第102話「フローラ=ザメル救出計画の完了と、その報酬」

『この文章を読むべき者に告げる。


「古代器物」に魂を導かれし者よ。あなたがこれを読んでいることを願う。

 あなたが我が血脈と共にあることも。



 我が主を討ち滅ぼした組織の長は、北に去り、

 の者の手に、生命を操る遺物いぶつ


 それは多くの魔力を必要とし、

 不死なる者をみちびく技には代償を伴う。


 ならばそれは我が主が持つべき遺物。

 願わくばそれを手に、久遠の想いを受け止めよ。


 そしてこの先は古き回廊。

 向かうならば、汝が支配せしものの中枢を探られよ。

 されど中枢は危地なり。うつろなり。


 あえて踏むことなかれ。我が主よ』







 ──俺は、このライルのメッセージを、デメテル先生と『ザメル派』の魔術師 (ゼファという名前だった)に、見せることにした。


 正直なところ、抵抗はある。

 だけど『聖域教会』のリーダー、第1司祭の情報を伝えておく必要もある。


 俺が『ゴースト司祭から聞きました』と伝えるのと、謎のメッセージに『組織の長 (第1司祭)が北に去った』と書いてあるのとでは、説得力が違う。

 王家と『魔術ギルド』には帝国への対策もやってもらわなきゃいけないからな。

 きちんと情報は伝えておかないと。

 それにライルも──アリスの転生体が生きる国が滅びるのは望まないだろう。


 問題は、第1司祭が持っているらしい『不死の古代器物』についての情報をどうするかだが……。

 そのへんはこっちでなんとかしよう。

 俺の予想が正しければ、ライルがメッセージをこの階層に・・・・・書いたのも、意味があるはずだから。





「──これが、俺たちが見つけた、謎のメッセージです」


 壁に書かれた文章を前に、俺は言った。


「これが『不死なる者』──つまり、アンデッド・・・・・がはびこる第4階層にあった意味──デメテル先生と、『ザメル派』のゼファどのには、おわかりでしょうか?」


「──なんということだ。『聖域教会』のリーダーが、北に逃げていたのか」

「しかも『不死なる者アンデッド』を操る『古代器物』を手にして……だと」


 よし。うまくいった。


 この文章は元々ミスリードするように書かれている。

『不死なる者』といえはアンデッドのこと。さらにそれを『導く』のであれば、『アンデッドを操る』という意味になる。

 その上、このメッセージはゴーストが大量発生していた第4層に記されている。

 それを読んで、まさか『なるほど、人を不死にする古代器物があるのか』──と思う者はいないだろう。


 かつて『不死のロード=オブ=魔術師ノスフェラトゥ』という存在がいたことを知らない限りにおいては。


 ──ライルの奴、そこまで計算して、ここにメッセージを記したんだろうな。

 おそらく第1階層に聖剣リーンカァルを残したのもあいつだ。

 転生した俺がこの場所に来ることを信じて、それでも、他に誰にもわからないようにメッセージを残した。


 ……ほんっと、優秀すぎるよ。お前は。

 だけど──


「…………第4階層のゴーストの中に、ライルはいなかったな」


『聖域教会』を裏切ったあいつは、この場所でほうむられてはいないだろう。

『フィーラ村』の跡地にも、ライルの墓はなかった。


 ライルの墓は、どこにあるんだろう。あいつの妻のレミリアの墓も。

 そういえばアリスの妹のミーアがどうなったのかも、まだわかってない。


 俺は『不死の古代器物』や『王騎ロード』の在りかよりも、自分の子どもライルたちの行く末を知りたい。アイリスと一緒にあいつらの墓参りをして──俺たちが転生したことを報告したいんだ。

 だけど、その情報だけは入ってこないんだよな……。


「……今回の事件が落ち着いたら、トーリアス領に行って調べてみるか」


 うん。そうしよう。

 前回『フィーラ村』の跡地に行ったときは、時間的な余裕もなかったからな。

 じっくり見て回れば、ライルたちの行く末もわかるかもしれない。


 俺がそんなふうに、考えこんでいると──



「──ユウキ」

「? どうしたオデット」

「デメテル先生と『ザメル派』のゼファさま……どうしますの?」

「別にあのままでいいんじゃないか?」


 俺は壁の方を見た。

 ライルが書いたメッセージの前に、デメテル先生と『ザメル派』の魔術師ゼファが張り付いてた。 

 

 



「これは我らが主君、リースティア王家へのメッセージでしょうか!?」

「リースティア王家の祖先は、過去の戦争で滅びた王家とも婚姻こんいんしている。『あなたが我が血脈と共に』という言葉が当てはまるな!」





 ふたりは興奮した口調で話している。

『フィーラ村』のことを知らないと、そういう解釈かいしゃくになるようだ。


「このメッセージを残した者は、リースティア王家が生まれるのを確信していたようですね」

「『エリュシオン』を管理する者が出るのを期待していたのは間違いない!」

「『「古代器物」に魂を導かれし者』と、明確に書かれていますからね」

「王家が『魔術ギルド』を作ったのも、『古代器物』の管理のためだからな!!」


 デメテル先生と、魔術師ゼファは興奮した顔だ。

 ふたりとも壁に顔を近づけて、彫られた文字を見つめている。


「だとすると、ここにある『我が主』というのは誰を指すのでしょうか?」

「わかりきったことを聞くものではないよ、デメテルどの。『聖域教会』のせいで滅んだ国の王に決まっているだろう?」

「『聖域教会』の中にも、滅びた国に同情する者がいたと?」

「その通りだ。他に考えられない!」

「ですが……他の解釈もあるかもしれませんよ?」

「ない! 自分が知るすべての『古代魔術』をけてもいい!」


 ──その賭け、受けたらだめだろうか。だめだろうな。


「……駄目ですわよ。ユウキ」


 気づくとオデットが、俺の服の袖を引っ張ってた。

 心配しなくても、賭けたりしないって。俺の正体がばれたら大変だからな。


 賭けよりも、今はデメテル先生と魔術師ゼファの反応を見ていたい。

 この世界の魔術師たちの反応は、人間っぽく生きたい俺にとって、すごく勉強になるんだ。


「……『生命を操る遺物』というのは、ユウキ=グロッサリアの言う通り『アンデッドを操る古代器物』でしょうね」

「『多くの魔力』と『代償』とあるからな。アンデッドを使役する『古代器物』にふさわしい」

「『我が主が持つべき遺物』とは?」

「滅びた国の王──その子孫が持つべきだと言っているのだろう? そうして久遠の想い──すなわち滅びた国を復興してくれと願っているではないだろうか!?」

「そうとは限らないでしょう!?」

「デメテルどのはわからずやだな!!」



 ぶんっ。



 デメテル先生と、『ザメル派』の魔術師ゼファは、勢いよく俺たちの方を見た。


「「お前たちはどう思う!?」」

「「「……そうですね」」」


 俺とオデットとジゼルは顔を見合わせた。

 そして──



「……俺にわかるのは『不死なる者を導く』ための『古代器物』があることだけです」

「……『不死者アンデッド』がはびこるこの第4階層にふさわしい文章ですわね」

「……僕はただの護衛ごえいですので、わかりません」



「「むむむ……」」


 俺たちの言葉を聞いて、デメテル先生と魔術師ゼファはうなっている。

 考え込んでいるのか、納得してるのかはわからない。

 彼らはまた、メッセージの方を向いて、


「……だが、そうなると最後の文章はどういう意味なのだろうか?」

「……『そしてこの先は古き回廊かいろう。向かうならば、汝が支配せしものの中枢ちゅうすうを探らん』ですか」

「この先の扉には鍵が掛かっているのだろう?」

「扉を開くためには、『汝が支配せしものの中枢ちゅうすうを探らん』ですね」

「この第4階層には見るべきものはない。となれば『古代魔術』『古代器物』はさらに下の階層にあるのだろう」

「なんとしても扉の鍵を見つけなければ」

「『魔術ギルド』の全力を挙げて、何年かかろうとも!!」


 デメテル先生と魔術師ゼファは、扉を見上げて話をしている。


 オデットとジゼルは、俺の手元を見つめている。

 正確には、俺が握りしめている、金色の鍵を。


 鍵は手の平にぎりぎり載るくらいのサイズのものだ。

 表面には、目の前にある扉と同じ紋章が描かれている。

 石のかけらがくっついているのは、さっきまでゴーレムの体内にあったからだ。


 ライルのメッセージを読んだあと、俺はゴーレムの中から、この鍵を回収しておいたんだ。

 ちなみに『侵食ハッキング』に使った『魔力血ミステル・ブラッド』はもう消えてる。

 ゴーレムはきちんと、神殿の隅に座らせてある。そのうち誰かが回収するだろう。


 それにしても……この鍵、どうしよう。

 このままだと『魔術ギルド』の総力を挙げて、この鍵を探すことになりそうなんだが。


「『汝が支配せしものの中枢を探らん』ですから、滅んだ国の王宮を探れということでしょう」

「時間がかかるな。ともかく『魔術ギルド』に戻って報告しなければ」


「デメテル先生。魔術師ゼファさま」


 俺はふたりの前に、金色の鍵を差し出した。

 知らないふりをするわけにもいかなかった。

 この流れだと『魔術ギルド』総出で、古い国の宮殿を探索たんさくすることになりそうだ。


 俺だってそんなことしたくない。

 さっさと鍵を差し出して、希望者には地下第5層に行ってもらおう。


「この鍵が、メッセージが書かれた壁の下に落ちていました」

「な、なんと!?」「本当か!?」

「俺たちがメッセージを見つけたあと、気になって壁の下を探ってみたんです。そしたら小さな隙間があって、この鍵が挟まっていました。おそらくそこが『汝が支配せしものの中枢』だったんでしょう」


 デメテル先生と魔術師ゼファは目を丸くしている。

 俺は続ける。


「先生方はこのメッセージを解読しました。つまり、おふたりはメッセージの内容を支配しているということになります。さらに、このメッセージがずっと消えずに残っていたのは、壁が倒壊とうかいしなかったからです。つまり、壁を支え続けていた根元こそが中枢と言えるのではないでしょうか」

「だから……壁の根元に鍵があった、と?」

「いや、しかし、そんな単純な……」

「単純だからこそ、わたくしやユウキ、ジゼルさんが気づいたのですわ」


 不意に、オデットが前に出た。


「わたくしたちは『魔術ギルド』に入ったばかり。ここにいるジゼルさんには、魔術の知識がありません。だから、このメッセージを深読みすることができなかったのです。物理的に、メッセージのまわりを探ることしかできなかったのですわ」


 オデットは横目で俺を見て、くすりと笑った。

 さすがオデット。公爵令嬢にふさわしい話術だ。

 デメテル先生も魔術師ゼファも、納得したような顔になってきてる。


「このメッセージを残した者は、『聖域教会』に抵抗する者だったのかもしれません」


 俺はオデットの言葉を引き継いだ。


「だからこそ、魔術の知識を豊富に持つ先生方と、俺たちのような初心者、ジゼルのように魔術の知識がないものが、そろってここに来ることを願っていたのでしょう」

「『聖域教会』のように、一部の者が『古代魔術』を独占するのではなく……それぞれの者が力を合わせてここにたどりつくことを、ですわ」

「そうでなければ読み取れないメッセージだったんです。俺はそう思います」

「わたくしも同感ですわ」


 俺とオデットは視線を合わせて、うなずいた。


 この鍵を独占して、自分だけ第5階層に行ってもいいけれど──その後が面倒だ。

『古代器物と古代魔術を見つけました。爵位しゃくいをください』と申し出たら、『どこで見つけた?』という話になる。


 それに、ライルは『マイロードは無理にこの先に行くな』と言ってる。

 理由はわからないが、あいつがわざわざ残した伝言だ。


 ライルが望んだ通り、鍵は俺が回収した。

 それをどう使うかは、この時代の人間の判断に任せることにしよう。

 

「とにかく、この鍵はここにある。それは事実だ」


 俺から金色の鍵を受け取り、デメテル先生は言った。

 それから、オデットの方を向いて、


「オデット=スレイにたずねる。この鍵を見つけたのはお前か? それともユウキ=グロッサリアか? あるいは前衛のジゼルどのだろうか?」

「ユウキですわ」

「わかった。では、ユウキ=グロッサリアに訊ねる」


 ……まだなにかあるのか?

 メッセージは見せた。解説もした。フォローも入れた。鍵も渡した。

 なにも問題はないはずなんだが。


 デメテル先生はじっと俺を見てる。

 隣にいる『ザメル派』の魔術師ゼファも同じだ。ふたりで視線を交わして、うなずいている。


 まさか、俺の解説に無理があったのか?

 それにしては……オデットの表情が明るいな。

 口を押さえて、笑いをこらえるような顔をしている。

 なんなんだ一体。


「この件については『ザメル派』も証人となっていただきたい」

「もちろん。彼はフローラさま救出の功労者だからな。当然のことだ」


「ユウキ=グロッサリア。君は新たに貴族の家を建てることを望むか? それとも、実家の爵位しゃくいの昇格を願うか?」

「え? あ、はい。実家の爵位の昇格を」


 俺は思わず答えていた。

 デメテル先生は、満足そうな顔で、


「よろしい。これはユウキ=グロッサリアの功績として、『魔術ギルド』からリースティア王家に伝える。この功績が認められれば、グロッサリア子爵家は伯爵家となるであろう」


 あっさりだった。

 いきなり、実家の爵位が上がることが決まってしまった。


「……話が見えないのですが」

「この地下第4階層のゴーストたちは『古代魔術』『古代器物』に反応して集まってきた。そうだな?」

「はい」

「奴らは術者や、『レプリカ=ロード』を操るフローラ=ザメルに殺到してきた。ということは、奴らがほしがるような『古代器物』『古代魔術』は、他にないのだと考えられる。もしもあったなら、奴らはそこに群がっていたはずだからな」

「そうなりますね」

「となれば、『古代器物』や『古代魔術』は地下第5階層に納められていると考えた方がいいだろう。だが、地下第5階層への扉は閉ざされていた」


 デメテル先生は言葉を切った。

 不意に、オデットが俺の手を握った。笑ってる。

 後ろを見ると、ジゼルも納得したような顔をしてる。

 俺も、デメテル先生の言いたいことがわかった。


「君が鍵を見つけたことで、『古代器物』『古代魔術』がある場所への道が開かれたのだ。その功績は『古代器物』『古代魔術』を手に入れる権利を手に入れたのに等しい。鍵がなければ、我々はこの場で立ち往生するしかなかったのだからね」

「自分も感謝している。派閥はばつとは関係なくね」

「ゼファどのの言う通りだ。これ以上の功績は、おそらくあるまい」


 そうしてデメテル先生と、魔術師ゼファは姿勢を正して──


「『エリュシオン』第4層攻略の功績第1位をユウキ=グロッサリア、第2位をオデット=スレイとその護衛ジゼルとする。このことはカイン殿下を通し、陛下にも伝わるだろう」

「もっとも、この鍵で扉が開いたらの話だがな」

「水を差すものではありませんよ。ゼファどの」

「そうだな。おめでとう。ユウキ=グロッサリア」


 地下第4階層に、拍手の音が響いた。

 オデットとジゼルが、笑顔で俺の手を握ってる。

 ふたりに手を振り回されながら、俺は──


 ……そういえば父さまたち、『子爵』への昇爵しょうしゃくのために王都に向かってるんだよな……いきなり『伯爵』になって、びっくりしないといいけど……。


 ──そんなことを、考えていたのだった。

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