第117話「王女アイリス、捕虜を尋問する」

「われらが部隊長ロッゾ=バーンズからの報告です」


 翌日。

 俺とアイリスが滞在たいざいする村に、ロッゾさんの使者がやってきた。


「昨日、我が部隊は砦の周辺で、巨大な魔物と遭遇そうぐうしました。種族はゴブリンとオークでしたが、通常の倍以上の大きさがありました」


 ここは、村の集会場。

 アイリスの宿舎になっている建物で、俺とアイリスは兵士の報告を聞いていた。


「自分たちも砦の伝令兵でんれいへいから話を聞いてはおりましたが……あれほど巨大とは……」

「私もおどろいております」


 椅子に座ったまま、アイリスは兵士に問いかける。


「もちろんロッゾさまの部隊ならば、そのような魔物でも倒せると信じておりましたが」

「無論です。部隊長の指揮のもと、われらは魔物を倒しました。そのことは、ユウキ=グロッサリアさまの使い魔もごらんになっていたことでしょう」

「はい。俺はコウモリたちからも、ロッゾさまが勇戦ゆうせんされたことを聞いています」

「おっしゃる通りです。我が部隊は無事に、魔物の群れを全滅させました」


 兵士さんは興奮した口調で叫んだ。

 その顔に見覚えがあった。

 俺が『黒王騎』で駆けつけたとき、倒れていた兵士のひとりだ。

 怪我はしなかったようだ。よかった。


「──ですが、その後、我らは国境から来た謎の騎士に不意を突かれました。奴の攻撃で、数名の兵が負傷しました……」


 兵士さんはがっくりと肩を落として、そう言った。


「この世界に『王騎ロード』なる鎧が存在していることは知っていたのに……油断していたようです。殿下には、申し訳のしようもありません」

「それでも、致命傷を負われた方はいないのでしょう?」

「はい。重傷が1名。軽傷が2名。他は無傷です」

「不幸中の幸いでしたね……」


 アイリスはため息をついた。

 死人がいなくてよかった。

 現場にいた俺でも、兵士さんたちの状態はわからなかったからな。


「それで、あなたがたを襲った騎士はどうなったのですか?」

「漆黒の鎧をまとった者が倒してくれました」

「というと、もしや『トーリアス領』で『獣王ロード=オブ=ビースト』を倒した?」

「さようでございます」

「……そうですか」


 アイリスは横目で俺を見た。


「私はその方が戦うところを見たことはないのですが……やはり、強かったのでしょうね」

「それはもう!」


 兵士は、興奮したように叫んだ。


「あのお方は、我々が手も足も出なかった金色の騎士を、あっという間に無力化してくれました。武器を奪い、複数の魔術を用いて敵の動きを封じ、砦の壁にたたきつけたのです。さらに、敵の騎士をもうひとり捕らえてくれました。まさに一騎当千いっきとうせんの活躍でしたよ!」

「……私も、その姿を見たかったです」


 だから、こっちを見るな。アイリス。

 しょうがないだろ。お前アイリス王騎ロードが暴れてる場所に連れて行くわけにはいかないんだから。


「捕らえた騎士からは、なにか情報が得られたのでしょうか?」


 それからまたアイリスは真面目な顔になり、兵士さんに訊ねる。


「金色の鎧をまとっていた者も、捕らえた騎士も、まだなにも話しておりません……」


 兵士さんは少し考えてから、首を横に振る。


「どのような者たちなのでしょうか?」

「金色の騎士は若い少女でした。銀色の騎士の方は男性ですな。彼らは別々に、砦の牢屋に入れております」

「そうですか……」


 アイリスはしばらく無言だった。

 目を閉じて、なにか考え込んでいるようだ。


 しばらくして、アイリスは静かに席を立つ。

 胸に手を当て、意を決したように、兵士を見下ろして──


「私がその者たちと会って、話すことはできます?」

「とんでもない! アイリス殿下を危険にさらすわけには参りません!!」

「私も王家の一員です。国を守るためなら、多少の危険は覚悟しております」

「……殿下」

「今回の事件のことについては、すでに王都へ早馬を飛ばしております。数日で返事が戻ってくるでしょうが、おそらく、私の国境巡回こっきょうじゅんかいは中止となるでしょう」


 たぶん、そうなるだろう。


 現在、アイリスとカイン王子は兵士の部隊とともに、国境付近の村を回っている。

 だが、その近くで敵の襲撃があったのなら、巡回を続けるわけにはいかなくなる。王子や王女にとっては、危険すぎるからだ。

 おそらく、アイリスには王都から帰還命令が出るはずだ。


 それについては昨日のうちに、俺とアイリス、フローラで話をした。

 だが、アイリスが直接、捕虜ほりょと話をするなんてことは言ってなかったんだが……?


「帰還命令が出れば、私はなんの功績もなく、王都に戻ることとなります。ですから……せめて、なぜこのようなことが起きたのか、自分で確かめたいのです」

「お気持ちはわかりますが……」

「捕虜は牢獄に捕らわれているのでしょう? ならば、危険はないはず。それに私にも魔術の心得はあります。護衛騎士のユウキさまもついております。捕虜から話を聞くくらいのことはできましょう」

「それでも危険です。殿下」


 俺は話に割って入った。


捕虜ほりょとの面会なら、俺が行います。殿下が同席する必要はありません」

「私は、彼らと話をしてみたいのです」

「話を?」

「彼らと直接顔を合わせて、言葉を交わしてみたいのです。彼らがどうして王国の領土を侵したのか、自分たちの組織についてどう思うのか、自分自身で聞き出したいのです」


 アイリスはじっと俺を見た。


「わがままは承知しています。お願いです。許して──いえ、賛成していただけないでしょうか」


 まったく。

 言い出したら聞かないんだからな。アリスは。

 ……しょうがないな。

 アイリスがここまで言うからには、なにか理由があるのだろう。


 相手は武装解除ぶそうかいじょされてるはずだし、牢屋の中にいるなら危険はない。

 俺が側でフォローして、外にコウモリ軍団を待機させておけばいいか。


「わかりました。では、俺も同席してもよろしいですか? 危険だと感じた場合は、俺は殿下を連れてその場を離れます。それでいかがでしょうか」

「ありがとうございます。ユウキさま」


 アイリスは、ほっとしたような顔になる。

 俺が許可するかどうか、不安だったようだ。


 頭をなでて安心させてやりたいところだけど、人前だからな。我慢だ。


「と、いうわけです。アイリス殿下と捕虜が面会できるかどうか、ロッゾさんに聞いてもらえませんか」

「……わかりました」


 俺の言葉に、兵士さんはうなずいた。


「砦に戻って部隊長にお伝えします。返答はのちほど」

「お願いいたします」

「ロッゾさんに、よろしくお伝えください」

「殿下の勇気と責任感には感服いたしました。それと──」


 兵士さんはなぜか、優しい顔になり、


「アイリス殿下のユウキさまへの信頼にも、感服いたしました。ユウキさまが一緒なら、殿下に危険が及ぶことはないでしょう。自分も部隊長に、そのようにお伝えするつもりです」


 そう言って、兵士は部屋を出て行った。

 それを確認してから、俺とアイリスの頭に手を乗せた。


「いきなり変なこと言い出すなよ。アイリス」

「は……いつもマイロードにばかり、危険なことをさせてますから……私も、自分のできることをしたいんです」


 アイリスは俺の手を取り、ため息をついて、


「今回だけです。砦を攻めた騎士たちが『聖域教会』の関係者なら……話を聞いてみたいんです」

「わかった。隣で俺がフォローする。コウモリ軍団も外で待機させておくし、フローラ=ザメルにも同席してもらう。それでいいな?」

「はい。わがまま言ってごめんなさい。マイロード」

「いいよ。王家に報告するために、王女として話を聞きたいという気持ちもわかるからな」

「……ありがとうございます。マイロード」


 アイリスは俺の手を取り、うなずいた。

 それで、話は一旦終わりになった。

 あとでフローラも交えて打ち合わせをしよう。





 夕方、ロッゾさんの許可が出た。

 俺たちはアイリスを連れて、捕虜の話を聞きに行くことになったのだった。





 翌日。俺たちは辺境の砦に来ていた。

 まわりにいるのは案内役のロッゾさんと、俺とアイリス、そしてフローラ。

 その後ろには、護衛の兵士が数名控えている。


 俺たちは並んで、ゆっくりと階段を登っていく。

 目的地は砦の上層部。牢屋のある階だ。


「フローラ。聞いてもいいかな?」

「は、はい。ユウキ=グロッサリアさま」

「倉庫にあった金色の鎧は、『レプリカ=ロード』だと思う?」


 砦に来てすぐ、俺たちは倉庫に立ち寄った。

 そこで『金色の騎士』が使っていた『レプリカ・ロード』を見た。

 鎧はバラバラに壊れてしまっていたけれど、内部構造のチェックはできた。

 だから、『レプリカ・ロード』を使ったことがあるフローラに、意見を聞こうと思ったんだ。


「……『レプリカ・ロード』で間違いありません」


 フローラは小さな声で答えた。


「……わたしが使っていたものとは違いますけれど……鎧に魔力導体を付け加えて、機動性を上昇させるというコンセプトは同じです。わたしの『レプリカ・ロード』は『霊王ロード=オブ=ファントム』を元に作られていますけど、あれは別の『王騎ロード』を元にしていると思われます……」

「わかった。ありがとう」

「いえ、お役に立ててうれしいです」


 そんな話をしながら、俺たちは階段を上り続ける。

 4階まで上ったところで、ロッゾさんが立ち止まった。


「こちらが、牢屋のある階になります」


 4階の入り口には、兵士たちの詰め所があった。

 その先には鉄格子のある部屋が並んでいる。


 ロッゾさんが案内してくれたのは、詰め所に一番近い部屋だった。

 危険な捕虜ほりょとして、兵士たちの目の届くところに収容したそうだ。


「この少女が、金色の鎧をまとい、自分たちを襲って来た者です」


 鉄格子のついた牢屋の中に、黒髪の少女が座っていた。

 身につけているのは粗末な囚人服。膝をかかえて、ベッドにじっと腰を下ろしている。


「もうひとりの方は暴れて手がつけられないので、ベッドにしばりつけてあります。会話にはならないと思いますが、ご希望ならのちほどご案内します」

「ありがとうございます。ロッゾさま」


 アイリスはスカートの裾をつまんで、一礼した。

 彼女はいつものドレスではなく、今日は『魔術ギルド』の制服を着ている。

 捕虜ほりょにアイリスの素性を知られないように、という配慮だ。


「それでは殿でん──いえ、アイリスさま。どうぞ」


 ロッゾさんが牢屋の前から移動する。

 それを見たアイリスが、前に出た。


 アイリスは鉄格子の向こうにいる少女を見つめながら、深呼吸。

 やがて、静かな声で問いかける。


「捕虜の方。私は砦の兵士の皆さまの──上司にあたる者です」


 返事はない。

 捕虜の少女は、アイリスの方を見ようともしない。

 それには構わず、アイリスは続ける。


「あなたに、4つの質問をします。よろしいですか?」


 反応なし。


「第1の質問です。あなたは帝国との国境から現れましたね。ということは、あなたは帝国に属する者で、あの国の命令で、こちらの領土に踏み込んできたのですか?」

「……」


 回答はなし。まぁ、そうだろうな。

 敵には、この質問に答えるメリットはない。


 アイリスも、それは予想していたようだ。

 特にがっかりした様子はない。

 しばらく時間をおいて、淡々と、質問を口にしている。


「次の質問です。国境地帯に現れた巨大なゴブリンとオークと、あなたがまとっていたよろいは、魔術師の手によって作られたものですか?」

「……」


 再度、回答なし。

 鉄格子の向こうにいる少女はひざをかかえたままだ。


「なにもしゃべるな!」


 ──反応は別の場所から来た。

 少女がいる牢屋の対角線上、一番離れた場所にある牢屋からだ。


 ロッゾさんが俺にめくばせする。

 そこには、俺が捕らえたもうひとりの騎士がいるらしい。


「こいつらにはどうせなにもわかりはしない! 200年前の戦争から、なにひとつ魔術を発展させてこなかった連中だ! なにも話す必要などはない!!」

「──3つ目の質問です」


 声を無視して、アイリスは続ける。


「あなた方の目的は? 巨大な魔物の討伐ですか? それとも王国の偵察?」

「……」

「いいぞ。なにも言うな! なにも言うなよ!!」


 がぁんっ!


「──黙っていろ! あちらの捕虜に質問をしているのだ!」


 鉄格子てつごうしを蹴る音がした。

 見張りの兵士も、黙っていられなくなったらしい。


「……答えていただけないようですね。残念です」


 アイリスがため息をついた。

 俺は彼女のすぐ後ろに立っている。

 窓の外には、ディックたちコウモリ軍団も控えている。いつでもフォローできる状態だ。


 でも……どうしてアイリスは、こんな質問をしているんだろう。

 回答がないことくらい、アイリスなら予想できたはずだ。


 アイリスは『聖域教会』の関係者に話を聞いてみたいと言った。

 だとしたら、もっと別の質問を用意するかと思っていたんだが……。


「それでは、最後の質問です──」


 アイリスは鉄格子の向こういる少女を見据えて、告げた。


「200年前に『聖域教会』が大失敗して、ぶざまに滅亡したことについてどう考えていますか?」

「──!?」


 はじめて、反応があった。

 鉄格子の向こうで膝を抱えていた少女が、アイリスを見た。


「伝承によれば、『聖域教会』は、とある賢者の裏切りによって組織が瓦解がかいし、その力を奪われたそうです。つまり『聖域教会』は、その賢者に敗北したと言えるでしょう」

「────貴様」

「『聖域教会』にはその賢者の企みも、怒りも、悲しみも見抜くことはできなかった。だからぶざまに敗北して、滅亡した。あの組織には、人の大切なものを奪うことしかできなかったのです!!」

「貴様! 貴様は──私たちの組織を侮辱するか!!」

「ええ、侮辱しますよ。見下します。あの組織のせいで私たち──いえ、過去の人々は大切な存在を失ったのですから!」


 これか・・・、アイリスの言いたかったことは。


 アイリスは怒りに満ちた表情で、牢屋の中の捕虜に語りかけている。

 声を荒げてはいない。

 だけど、あいつは本気で怒っている。

 200年前に、『村の守り神前世の俺』を殺した組織の人間に対して。


 ──たぶん、ずっと聞きたかっただろう質問をぶつけている。


「私は『聖域教会』の関係者と出会うことがあったら、聞こうと思っていたのです。『古代器物』と『古代魔術』を手に入れながら、ぶざまに滅ぶというのはどんな気分なのか。どうしてこの時代まで生き延びているのか! 不死者アンデッドよりもくさった組織に所属している気分はどんなものなのか」

「──その口を閉じろ! わが組織のことなど、なにもわかっていないくせに!!」

「それが私の、4つ目の質問です。あなたが『聖域教会』に関係する方ならわかるでしょう。お答えいただけますか?」


 アイリスはスカートの裾をつまみあげて、一礼。

 その身体が、ステップを踏むようにして後ろにさがる。

 ──俺が抱え上げて引っ張ったからだ。



 がぁん!



 間一髪。

 捕虜ほりょの少女が鉄格子に向かって突っ込んで来て──アイリスに手を伸ばした。


「なにもわかっていないくせに! 帝国貴族が持つ力も! この作戦の意味もわからないくせに!!」

「──やめろ! それ以上言うな!!」


 捕虜の少女は目を見開き、声を張り上げる。

 仲間が止めるのも聞かず、叫び続ける。


「『エリュシオン』は私たちのものだ! 第5階層にあるシステムも! 失われた力も! 我々の『王騎ロード』はすでにお前たちの国へと──」

「黙れと言っているのだ! ハンナ=リヒター!」

「────」


 もうひとりの捕虜の声に、捕虜の少女が我に返る。

 彼女は怒りに満ちた目でアイリスをにらみつけてから──ベッドに戻り、また、膝を抱えた。


「…………ふぅ」


 アイリスの身体から、力が抜ける。

 俺の腕に支えられたまま、アイリスは、


「……お手数をおかけしてすいません。ユウキさま」

「……あとでお話があります。殿下」

「…………はい」


 アイリスは少し青ざめた顔で、うなずいた。

 興奮しすぎたせいだろう。

 ふらつく足で、俺に寄りかかりながら、歩き出す。


 最後の質問は、王女アイリスとしてのものじゃない。

 あれは『裏切りの賢者』ライル=カーマインの娘、アリスのものだ。


 ……アイリスは、ずっと我慢してたんだろうな。


 アリス・・・は『聖域教会』のせいで、前世の俺──ディーン=ノスフェラトゥを亡くしてる。

 だけど、王女としての立場があるから、感情を吐き出せずにいた。

 それがここで、限界が来たんだろう。


「……さっさと今回の事件を終わらせないとな」


 国境を越えて『王騎ロード』が入り込んだのなら、見つけ出して無力化する。

 その後で『エリュシオン』の探索を進めて、『古代魔術』と『古代器物』を手に入れる。

 そうすることで王国と『魔術ギルド』の戦力を増やす。

 帝国や『聖域教会』に対抗できるように。

『魔術ギルド』にも問題はあるけど、『聖域教会』に比べたらはるかにまともだからな。

 カイン王子やギルドのみなさんには、がんばってもらおう。


 最終的に──俺たちが第一司祭を引っ張り出して──不死の秘密を奪えば言うことはないんだけどな。

 奴がいなくなれば『聖域教会』は消えて、うちの子アイリスのストレスもなくなる。

 俺も安心して人間っぽく生きられるから。


 ──ふらつくアイリスを支えながら、俺はそんなことを考えていた。









「すごいです……殿下。相手を怒らせることで……情報を引き出すとは……」

「自分も感心いたしました。すばらしい話術でした」


 フローラとロッゾさんは感動したように、そう言った。

 俺たちはあの後、砦の1階にある休憩室きゅうけいしつに入った。


 アイリスを休ませるためだ。

 それに、これからの対応についても、話し合う必要があった。


「殿下のおかげで、奴らの目的がわかったような気がします」

「エリュシオンの奪取。あるいは、第5階層にあるシステムの確保。そのために奴らは所有する『王騎』を王国内に侵入させようとした──いや、もう、侵入させたとみるべきでしょう」


 ロッゾさんの言葉を、俺は引き継いだ。

 奴らの目的は、国境にいる兵士たちの注意を引きつけること。

 その間に、別の『王騎ロード』が国境を越えて、王国内に侵入した可能性がある。


「侵入者の目的は……巨大ダンジョン……『エリュシオン』に入り込むこと? でも、どうしようというのでしょうか?」


 フローラは少し自信なさそうにつぶやいた。

 そのまま答えを待つように、俺の方を見てる。

 俺は少し考えてから、


「あいつらは第5階層のシステムについて話をしていた。もしかしたら連中の組織は、あの階層に入り込む手段を持っているのかもしれない」

「魔術のことは自分にはわかりませんが……やつらが危険だというのはわかります」


 ロッゾさんはうなずいた。


「しかし、自分たちはこの場を離れるわけにはいきません。王都からの援軍が来るまで、国境を守らなければ」

「そこで、アイリス殿下にお願いがあります」


 俺は、アイリスの方を見た。

 アイリスは椅子に座っておとなしくしている。

 姫さまのふりをしているのだけど、無理してるのがよくわかる。


「王都には確実に情報を伝える必要があります。早馬とは別に、俺も王都に向かいたいのですが、許可をいただけるでしょうか」

「……ユウキさま」

「え? あ、はい。そうですね。別室で内密にお話がある、と。わかりました」


 俺はアイリスのセリフに、自分のセリフをかぶせた。

 それから先に立って別室に向かう。アイリスは席を立ち、後ろをついてくる。

 俺たちはそのまま別室へ。

 扉を閉めて、向こうの声が聞こえないことを確認して──


「……ごめんなさい。マイロード」


 アイリスは、深々と俺に頭を下げた。


「私は捕虜に……王女としての質問をするつもりだったのに……我を忘れてしまいました」

「別に謝らなくてもいいよ。アイリスの気持ちはわかる」 

「『聖域教会』の関係者を見たら、我慢できなくなっちゃったんです。あの人たちの仲間──第一司祭がまだ生きてて、その人がマイロードを殺して、『フィーラ村』をむちゃくちゃにしちゃったって思っちゃったら……押さえられなくて」


 アイリスの声は震えていた。

 まるで、泣くのをこらえてるように。


「いいんだ。お前は怒っていい」


 俺はアイリスの手を取った。


「『フィーラ村』のアリスとしても、『リースティア王国』のアイリスとしても、お前は『聖域教会』から迷惑をかけられてる。だから、怒ってもいいんだ」

「でも……でも!」


 ぎゅ、と、アイリスが、俺の手を握り返す。


「でも……マイロードは怒るのを我慢してますよね?」

「俺が?」

「はい。マイロードは落ち着いて、『聖域教会』と戦ってます。なのに、妻の私がこれじゃ」

「まだ妻じゃねぇだろ」

「未来の妻の私がこれじゃ……」

「こだわるな……」

「重要なことですから!」

「それと……俺が怒ってないってのは誤解だよ。俺も、奴らには頭にきてる」

「でも、私みたいにあの人たちをののしったりはしてないですよね?」

「俺はお前たちの『守り神』だからな」


 俺はアイリスの頭に手を乗せた。

 小さなアリスに、昔そうしてたように。


「前世からずっと、俺は村人と家族の『守り神』だ。だから、アイリスやマーサ、オデットや……グロッサリア伯爵家の家族を守るのが最優先なんだよ。怒るのはその後だ。もっとも……第一司祭と出会ったら、問答無用で激怒するかもしれねぇけどな」

「……マイロード」

「だから、アリス。お前は怒っていいんだ」

「……姫君らしくなくても?」

「そこは俺がフォローする」

「フォローしきれなく……なったら?」

「一緒に逃げてやる。だから、安心しろ。アリス」

「……はい」


 アイリスは俺に抱きついた。

 昔そうしてたように、俺の胸に耳を当て、心臓の鼓動を確かめる。


 前世でも同じことをされたたような気がする。

『マイロードは長生きですから、鼓動のペースが違うのかもしれません。確認させてください』って。

 母親のレミリアに言わせると、単に抱きつきたいだけだったらしいけど。


「マイロードは、王都に行かれるんですよね?」

「『王騎』があっちに向かってるかもしれない。その情報をオデットたちに伝えないとな」

「気をつけてくださいね」

「お前こそ」

「私は大丈夫です。私は帰還命令が来るまで、砦にこもっていますから」

「その後は?」

「……心配性ですね」

「誰のせいだよ」

「王都までの間に、ひとつ、大きな町がありました。そこに滞在して、マイロードの連絡を待ちます。そこなら兵士も多いですし、城壁も頑丈です。『王騎』が来たとしても、守り切れるでしょう」

「それなら、まぁ、安心かな」

「ほんっとに心配性ですね」

「この時代に『聖域教会』が生き残ってなければ、もうちょっと気楽に生きられたんだけどな」

「あとで私が文句を言っておきますね」

「俺がハラハラするからやめてくれ」

「はーい。了解しました」


 アイリスはやっと、顔を上げた。

 それから、俺の身体を放して、一歩後ろにさがる。


「『護衛騎士』ユウキ=グロッサリアさまにお願いいたします。私アイリス=リースティアの名代として王都に向かい、捕虜から得た情報を伝えてくださいませ」


 アイリスは姫君としての正式の礼をした。


「承知しました。わが主君アイリス殿下」


 だから俺も膝をついて、『護衛騎士』としての礼を返す。

 それから立ち上がり、俺とアイリスは「すぱーん」とハイタッチ。


「すぐに戻って来るから、おとなしくしてろよ」

「おまかせください。我が主君マイロード


 俺たちは、それぞれの出発のため、準備をすることにしたのだった。

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