第114話「元魔王、ちょっとだけ世話を焼く」
翌日、第8王女アイリス=リースティアの一行は、目的地の村に到着した。
ここからさらに北西に向かうと、ガイウル帝国への国境にさしかかる。
さらに、国境までの間にもいくつか町と砦があるそうだ。
「自分たちは、ここで君たちとはお別れだな」
兵団と一緒に同行していた、ロッゾさんは言った。
俺とアイリスの一行は国境近くの村を、ロッゾさんは砦を回ることになっている。
戦いになれた人間が率いている方が砦を、王女は平和な町を、という分担らしい。
「自分は、逆の分担でも問題ないと思っているよ」
俺の隣で馬を進めながら、ロッゾさんは俺の方を見た。
「殿下の一行が砦に向かっても、魔物が出ても、君が一緒ならまったく危険はないだろう」
「かいかぶりすぎです」
「ミノタウロスを
「それは関係ないです。俺が王女殿下を危ない場所に連れて行くわけにはいきません」
うちの子には危ないことをさせない、というのが、前世からの俺のポリシーだ。
できることなら、アイリスを領地巡回になんか行かせたくなかった。
アイリスには仮病を使わせて、俺だけ領地巡回に行こうとも考えたんだけど、それは本人に拒否された。
『マイロードのお嫁さんになるまで、ちゃんと王女としての仕事はします』
と、アイリスは言った。
立派になったな。アリス。
前世で先生をやってた身としては、うれしい限りだ。
あとは本能と思いつきで動くくせが直れば、俺としては言うことがないんだが。
「ユウキさま……ちょっとよろしいですか」
ふと気づくと、村の入り口に停まった馬車の中で、アイリスが手招きしていた。
行列の先頭では、兵士たちが村人たちと話をしている。
宿が決まるまで、まだ時間はありそうだ。
俺は馬を兵士に預けて、馬車の中に入った。
「どうしましたか、殿下」
「護衛の者から報告がありました。近くにある砦の兵士が、この村に来ているようです」
「砦の兵士が?」
「はい。ここで私とロッゾ=バーンズさまの一行を、待っていたらしいのです」
アイリスは真面目な顔でそう言った。
「けれど、私は王女として、村長と話をしなければいけません。すいませんけどマイロード。私の代理として、お話を聞いてきてもらえませんか?」
「ああ、別に構わないぞ」
アイリスの役目は、帝国との国境に近い領地を兵士と共に回ること。
王女の姿を見せることで、民に『王家は必ず民を守る』ということを知らしめることにある。
村人から話を聞くのは、俺や兵士の仕事だ。
「私としてはマイロードを使ってるみたいで、すごく落ち着かないのですが……」
「気にしなくていい。王家にとっては格式も大事なんだろ? というか、王家ってのは格式と権威で仕事をしているようなものだからなぁ」
「……ふふっ」
アイリスは口を押さえて笑った。
「ほんとに、マイロードと話をしてると、王家の中に捕らわれていることが、どうでもいいことに思えてきますね……」
「そりゃ前世では200年生きてたからな。その間に、小さな国が滅びた話も、大きな国のトップが入れ替わった話も聞いてきたから」
俺も、うまくいけばアイリスもマーサも、これから長い時間を生きることになる。
今のリースティア王国やガイウル帝国がなくなるところも、見ることになるのかもしれない。
……できれば王国には、俺たちが生きてる間は残ってて欲しいけど。
国がなくなると、色々とめんどくさいからな。後継者争いとか、権力争いとか。
「それじゃ行ってくる。ロッゾさんにも話をしておくよ」
「よろしくお願いしますね。マイロード」
そうして俺は、アイリスに先行して、村の中へと入ったのだった。
「実は、砦のまわりに、怪しい魔物が現れるようになったのです」
話し合いの場所として、村長は自分の家を提供してくれた。
今はそこに俺とロッゾさん、砦の兵士が集まっているところだ。
砦の兵士は、緊張した顔をしている。
彼はもともと、王都に救援を求めに向かおうとしていた。
その途中で、アイリスとロッゾさんの部隊に気づいて、直接話をすることにしたそうだ。
「我々も討伐に出ているのですが……強力な魔物のため、力不足で、そのため──」
「そのため……どうした?」
ロッゾさんが問いかける。
砦の兵士は口ごもっていたけれど、しばらくして、口を開いた。
「我々がてこずっている間に、謎の騎士団が、魔物を討伐していくのです」
「謎の騎士団だと?」
「はい。数は十数名。全員、馬に乗っています。全身が
「ひとつ確認だ。魔物が現れるのは、国境のこちら側か。それとも向こう側か?」
「どちらもですね。王国側に出てくることの方が多いですが」
「確かに奇妙だな。強力な魔物と、謎の騎士団、か」
「ですから、調査をお願いするために、私は王都に向かう予定だったのです。途中、この村に立ち寄ったところ、アイリス殿下とロッゾ=バーンズさまの一行が近づいていることを知りました。ならば、直接お話した方がいいと考えたのです」
報告を終えて、砦の兵士は安心したようなため息をついた。
「どう思う? ユウキ=グロッサリアどの」
ロッゾさんが俺の方を見た。
「国境地帯に現れたのは、もしかして巨人クラスの魔物ですか?」
聞いてみた。
「どうしてわかったのですか!?」
驚かれた。
正解だったようだ。
少し前に、俺たちは大きな『ミノタウロス』と戦った。
その前には、『アームド・オーガ』とも戦ってる。
そういえばダンジョンの第3階層にも『ジャイアント・オーガ』がいたな。
『聖域教会』や、帝国に関係するものに近づくと、巨大な魔物が顔を出す。
もしかしたら、そういう魔物を作り出すなにかが、この時代には存在するのかもしれない。
魔物を巨大化させる『古代魔術』あるいは『古代器物』とか。
まだ想像でしかないけどな。これは。
だけど、ロッゾさんにも念のため、情報は伝えておくべきだろう。
「これは以前、トーリアス領で『獣王騎』と戦ったときのことなんですけど──」
俺はロッゾさんと砦の兵士に『アームド・オーガ』や巨大な魔物のことを話した。
「なるほど。帝国に近づくと、『巨大な魔物』が現れる、か」
話を聞き終えたあと、ロッゾさんはうなずいた。
「……不気味な話だな。これは」
「まったく同感です」
俺はうなずいた。
200年前はいなかった魔物が、現在、現れている。
その理由がわからない。
……気持ち悪いな。なんとなく。
「自分の部隊はこのまま、国境近くの砦に向かうことにする」
しばらくあと、ロッゾさんが言った。
「あの砦を守っているのは、父の……将軍バーンズの知人でもある。放ってはおけない。どのみち、自分たちは砦に向かうつもりだったからな」
「魔物と戦われるのですか?」
「いや、まずは様子見だな。我々が援軍として向かえば、砦の皆の士気も上がるだろう。王都から本格的な援軍が来る前の時間稼ぎだ。もちろん、王都に使者も出すつもりだよ」
砦から来た兵士は、使者としてこのまま王都に向かう。
ロッゾさんはそれに馬と、部下を数人つけるそうだ。
「わかりました。気をつけてくださいね」
「安心したまえ。無茶はしない。自分は父のようになりたいのだ。ならば、あの
ロッゾさんは
その仕草はバーンズ将軍にそっくりだった。やっぱり、親子なんだな。
親子か。
……いいなぁ。
やっぱり同じ時代に子どもが生きてるっていいよな。
先に死なれると、きっついもんなぁ……。
『フィーラ村』のみんなも……もういないからな。
この時代にアイリスとローデリア、ナターシャやオフェリアがいてくれてよかったと思う。
本当に。
「自分は準備ができたらすぐに出発する。もちろん、アイリス殿下にごあいさつしてから行くつもりだよ。殿下にそう伝えておいてもらえるだろうか」
「わかりました。ロッゾさん」
そんな話をしてから、俺たちは村長の家を出た。
ロッゾさんは、自分が率いてきた部隊のところへ歩き出す。
部隊は、騎兵と歩兵を含めて数十人。砦にも数十人の兵士がいるというから、兵力が2倍になるわけだ。
それなら、大丈夫だろう。
本人も、巨大な魔物と戦うつもりはないと言っていたし。
俺が心配することでもないよな。
……だよな。うん。そうだ。
『ごしゅじんー』
俺の肩に、コウモリのディックが乗った。
……なんてタイミングだ。しかも、退屈そうにあくびをしてる。
今日はなにもなかったもんな。そっか、暇なのか。しょうがないな……。
「悪い、ディック。ロッゾさんについていってくれ」
『はいはいー!」
「なにかあったら連絡するように」
『しょうちしました。ごしゅじんー』
これでいいな。
バーンズ将軍にはお世話になってるからな。これくらいはいいだろう。
もう充分だ。
あんまり手を回して、ロッゾさんの仕事の邪魔をするわけにもいかないからな。
…………うん。
「お帰りなさい。マイロード」
アイリスは、村人が用意した宿舎で待っていた。
村人が気を利かせて、一番大きな家を用意してくれたようだ。
部屋もたくさんある。
倉庫も併設されている。馬車を入れても、充分スペースが余るくらいだ。
辺境の村は、冬に備えて食料をたくさんたくわえる必要があるからな。
『フィーラ村』にも大きな倉庫があったし。この村も同じなんだろう。
すごく広い。
俺が住んでた古城の、隠し部屋くらいの広さはあるな。
「……どうしましたか? マイロード」
「殿下。いや、アイリス殿下、お願いがあるんだけど」
「はい。なんでしょう」
「隣の倉庫、俺が借りてもいいか? 兵士さんたち立ち入り禁止にして」
「もちろん。構いません。私からみんなに言っておきましょう」
「悪いな」
「なんてことないです。だって、マイロードには
アイリスは真顔でうなずいた。
ほんと、察しがいいな。
「ああ。必要になるかもしれない」
「なにもなければいいんですけどね」
「そうだな」
それから俺とアイリスは椅子に座ってお茶を飲んだ。
ほんと、なにもなければいいんだけどな。
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