第121話「元魔王、負傷兵を救助する」

 ──ユウキ視点──




『──まさか「黒王ロード=オブ=ノワール」に、離れた相手と話すための機能があるとは思わなかったよ』


 頭の中でメッセージを送ると、オデットから『同感です』という言葉が返ってくる。

 俺はまだ『王騎ロード』のことをなにも知らないんだな……。

 ……研究しがいがありそうだけど、それは落ち着いてからだな。


 今はそれどころじゃない。

 俺は、町に向かって怪我人を運んでいる状態だから。


「……う、うぅ」


『黒王騎』の腕の中で、兵士の男性がうめき声をもらした。


「しっかりしてください。もうすぐ町に着きますから」


 腕と脚が折れてるんだ。そりゃ痛いよな。

 応急手当はしたけれど、早く町に入ってちゃんとした治療をした方がいい。


 俺が抱えているのは、ロッゾ=バーンズさんが送り出した伝令兵でんれいへいだ。

 この人は俺より1日早く、王都に情報を伝えに向かったはずだった。

 俺がこの人を見つけたのは1時間ほど前。

 草原の真ん中、くぼんだところの中に倒れてうめいているとこを救助した。


 俺は『黒王騎』をまとって、王都に向かっていた。

 できるだけ近道しようと思って、街道を避けて、草原の上を飛んでいたんだ。


 そうしたらくらがついた馬が、草原のど真ん中をうろついているのを見つけた。

 気になって近づいたら、馬はこの人のところに案内してくれたんだ。


 俺は『黒王騎』を脱いで魔術師スタイルに戻り、この人の手当をした。

 伝令兵さんはすぐに気絶してしまったけれど、その前に俺に情報を託してくれた。


 自分が10数人の騎兵に襲われたこと。

 その中に、恐ろしく動きの速い、白金のよろいをまとった騎士がいたこと。

 奴らが、王国内に魔物を放つ計画についてと、王都の『エリュシオン』を目指していることについて話していたこと──そんなことを。


 奴らは伝令兵さんを見失ったあと、自分たちの計画について話をしていたらしい。

 でも、伝令兵さんは負傷したあと、草原のくぼ地に隠れていた。だから、なんとか情報を得ることができた。それを王都に伝えようとしていたんだ。




『で、そこに俺が通りかかったというわけなんだ』


 ──俺はここまでの事情を、オデットに伝えた。


『でも、老ザメルが一緒ならちょうどよかった。この情報を伝えてくれないかな』


 まさかオデットが『霊王ロード=オブ=ファントム』の起動実験に参加しているとは思わなかったけど、『ザメル派』と一緒なら話が早い。

 さすがオデット。頼りになるな。


『伝令兵を襲ったやつらは王都に向かった。やつらは、王国内に魔物を放つ計画について話していたらしい。もしかしたら、王都の近くでそれをやるかもしれない』

『わ、わかりました。でも「老ザメル」に情報を伝えるには、ひとつ問題がありますわ』

『問題?』

『ユウキと「王騎」を通して話したなんて言えません。どうやってこの情報を知ったと聞かれたら、どう答えればいいんですの?』


 ……確かに。

『王騎』をまとっている者同士が会話できるなんて、老ザメルは知らないもんな。

 そもそも、俺が『黒王騎』を持ってること自体が秘密だし。


『じゃあ、俺の使い魔のコウモリが文書を送ってきたことにしよう。文書はうっかり燃やしたことにすればいいんじゃないかな』

『そのコウモリさんはどこで用意しますの?』

『ディックを連れて行ってくれ。マーサのところにいるはずだ』

『確かに。老ザメルは、ディックさんとは会っていませんものね』

『というか、コウモリの区別がつくのは俺とアイリスくらいだと思うんだけど』

『え?』

『オデットも、コウモリの顔の見分けがつくようになったのか。すごいな……』


 普通の人間には、それぞれのコウモリを見分けることなんかできない。

 前世の『フィーラ村』でも、顔を見てコウモリの名前を当てられた村人は半分くらい。100パーセント当てられたのはアリスと、その両親のライルとレミリアだけだ。


『そ、それはあなたの「魔力血」のせいです! だからこうして、離れても話ができるのですわ。その影響でコウモリさんたちの見分けがつくようになったのです。そうに決まっています!!』

『そっか。じゃあ、そのうち研究させて』

『お断りします! 乙女をなんだと思っていますの。それに、今はそれどころじゃないでしょう!?』


 そうだった。

 まもなく、町の城壁が見えてくる。

 見張りの兵士に見られる前に、地上に降りて『黒王騎』を脱がなきゃいけないんだ。


 伝令兵さんの馬は……遅れてるけど、ちゃんとついてきてる。

 さすがロッゾ=バーンズさんの部隊の馬、優秀だな。

 あの馬に伝令兵さんを乗せて町に入ることにしよう。


「もう少しで町に着きます。がんばってください」

「……う」


 伝令兵さんは目を閉じたままだ。やはり、まだ意識はないらしい。

 できれば目を覚ますのは町に入ってからにして欲しいんだけど……。


『オデット。俺はもうすぐ町に着く。話はここまでにしよう。老ザメルへの連絡、よろしく頼むよ』

『わかりましたわ。それと、わたくしから老ザメルに明日も「霊王ロード=オブ=ファントム」の起動実験をさせていただけないか頼んでみます。そうすればまた、「霊王騎」を通して話ができますもの』

『ありがとう、オデット』

『お礼はいりません。それより、無茶をしないでください』


 オデットが答えるまで、少し間があった。


『あなたは家族や仲間のことになると、すぐに無茶をするのですから』

『そうだっけ?』

『そうです! でも、この時代のわたくしたちは、守られてるばかりではありません。アイリスには王女としての力がありますし、わたくしには魔術があります。あなたのおかげで「霊王騎」も使えるようになりました。だから、もっと頼ってください』


 なぜか、にやりと笑うオデットの顔が見えたような気がした。


『わたくしはあなたの村人ではありませんが、頼れる友だち……なのですから』

『ありがとう。俺も、この時代に転生できて……オデットに会えてよかったよ』

『──!? い、いえ。そろそろ老ザメルにばれそうですので、会話はここまでです。それでは』


 そう言って、オデットの言葉が途切れた。

 王都の方は任せて大丈夫そうだ。

 いや……任せても大丈夫なようにしないとな。今回の事件はできるだけ、俺の方で片付けよう。

 向こうにはオデットも、マーサとレミーもいるんだから。


「……でも、その前に……俺も一休みしないとだめか」


 魔力はまだ残ってるけれど、身体が疲れてる。

 この身体はまだ13歳だから、ときどき、休みを入れないと動けなくなるんだ。

 国境近くで戦って、その後は一晩眠ったけど……ここまでは休みなしで来てるからな。


 町に行ったら、衛兵に事情を話して伝令兵さんを預けて、それから俺も少しだけ休もう。

 それから──


「みんな、情報収集は任せていいか?」


 俺は『黒王騎』の背中にいるコウモリ軍団に声をかけた。


『しょうちですー!』『おまかせくださいー!』『ごしゅじんのてきをみつけますー!』


 元気そうな声が返ってくる。

 国境からここまで、体力を温存するために、コウモリ軍団には『黒王騎』の背中にくっついててもらったんだ。俺が少しだけ休んでいる間に、みんなには周辺の偵察ていさつをしてもらおう。


「宿に入ったら俺の『魔力血』を渡す。それでお前たちも強化されるはずだ。ただし、敵を見つけても近づかないこと。お前たちが怪我するのは嫌だし、俺も……アイリスもオデットも心配するからな」

『『『しょうちですー!!』』』



 そんなことを話しながら、俺たちは町をめざしたのだった。







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