第115話「部隊長ロッゾ=バーンズの戦いと、黄金の騎士の襲来」
──ロッゾ=バーンズ視点──
「不思議な少年だな。あの、ユウキ=グロッサリアは」
馬上で、ロッゾ=バーンズはつぶやいた。
「年若いというのに優れた魔術の技を持ち、状況判断も的確だ。アイリス殿下が信頼するのも当然だ。本当に頼りになるな、彼は」
ユウキ=グロッサリアがいれば、アイリス殿下の部隊は安全だろう。
素直に、そう思えた。
「──などと、同期の連中が聞いたらおどろくだろうな。『あのロッゾが素直になったぞ』と」
ロッゾ=バーンズは思わず苦笑いする。
父が将軍とはいえ、ロッゾも順調に部隊長の地位を得たわけではない。
むしろ逆だ。
ロッゾになにかあれば将軍であるダモン=バーンズに申し訳が立たない、そんなことを言われて、後方勤務に回されることが多かった。それはロッゾが一人息子だからで、母が亡き今、彼が死んだら父がひとりぼっちになってしまう──そういう気遣いからだったのだろう。
だが、ロッゾはそれが不満だった。
だから好んで、前線に出ようとしてきた。
魔物の討伐や、盗賊退治。そんなことを繰り返して、やっと部隊長になったのだ。
今回の『国境巡回』は、部隊長になって初めての仕事だ。
多くの部下を率いることに、多少の不安があった。ユウキ=グロッサリアに会いに行ったのはそのためだ。
『グロッサリア男爵家』の
きっと氷のように
だが、まったく違った。
初めてロッゾ=バーンズが彼に出会ったとき──
(……なんだ、この落ち着く感じは)
まるで、経験を積んだ年長者と出会ったような気分になった。
(そんなはずがあるか。この少年はまだ15歳だぞ!?)
別にユウキ=グロッサリアが老けているわけではない。
口調が年寄りっぽいわけでもない。
むしろ若々しい。つるりとした顔にはヒゲも生えていない。
なのに、側にいると、まるで父や父の友人と共にいるように感じてしまう。
それは生まれてからずっと、年配の父と、その友人に囲まれて育ってきたロッゾ=バーンズだから感じるものだったのだろう。ロッゾのまわりには、齢と経験を積んだ者が多かったからだ。
(同じものを15歳の少年から感じるとは……何者なのだ。ユウキ=グロッサリアという少年は)
その違和感は、ここまで一緒に旅をしてきて確信に変わった。
ユウキ=グロッサリアは、生まれついての英雄である、と。
彼は民をまとめ、軍を率いる才能を持って生まれついた少年なのだ。
ロッゾ=バーンズも、小さい頃から英雄の物語を読んできた。
生まれついての才能を持ち、短期間で成り上がる──そういう者がいることは知っている。
ただ、ユウキ=グロッサリアに、その自覚はまだ、無いようだ。
ならばそれを守り育てるのが、年長者の役目だろう。
(だが……これは誰にも言わない方がいいだろうな)
ロッゾ=バーンズは馬上で首を横に振った。
言ったところで、
仮に信じる者がいたとしたら、今度はユウキ=グロッサリアに迷惑がかかる。
年長者としては、彼の才能が育ち、開花するのを待つべきだろうな──そんなことを考えながら、ロッゾ=バーンズは馬を進めていた。
彼の部隊は、国境近くの砦に向かって進んでいる。
砦の守備兵を支援するためだ。
すでに王都には使いを出しているから、10日もすれば正式な援軍がやってくるだろう。
それまで砦の守備兵と合流して、砦を守ればいい。
たとえ魔物が強大でも、砦の中で守りに徹すれば、援軍が来るまでは保つだろう。
「隊長! 魔物の姿が見えます!」
不意に、先頭を進んでいた兵士たちが声をあげた。
「場所は、砦の方向! 交戦中のようです! 魔物は……オークです!!」
「オークか。ならば砦の守備兵でも倒せる──待て! どうしてこの距離で見える!?」
ロッゾ=バーズは馬上で目をこらした。
街道の向こうに砦が見える。まだ距離がある。
その周囲に、確かに魔物の姿が見えた。木製の棍棒を振り回している。
なにかと戦っているようだが、相手の姿は見えない。
あり得ない。
オークの身長は人間とほぼ同じだ。
それが棍棒を振り回して接近戦をやっているのなら、相手の姿も見えるはずだ。
見えないとしたら、そのオークが人間よりもはるかに小さな相手と戦っているか──
「──あるいは、オークが異常なくらい、大きいか」
ロッゾ=バーンズは馬のたずなを握りしめた。
「魔物の討伐に向かう! 騎兵はついてこい。歩兵は我々が敵の注意を引きつけている間に、魔物の側面に回り込め!」
「「「了解しました!!」」」
兵士たちの返事を聞きながら、ロッゾ=バーンズは馬を走らせる。
騎乗のまま弓を構え、放つ。
矢はオークまで届かない。やはり、遠いのだ。
つまりこの距離でも見えるほど、オークが巨大だということになる。
おそらくは2倍──あるいは3倍の大きさがあるのだろう。
馬を走らせているうちに、オークと戦っている者の姿が見えてくる。
ロッゾたちと同じ
「皆の者! 声をあげよ! 援軍が来たことを知らせるのだ!!」
「「「おおおおおおおおおおっ!!」」」
兵士たちが槍を振り上げ、声をあげる。
オークたちが気づいたのか、こっちを向いた。
「将軍ダモン=バーンズの子、ロッゾ=バーンズだ! 異形の魔物よ、我らの国に侵入することは許さぬ!」
ロッゾ=バーンズは再び矢を放つ。
今度は届いた。矢はオークの
『ヴゥオオオオオオオオオオ!!』
不快そうな声。オークの両目が、ロッゾ=バーンズを捉える。
巨大オークの数は5体。うち3体がこちらに向かって来る。
ロッゾ=バーンズは馬の速度をゆるめる。
その間に歩兵が追いついてくる。
姿勢を低くして、街道横の草むらに身を隠しながら、魔物の側面に回り込む。
「魔物を排除せよ。かかれ──っ!」
砦の兵たちの方には巨大オークが2体。ロッゾ=バーンズの部隊には3体。
敵の分断に成功した。
これなら、それぞれ囲んで
『グギィアアアアア!!』
魔物が悲鳴をあげる。
正面から騎兵。左右の草むらからは歩兵。
兵士たちは一斉に『巨大オーク』におそいかかる。
「──罠にかかったな。魔物ども」
「──ロッゾ=バーンズさまの作戦は確実だ!」
「油断するな! まだこいつらの正体がわからないのだぞ!!」
叫びながら、ロッゾ=バーンズは『巨大オーク』に槍を突き刺す。
「──固いな。大きい分だけ皮膚が厚いのか!?」
たぶん、肉や脂肪も厚いだろう。
となると、胴体を刺しても無駄だ。槍は内臓には届かない。
『グガアアアアァ!』
オークが棍棒を振り下ろす。
が、ロッゾ=バーンズには届かない。かすりもしない。
ロッゾ=バーンズは『巨大オーク』の顔を見上げる。
人間よりも尖った耳。潰れたような鼻。
見た目は、間違いなくオークだ。だがサイズが通常種の2倍から3倍。
その分、筋力も強くなっている。
巨大な棍棒は風を切り、ロッゾ=バーンズや兵士を掠めて地面を叩く。
そのたびに土が舞い上がり、大音響に馬が悲鳴をあげる。
「はっ、当たらねぇよ!」
「しょせんはオークだ。しかも、でかい分だけ動きがにぶい!」
「こんな奴に砦の連中は苦戦してるのか!?」
「──違う! よく見ろ!」
ロッゾ=バーンズは、巨大オークの頭を指さした。
オークの頭部に、黒いものがまとわりついていた。
空を舞う小さな生き物が『巨大オーク』の注意を引きつけ、視界をさえぎっているのだ。
「あれは……コウモリ。ということは、ユウキ=グロッサリアどのの使い魔か!!」
『キキィ!』
答えるようにコウモリが鳴いた。
「こんなところで
やはり、ユウキ=グロッサリアは格が違う。
そう思いながら、ロッゾ=バーンズは『巨大オーク』に突進する。
『……ギィアアアアアア!!』
槍が『巨大オーク』の
「通常種と弱点は同じか。ここは比較的、肉が薄いからな!」
ロッゾ=バーンズは槍を引き抜いた。
『巨大オーク』の喉から血が噴き出す。
魔物は悲鳴を上げながら、そのまま、ずずん、と、地面に倒れた。
「歴戦の魔術師──ユウキどのの使い魔が支援してくれている! 無様なところは見せられぬぞ! 一気に魔物を
「「「おおおおおおっ!!」」」
兵士たちは『巨大オーク』に向かっていく。
槍が、剣が、魔物の肉を斬り裂いていく。
『巨大オーク』の身体から、徐々に出血が増えていく。
兵士たちに囲まれた『巨大オーク』はパニック状態で、棍棒を振り回すだけ。
やがて力尽き、残りの2体も地面に倒れた。
「支援に感謝する! ユウキどのの使い魔どの!」
『キキィ?』
「我々はこれから砦の守備兵と合流する。向こうもすでに敵を1体倒したようだ。あとは我々でなんとかする。君は、ここに巨大な魔物がいたことと、我々がそれを倒したことを、ユウキどのに伝えてくれ。支援に感謝する。いつかこの借りは必ず返すと」
『──キィ?』
コウモリは迷うように、ロッゾ=バーンズの頭上を回っていた。
しばらくして納得したのか、町の方に飛び去る。
「よし。我々はこのまま砦の守備兵と合流する。進め!」
「「「了解です!!」」」
『巨大オーク』3体を倒し、兵士たちの士気は高い。
疲れた様子も見せずに、砦に向かって走り出す。
「すまない! ロッゾ=バーンズどの!!」
『巨大オーク』と戦っていた守備兵が声をあげる。
彼らは、傷だらけだった。鎧もところどころ壊れている。動けない者もいる。
巨大な魔物5体と戦ったのだ。無理もない。
むしろ敵の正体がわからない状態で、砦を守ってくれたことに感謝しながら、ロッゾ=バーンズは最後の『巨大オーク』に向かっていく。
戦闘は数分で終わった。
いくら巨大なオークとはいえ、集団で囲まれてはひとたまりもない。
無数の槍に貫かれ、オークは血を流しながら、地面に倒れたのだった。
「支援に感謝します。北方国境砦を預かる、ガストンと申します」
「ガストンどののことは、父からうかがっております。それで、この魔物は──?」
「わかりませぬ。我々にも正体がわからないのです」
守備隊長ガストンは『巨大オーク』の死体を見下ろしていた。
「少し前までは、通常よりも大きなオーガなどと戦っていました。ただ、大きいとは言っても、せいぜい1・2倍くらいです。だが、このオークは──」
「通常種の倍以上はあるな」
「ただ大きいというだけで、オークがこれほどの強敵になるとは……」
砦の守備隊長は頭を抱えた。
「オークなどは年季を積んだ冒険者であれば問題にもしないはずです。それを、砦の守備兵総出でやっと2体が倒せる程度とは……この任務を与えてくれた国王陛下に申し訳が立ちません」
「いや、自分もこんな魔物と戦ったことはない。苦戦するのも仕方ないでしょう」
ロッゾ=バーンズは、ユウキから聞いた言葉を思い出していた。
彼は自分自身が『巨大化した魔物』と戦った経験について教えてくれていた。もしも、ユウキが戦った魔物や、この『巨大オーク』のようなものが次々に現れるとしたら──
「兵力を今の倍、いや、数倍にしなければ防ぎきれないだろう」
「……ロッゾ=バーンズどの」
「砦に案内していただけるか? 王都に追加の書状を出そう。緊急事態だということを伝えて、援軍を送ってもらうのだ。もしかしたら、新たな砦を建築しなければいけないかもしれない」
「わかりました。どうぞ、こちらへ」
守備隊長ガストンが、ロッゾ=バーンズを砦へと案内しようとしたとき──
「隊長! 例の
砦の守備兵の声が響いた。
ロッゾ=バーンズは馬上で振り返る。
国境に近い、草原の向こうに、銀色の騎兵たちが並んでいた。
数は……10人から20人といったところだろう。
彼らの中央にいるのは、ひときわ大きな騎兵だった。
まとっているのは、黄金の鎧だ。
全身をくまなく
鎧には大きなたてがみがついている。それは兜から背中、騎乗している馬まで続いているようだった。人馬一体とはこのことだな──と、ロッゾ=バーンズは思わずつぶやく。人間だけではなく馬まで、黄金の
さらに異常なのは、騎士の武器だ。
「あれでは重すぎて、馬も人も長時間は戦えないはずだが……?」
「いけません! あれに近づいてはいけない!!」
守備隊長ガストンが叫ぶ。
次の瞬間、黄金の騎士が、ロッゾ=バーンズの視界から消えた。
次の瞬間──
「──『リースティア王国』──国境地帯の新戦力を確認」
「──なに!?」
黄金の騎士は、ロッゾ=バーンズの目の前に移動していた。
まるで空中を滑ってきたかのように、騎士の
「
「貴様は──何者だ!?」
ロッゾ=バーンズは反射的に槍を突き出す。弾かれる。
その隙に彼は距離を取る。
心臓が
「
「──なに!?」
「質問への回答」
感情のない声が返ってくる。高い声。中にいるのは女性だろうか。
「聖なる者であるが故に、危険なものがわかる」
「危険なのは貴様の方だ!!」
がぃんっ!
ロッゾ=バーンズの槍を、自称
だが、それは計算済み。
ロッゾ=バーンズは槍を投げ捨て、背中の長剣を抜く。間合いを詰める。
「勝てぬかもしれぬが、せめて顔くらいは見せてもらうぞ!」
「遅い」
聖騎士の姿が消えた。
ロッゾ=バーンズは左右を見回す。
まただ。聖騎士の馬は、足を動かしてさえいない。まるで地上をすべるように移動している。
さっきは長距離を。今は左右へ。
「無力化を
ロッゾ=バーンズの側面に回り込んだ聖騎士がつぶやく。
「隊長になにをする!!」
「ロッゾさまを守れ!」
「集団でかかるのだ!!」
「やめろ! この者に近づくな!!」
ロッゾ=バーンズが叫ぶ。が、遅い。
ごすっ。
重い音がして、兵士たちが地面に転がる。
聖騎士は両手の
「──脅威度:E。ただし数が多い。減らす?」
「部下に手を出すな!!」
ロッゾ=バーンズは再び聖騎士に立ち向かう。
相手の動きはわかった。音もなく左右に動く──だったら、
「それを前提に対処すれば──」
「──ふわり」
聖騎士が馬ごと、跳んだ。
助走さえもせずに、ロッゾ=バーンズの頭上へ。
「──脅威度:D+。排除。および混乱を
頭上から、ランスを手に降ってくる。聖騎士。
ロッゾ=バーンズは剣を振り切った姿勢のまま、それを見上げていた。
(──なんだ、こいつは)
人間の動きではない。
できるとしたら、それは『魔術ギルド』が手に入れたあれと同質の──
「──
聖騎士が2本の突撃槍を突き出し──
「──むちゃくちゃ強い
飛来した
「──対処」
黄金の騎士が
真横に跳んで、地面に落ちた
「今のは、まさか──?」
ロッゾ=バーンズは不意に、辺境のトーリアス領を襲った『
その王騎が、国の領土を守ってくれたことを。
そして、その王騎に、黒い翼が生えていたことも。
「どこから来た!? いや、助けてくれたのか!?」
「あなたはすごいな」
黒い鎧が、妙にくぐもった声で言った。
「あの『王騎』と渡り合うなんて、強すぎだ。でも、無茶をしすぎだと思う」
「あ、ああ」
「下がっていて欲しい。あれはこっちでなんとかする」
黒い翼を広げた
空中に浮かんだ姿は、凶悪な魔物にも見えた。だが、その姿が今はたのもしい。
ロッゾ=バーンズは配下をまとめて、砦の方に移動する。
逃げるわけではない。
ただ、邪魔をしてはいけない。そんな気がしていたのだ。
「──脅威度:S。最も危険なものと認定」
聖騎士は、自分の使命を邪魔した黒い
漆黒の大きな翼を広げて、巨大なかぎ爪を供えた、魔王めいた姿を。
「──
「面倒だから帰ってくれ。でないと、それを壊さなきゃいけなくなる」
黒い
金色の聖騎士が地面を蹴る。
そして、戦闘が始まった。
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