第112話「元魔王と王女、スライムと仲良しになる」

 俺がアイリスの馬車に戻ってすぐ、コウモリのディックが戻って来た。

 スライムが見つかった、という連絡だった。

 さすが転生後、最初に使い魔にしたディックだ。仕事が早いな。


「……というわけだから、ちょっと行ってくる」

「はい。マイロード、お気を付けて」

「ミノタウロスについての報告はしたよな。俺とコウモリ軍団が使った複合魔術と、そのやり方についても。ロッゾさんと部下の兵士さんたちがミノタウロスの遺体を調べてるから、しばらく行列がここで停まるってことも言ったし……他になにかあったっけ?」

「もー、気にしすぎですよ。マイロード」

「一応、今の俺はアイリスの『護衛騎士』だから」

「ご報告は、戻ってきてからうかがいます」


 アイリスは俺の手を取った。


「どうかマイロードのしたいようにしてください。表向きは姫君でも、私はマイロードの臣下なのですから」

「ありがと。アイリス」

「まぁ、すぐに配偶者はいぐうしゃになるんですけどねっ」

「いいセリフがだいなしになったぞ。こら」


 俺はアイリスに見送られて、スライム捕獲に向かったのだった。







「なるほど。グリーンスライムか」

『はいー。今のディックなら余裕で勝てるのですー』


 ここは、街道から少し離れたところにある草原だった。

 振り返ると、遠くにアイリスの馬車が見える。街道を挟んだ反対側で、ロッゾさんたちがミノタウロスの遺体を調べてるのも。


『このあたりなのですー。いたですー』


 コウモリのディックが、草の間にある小さなくぼみを指し示した。

 少し前に雨が降ったのか、大きな水たまりができている。


 そこに、小さなスライムがいた。

 色は緑色。ゆっくりとした動きで、草の上に移動している。


 グリーンスライムだ。


 こいつはスライムの中でもおとなしく、沼地や草地の虫などを取り込んで食べる。

 素直で賢いから、使い魔にするには最適だ。


「俺はユウキ=グロッサリア……いや、ユウキ=ノスフェラトゥと言う」


 俺はしゃがんで、草の上のスライムに話しかけた。


『(ふるふる、ふるふる)』


 スライムは応えるように震えた。


「実は俺は、使い魔になってくれそうなスライムを探してるんだ」

『(ふるふる?)』

「仕事は魔術の実験と、日常の雑務だ。そんなに危険なことはしない。俺の側にいてもらうことになるから、ご飯は出す。魔力もやる。やってもらえるだろうか?」

『(ふるふる、ふる)』

「……意思は通じているようだな」


 俺は指先に傷をつけた。

 あふれでる『魔力血ミステル・ブラッド』を、グリーンスライムに近づける。


「これは『魔力血』という。飲めばお前は賢く、強くなる。望むならこれを飲んで、俺の使い魔に──」

『キューッ』



 ぱくり。



 グリーンスライムは、俺の指先に飛びついた。

 そのまま『魔力血』を吸い取り、ぷよん、と、元の位置に戻る。


『…………ごしゅじ、ごしゅじ、ん?』


 グリーンスライムが、小さな声でつぶやいた。


『ごしゅじんー! ごしゅじんー!』

「『魔力血』は効いたようだな」

『はいー。使い魔。なるー』

「ありがとう。助かる」

『家族が、ミノタウロスに殺されたのでー。ごしゅじんは、かたきうち、してくれたー』

「そうなのか?」

『はいはいー。突然、南の方からやってきて、この土地、荒らしたのー』

「ミノタウロスの他に誰かいなかったか?」

『……わかんないのー』


 グリーンスライムは困ったように身体をくねらせた。

 まぁ、スライムはそんなに記憶力は良くないからな。しょうがないか。


「わかった。それでお前の名前は?」

『ないですー』

「それじゃ……メイでいいか?」

『ありがとですー』

「よろしくな、メイ」

『はいはいー』


 俺はスライムのメイを革袋に入れた。

 それじゃこの子をロッゾさんとフローラ=ザメルに紹介しよう。

 敵と間違えて攻撃されると困るし。





「これが俺の新しい使い魔、スライムのメイです。無害なグリーンスライムなので、人に危害を加えることはありません。見かけても攻撃しないでくれると助かります」

『(ふにふに、ふに)』

「…………あ、はい」

「「……そうですね」」


 ロッゾさんと兵士のみなさんは、呆然とした顔になってる。


「ユウキどの」

「はい、ロッゾさん」

「君はどうやって、スライムと意思を通じ合わせたのかな?」

「なんとなくです」『ふにふにー』


 俺が手を伸ばすと、革袋から出てきたメイが指先を、つんつん、と突っついた。

 仲良しの印だ。


「使い魔を現地調達なんて聞いたことがないぞ。こんなすぐにできるものなのか? フローラ=ザメルどの」

「不可能ではないですけど……難しいですね」


 フローラ=ザメルは首を横に振った。


「生き物を使い魔にするには儀式が必要なんです。自分と対象の波長を合わせて、使い魔にするための。それをあっという間に? しかも、スライムとこんなに仲良しに……?」

「俺たちの相性がよかったんですね」


 俺は言った。

 これは嘘じゃない。

 魔術師が長年飼ってる犬なんかは、あっさり使い魔にできたりするからな。


 俺の言葉に、ロッゾさんは「なるほど」とうなずいてくれた。

 フローラ=ザメルはまだ首をひねってるけど。


「ユウキ=グロッサリアさまはどうして、スライムを使い魔にされたのですか?」

「魔術の実験のためです」

「なるほど……さすが、ユウキ=グロッサリアさまです。すばらしい研究意欲、です」

「それとマーサ──うちのメイドが、天井を掃除するものを欲しがってたので」

「…………はい?」


 フローラ=ザメルがきょとんとした顔になる。

 俺は説明を続ける。


「出るときにマーサに言われたんです。天井を掃除する道具が欲しいって。でも、マーサも見習いメイドのレミーも背が低いですからね、届かないんですよ」

「…………は、はい」

「でも、ふたりとも仕事熱心だから、テーブルや椅子を積み重ねて掃除しそうで心配で。だったら道具を使うより、スライムに掃除してもらった方がいいんじゃないかと」


 メイを使い魔にしたのは、実はそっちの方がメインだ。

 スライムなら壁伝いに天井まで行くことができる。

 雑巾を持たせれば、簡単に拭き掃除をしてくれるはずだ。


「本当はもう2、3匹いればいいんですけど」

『キュー! キュキュ!!』

「……お前が3匹分働くのか? 無理しなくてもいいぞ」

『キュッ! キューッ!!』

「わかったわかった。王都に帰ったら、マーサとレミーに紹介するから」


 なかなか強気なスライムだな。メイは。

 まぁ、やる気があるのはいいことだ。


「…………掃除……おそるべき技術でスライムを使い魔にした理由が……おそうじ」

「……あれ? フローラ=ザメル?」

「…………おじいさま、『ザメル派』のみなさん。ユウキ=グロッサリアさまは、あなたたちの想像の外にいるお方です…………すごいです……」

「おーい」

「…………はっ」


 フローラ=ザメルが俺を見た。

 彼女は慌てて地面に膝をつく。


「申し訳、ありません。ユウキ=グロッサリアさま」

「どうした。ぼーっとして」

「いえ……あなたさまの技に感動して……いました。これから、さらに心をこめてお仕え……したいと」

「それはいいけど……とりあえずしばらくは休憩きゅうけいかな」


 ロッゾさんたちは野営の準備を始めている。

 ミノタウロス退治で時間を取ってしまったからな。他にも強力な魔物がいないか調べる必要があるし、ミノタウロスの遺体を輸送する準備もある。

 今日はこれ以上進まずに、ここで泊まることにしたようだ。


「『護衛騎士ごえいきし』どの。少しよろしいですか」


 アイリスの行列を護衛する兵士が近づいてくる。


「我々の今後の行動について、アイリス殿下にご確認をお願いしたいのですが」

「ロッゾさまたちと共に留まるか、次の町まで進むか、ですね?」

「はい。現在時刻を考えると、次の町に着くのは夕刻です。移動中に、他の魔物に出会わないとも限りません。安全策を採るならば、ロッゾさまたちとここで野営するべきですが……」


 兵士さんは口ごもった。

 言いたいことは、なんとなくわかる。

 兵士の口から、王女殿下を野宿させたいとは言えない、ってことだろうな。


「わかりました。俺がアイリス殿下のご意見をうかがってきます」


 俺はアイリスの馬車に向かった。






 ──10分後──




「わかりました。今日はここで野営することにいたしましょう」


 アイリスは言った。


「今回の旅は、帝国の近くにある町や村を落ち着かせるためのものです。そのためには、多くの部隊がまとまって移動することで、王国には民を守る力があることを示すべきでしょう。

 それに、今からですと次の町に到着するのは夕方なのでしょう? それでは宿の手配も大変ですし、町の人たちにも負担をかけることになります。であれば、今日は野営して、明日の昼ごろに町に着くようにいたしましょう。その方が負担も少ないですから」

「王女殿下のご配慮はいりょに感謝いたします!」


 馬車の横でひざまずいた兵士さんが声をあげた。


 さすがアイリス。判断が早い。

 俺が取り次いですぐに、アイリスは護衛兵の隊長を呼び出した。

 そうして迷わず、ここで野営をすることを伝えたんだ。


「それでは、手配をお願いいたします」

「承知いたしました!」


 兵士さんが仲間のところへ戻っていく。

 馬車に戻って扉を閉めると、アイリスは「ふぅ」とため息をついた。


「すごいな。アイリス」

「……なにがですか?」

「いや、ちゃんとお姫さまをやってると思って。立派になったな……アリス・・・


 200年、見ない間に成長したんだな。

 アイリス……いや、アリスもちゃんと成長してるのか……。


「私がちゃんとしていなければ、『護衛騎士ごえきし』のマイロードが恥をかきますから」


 アイリスは照れた顔で、馬車の座席に横たわる。


「それに、マイロードのことですから、すぐにここで魔術の実験をされたいのではないかと思いまして」

『キュキュー』


 アイリスの背中で、グリーンスライムのメイが鳴いた。

 メイをアイリスに紹介したのは10分前。

 すでにもう仲良しになって、メイはアイリスのクッション役をこなしてる。


「スライムになじみすぎだ。お姫様なのに」

「前世でもマイロードがスライムを使い魔にしてましたから。慣れてるんです」

「……そうなんだけどさ」


 前世で俺はスライムを使って、田んぼや畑の病害虫対策をしてた。

 スライムは不定形だから、作物を傷つけることがない。

 狭い隙間でもスムーズに入り込んで、虫やモグラだけを食べてくれる。害虫・害獣対策としては最高だ。


「でも、メイさんを使い魔にしたのは、病害虫対策のためじゃないですよね?」

「ああ。天井の掃除と、魔術の実験のためだ」

「やっぱり、第5層の階段を調べるために?」

「そっちはオデットがやってるから、大丈夫だろ。俺がメイを使い魔にしたのは、魔術師同士を繋ぐためだよ」

「魔術師同士を、繋ぐ、ですか?」

「俺がさっき使った複合魔術ふくごうまじゅつは、他の魔術師には難しいらしいからな」


 俺とコウモリ軍団は『魔力血』で繋がってる。

 だから『炎神連弾イフリート・ブロゥ』を同時発動して、威力の4倍がけができた。


 でも、他の魔術師はそうはいかないらしい。

 フローラ=ザメルによる、動作を合わせるのが大変で、お互いを魔力的に繋ぐのも難しいから、らしい。


「だから、それをスライムのメイにサポートしてもらおうかと思ったんだ」

「……どうやるんですか?」

「やってみたいのか?」


 訊ねると、アイリスは目を輝かせて、こくこく、とうなずいた。

 あー、表情が完全に前世のアリスになってるな。

 好奇心いっぱいで、思いついたことは試さずにはいられなくて、目が離せなかった頃のアリスに。


「わかった。じゃあ、フローラ=ザメルに手伝ってもらおう」


 彼女は俺の従者だ。

 忠誠ちゅうせいを誓うようなことも言ってたから、魔術的な秘密は守ってくれるだろう。


「メイもいいかな?」

『はいはいー』


 アイリスのクッションになってたスライムのメイが、俺のところまで、にょーん、と伸びる。

 まるでローブのようだ。

 さっき説明したからな。彼女も俺のやりたいことが、わかってくれてるんだろう。


「日が暮れたら、実験をはじめよう」

「はい。一緒に魔術実験ですね。マイロード」

「……今回は俺の言うことをちゃんと聞けよ。200年前みたいなことをすんなよ?」

「……さっき、アリスは立派になったって言ってませんでしたか?」


 アイリスは、むー、とほっぺたをふくらませた。

 その頭を、ぽんぽん、と叩くと、アイリスの表情は笑顔に変わる。素直でよろしい。


 すぐに戻ると言い残して、俺は馬車を降りた。

 魔術実験について、今のうちにフローラ=ザメルと話をしておこう。















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「辺境ぐらしの魔王」の書籍版が2月25日にMFブックス様から発売になりました。

 書籍版には書き下ろしエピソードを追加していますので、気になる方は、ぜひ、読んでみてください!

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