第105話「元魔王、王女のメンタルケアについて考える」

 俺とアイリスとルーミアは、王都に入った。

 俺は御者ぎょしゃとして馬車を操り、このままアイリスを王宮まで送ることになる。


 ルーミアは俺の宿舎の前で降ろした。

 宿舎の前ではマーサが待っていた。

 ルーミアは馬車が停まると同時に飛び降りて、マーサに抱きついた。

 親友同士の再会だ。見てると、なんだかうれしくなる。

 ちなみにレミーはマーサの背中にくっついてた。紹介されるのを待っているようだ。


「……いいものですね。心を許せる相手と、あんなふうに堂々と抱き合えるのは」


 馬車が走り出したあと、アイリスが言った。

 うらやましそうな顔をしていた。なんとなくだけど、気持ちはわかる。


 アイリスにはオデットという親友がいるけど、王女と公爵令嬢という立場があるから、マーサとルーミアのように堂々と抱き合うことはできない。

 でも、今のアイリスは前世を──ただの村娘だったアリスの記憶を取り戻してる。

 村娘時代は、普通に友だちと走り回ったり、草むらでごろごろしたりしてたからな。

 そのころのことを考えているのかもしれない。


 ……ここはストレスを発散させた方がいいな。

 アイリスとオデットが心置きなく、くつろげる機会を準備しよう。


「アイリ──いえ、王女殿下の希望は、俺が叶えます」


 俺は御者台から、馬車の中にいるアイリスに呼びかけた。

 一応、人目があるかもしれないからな。護衛騎士と王女モードでいこう。


「殿下が望む相手と、あんなふうにできるように、俺が準備します」

「──え?」

「殿下は王宮に戻り、外泊許可を取ってください。場所が公爵令嬢こうしゃくれいじょうであるオデットの宿舎なら、許可を取るのも可能でしょう。殿下が宿舎にいる間は、コウモリ軍団に建物のまわりガードさせます。そうすれば人目を気にせず、自由にふるまえるでしょう?」

「い、いいんですか? マイロ……いえ、ユウキさま」

「もちろん。構いませんよ」

「私が、あんなふうに抱きついても?」

「オデットには、俺からちゃんと話をしておきます」

「……それは、オデットに許可を取るべきものなのでしょうか」

「まぁ、オデットなら、別に気にしないかもしれませんけど。一応、話はしておいた方が」

「……わ、わかりました」


 ドレス姿のアイリスは、御者席の近くまで来て、小声で──


「マイロードのお言葉通り、全力で外泊許可を取ってまいります」

「……わかった。ところでアイリス」

「はい?」

「抱きつく相手はオデットで、俺じゃないからな」

「……私の心を読まないでください」

「村の守り神をなめんな」


 なにか企んでることくらい口調でわかる。

 アイリスのセリフ、途中から主語を省略してたからな。 


「それに……アリスなら『ふふっ。言質げんちを取りました』とか言いそうだからな」

「さすがマイロードです。村人の心なんかわかってしまうのですね……」

「……こっそりとなら、俺に抱きついても構わないけどな」


 そう言うと、アイリスが目を見開いた。

 意外だったらしい。


「俺がアイリスを引き取るまでには、もうちょっとかかりそうだからな。ストレスくらいは発散した方がいいだろ」

「……もうちょっと情熱的なお言葉をいただけないものでしょうか」

「王女殿下を嫁にするときまでに考えとく」

「約束ですよ?」

「ああ」


 しばらくして、馬車は王宮にたどりついた。

 あとで『コウモリ通信』で連絡することにして、俺とアイリスは別れたのだった。






「おや。そこにいるのは、ユウキ=グロッサリアどのではないかな?」


 馬車を返しに行ったら、声をかけられた。

 振り返ると、斧を背負った老戦士がいた。バーンズ将軍だ。


「馬車の返却にうかがいました。バーンズ将軍」

「うむうむ。役に立ったようでなによりだ」

「いつもすいません。王女殿下がよろしくとおっしゃっていました」

「礼は不要だよ。若い者の手助けをするのは、わしの趣味しゅみだからな」


 バーンズ将軍は豪快に笑ってみせた。


「それに、ユウキどのが出世していくのを見るのは、わしもほこらしいのだ。王女アイリス殿下の護衛騎士にして、実家家の爵位しゃくいを二段階も引き上げたC級魔術師ユウキ=グロッサリア……お主の存在は武官の間でもうわさになっているからのぅ」

「噂ですか……それは知りませんでした」

「わしは、ユウキどのは頼もしい味方だと思っている。これから兵を率いて、帝国に近い土地の巡回じゅんかいに行く身としては、なおさらだ」

「将軍自ら、帝国の近くに行かれるのですか?」

「ああ。なにやら不穏な情報があるらしいからな」


 鎧姿のバーンズ将軍は、背中の斧を叩いてみせた。

 なるほど。王国の方も、帝国への対策をはじめているようだ。


「そのうち『魔術ギルド』の方にも協力要請きょうりょくようせいが行くだろう。わしとしては、ユウキどののような魔術師に協力してもらいたいのだが」

「『魔術ギルド』から命令があれば、もちろん協力するつもりです」


 帝国についての情報は、俺も欲しいところだ。

 あっちには第一司祭がいるらしいからな。

 奴がどこでなにをしているのか、できるだけ調べておきたい。


「もちろん、他の方が任命されるなら、でしゃばるつもりはありませんけど」

「若いのに謙虚けんきょだな。王女殿下が気に入るわけだ」


 バーンズ将軍は満足そうにうなずいた。


「優秀な者はねたまれやすい。だが、ユウキどのならうまくかわすこともできるだろう」

「……そうできるように願っています」

 

 前世では魔王って勘違いされて殺されてるから。

 今世ではそういうことがないように気をつけてるつもりだ。


「貴族の中には、出世街道を駆け上がるユウキどのを快く思わない者もいるだろう。アイリス殿下の護衛騎士で、公爵令嬢オデットさまとも親しい者に手出しはしないと思うが……探りを入れようとする者はいるはずだ。気をつけたまえ」

「ご忠告感謝します。バーンズさま」

「なにかあったら言うがしい。わしは、ユウキどのに借りがあるからな」

「借り……ですか?」

「以前、わしの副官がトーリアス領にいてな。その時、『獣王ロード=オブ=ビースト』の襲撃を受けたのだ」

「……え?」

「副官はユウキどのの使い魔と、謎の黒い王騎ロードに助けられた。自分が軍を率いるときは、ぜひ、ユウキどのを随伴ずいはんの魔術師にしたいと言っているくらいだ。そのこともあって、わしは、ユウキどのに恩義を感じているのだよ」


 そっか。

 俺とオデットが『獣王騎』と戦ったとき、バーンズさんの部下があそこにいたのか。


「ありがとうございます。バーンズ将軍」

「くれぐれも、身の回りには気をつけるのだぞ」

「承知しました」


 そう言って俺とバーンズ将軍は別れた。





 帰りに、俺は『魔術ギルド』に立ち寄った。

『エリュシオン』の状況が気になったからだ。

 俺とオデットが、地下第5層への扉を見つけたあと、なにか変化があったのかどうか。




「申し訳ありません。第5層への階段は、いまだに通れる状態ではないようです……」




 俺の問いに、ギルド受付の女性はそう言った。


 俺は『フローラ=ザメル救出作戦』のとき、ゴースト司祭が操っていたゴーレムを倒して、第5層に通じる鍵を手に入れた。

 そのあと『魔術ギルド』立ち会いのもとで、扉を開いたんだ。


 けれど、地下第5層への階段は封鎖ふうさされていた。

 細い階段の中には大きな岩や、溶けた金属、木材などが詰め込まれていたんだ。

 誰がやったのかは記録がないから不明だけれど……たぶん『聖域教会』だろう。


 ──奴らは、自分たち以外の者をこれ以上進ませたくなかった。

 ──奴らは、第5層にあるものを隠したかった。

 ──奴らは、第5層にあるなにか・・・を閉じ込めたかった。


『魔術ギルド』の賢者会議で話し合われているが、結論は出ていない。

 結局、上級魔術師が偵察用の使い魔を送り込む、ということだけは決まってる。

 現在は、使い魔の種類や、担当の魔術師を選んでいる最中だそうだ。


 こればっかりはしょうがない。

 俺の『黒王ロード=オブ=ノワール』ならバリケードを破壊できるかもしれないけれど、目立ち過ぎる。その上、第5層にはなにがあるかわからない。闇雲に王騎ロードで突破するのは危険だ。


 ライルの書き置きにも「危ないよ。別に行くことないよ」って書いてあったからな。

 詳しい情報がわかるまでは、あいつの言葉に従うことにしよう。


「ありがとうございました。新しい情報が入ったら、教えてください」


 俺は受付の女性に言って、『魔術ギルド』を離れた。

 と同時に、コウモリのニールがやってくる。アイリスからの伝言だ。外泊許可が出たらしい。

 これで今日はアイリス、ルーミア、マーサ共にオデットんちにお泊まりか。


「……俺も準備をしておかないとな」


 公爵令嬢こうしゃくれいじょうんちに、男爵家だんしゃくけの男子が泊まるわけにはいかない。

 俺はアイリスたちのサポート役だ。

 バーンズさんにも忠告されたからな。自分と、オデットんちのまわりを警戒しておこう。



 俺はコウモリ軍団に集合をかけた。

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