第132話「ユウキとオデット、情報収集をする」
準B級魔術師は『魔術ギルド』でも、かなりの高位だ。
将来のギルドを支える『賢者』の候補生で、それだけの実力を認められた者に与えられるものらしい。
その一人が、イーゼッタ=メメント。
「会うのは構いませんが、わざわざ『内密』と書いてあるのが気になりますわね」
「俺もそう思う」
俺とオデットは書状を前に、話をしていた。
「魔術ギルドの準B級なら、俺がアイリスの護衛騎士だってことも、オデットがアイリスと親しいことも知ってるはず。なのに『内密に』──ってことは、アイリスには情報を流すなということか?」
「あるいは、アイリスには伝わってもいい、ということかもしれません」
「そういえば、カイン王子の妹のアイリスは、カイン派だと思われてるんだっけ」
「ですわね。イーゼッタ=メメントはカイン殿下の
「会って話す内容も、アイリスに伝わることを前提にしてるってことかな」
「わたくしたちを通して、アイリスを味方につけようとしているのかもしれませんわね」
オデットは考え込むように腕を組んで、
「いずれにしても、情報がなさすぎますわね」
「会わないってのは駄目かな」
「上位の魔術師からの呼び出しですもの。断れば、今後いろいろと不利になるかもしれません。組織にいる以上、人づきあいは大事ですわよ。ユウキ」
「わかってるけど……もうちょっと相手のことを知ってからにしたいな」
向こうは上位の魔術師だから、俺とオデットの情報を手に入れることができる。
でも、こっちは向こうのことをほとんど知らない。
会って話をするなら、こっちもイーゼッタ=メメントという人のことを知っておきたい。
相手の意図を読み違えたり、言質を取られたりすると面倒だからな。
「もっとも、準B級でも、相手は魔術師なんだよな」
俺は窓を開けて、、使い魔のディックを呼んだ。
「魔術師のやることはわかってる。だから確認してみよう」
『はい。ごしゅじんー?』
「ディック。お前は屋根の上にいたよな」
『いましたー。家を守るのが、ディックのお仕事ですからー』
「じゃあ聞くけど、家のまわりに使い魔らしき者はいるか?」
『いたですー』
コウモリのディックは、あっさりとうなずいた。
『使い魔っぽい
「使い魔!? 本当ですの、ディックさん!?」
オデットが声をあげた。
というか、いつの間にか普通にディックと会話できるようになってるな。オデット。
『はいですー。今朝からずっと、何度も家に近づこうとしていた
「やっぱりかー」
「
オデットはうなずいた。
「その使い魔がイーゼッタ=メメントのものだとすると、その人はわたくしたちを監視していたことになります。なるほど……だからユウキ宛の書状に、わたくしの名前が書いてあったのですわね」
つまり、オデットが尾行されてたってことか。
俺やこの家のまわりは、コウモリ軍団が守ってる。使い魔は近づけない。
だけど、オデットの使い魔は蛇だ。
あれは調査に使うもので、護衛向きじゃない。他の魔術師の使い魔を見つけることはできない。
「使い魔を放って格下の魔術師を尾行するなんて……いかにも貴族的なふるまいですわね」
「そうなのか?」
「上級貴族というのは『相手の優位に立つ』のが大好きなのです。書状にわたくしとユウキの名前が書かれているのは、『あなたが彼の家にいることは知っている』という意味でしょう。自分が情報的優位にあることを示しているのでしょう」
「めんどくさいな、貴族」
「ユウキだって伯爵家の子どもではありませんか」
そうなんだけど。
でも、ゼロス兄さまやルーミアが、そういう『貴族的ふるまい』をするところは想像できない。
グロッサリア家は田舎貴族だけど、俺はそういうところが気に入ってるんだ。
「イーゼッタ=メメントに会うのを拒否したら、使い魔の尾行が続くってことか」
「……ですわね」
「だったら、早めに済ませておこう。俺の方で相手に返事を出しておくよ。オデットは、文面をチェックしてもらえるかな? 貴族的な文章は自信がないから」
「承知しましたわ」
「それと、会う前にイーゼッタ=メメントの情報を仕入れておきたい。ディックはローデリアのところに行って、明日訪ねるって伝えてくれ。『グレイル商会』なら貴族の事情にも詳しい。メメント侯爵家の情報を持ってるかもしれない」
『しょうちですー』
「向こうの使い魔には尾行されないように」
『むろんです! コウモリ軍団が総力を挙げて尾行をまくです!』
ディックは窓から飛び出していった。
ローデリアのところで、ついでに『杖』と『浮遊魔術弾』用の
ついでに『
「わたくしも『グレイル商会』に同行してもいいですか?」
不意に、オデットは言った。
「ユウキと一緒に、メメント侯爵家の話を聞きたいのです。貴族の事情は、ユウキにはわからないところもあるでしょうから」
「もちろんいいよ。ただ、尾行をどうするかが問題だな」
「使い魔が1体とは限りません。わたくしとユウキにつけられた使い魔を、同時に追い払ってしまったら……ふたりでなにかをしようとしていることがわかってしまいますからね……」
確かに。
ディックたちに頼めば、相手の使い魔は追い払える。
でも、使い魔を追い払ったことは、相手に対するメッセージにもなる。
俺ひとりなら、さりげなく尾行を
……どうするかな。
「レミーが、おてつだいしますか?」
気づくと、キッチンからレミーが顔を出してた。
指をくわえながら、じっとこっちを見つめている。
「レミーも、あるじさまとオデットさまの、お手伝い、したいです」
「だめですよレミーちゃん。ユウキさまとオデットさまは、大事なお話し中なんですから」
慌ててやってきたマーサがレミーを抱え上げる。
「お気持ちはうれしいですわ。レミーさん。でも、あなたに手伝ってもらうことではありませんの」
「そうなのー?」
「代わりにお茶のおかわりをいただけますか? かわいいメイドさん」
「わかりましたー!」
メイド服姿のレミーは両手を挙げて、かまどの方へ駆けていく。
その姿を見て、俺はひとつのアイディアを思いついた。
「オデットの宿舎って、メイドはいるのかな?」
「なんですの突然?」
「いや、メイドさんがいるなら、力を借りられないかと思って」
「おりますけれど……また変なことを考えましたわね。ユウキ」
腕組みしながら、オデットは不敵な笑みを浮かべている。
「聞かせなさいな。わたくしとあなたが一緒に『グレイル商会』にいくための作戦なのでしょう?」
「ああ。マーサにも手伝ってもらうことになるけど、いいかな?」
相手は貴族的な手段を好んでいる。
その習慣を利用すれば、うまく行くかもしれない。
俺はオデットとマーサに作戦を伝えた。
翌日。
『……チチチ』
その使い魔は、オデット=スレイの宿舎を見下ろしていた。
屋根の上に留まり、目標が動き出すのを待っている。
その使い魔──青い鳩が主人から受けた命令は『魔術師の少女の尾行』だ。
当初は『黒髪の少年魔術師の尾行』だったが、それは見事に失敗した。
『黒髪の少年魔術師』の動きについていけなかったのと、謎のコウモリたちに邪魔をされたからだ。
だから主人は『金髪の少女魔術師』の尾行に切り替えた。
青色の鳩は少女を監視し、その後、見たものを主人に伝えることになっている。
「「「それでは、買い物に行ってまいります」」」」
がちゃり、と、音がして、オデット=スレイの宿舎のドアが開いた。
中から、3人のメイドが姿を現す。
全員、大きな
使い魔の鳩は、その3人をじっと見つめる。
その後、オデット=スレイの部屋を見る。カーテンは閉じたまま。出掛ける気配はない。
ならば問題なし。
使い魔の鳩は、命じられた行動を忠実にこなすように言われている。
命令の中に『金髪のメイド服の少女を尾行しろ』というものはない。彼女が慣れない服を着て、恥ずかしそうにうつむいていることも、他のメイドから不思議そうな目で見られていたり、「お似合いです」と、ぐっ、と親指を立てられていることも関係ない。
そもそも公爵令嬢がメイド服を着るなど、貴族の常識ではあり得ないのだ。
だから使い魔は屋根の上で、目標が動き出すのを待つことにしたのだった。
「──すごく恥ずかしかったのですからね!!」
『グレイル商会』の入り口で、オデットは言った。
もちろん、彼女が着ているのはメイド服だ。
スレイ公爵家仕様のもので、うちで使っているものよりも装飾が多い。
高級感があるのは、上級貴族に対しても恥ずかしくないようにだろう。
なかなかいいデザインだ。一着マーサにくれないかな。
「尾行をまくためとはいえ……普通は公爵令嬢がメイド服なんか着ないのです。丈夫で動きやすくて……着ていて安心感はあるのですが……ふ、普通は着ないのですわ」
「だから着てもらったんだ」
「……うぅ」
「おかげで、尾行はついてないよ。ディックたちに確認したから間違いない」
使い魔の主は、貴族的なやり口を好むらしい。
だから、貴族っぽくない方法で対抗することにした。
オデットにメイド服を着てもらって、他のメイドたちと一緒に、宿舎を出てもらったんだ。
一般的に、上級貴族の令嬢が使用人の服を着ることはない。
趣味で着ることはあるかもしれないけれど、その姿で外に出たりはしない。
つまりオデットがメイド服を着て外に出れば、相手の意表を突けるということだ。今のオデットは髪型を変えているし、うつむき加減で歩くようにしている。彼女を知る者でもなければ、その正体には気づかないだろう。
しかもオデットは、他のメイドたちに隠れるようにして、家を出た。
そのまま市場に行き、人混みの中でメイドたちと別れて、そのままグレイル商会まで来た。
商会のまわりにはコウモリ軍団を配置していたけど、当然、近づいてくる使い魔はいなかった。
オデットの努力のかいあって、作戦は成功したようだ。
「……マーサさんの指導を受けたかいがありましたわ」
「すごいよな、オデットは。一日でメイドっぽい歩き方を身につけるんだから」
昨日、オデットは、マーサからメイド服の着方と、メイドっぽい仕草を指導してもらった。
その結果、オデットは使い魔にばれることなく、メイドとしてここまで来たというわけだ。
「……苦労に値する情報が欲しいですわ」
「大丈夫だ。ローデリアは『グレイル商会』の方で調べてくれるって言ってたから」
メイド服を着たオデットは、少しうつむきながら歩いている。
これはマーサの指導によるものだ。こうしてると、主人の後についていくメイドのように見える。顔を上げると、強気な表情が見えてしまうんだけど。
そのまま俺たちは『グレイル商会』の受付へ。
受付の女性は俺とオデットを支配人室に案内してくれた。ただ、名前は『ユウキ=グロッサリアさまと、グロッサリア家使用人のマーサさま』となってたけど。
「……なんだか最近、わたくしはユウキのやり方に染まりすぎているような気がしますわ」
支配人室のソファに座り、オデットは頭を抱えていた。
「わたくしは公爵家の娘で……今は準C級魔術師ですのよ。なのに、どうしてメイド服を着て……こんなに落ち着いていますの……?」
「そう言われても」
「もしも、わたくしが普通の貴族に戻れなくなったら、責任を取りなさい。ユウキ」
「責任って」
「そうですわね。あなたが村の守り神なら、それをサポートする
オデットは笑って、メイド服のスカートをつまんでみせた。
「『守り神』の面倒を見るのであれば、マーサさまの同僚のようなものです。メイド服を着ていてもおかしくないでしょう?」
「これ以上、将来の
「元『守り神』なら、なんとかなさい」
そう言って、無言でお茶を飲むオデット。
オデットの言うことも一理ある。
俺と出会わなければ、オデットは普通の公爵令嬢のままだった。
『魔力血』をもらうこともなく。
『霊王騎』をまとうこともなく。
当たり前の優秀な魔術師として、『魔術ギルド』で仕事をしていたはずだ。
もちろん、メイド服を着ることもなかっただろう。似合うけど。
俺はオデットに借りがある。
だから、彼女のために、できることをしようと思ってる。
俺が成人して──人間の世界を離れる前に。
俺がオデットにできることといえば──
「お待たせいたしました。マイロード。オデット=スレイさま」
そんなことを考えていたら、ローデリアが姿を現した。
彼女は手に持った羊皮紙を、テーブルに置いて、
「イーゼッタ=メメントさま個人についての情報は……あまりありませんでしたが、メメント侯爵家については、いくつかわかったことがございます」
「ごめんな。ローデリア。手間をかけて」
俺は言った。
「知らない上級魔術師と関わることになったから、気になって調べてもらった。警戒しすぎかもしれないけれど──」
「いえ、賢明だと思います。メメント侯爵家については、商業関係者の間でも噂になっておりますので」
「……噂に?」
「はい。かなり借金をしていること。その金で、貴金属類を買いあさっていること。貴族たちを集めるパーティを、頻繁に開いていることなどです」
ローデリアは真剣な表情で、そう言った。
「もっとも、これは水面下での動きなので『魔術ギルド』の方はご存じないかもしれませんが」
「つまり、他の貴族と関係を深めようとしてるってことか……」
なんでそんなことをしてるのか、俺にはわからない。
グロッサリア男爵家は田舎貴族で、貴族同士の付き合いも薄かったからな。
「そのメメント侯爵家の令嬢がマイロードに接触しようとしてきたこと……私は警戒すべきだと考えます」
「グロッサリア家とスレイ公爵家を取り込もうとしているとか?」
「それもあります。けれど……もうひとつ、物騒な
ローデリアは声を潜めて、
「ご承知のことかと思いますが、リースティア王国では、すでに第一王子のタウロさまが、立太子されております」
「存じておりますわ。カイン殿下より1歳年上の兄君ですわね」
「堅実なお人柄だとうかがっています。ですが、メメント
『隣国のガイウル帝国が勢力を伸ばしている現在、魔術ギルドは王の直属とすべきだ。王がギルドの長となり、すべての魔術師を支配下に置くべきなのだ。さもなければ、強国に立ち向かうことはできまい』
──そんなことを」
王が魔術ギルドの長となり、か。
逆に考えると、魔術ギルドのトップが、この国の王になるべきとも受け取れる。
「でも……王太子のタウロ殿下は、魔術師ではない」
「そう聞いております」
「魔術が使える王子で、最も王位継承権が高いのは、カイン殿下だよな……」
「そして、メメント家の長女は、熱心なカイン派でもある……」
俺とオデットは顔を見合わせた。
なんだか、すごく面倒な話に巻き込まれかけてるような気がした。
「もっとも、これは貴族と関係の深い商人たちの
「魔術ギルドには貴族の子弟が所属しておりますものね。魔術ギルドの権力が強くなれば、自分たちもそのおこぼれに預かれると……そう考えてるのかもしれませんわ」
オデットは呆れたように首を振った。
「まぁ、そういう貴族は、いつの時代にもいますわよ。メメント家が中心になって、人を集めているのは……気になりますけれど」
「そもそも、魔術師を王の直属にするって、時代と逆行してるんだけどな」
俺は言った。
「政治と魔術を分けるために、『魔術ギルド』を作ったんじゃなかったのか? 『聖域教会』にあいつらに権力を与えたら暴走したから。だから古代魔術と古代器物は、『魔術ギルド』で管理してるはずなんだけど……」
「困ったものですわね……」
「王国が平和だから、私たちも安心して商売ができるのですけれどね……」
俺とオデットとローデリアはため息をついた。
とにかく、イーゼッタ=メメントの実家が、めんどくさい相手だというのはわかった。
「それで、どうしますの、ユウキ?」
「会うだけ会ってみるよ。ただし、対策をした上で」
「対策ですの?」
「王家の事情とか、そんなことに巻き込まれたくないからな。でも、放置してると絡まれ続けそうだから、一度話をして終わらせよう」
俺の結論は決まってる。
人間らしく、呼ばれたら出向いて話をする。
でも、権力争いには関わらない。
今の俺は人間だ。
いずれ人の世界から立ち去ることになるだろうけど、その時期は自分で決める。
誰かの面倒事に巻き込まれて、父さまやゼロス兄さま、ルーミアと別れるのはごめんだ。
俺たちの目的は『エリュシオン』地下第5階層の探索。
そこで『聖域教会』の秘密を知ることと、可能なら──不死の古代魔術の手がかりを得ること。
それだけなんだから。
「予定通り、今日の夕方イーゼッタ=メメントと会おう。ただし、俺だけだ。オデットは急用があって行けない、ってことにしてほしい。体調不良でどうかな?」
「体調不良ですの?」
「『霊王騎』で戦ったときの疲れが出たってことでいいんじゃないかな。『聖王騎』を倒したオデットの言うことだ。疑われないと思う」
「……『聖王騎』を倒したのはユウキでしょうに」
「細かいことはなしで。とにかく、オデットは外にいて、いつでも動けるようにしておいて欲しいんだ。なにかあったときのために、信頼できる味方が控えていてくれれば安心だから」
「そ、そういうことなら仕方ありませんわね」
オデットは、こくこく、と、繰り返しうなずいて、
「わたくしはそれでいいとして……ユウキ、気をつけなさいね」
「ちゃんと対策した上で話を聞いてくるつもりだ。たとえば──」
俺はオデットとローデリアに作戦を伝えた。
これは、万が一のときのための安全策だ。使わないで済むならそれでいい。
でもやっぱり、めんどくさいよな。人間の貴族って。
ギルドの組織改革をやったって構わないけど、俺やオデットを巻き込まないで欲しい。
俺は今のところ、普通に人間っぽい生活をしたいだけなんだから。
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