第118話「オデット、『魔術ギルド』に申請をする」

 ──オデット視点──




 ユウキとアイリスが辺境視察に向かってから数日後。

 オデットは『エリュシオン』第5層へ入るための調査を続けていた。


「あの『魔力喰らいの防壁』を突破しなければ、第5層へは入れないのですわよね……」


 オデットは第5層へ通じる門を眺めながら、つぶやいた。


 門は現在、通行禁止になっている。

 第5層への通路が、危険すぎるからだ。

 階段は石やガレキで埋め尽くされ、人が通る隙間はほとんどない。

 通ったところで、その先にあるのは魔力を喰らう障壁しょうへきだ。あれに触れたら一瞬で魔力を奪われる。魔術師は動くこともできなくなる。


 しかし、それでも調べたがるのが魔術師という生き物だ。

 だから『魔術ギルド』では、公式に通行禁止令を出すしかなかった、というわけだった。


「せっかくユウキが、第4層のアンデッドを片付けてくれたというのに、この先に進めないのでは意味がありませんわ」

「仕方ありませんよ。オデットさま」


 オデットの隣で、大盾を手にした少女が言った。

 彼女はショートスピアを背中に担ぎ、油断なく周囲を見回している。


 少女の名前はジゼル=ガルフェン。

 ユウキに雇われた、パーティの前衛役だ。


「僕はユウキさまがご不在の間、オデットさまの護衛をするように仰せつかっています。あまり無茶はしないでいただけると助かるのですが……」

「ユウキじゃあるまいし、無茶なんかしませんわ」


 オデットは肩をすくめた。


「わたくしはただ、第5層の入り口を見たかっただけですもの」

「それにしても……なぜ第5層だけ、入れなくなっているのでしょうね。第4層までは、これほど簡単に来られるのに」

「第4層に簡単に来られるのは、隠し通路が見つかってからですわ」


 オデットはため息をついた。


「でも、確かに、第5層のように通路がふさがっていることはありませんでしたわ。突破するのは難しそうですわね。できればユウキたちが戻る前に、突破とっぱの手がかりを見つけておきたかったのですけれど……」


 周囲を見回しても、障壁を突破するヒントになりそうなものはない。


『エリュシオン』の地下第4層は、広大な墓地だ。

 見渡すかぎり、苔むした墓石や石碑が並んでいる。

 大昔、この場所がまだ人の居住地として使われていた頃の名残だ。

 墓石の中には比較的新しいものもある。そちらは、『聖域教会』の連中が設置したものかもしれない。それもまた、200年前の遺物だ。


 この場所にはかつて、多数のゴーストたちが集まっていた。

 今は静まり返っている。

 ゴーストの群れを、ユウキが浄化したからだ。だからオデットとジゼルだけで来られたのだし、こうして静かに第5層への門を調べることもできる。

 いずれまた別のゴーストたちが現れて、第4層をうろつき始めるのだろうけれど、それはまた別の話だ。


「付き合わせてすいませんでしたわね。そろそろ、戻りましょう」

「よろしいのですか?」

「この階層に、第5層への手がかりはないようです。あとは墓石の文字をひとつひとつ調べて、障壁を解除する呪文を探すくらいですが……それは『ザメル派』の皆さまがやっておられますもの」

「気の長い話ですね」

「人材と資金さえあれば、それが一番確実ですものね。でも、わたくしたちは別の手段を探しましょう」


 オデットはジゼルに向かってうなずいた。


「そろそろ例の件についての回答が出ているかもしれません。『魔術ギルド』に戻って、確かめることといたしましょう」

「わかりました。オデットさま」


 そうして、オデットとジゼルは地上へと戻ったのだった。





「申し訳ありません。オデット=スレイさまが申請された『アームド・オーガの大盾についての資料請求』ですが……まだ許可が下りていません」


 受付嬢は、オデットに頭を下げた。


 ここは地上、『魔術ギルド』の受付。

 数日前に出した申請がまだ通っていないことを聞いて、オデットはがっくりと肩を落とした。


『エリュシオン』地下第5階層の調査をしたあと、オデットはすぐに『アームド・オーガ』が使っていた大盾について調べはじめた。

 第5階層の障壁しょうへきをあの盾がヒントになると思ったからだ。


 1ヶ月ほど前、ユウキと一緒に旅をしたとき、オデットは巨大な盾を持つ『アームド・オーガ』と戦った。あの魔物の盾は、あらゆる魔術を無効にしていた。だからユウキは盾を避けて、オーガ本体だけを狙って倒した。

 その盾はユウキが回収したあと、『魔術ギルド』に運ばれ、魔術師たちの研究対象となっていたのだ。


 第5層の障壁を突破するため、オデットはその盾の研究資料を見せてもらえるように申請を出したのだったが──


「不許可では仕方ありませんわね。別の方法を考えますわ」

「いえ、不許可ではなく保留です。現在はカイン殿下がご不在のため、資料閲覧しりょうえつらんを許可するかどうかの判断ができないそうです。あのアイテムの研究は『ザメル派』と『カイン派』の共同で行われておりますので」


『カイン派』のトップであるカイン王子は、C級魔術師デメテルと共に国境巡回の旅に出ている。

 そのため、『カイン派』が関わる申請書類は、王子が戻るまで保留となっているそうだ。


 受付嬢はそう説明して、申し訳なさそうに頭を下げた。


「……そういうことなら、仕方ありませんわね」


 できればユウキが戻る前に第5階層に入って、彼をびっくりさせたかったのだけど。


(ユウキにはびっくりさせられっぱなしですもの。たまには仕返ししないと)


 自分が第5階層の障壁を突破したら、ユウキはどんな顔をするだろう。

 冷静に受け止めるだろうか。それとも「すごいなオデット!」と声をあげるだろうか。

 もしかしたら『フィーラ村』の子どもたちにしていたように、オデットの頭をなでたりするのだろうか。金色の髪に手をあてて、優しく──


(──って、なにを考えてますの!?)


 頭に浮かんだイメージに、思わず顔が赤くなる。

 頭をなでられて喜ぶなんて……自分とユウキは、そんなのじゃないのに。

 それじゃアイリスと同じじゃない──そんなことを考えて、オデットは顔を押さえた。

 不思議そうに自分を見る受付嬢に礼を言って、建物の外へ。

 ほほの熱が治まってきたのを確認して、ゆっくりと深呼吸する。


(側にいれば気になる。離れていると思い出してしまう。本当に困った方ですわね。ユウキは)


「オデットさま」

「──はいっ!?」


 不意に声をかけられて、心臓が飛び出しそうになる。

 顔を上げると、ジゼルがこちらを心配そうに見つめていた。


「どうかなさったのですか? なにやらご様子が……」

「い、いえ。なんでもないですわ」


 オデットは手ぐしで髪を整え、頬を叩いて表情を引き締める。


「例のアイテムについての、資料閲覧しりょうえつらんの申請が通らず、落ち込んでいただけです」

「そ、そうでしたか」

「宿舎に戻りますわ。そこで今後の打ち合わせをいたしましょう」


 オデットとジゼルは、『魔術ギルド』の敷地を出た。

 それから貴族街の大通りに入り、宿舎への道を歩き出す。


 ふと振り返ると、遠くにユウキの宿舎が見えた。王都に来たころのユウキはオデットの隣に住んでいたが、C級魔術師になったときに引っ越してしまったのだ。時々、ユウキは空を飛んで宿舎に来るが、オデットから訪ねることは少なくなった。

 ユウキがいない今、なおさら訪ねる理由はない。


(マーサさんからユウキの話をいろいろうかがいたいのですが、あるじが不在のときに訪ねるわけにはいきませんものね)


 もちろん、訪ねればマーサとレミーは歓迎してくれるだろう。それはわかる。

 なにが口実があれば、訪ねることもできるのだろうけれど──


「オデットさま。宿舎の屋根に、コウモリが留まっておりますね」

「いえ、あれはディックさんですわ」

「わかるのですか!?」

「何度も顔を合わせていますもの。見分けくらいつきますわ。あれはユウキの使い魔『コウモリ軍団』のリーダーであるディックさん──え? どうしてここに!?」


 オデットはローブの裾をひるがえし、走り出す。

 それに気づいたのか、屋根に止まっていたコウモリたちが、オデットに向かって飛んでくる。


「こちらへどうぞ、ディックさん」


 オデットが肩を叩くと、コウモリのディックがやってくる。

 器用に翼をすぼめて、ローブに包まれた肩に留まる。


「あなたがたはユウキやアイリスと一緒のはずですわよね? ふたりになにかありましたの?」

『キィキィ』

「……なんとなくわかりますわ。ユウキからの手紙を届けてくださいましたのね?」

『キィ』


 ディックがオデットに向かって首を振る。

 その胸元に、ペンダントのようなものがあった。先端には筒状になった紙が結びつけられている。

 オデットはディックの首からペンダントを外して、筒状の紙を外した。


 よく見ると、他のコウモリたちも同じものを身につけている。


「あれは違う手紙ですの? それとも同じもの?」

『キュ』

「後の方でうなずきましたわね。となると、ユウキは同じ手紙を複数よこしたということですか」


 それはたぶん、1匹でも王都にたどりつけば情報が伝わるようにという配慮はいりょだろう。

 彼がそう考えるほどの事件が起こったということだろうか。


「マイロードからの手紙ですか? オデットさま」

「国境地帯に、魔物と謎の騎士が現れたそうですわ」

『キィキィ』『キィ!』


 オデットの言葉に応えるように、コウモリのうち一匹が、ジゼルの肩に移動する。

 もう1匹は翼を広げ、ユウキの宿舎に向かって飛んでいく。


「手紙のうちひとつはマーサさんとレミーさんに、もうひとつはジゼルさんと『グレイル商会』のローデリアさんにでしょう。相変わらず用心深いですわね、ユウキは」

「あ、そういうことですか!?」

「ジゼルさんは『グレイル商会』に向かってください。わたくしは『魔術ギルド』に戻りますわ」


 手紙にはしっかり「この情報を魔術ギルドに伝えてくれ」と記されている。

 同時に、早馬も走らせているそうだけれど、それが王都に着いたという情報はまだない。

 ということは、この情報を知っているのはオデット、それとジゼルだけだ。


(これはユウキに頼られた、ということでよろしいのでしょうか)


 不思議と、オデットの胸が温かくなっていく。

 本当に困ったひと──そんなことを考えながら、オデットはジゼルと別れて、出てきたばかりの『魔術ギルド』に向かう。


「ギルドに報告すれば、必然的に王家にも伝わる。国そのものが警戒態勢を取ることができる。ユウキはそれを狙っているのでしょう?」

『キィキィ』


 オデットの言葉に、ディックがうなずいた。

 お互い言葉はわからないのに、意志はなんとなく通じてしまう。たぶん、前にユウキからもらった『魔力血ミステル・ブラッド』のおかげだろう。


(となると、今のわたくしはユウキの配下──いや、『フィーラ村』の住民と同じように、ユウキ=ノスフェラトゥを『守り神』として頼る住人でしょうか。ふふっ、楽しくなってきましたわ)


 ユウキが伝えてきたのは、文字通りの緊急情報きんきゅうじょうほうだ。

 しかし、現在『魔術ギルド』にはカイン王子がいない。

 だとすると、伝えるべき相手は──


「あれ? オデット=スレイさま。どうされましたか?」

「上級魔術師の方への面会をお願いするために参りました」

「あ、はい。えっと……オデットさまの階級では、B級以上の方との面会には2日前からの申請が必要となります。面会は明後日以降でもよろしいでしょうか?」

「そうですか。では申請と、ご伝言をお願いいたします」

「どなたへの面会をご希望ですか?」

「A級魔術師、老ザメルさまへ」


 オデットはスカートをつまみ上げ、貴族としての正式の礼をした。


「わたくしの盟友めいゆう、ユウキ=グロッサリアから連絡がまいりましたの。これは同行されているフローラ=ザメル嬢の安全にも関わることです。先方への連絡だけお願いいたしますわ。念のため『大至急』とだけ、付け加えてくださいませ」


 一分の隙も無い姿勢のまま、オデットはそんなことを宣言したのだった。

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