第122話「幕間:侵入者たちの密談」

 ──リースティア王国の森の中──




「──魔物は捕獲ほかくできたか」


 白金色のよろいをまとった騎士が言った。


 ここは、リースティア王国内にある森の中。

 王都までは1日半の距離にある。


 そこに、十数名の騎士たちが集まっていた。

 彼らは全身を覆う鎧を身にまとい、顔は見えない。かろうじて、声で男性か女性かわかるだけだ。


 騎士たちの中心にいるのは、白金色の鎧をまとった騎士だ。

 背中にはマントを身につけ、馬具には大剣と槍を結びつけている。

 白金の騎士を乗せた馬も、身体すべてを鎧におおわれている。中にいる馬は、声ひとつ漏らさない。呼吸音もさせていない。


 白金の騎士は愛おしそうに鎧馬よろいうまを撫でながら、まわりにいる騎士たちを見回した。

 騎士たちは地面に膝をつき、白金の騎士に向かって頭を下げている。


「申し訳ございません。いまだに、作戦に使えそうな魔物は……」

「それは残念だな。作戦には、できるだけ強力な魔物が必要となるのだが」

「申し訳ございません。可能ならオーガかトロールを、と思っていたのですが」


 騎士のひとりが、申し訳なさそうに答えた。

 白金の騎士はため息をついて、


「貴公がびることはないよ。この王国の治安が良いというだけのことだ。『聖域教会』が滅んだすきに国を造っただけの王家のくせに、よくやる」


 その言葉を聞いた騎士たちが、一斉に顔を上げた。


「──お言葉ですが! 『聖域教会』は滅んでいません!」

「──その遺産と意志は、我らに受け継がれております!」

「──撤回てっかいをお願いいたします!」


 騎士たちが叫ぶ。

 それを見た白金の騎士は、肩をすくめた。


「気に触ったようならあやまるよ。お主らと仲違いするつもりはないからな。私たちは協力して、『リースティア王国』の王都を目指しているのだから」

「はい。我らはなんとしても『エリュシオン』の地下第5層にたどりつかねばなりません」


 騎士の一人が言った。


「そこにあるものを、我らのうち誰かひとりでも持ち帰れば勝利です!」

「200年の執着か、おそろしいものだな」

「あれを『リースティア王国』に渡せば危険だと言うことは、殿下・・も──」

「リーダーと呼べと言ったはずだが?」


 不意に、白金の騎士が声をあげた。

 正面にいた騎士は、思わず口を押さえて、


「失礼いたしました。ですが、あれの製法を王国に渡すわけにはいかないのは、リーダーもご存じのはずです!」

「関係ないよ」


 白金の騎士はかぶりを振った。


「私はただ、この『王騎ロード』こそが最強であることを確認したいだけだ」


 兜の中で、しゅるり、と、紐がほどけるような音がして、隙間から白金色の髪プラチナブロンドがあふれだす。騎士はうっとうしそうにそれを結び直して、騎士たちに向き直る。


「この『リースティア王国』に、帝国の障害となるものがいるのか確認できれば、私はそれでよいのだ」


 それから白金の騎士は、森の奥に視線を向けた。


「そのためにも、おとりとなる魔物が必要だな。私が手頃なものを捕らえて来よう」

「お待ちを! あなたさま自ら行かれることは──」

「待たぬ」


 直後、白金の騎士の姿が──消えた。


 続いて、森の奥から、馬のひづめの音が聞こえた。

 地を走る音。木の幹を蹴る音。木々が揺れる音。


 だが、騎士たちは白金の騎士自分たちのリーダーの姿を捉えることができなかった。

 速すぎた。

 白金の騎士は、森の中を縦横無尽じゅうおうむじんに走っている。

 地面も、空中も関係ない。

 本来、騎兵にとって木々は障害物だが、白金の騎士にとっては足場でしかない。

 時折、森の奥で木が揺れる。

 それが白金の騎士がどこにいるかを示していた。


 やがて──


「なんだ。大物がいたではないか」


 ずるり、と、魔物を引きずりながら、白金の騎士が戻ってくる。

 その手が掴んでいるのは、人間よりもはるかに巨大な魔物のあしだった。


「おお、こんな大物が、この森に?」

「これほどの魔物ならば、十分、おとりとして使えましょう」

「さすがは殿下でんか──いえ、リーダーでございます」


 騎士たちが口々に声をあける。

 引きずられている魔物は、ぴくりとも動かない。大きな翼を閉じたまま、くちばしをパクパクと動かしている。

 呼吸はしている。死んではいない。

 白金の騎士の強力な打撃だげきを食らって、気絶しているようだった。


「さっさと処置をしろ。ポーションはまだ残っているのだろう?」

「は、はい」


 リーダーに言われて、騎士の一人が荷物の中に手を突っ込む。

 慎重そうに取り出したのは──金属製の筒だった。

 フタを開けると刺激臭が漂い、騎士たちと白金の騎士たちが息をのむ。


 筒の中に入っているのは、黒い、どろりとした液体だった。


「最後の2本なのだろう? 無駄にするなよ」

「しょ、承知しております。ここまで減らしてしまったのは、我々の責任でありますから!」

「お主らの責ではないさ。『ゲラスト王国』の末裔まつえい──フェリペ=ゲラストが持ち出さなければ、このポーションもまだ残っていたのだがな。奴が使いまくって、我々が国境で使って、あと2本だ」


 白金の騎士の言葉に、他の騎士たちは姿勢を正して、


「だからこそ、ふたたび製法を見つけださなければならないのです!」

「『聖域教会』の再興さいこうのために!」

「我々を保護してくださった、偉大なる国のためにも!!」


「好きにしろ」


 白金の騎士は、また、肩をすくめた。

 かぶとおおわれた顔からは、表情はうかがえない。

 ただ、その者は、興味なさそうなため息をついただけ。


「王国に奪われた『霊王ロード=オブ=ファントム』と『獣王ロード=オブ=ビースト』──それらの他に、謎の『王騎ロード』が存在するといううわさもある。私はそいつらと手合わせできればそれでよい」


 白金の騎士はかぶとの奥で笑った。


「さて、王国の『魔術ギルド』とやらが、あれを正しく使えているか、確かめに行こうではないか。それはお主らの目的を果たすことにも繋がるだろうよ」


 騎士は王都の方角を見つめながら、そんなことをつぶやいたのだった。

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