第119話「オデット、A級魔術師ザメルと会談する」

 1時間後。

 オデットは『魔術ギルド』の応接室で、A級魔術師の老ザメルと向かい合っていた。


(……さすがに緊張しますわね)


 背筋を伸ばし、正面にいる老ザメルを見据えるオデット。

 白髪の老ザメルは、A級魔術師であることを示す純白のローブを身につけている。

 時折、指先で位置を直している丸メガネは、彼が作り上げたマジックアイテムだ。対象の距離に合わせて、レンズの焦点を調整する機能がある。ただの万能老眼鏡ばんのうろうがんきょうだが、その価値は計り知れない。国王陛下に献上されているほどだ。


『魔術ギルド』最高クラスの技術を持ち、王家との強いコネクションを持つ──それが『魔術ギルド』最高位のA級魔術師、カータス=ザメルだった。


 その老ザメルは、老眼鏡に触れながら、じっとユウキからの手紙を読んでいる。

 何度も声に出して読み返し、うなずいてから──


「C級魔術師ユウキ=グロッサリアからの書状は拝見した。スレイ公爵家の令嬢よ」


 やがて老ザメルは、羊皮紙ようひしから顔を上げた。

 彼は背後に控えていた若い男性にうなずきかける。

 男性は老ザメルが羊皮紙を読み上げている間、その内容を書き写していた。それを写しとして、『魔術ギルド』に保管しておくのだろう。


「この情報を持ってきていただいたことに感謝する」

「こちらこそお忙しい中、面会の機会をいただいたことに感謝いたしますわ。ザメルさま」


 オデットは老ザメルに頭を下げた。


「友人からの情報があまりに重要なものだったため、立場もわきまえずに面会をお願いしてしまいました。どうか、お許しください」

「いや、感謝するのはわしの方だ。これは……我が孫フローラの安否にも関わることだからな」

「国境に巨大な魔物が現れた。それを討伐とうばつしたあと、謎の騎士きしがロッゾ=バーンズさまの部隊に襲いかかった……ですものね」


 ユウキの書状には、国境地帯で起きたことについて書かれていた。


 アイリス一行が国境の村についた直後に、とりでの兵士が救援要請きゅうえんようせいに来たこと。

 ロッゾ=バーンズの部隊が駆けつけて、巨大なオークたちを倒したこと。

 その後に現れた金色の騎士が、ロッゾ=バーンズの部隊に襲いかかったこと。

 異常に素早い動きをする騎士を、駆けつけた黒い『王騎』が倒したこと。


 すべての情報が──ユウキが関わった部分を除いて──書かれていた。


(ユウキったら、この手紙を『魔術ギルド』に見せること前提で書いてますわね……)


 だから、ユウキが今回の事件にどう関わったのかは書かれていない。

 せいぜい使い魔を放って、情報収集をした程度だ。


 けれどオデットにはわかる。

 ユウキはみずから『黒王ロード=オブ=ノワール』で戦ったのだろう。

 そうして金色の騎士を倒して、無力化した。

 おそらくユウキは怪我ひとつしていない。アイリスも、同行しているフローラ=ザメルもそうだろう。


(……書かなくてもわたくしにはわかります。でも……心配しないわけではありませんのよ?)


 別便で個人宛の手紙を送ってくれればいいのに。

 まったく、気が利かないのですから、あのひとは……そんなことを考えながら、オデットは深呼吸しんこきゅう

 それから改めて、老ザメルと向かい合う。


「この手紙はユウキ=グロッサリアがわたくしに送ってきたものです。これを『魔術ギルド』に伝えるようにと記されていました。わたくしは、どなたにお伝えするか迷ったのですが……」

「いや、わしを選んでくれたことに感謝するよ。スレイ家のご令嬢れいじょう

「ザメルさまならば、王家にもこの情報を伝えていただけると思いまして」

「無論。これほど重要な情報を『魔術ギルド』だけにとどめておくわけにはいかぬ。それに……あのユウキ=グロッサリアが届けてくれた情報ならば、万に一つの誤りもないであろう」

「ザメルさまは、ユウキを信頼されておりますのね」

「あの者は、孫のフローラの恩人でもあるからな」


 老ザメルは、白いヒゲをなでながら、笑った。


「無礼を承知でおうかがいいたします。今回の事件、ギルドではどのように対処されるおつもりでしょうか?」

「王家はおそらく、国境警備の兵を増やすであろう。それに『魔術ギルド』も協力することとなる。具体的には、派遣される兵に魔術師を同行させることになるだろうよ」

「ユウキは、別働隊が国内に入り込んでいる可能性を考えているようですわ」

「わしも同意見である。入り込んだ者がいないか、探索も行うであろう」

「それをうかがって安心しました」

「ただ今は……動かせる魔術師が少ないのだ」


 不意に、老ザメルは、低い声でつぶやいた。

 背後にいた書記の男性が目を見開く、


「ザメルさま。その情報はまだ表に出すべきでは……」

「構わぬよ。ユウキ=グロッサリアとスレイ家のご令嬢は無二の親友。ならば、貴重な情報をもらった礼ぐらいはしなければなるまい」

「……はい」

「実は、アイリス殿下と同じく国境視察に向かったカイン殿下の一行も、魔物の襲撃しゅうげきを受けたのだ」

「カイン殿下のご一行も!?」


 オデットは思わず声をあげた。


 今回、アイリスが行っている国境視察は、王家の事業の一環だ。

 彼女が出掛ける数日前に、カイン殿下もC級魔術師のデメテルと共に、別の国境に出掛けている。

 その一行が魔物に襲われたとなれば、それこそ国の一大事だ。


「……カイン殿下はご無事なのですか?」

「あの若いのはB級魔術師であるからな。C級のデメテルもついておる。魔物風情に遅れは取らぬさ。だが、『カイン派』が、カイン殿下の護衛のため、多くの魔術師を派遣してしまったのだよ」

「では……残っているのは『ザメル派』の方たちだけなのでしょうか?」

「それと、少数の『カイン派』だな。戦力不足は否めまい。戦闘が得意な魔術師ばかりではないからな……」


 老ザメルはため息をついた。

 オデットにも、事態が深刻だということがよくわかる。


 カイン殿下の部隊が魔物に襲われたとなれば、『カイン派』が救援に向かうのは当然だ。

 王家だって、追加の兵を出さずにはいられない。

 だが、そのために戦力が分散してしまった。


(ユウキは、国境の敵はおとりで、本命の敵が王国内に入り込んだ可能性があると言っていました。仮にそれが、ロッゾ=バーンズさまを襲った金色の騎士と同じくらいの力を持っているとすると──)


 相当強力な『古代魔術』『古代器物』を操る人間でなければ、戦うのは無理だろう。

 ギルド最強はA級魔術師の老ザメルだが、彼は文字通り老齢だ。

 それに次ぐ能力を持つB級魔術師カインは不在。

 他のB級魔術師がどれだけの強さを持っているのか、オデットは知らない。

 だが、ユウキほどの戦闘能力はないはずだ。


(……ユウキの予測が、取り越し苦労であってくれればいいのですが)


 オデットは口に出さずにつぶやいて──自分がそれをまったく信じていないことに気づく。

 ユウキの予測は信頼できる。


 彼は前世で村の守り神をやってきた。

 村人を守るための危機管理や、外敵がいてきへの対策を150年間続けてきたのだ。その経験からの予測なら間違いない。

 おそらく、敵は国境を越えて、国内に入り込んでいるのだろう。

 その目的が『古代魔術文明の都エリュシオン』だとしたら、王都に来るはず。


(……わたくしにできることはありますの?)


 王都には『魔術ギルド』がある。オデットの知人も多い。守るべき王宮もある。

 最近できた大切な友人──ジゼルとマーサ、レミーもいる。

 ……彼女たちを守るために、オデットにできることは……。


「──スレイ家のご令嬢れいじょう?」

「あ……」


 気づくと、老ザメルが心配そうにオデットを見ていた。


「も、申し訳ありません。ザメルさま」

「いや、気にせずともいい。友人が心配なのだろう?」

「……は、はい」

「心配いらぬよ。ユウキ=グロッサリアどのは強力な魔術師だ。アイリス殿下とわしの孫も、無事に帰ってくるだろう。我々『ザメル派』も、国の守りのために力を尽くすつもりだ……おお、そうそう。忘れていた」


 老ザメルは、後ろに控えていた男性に向かって手を伸ばす。

 男性は心得ていたように、2枚の羊皮紙ようひしを手渡した。


「以前、貴女あなたから『アームド・オーガの盾』の調査申請書をいただいていたな。地下第5層の障壁しょうへきを突破するヒントになるかもしれない、と。うむ。実に興味深い」

「恐れ入ります。ザメルさま」

「だが、すまぬな。今は申請を受けるわけにはいかぬ」

「わかっております。非常時ですもの」

「そうではない。あの盾は、すでにあるべきところに戻してしまったのだ」

「あるべきところ、ですか?」

「『王騎ロード』のひとつ、『霊王ロード=オブ=ファントム』の肩に」


 老ザメルは、申請書の下にあった羊皮紙を示した。

 そこには、肩に『アームド・オーガの盾』を装備した『霊王騎』の図があった。


「あれはもともと、『霊王騎』を構成するパーツのひとつだったようだ。そして『霊王騎』は、今回、都の守りに使おうと思っているのだよ」


 図の左右には、殴り書きされた文字がある。

霊王ロード=オブ=ファントム』──現在、起動試験待ち。

 A級魔術師カータス=ザメルより提案。

 カイン殿下の護衛により、魔術師が多数不在となった今、起動実験を急ぐべき。

 国境からの情報によると、敵が国内に入り込んでいる可能性がある。


 さらに、国境に現れた騎士は『レプリカ・ロード』だと思われる。

 仮に、同等の敵が国内に入って来た場合、対抗手段が必要となる。

王騎ロード』ならば、十分対抗できるはず。


 万が一、敵が王都に迫ったときのため、鹵獲ろかくした『霊王ロード=オブ=ファントム』を使えるようにしておくべきである。


 第1回の起動実験の際には、C級魔術師デメテルの消耗が激しすぎ、あの『王騎』は実用には向かないと判断された。

 だが、『レプリカ・ロード』の作成を通して、『王騎』の使い方もわかりつつある。

 それを踏まえた上で、実用化に向けた『第2回起動実験』を行う──


「──と、いうことなのだよ。今はあの盾を研究させるわけにはいかないのだ」

「ひとつ、おうかがいしてよろしいでしょうか」


 言葉が、自然と口をついて出た。

 自分が無茶なことを言おうとしているのがわかる。

 普通に考えれば、こんな願いが通るわけがない。


 ──けれど、オデットは続ける。


「『霊王騎』をまとう魔術師の方は、もう決まっているのですか?」

「──いや。あれを使うとかなり魔力を消耗しょうもうするのでな、やりたがる者がいないのだ。『ザメル派』の幹部に、魔力の強い者を推薦すいせんさせようと考え──」

「わたくしが希望しても、よろしいでしょうか」


 ──万が一、敵が王都に迫ったとき──

 ──その敵が『レプリカ・ロード』か……『王騎』そのものであったとき──


 オデットが『霊王騎』をまとうことができるなら、敵を倒せるかもしれない。


「わたくしが、あの『王騎ロード』をまとって、使えるようにすることは、可能でしょうか」


 オデットの脳裏のうりに浮かんだのは、ユウキの『黒王騎』の隣に並んで戦う、自分の姿。

 もちろん、無茶なのはわかっている。


 頭の中で声がする。



 ──自分に、それだけの能力があるわけがない。

 ──そもそも意味がない。起動実験に参加したところで、あれがオデット専用になるわけじゃない。

 ──今は静かに、ユウキが戻ってくるのを待つべき。



 自分の中でこだまする声に、オデットは反論する。


(わたくしは、あの人の力になりたいだけなのです)


 守られるのではなく、あの人と並んで戦いたい。

 ユウキの──あの危なっかしい友人の、前世の秘密がばれないように、守りたい。

 それが、今の自分のしたいことだから──


 ──そんなことを思いながら、オデットはじっと、老ザメルの答えを待つ。


 老ザメルも、書記の男性も、無言でオデットを見ている。

 呆れられたのか、あるいは、怒りを買ってしまったのだろうか。


 そんなふうに、オデットが考えはじめたとき。


「実にありがたい提案だ。スレイ家のご令嬢れいじょうよ」


 老ザメルが、うなずいた。


貴女あなたの提案は願ってもないこと。よかろう。オデット=スレイに、『霊王ロード=オブ=ファントム』、第2回起動実験への参加を認めよう」

「お待ち下さい! あれは『カイン派』が不在のうちに、『ザメル派』の者たちだけで行うはずでは!?」


 書記の男性が声をあげた。

 老ザメルは手を振って彼を制して、


「もはや、派閥はばつにこだわっている場合ではない。巨大な魔物に謎の騎士団──こちらの想像を超えた敵が現れた以上、それに対抗する力を手に入れねばならぬ。実験は『ザメル派』と『カイン派』が共同で行うべきであろう」

「……ザメルさま」

「それに『霊王騎』をまとうのが派閥に属さぬスレイ公爵家こうしゃくけのご令嬢であれば、『カイン派』も文句は言うまい。両派閥りょうはばつの共同実験としては、もってこいではないか」

「…………ザメルさまがそこまでお考えとは知らず、失礼いたしました」


 書記の男性は引き下がる。

 老ザメルはオデットの方を見て、


貴女あなたの勇気に敬意を表する。ぜひ、実験に参加していただこう」

「ありがとうございます。カータス=ザメルさま」

「A級魔術師カータス=ザメルの名において、オデット=スレイの提案を受け入れる。すぐに手の空いている魔術師たちを集めよ! 一両日中いちりょうじつちゅうに『霊王騎』の第2回起動実験を行う!」

「はっ!!」


 一礼して、書記の男性が飛び出して行く。

 やがて、『ザメル派』の魔術師たちが集まりはじめる。

 老ザメルが彼らに説明を始める。

 王国に危機が迫っている可能性があること。

 対抗する力が必要だということ。

 オデット=スレイは『ザメル派』ではないが、信頼するユウキ=グロッサリアの無二の親友であり、フローラ=ザメルを救ってくれたひとりでもあること。

 ならば、彼女の提案を受け入れ、『ザメル派』は、全力でバックアップをするべきであること。


 老ザメルの言葉を──魔術師たちは受け入れた。

 彼らは口々に、オデット=スレイの勇気をたたえはじめる。


 第1回の『霊王騎』起動実験では、C級魔術師デメテルが魔力を吸われて疲労困憊ひろうこんぱいしていた。あの『王騎』は魔力消費が激しすぎるのだ。

 だから第2回の起動実験には慎重に慎重を重ねてきた。

 それ以上に、あれをまといたがる者がいなかった。


 なのにオデット=スレイは、自分から『霊王騎』に挑戦することを決めたのだ。


 ──なんという勇気か。

 ──ぜひとも『ザメル派』に入って欲しい。

 ──これが終わったあとは、老ザメルの名においてC級魔術師に推薦するべき。


 口々に自分をほめたたえる声を聞きながら、オデットは、ひそかに拳を握りしめていた。


(覚悟なさい、ユウキ。わたくしはいつまでも、あなたが戦うのを、指をくわえて見ているばかりではありませんわ)


(わたくしが『霊王騎』をまとって、あなたの隣で戦ってみせます。ついでに『霊王騎』の盾の能力も調べて、第5層の障壁も突破してみせますからね)


(……あなたひとりで『王騎』と戦っていたら、いつか、前世のことがばれるかもしれないでしょう?)


 オデットの脳裏のうりに、戦うユウキの姿が浮かぶ。

 元、村の守り神で、魔王と勘違いされて──

 転生したあとはオデットの親友になった、優しい少年。


 あの人の正体がばれて、他人に傷つけられるところを、見たくない。

 だから、隣で戦いたい。

 彼の『黒王ロード=オブ=ノワール』と同種の力、『霊王ロード=オブ=ファントム』をまとって。


(……ユウキがほっとけない人なのがいけないのですからね。まったく……もう)


 老ザメルたちの、実験についての説明を聞きながら──

 オデットは、そんなことを考えていたのだった。 

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