第101話「元魔王、『フィーラ村』村長のメッセージを読む」

『この文章を読むべき者に告げる。


「古代器物」に魂を導かれし者よ。あなたがこれを読んでいることを願う。

 あなたが我が血脈と共にあることも。



 我が主を討ち滅ぼした組織の長は、北に去り、

 の者の手に、生命を操る遺物いぶつ


 それは多くの魔力を必要とし、

 不死なる者をみちびく技には代償を伴う。


 ならばそれは我が主が持つべき遺物。

 願わくばそれを手に、久遠の想いを受け止めよ。


 そしてこの先は古き回廊。

 向かうならば、汝が支配せしものの中枢を探られよ。

 されど中枢は危地なり。うつろなり。


 あえて踏むことなかれ。我が主よ』




 ──壁にはライルの筆跡ひっせきで、そんなことが記されていた。


「……まるで詩のようだな」

「……書いた方の事情を知らなければ、神聖なるメッセージに見えますわ」

「……ですねぇ」


 俺とオデットとジゼルは、壁に彫られた文章を眺めていた。

 文章の内容は高尚こうしょうで、賢者や神官が残したメッセージにも思える。


 だけどこれは、他の人間にも読まれることを考えて残したものだ。

 ライルが本当に言いたかったのは──




『まぁ読め、マイロード。


 聖剣使って転生したよな? あと、アリスと一緒にいるよな?


「聖域教会」の第1司祭は、北に逃げたぜ。

 あいつは不老不死の古代器物を持ってるよ。


 あれは大量の魔力を必要とするから、普通に使うと危険だよ。

 でもマイロードの「魔力血ミステル・ブラッド」なら平気だよ。手に入れるといいよ。あと、それを使ってアリスを不老不死にして、覚悟を決めて嫁にしろ。


 あとさぁ、この下の第5階層はなんか通路があるから。

 どうせここの門番を「侵食ハッキング」しただろ? 鍵はそいつの中だ。

 でも危ないよ。別に行くことないよ』




 ──たぶん、こんな内容だろうな。


「さすがライルだ。わかりやすいな」

「つまり『聖域教会』の第1司祭は今も生きていて、北のガイウル帝国にいるということですの?」

「だろうな」


 オデットの問いに、俺はうなずいた。


「いや……もしかしたら帝国の立ち上げそのものに、『聖域教会』が絡んでいたのかもしれないな」


 前世の俺が生きていた時代には、ガイウル帝国は存在しなかった。

 あれは俺の死後に作られたものだ。


 そういえば『獣王ロード=オブ=ビースト』でトーリアス領を襲ったフェリペ=ゲラストは、帝国の支援を受けていたな。

 あの国に第1司祭がいるとするなら……フェリペ=ゲラストに『獣王騎』を与えたのもそいつかもしれない

 本当、しぶといな。『聖域教会』って。


「王家は今、北の帝国に使者を送ってるんだったな」

「ええ。フェリペ=ゲラストの件について、問い合わせているはずですわ」


 俺の問いに、オデットが答えてくれる。


「どんな状況なのかは……わたくしもわかりませんけれど」

「そのへんは、あとでアイリスに聞いてみることにするか」

「ですわね。このメッセージについても、殿下にお伝えしなければ」

「じゃあ、オデット。俺たち3人で会う機会を作ってくれるか?」

「え?」


 オデットは、きょとん、とした顔になる。


「わたくしとユウキ、アイリス殿下の3人ですの?」

「そうだよ?」

「ユウキとふたりきりの方がいいのではなくて?」

「……ライルからの伝言を伝えたら、絶対泣くからな、あいつ」

「かもしれませんわね。殿下にとっては、前世の父親なのですから」

「アリスが本気で泣くときは、俺に抱きつくくせがあるんだよ。泣き止むまで離れないんだ。鳴き声をこらえようとして俺の服を噛むし……前世では、何度服を涙でぐしゃぐしゃにされたことか……」

「わたくしが一緒なら、殿下がそれを我慢すると?」

「いや、アイリスが泣いてる間、廊下でメイドが聞き耳を立ててたら困るだろ? オデットにはそれを追い払ってもらおうかと」

「…………ふふっ」


 あれ? オデット、なんでき出してるんだ?

 ジゼルも、横を向いて笑い出してるし。


「俺、なにか変なこと言ったか?」

「いいえ。なにも……ふふっ。ユウキは『フィーラ村』の守り神として、なにも間違ったことは言っていませんわ。ふふっ」

「ぼ、僕も、ユウキさまが『フィーラ村』のマイロードだったということを実感しました。こういう方だったのですね。まるで村の、お父さんのような……」

「お父さん……ですわね。本当に……ふふっ」


 オデットは涙を流しながら笑ってる。


「わかりました。殿下とわたくしとユウキの面会を、セッティングいたしましょう」

「ああ。頼むよ。オデット」

「わたくしとしては、前もって殿下にアドバイスをしたいところですけれど……よろしいでしょうか?」

「アドバイス?」

「ええ、女の子として」

「いいよ。でも、ライルのメッセージは、俺が直接伝えようと思ってる」


 これは俺たち『フィーラ村』の住人の問題だからな。

 ライルのメッセージは、あいつの父親代わりだった俺が伝えるのが筋だろう。


「もちろんですわ。わたくしは殿下に、女の子の心得こころえをお伝えしたいだけです」

「心得?」

「これはわたくしにしかできないことですので」

「わかった。じゃあ、オデットに任せるよ」


 オデットがすごく楽しそうな顔をしてるのが気になるけどな。

 アイリスとの面会手続アポイントメントは、公爵家こうしゃくけのオデットに任せた方がいいだろう。

 俺がアイリスを召喚すると、あとで警備の隙をついて離宮に帰さなきゃいけないからな。


「ローデリアにも、ライルの伝言を伝えておかないとな」

「そうですね。じゃあ、ユウキさまと僕でお伝えしましょう」

「ああ。ローデリアの予定を聞いておいてくれ」

「わかりました。ユウキさま」


 そう言ってジゼルはうなずいた。

 今回の仕事はこれで終わりだ。

 地上に戻る前に、フローラ=ザメルの様子を見に行こう。






 それから俺たちは、神殿の入り口に戻った。

 入り口にはデメテル先生と、『ザメル派』の魔術師たちがいた。


『ザメル派』の魔術師たちは階段のあたりにいたのだけど、第4階層のゴーストが消えたことに気づいて、降りてきてしまったらしい。


「……フローラ=ザメルの救出は、ユウキ=グロッサリアのパーティに任せるという約束ではないですか!? それを……あなたたちは」


 デメテル先生は怒ってた。


「……フローラさまが心配だったのだ……申し訳ない」


『ザメル派』の魔術師は、がっくりとうなだれてる。反省してるようだ。

 

 俺としては、ゴーストを一掃したところと、ゴースト司祭とゴーレムを倒したとこを見られてなければ別にいいんだけど。


 他の『ザメル派』たちは、フローラ=ザメルの手当をしてる。

 彼女は魔力をゴーストに奪われて衰弱すいじゃくしてるけれど、命に別状はないそうだ。ゆっくり休めば、回復するらしい。よかった。


「デメテル先生と、『ザメル派』の方に、見て欲しいものがあるんです」


 デメテル先生の説教が途切れるのを待って、俺は声をかけた。

 説教が止まり、デメテル先生と『ザメル派』の魔術師が、俺の方を見る。


「オデットたちとも相談したんですが、これは『カイン派』と『ザメル派』の代表者に見てもらった方がいいと思ったんです。おふたりとも、神殿の奥に来てもらえませんか?」


 ここに『カイン派』と『ザメル派』が揃ったのなら、ちょうどいい。

 第5階層の扉と──その側に刻まれた『謎のメッセージ・・・・・・・』を見てもらうことにしよう。


 ライルのメッセージには、そのうち誰か気づくだろう。

 隠すのは無理だし、あいつの残してくれた言葉を消すわけにはいかない。


 それに『聖域教会』の第1司祭の情報も伝えておく必要がある。

 そのためにはライルの──『謎の賢者』のメッセージを見せるのがてっとり早い。

 第1司祭が帝国にいるなら、国同士の問題になる。『カイン派』『ザメル派』にも確認してもらった方がいい。


 そんなわけで俺たちは、デメテル先生と『ザメル派』の魔術師をひとり連れて、神殿の奥へと向かうことにしたのだった。


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