の守りならば騎兵の攻撃くらいは防げるだろう。

 けれど、被害は出るかもしれない。誰かが怪我をするかもしれない。

 それは『魔術ギルド』の者かもしれないし──もしかしたら、自分やユウキの家族──優しいメイドさんや、人に化けたキツネの少女かもしれない。


「──そんなこと、許せるものですか」


 オデットは再び、グレイル商会製の打撃棒メイスを構えた。

 同時に、騎兵たちも動き出す。


「『霊王騎』は破壊せよ! 邪悪な使い手に奪われた『王騎』だ。やむを得ぬ!」

「「「承知!!」」」

「誰が邪悪ですの!? こんなところまで攻めこんで来たのはあなた方でしょう!?」


 オデット──『霊王騎』は敵を迎え撃つ。

 こちらに来ている騎兵は4人。これまでの騎兵よりも動きが速い。精鋭だ。

 敵は前衛2人、後衛2人の2列縦隊。『身体強化』した馬を、全速力で走らせている。

魔力減衰光線ヴァニッシュメント』の射線に入っている──が、それが怪しい。向こうもこちらの能力はわかっているはず。どうすればいい──一瞬考えて、オデットは光線の発射準備に入る。リスクは承知。ここで敵を無力化する。


「『魔力減衰光線ヴァニッシュメント』!」

「「行けい!」」


『霊王騎』が灰色の光線を発射する。騎兵2人が、魔力を奪う光線に飲まれる。人と馬とが力を失い、崩れ落ちる──直前、後ろの騎兵2人が、跳んだ。


「──な!?」


 騎兵の身体が、まっすぐに降ってくる。

 落下速度を活かした捨て身の攻撃。相打ち狙い──そう考えたオデットは、反射的に身をかわす。敵の騎兵はそのまま地面に降りて走り出す。


『霊王騎』を飛び越え、魔術師たちに向かって。


「今だ! 『霊王騎』の背後に回り込んだ!」

「魔術師どもを皆殺しにしろ!!」


『霊王騎』を飛び越えた騎兵たちが、叫び声を上げながら走り出す。

 グリフォンを倒したばかりの魔術師たちは、息を切らしている。戦闘で体力と魔力を消費したのだ。彼らに戦う力はない。そう考えた騎兵たちは馬の速度を速め──


「その手は読んでおるよ。喰らうがいい。『冷気凍結陣エリア・フリージング』」

「「────!?」」


 地面をおおう分厚い氷に足を滑らせて──倒れた。


「「ヒヒィィィィィィン!!」」


 馬たちが悲鳴を上げる。

『身体強化』されていても限界はある。落下のショックが残るうちに転倒したのだ。

 ダメージは相当なものだろう。脚を折り、起き上がることができずにいる。


「ばかな! こ、こんな単純な手で」

「──あなたたちは『レプリカ・ロード』に頼りすぎなのですわよ」


 オデットの『霊王騎』が4本の腕で、倒れた兵士たちを拘束する。

『霊王騎』が暴走したときのために用意した鎖が役に立った。オデットは4本の腕を駆使して、兵士たちをあっさりと縛り上げる。


「『レプリカ・ロード』そのものに『古代魔術』が効かないなら馬を狙う。馬に魔術防御がされているなら、馬が踏む地面にトラップを仕掛ける。当然じゃありませんの」

「「……ぐぬぬ」」

「──まぁ、これはわたくしが考えたトラップではないのですけれど」


 これもまた、ユウキの作戦だ。

 彼は国境地帯で、素早く飛び跳ねる騎兵と戦っていた。

 その敵と、普通の魔術師が戦うための対策も考えていたのだ。


 オデットの『霊王騎』は文字通りの盾だった。

 それは魔術師を守るためだけではなく、武器の打撃棒メイスを隠し、老ザメルが凍らせた地面を敵の視界から隠すためのものでもあったのだ。


「『レプリカ・ロード』や『王騎』といえども、周辺環境の影響を受けずにはいられない。なるほど……『古代魔術文明』が滅んだ理由も、そんなところにあるのかもしれぬな」

「学術分析は後にしてくださいな。ザメルさま。まだ敵はいますのよ」


 オデットは前方を見据える。

 残りの騎兵は、あと2人。リーダーらしき者と、その副官だ。


(──『魔力減衰光線ヴァニッシュメント』を撃ってしまいましたもの。『霊王騎』の稼働時間も、あとわずかです。なるべく来ないで欲しいのですけれど……)


 オデットの後ろでは、鳥がはばたくような音がしている。

 老ザメルとその仲間たちが、使い魔を飛ばした音だ。

 これで侵入者たちの情報は王都に伝わる。ここで逃げたとしても、騎兵たちが王都に入ることは不可能だ。


「────撤退てったいする」


 2人の騎兵が、オデットたちに背中を向けた。

 同時に、魔術師たちが歓声を上げる。オデットの身体からも、力が抜けた。

 作戦成功だ。

 オデットと魔術師たちは敵を捕らえ、王都への侵入を防ぐことに成功したのだ。


「ザメルさま。国境方面に使い魔を飛ばしてくださいませ」

「わかっておる。あの2人も捕らえなければならぬ」


 老ザメルがうなずき、使い魔を呼び出そうとした、とき──




『『『ピィィ────ィ!』』』




 魔術師たちが放った使い魔たちが、銀色の光に射貫かれて、落ちた。


「──え」


 オデットたちが目を見張る。

 光は、騎兵たちの向かった先から来ていた。

 そして──


「──どうして敵と戦ってるのかなぁ? どうして、わたしを呼ばなかった? どうして逃げているんだい?」

「……がはっ」


 立ち去ろうとした騎兵の肩を、白金色の槍が貫いた。

 槍を受けた騎兵が落馬し、地面に倒れる。隣にいた騎兵が突撃槍ランスを構える。



 その目の前に、白金の鎧をまとった騎兵が出現した・・・・



「それに、こんな楽しそうなことに、わたしを呼ばないとはどういうことかな。ん?」


 優しい声で、白金の騎兵は言った。

 同時に、見えない衝撃を受けた騎兵が、吹き飛んだ。


「……で、殿下……あなたがどうして……ここに」

「こんな楽しいお祭りをしていれば、遠くからでもわかる。なのにわたしを仲間外れにするとは……君たちは本当に使えないな。わたしの威力偵察いりょくていさつに付き合うのが関の山か」

「……作戦は、失敗……撤退てったいを」

「すまないね。失敗って言葉は嫌いなんだ。もちろん、失敗した者もね」


 白金の騎兵は槍を拾い上げ、その石突きで騎兵隊長の喉を突いた。

「ぐぁ」と悲鳴が上がり、鎧をまとった騎兵が気絶する。


 オデットは、言葉を失っていた。

 白金の騎兵は、『レプリカ・ロード』をまとった騎兵たちを、あっという間に無力化した。

 つまり、白金の騎兵は、『レプリカ・ロード』以上の能力を持っていることになる。


「無様なレプリカは処分した。オリジナルの『王騎ロード』同士の戦いを始めよう」


 白金の騎兵は言った。


「なぁに、遠慮することはない。まだ封印が残っているとはいえ、この『聖王ロード=オブ=パラディンアルファ』は中期型の『王騎』だ。初期に作られた『霊王騎』よりも高性能なのだよ。心おきなく殺し合おうじゃないか」


 オデットと老ザメル、そして『魔術師ギルド』の魔術師たちが見守る前で、白金の騎兵──


 ──『王騎』のひとつ『聖王ロード=オブ=パラディン』をまとった女性は、そう宣言した。

 そして、白金の騎兵が乗った──鎧馬よろいうまが地面を蹴った。



「────!?」

「──ばぁ」


 その間、わずか数秒。

 敵の『聖王騎』が、オデットの目の前に出現していた。


「な、なんて速さですの!?」

「君たちとは見ている世界が違うのさ!」



 ばきぃんっ!



『霊王騎』の盾が、砕けた。

 ぎりぎりだった。

『聖王騎』の槍が喉に達する直前、オデットは補助腕を動かして、その先にある盾で受け止めたのだ。

 だが、盾は砕けて、大きな穴が空いた。

 しかも、盾を貫通した槍は、『霊王騎』の背中から伸びる腕をひとつ、破壊していたのだ。


「……やはり『王騎』同士なら、盾も砕けますのね」

「へぇ、落ち着いてるね。王国の者にしては、やるね!」


『聖王騎』は飛び退き、槍をくるくると回転させた。


「しかも、『霊王騎』の反応も早いね。もしかして封印が完全に解けているのかな? それとも、正式な使い手として認定された?」

「黙りなさい。侵入者」

「侵入者とはひどいな。威力偵察いりょくていさつは、軍事上の常識だろう?」

「……これが偵察ていさつだと言いますの?」


 周囲にあるのは、焼け焦げたグリフォン。

 倒れた8名の騎兵たち。うち2名は、『聖王騎』の槍に貫かれ、血を流している。

 どう見ても、これは戦闘でしかない。


「こんな偵察ていさつがあるものですか!」

「だから王国は弱いのさ。覚悟が足りない。建国してから200年近く経つのに──」


 来る。そう直感して、オデットは『霊王騎』の盾を構える。

 同時に、背後の魔術師たちが攻撃魔術を飛ばす。効かなくても視界を塞ぐことくらいはできる。そう考えてのことだろうが──


「──え?」


『聖王騎』は正面にはいなかった。

 左右、後ろ。どちらにもいない。攻撃魔術は空を切っただけ。足音もしない。


「まさか──上!?」

「遅いよ」


『聖王騎』はオデットの真上にいた。

 さっきの騎士たちとは違う。翼もないのに、普通に飛翔している。

 そのまま『聖王騎』は槍を構え、まっすぐに落ちてくる。加速、落下速度。それがプラスされた攻撃を食らったら、おそらく『霊王騎』も保たない。

 そう考えたオデットは──


 ──開きっぱなしの通信回線に向かって、彼の名前を呼んだ。


「心配をかけてごめんなさい。あなたが来る前に終わらせたかったのですけど」

『状況はわかってるよ。間に合ってよかった』



 ガギィン!



 真横から飛んできた黒い鎧が・・・・、『聖王騎』に激突した。




「──俺の仲間に触れるな」




 漆黒しっこくのかぎ爪が、『聖王ロード=オブ=パラディン』の胴体に食い込む。食い破る。装甲に亀裂が走る。

 空中で鎧馬よろいが暴れ出す。後足が黒い鎧を蹴る。それでも黒い鎧は、『聖王騎』を放さない。

 漆黒の翼を広げた鎧は高度を下げ、そのまま地面に『聖王騎』を叩き付ける!



「ぐ、ぐがああああああああっ! な、なんだ! なんだ貴様は────っ!?」

「──うるさい黙れ」


『聖王騎』を地面に叩き付けた直後、黒い鎧はそのまま上昇。

 さっき『聖王騎』がそうしたように急降下。ただし、武器は槍ではなく、かぎ爪のついた脚。

 高高度から急降下しての蹴りだ。


『聖王騎』は即座に身体を起こし、飛び退く。

 が、かぎ爪が馬の胴体をえぐった。装甲が飛び散り、鎧馬が悲鳴を上げる。黒い鎧の蹴りはそのまま地面に直撃し、土と岩を飛び散らせる。『聖王騎』は地面を転がりながら、なんとか体勢を立て直す。槍を構え、黒い王騎に視線を向ける。


「────外装に損傷。内部機構にもダメージ。はぁ……ぁ」


『聖王騎』の女性は荒い息をつきながら、翼を広げた黒い鎧を見据えていた。

 頭の中にあるのは、シンプルな恐怖。

 一瞬前まで、彼女は勝っていた。『霊王騎』に致命傷を与えて、あとは逃げるだけだった。

 それが、ほんの数秒で崩れてしまったのだ。


「漆黒の翼。巨大なかぎ爪。この『聖王騎・アルファ』を圧倒する戦闘能力。まさか、貴様は裏切りの賢者が奪ったという、ロード=オブ=ノスフェ──」


 ごぅんっ!


 その言葉を口にしようとした瞬間、黒い王騎の腕が飛んできた。

 直後、地面を蹴って避ける。体勢を立て直す。


「──ほんっとに、うるさいな」

「貴様はロード=オブ=ノ──」

「あんたは俺の仲間を傷つけようとした」


『聖王騎』の言葉をさえぎり、黒い鎧の主は言った。


「あんたたちが来なければ、俺の仲間も、娘も、王都にいるうちの子も……みんな、なにも心配することもなく眠れたんだ。俺も人前でこんなものを持ち出す必要もなかった。あんたには、その責任を取ってもらう」

「──こ、こちらに一撃を与えた程度で、なにをほこるか。この『聖王ロード=オブ=パラディンA型アルファ』は最強──」

「そういうのはどうでもいい」


 黒い鎧をまとった者は答えた。


「俺の望みは、仲間やうちの子が平和で、心配なく生活して、のんびりと天寿をまっとうすることだ。俺にとってはそれが最優先なんだ。邪魔しないでくれ」


 まるで長い時間を生きた老人のように、枯れた──落ち着いた口調でつぶやき──


 黒い鎧はすべての者を威嚇いかくするかのように、空中で、巨大な翼を広げたのだった。

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