第5章
第103話「アイリス王女、『魔術ギルド』の報告を受ける」
ここは王宮近くにある
その応接室で、第8王女アイリスは第2王子カインと共に、『フローラ=ザメル救出作戦』についての報告を受けていた。
「最大の功績は、ユウキ=グロッサリアにあると考えます」
テーブルの向こうで、『魔術ギルド』の職員は言った。
「彼の働きによって、フローラ=ザメルは無事に救出されました。魔力を奪われ、
「彼女が使っていた、レプリカ・ロードはどうなったのかな?」
不意に、カイン王子が口を開いた。
「今回の事件の原因は、あれが暴走したことにあるようだが」
「無事に回収されたそうです。『ザメル派』の分析によると暴走の原因は、強力なゴーストに取り
「ゴースト対策の防御システムが不完全だった、ということかな?」
「申し訳ありません……そこまではうかがってはいないので……」
「そうか。まぁ、こちらに報告はこないのだろうけどね」
「いえ、老ザメルは、カイン王子にレプリカ・ロードの仕様書をお渡ししたいとおっしゃっていますが」
「……は?」
カイン王子が、ぽかん、とした顔になる。
「老ザメルが、私に? レプリカ・ロードの仕様書を?」
「はい。そのようです」
「冗談だろう!? 『ザメル派』が研究成果の情報を渡すなど、これまで一度もなかったのだよ!?」
「で、ですが、老ザメルは確かにそのようにおっしゃっていました」
「……信じられない」
カイン王子は呆然と、椅子に座り込んだ。
それを横目で見ながら、アイリスは、
(……カイン兄さまがおどろくのも、無理はないですね)
これまで『カイン派』と『ザメル派』は、ギルドで魔術の技術を競ってきた。
エリュシオンの探索もそうだし、『古代器物』『古代魔術』探しもそうだ。
昔からの主流である『ザメル派』は、新興の『カイン派』を警戒してきたし、『カイン派』は『ザメル派』に代わって主流となるために必死だった。
お互いが独自に開発した魔術について、情報交換することなど、ほとんどなかったのだ。
『ザメル派』が変わった理由は──
(やっぱり、マイロードのおかげでしょうか)
アイリスは思わず笑顔になる。
ユウキは
フローラ=ザメルを助けに行ったのも、たぶん『迷子をほっとけない』程度のことだったのだろう。
そんな彼に孫娘を助けられたことで、老ザメルも、考えを変えたのかもしれない。
「老ザメルはおっしゃっていました。『北の帝国に、忌まわしき「聖域教会」の司祭が生きて存在している可能性がある。その状況で、派閥争いをしてはいられない。ぜひ、カイン派と手を結び、完全なるレプリカ=ロードを作り上げたい』──とのことです」
ギルド職員は報告を続けていた。
「あの老ザメルが……か」
「よいことだと思いますよ。カイン兄さま」
「アイリスの言う通りだがね……しかし、どうも信じられないな」
「報告には続きがあります」
ギルド職員は、こほん、とせきばらいして、
「『我が孫娘を救ってくれたユウキ=グロッサリアは、無派閥とはいえ、アイリス=リースティア殿下の護衛騎士でもある。ゆえに『カイン派』に近い存在ともいえる』」
「……まぁ、そうなんだけどね」
カイン王子はため息をついた。
「ユウキ=グロッサリア自身が、そう考えてくれていないのが問題なのだよ。デメテルには、彼を
「『そのユウキ=グロッサリアと我が孫を縁づければ、カイン派とザメル派は、彼を架け橋として繋がることができる。協力して北の帝国に立ち向かおうではないか』──とのことです」
「ちょっと待ってください」
アイリスは手を挙げた。
「ユウキさまとフローラ=ザメルを縁づける、ですか?」
「はい。将来的には結婚させたいようです」
「……意味がわかりません。どうしてそういう話になるのですか」
「要するに老ザメルは、ユウキ=グロッサリアC級魔術師と自身の孫娘を結びつけたいようですね」
ギルド職員は手元のメモを見ながら、答えた。
「追伸があります。『まずはフローラをユウキ=グロッサリアの従者として働かせたい。フローラは彼に
「……悪くない提案だな」
「カイン兄さま!?」
「『ザメル派』と協力体制を取るのは願ってもないこと。老ザメルの孫娘をユウキ=グロッサリアが押さえてくれるのであれば、彼を通して『ザメル派』の情報もわかるようになる。しかも、グロッサリア子爵家が伯爵家に
「お待ちください兄さま──いえ、第2王子カイン殿下」
アイリスは席を立ち、正面からカイン王子を見据えた。
「ユウキさまは私の
「──すまないが君、席を外してくれたまえ」
カイン王子はギルドの職員に向けて、そう告げた。
報告役の職員は一礼して、応接室から出て行く。
それからカイン王子はアイリスを見て、
「誤解があるようだが、ユウキ=グロッサリアを道具にするつもりはない。彼の功績にふさわしい地位を与えることを考えたまでだ」
「ふさわしい地位、ですか」
「彼には力がある。彼はふたつの『
「……わかります」
「だが、他の貴族との兼ね合いもある。彼をもっと出世させるためには、それなりの後ろ盾が必要なのだよ。だから老ザメルは彼と孫娘を結婚させることで、まわりの貴族を納得させようと考えているのだろうね」
「老ザメルの身内であれば、
「わかっているじゃないか」
カイン王子は満足そうにうなずく。
「お前は賢いね。アイリス。ならば、どうして王家が『魔術ギルド』に王子や王女を送り込むようになったのか、その理由も知っているだろう?」
「……知っています」
それは、魔術師たちの暴走を防ぐためだ。
200年前に起こった『聖域教会』の暴走を、当時存在した国の王家は止めることができなかった。
それは『古代魔術』『古代器物』を『聖域教会』が独占していたからだ。
通常魔術しか使えない王や貴族たちは、『聖域教会』に抵抗できなかったのだ。
その反省として『ロンドベル魔術ギルド』は作られた。
『古代魔術』『古代器物』の独占を防ぐために、ギルドを王家がバックアップするようにした。
魔術師たちの暴走を防ぐため、ギルドには王家の王子王女が加入するようにした。専門の魔術師たちと対等の知識と技術を持つことで、彼らを押さえることができるように。
功績を挙げた魔術師に爵位を与えるという制度も、安全装置のひとつだ。
失うものが多いほど、人は
『聖域教会』のように戦争を起こせば、
魔術師たちがそう考えてくれれば、彼らの暴走は抑えられ、王家もまた、彼らの協力で発展することができる。
そういう思惑によって、今の制度は作られているのだ。
「残念ながら、現在の王子王女で『魔術ギルド』に加入するほどの魔力を持つのは、私とアイリスくらいだ。だからこそ、私たちは魔術師たちをうまく管理しなければいけないのだよ」
「承知しています。私も『だからこそ』反対しているのです」
「理由は?」
「ユウキさまが、貴重すぎる人材だからです」
アイリスはきっぱりと宣言した。
「魔術の技もそうですが、フローラ=ザメルを助けるため、エリュシオンの第4層に飛び込む勇気と優しさは、なによりも貴重なものです。あのような方は王家に──ひいては私の近くにいていただくべきだと考えます」
「だが、近くに置きすぎては、その才能を生かし切れないのでは?」
「……どういう意味ですか?」
「有能な人材には
「そうでしょうか」
「野心家ならばそう思うだろう。ユウキ=グロッサリアは成果に爵位を求めている。彼もまた、野心家であると考えるべきでは?」
「……それは」
アイリスは思わず口ごもる。
ユウキが爵位を望むのは、アイリスを妻として引き取るため。それに見合う地位を得るためだ。
野心なんかまったくないのだ。
彼にあるとすれば、魔術への純粋な興味くらいだ。
前世でもそうだった。
『フィーラ村』のマイロードは村を豊かにするために、様々な魔術の研究を進めていた。
その成果を活かして、村を飢えや
マイロードが望むのは、家族に囲まれたのんびり生活だ。
家族を──アイリスを引き取ったら、彼は
(……マイロードは、そういう人ですから)
でも、それが野心と思われるのであれば、作戦を考え直さなければいけないかもしれない。
──アイリスは思考をめぐらせる。
爵位を上げる以外に、自分がマイロードに嫁ぐ方法はなんだろう、と。
(……例えば……
中級貴族と王女が恋に落ちて結ばれて、後になってそれが発覚──という事例が、どこかにあったような気がする。あれは結局、王女が降嫁したのかどうか……よく覚えていない。
あとで王家の図書館で調べることに決めて、アイリスは再び兄カインの方に向き直る。
「とにかく、ユウキさまには才能以上に得がたいものがある、ということです」
「才能以上のもの? 想像がつかないな……」
「信頼です」
アイリスは宣言した。
「あの方は、約束を決して違えません。誰かを見捨てることもしません。それは
「だから、手放すべきではないと?」
「どんなことがあっても絶対の味方になってくれる方……その方が側にいてくれることがどれほど幸せか……カイン兄さまにはわかりませんか?」
「……いや、確かに、わからないな」
カインは肩をすくめて、首を横に振った。
「だが、アイリスの言いたいことはわかった。ユウキ=グロッサリアとフローラ=ザメルを縁づけることについては、保留にしておこう」
「ありがとうございます。カイン兄さま」
「……うらやましいな」
「え?」
カインが、ぽつり、とつぶやいたセリフに、アイリスは不思議そうな顔になる。
「『どんなことがあっても絶対の味方になってくれる方』……か。私には、それほど信頼できる相手はいないからね。信用できる部下はいても……そこまでの信頼は……」
「カイン兄さま」
「……むしろ私が、ユウキ=グロッサリアが欲しくなったよ」
「差し上げませんよ?」
アイリスはドレスの裾をつまみ上げて、一礼した。
「あの方は私が最も信頼する方で、私の『護衛騎士』──常に側にいて欲しいお方なのですから」
そう言ってアイリスは応接室を出た。
彼女はそのまま、迎賓館の外に向かう。外では馬車が待っているはずだ。
今日はこれから、ユウキと合流して、王都の近くにある町に向かうことになっている。
「……マイロードのご家族に、ちゃんと
前回、男爵領に行ったときのアイリスは、まだ前世の記憶を取り戻していなかった。
今回がマイロードの妻 (予定)アリスとしての、初めての面会となる。
「……失礼のないようにしないと。マイロードの妻として、恥ずかしくないように」
そんなことを考えながら、気合いを入れるアイリスなのだった。
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