第100話「番外編:不死の魔術師ディーンと、フィーラ村の正月祭り」

今回は100話記念と、書籍版1巻の発売日決定記念に、番外編を書いてみました。

200年前の『フィーラ村』のお話です。

ユウキが前世で、『不死の魔術師』ディーン=ノスフェラトゥだったころ、彼と村人たちは、のんびりとしたお正月を迎えていたのですが……。




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 200年前、ユウキがディーン=ノスフェラトゥとして『フィーラ村』の守り神をしていたころ──




「マイロード! 赤ちゃんが生まれました。どうか名前をつけてあげてください!」

「わかった、考えておくよ。おめでとう」


「マイロード! うちの子の病気も治って、無事に7歳になりました。どうか、頭をなでてあげてください」

「わかった。この子は病気がちだったからな。元気になってよかった」


「マイロード! うちの子アリスが10歳になりました。どうか、お嫁さんにしてあげてください!」

「ああ、わか……って、その手に乗るか!!」


 思わずうなずきそうになったディーンは、慌てて首を横に振った。


他人ひとに変なトラップを仕掛けるんじゃねぇ。ライル!」

「……もう少しだったのに」


 フィーラ村の村長ライルは、横を向いてつぶやいた。


「まったく。村長のオレがこんなにがんばってるんだから、たまには首を縦に振ったらどうなんですか。マイロード」

「そのがんばりは他のことに使えよ。ライル」

「マイロードは村の守り神でしょう!?」

「そうだが?」

「守り神なら守り神らしく、うちの娘を捧げ物として受け取るべきでは!? 妻のレミリアなんか、いつマイロードが『アリスをもらう』と言ってもいいように、花嫁衣装を準備してるってのに──まったく! マイロードときたら!!」

「逆ギレするんじゃねぇ!!」


 怒鳴り合うふたりを見て、村人たちが笑い声をあげる。

 彼らにとっては、いつもの光景だったからだ。

 村長ライルはずっと、娘のアリスをディーンの嫁にしようと、ありとあらゆるトラップを仕掛け続けているのだった。


 ここは『フィーラ村』の広場。

 今日は一年のはじまりの日──正月にあたる。

 村人たちは、守り神のディーンに祝福をもらおうと、広場に集まっていた。


 ディーンの前には、前の年に生まれた子どもや、病気が治った人々が列を作っている。

 みんなディーンとライルのやりとりを見て、笑っている。


 大人はさかずきかかげ、子どもたちは干した果物を手に、守り神と村長の戦いを見守っているのだった。


「お前らも、笑って見てるんじゃねぇよ。さてはライルの作戦を知ってたな?」

「「「さー?」」」


 ディーンの突っ込みに、村人たちは目を逸らした。


「……もはや村の風物詩となってますからねぇ」

「……これを見ると、ああ、平和でいいなぁ、と思えますもの」

「……私たちは、マイロードの幸せを願ってるだけですからねー」


「はい。『正月にマイロードが落ちる』にけてた奴はいるかー? 掛け金は没収だよー。『落ちない』に賭けてた奴は配当金をもらいに来てくれー。倍率は低いけど──」

「ゲイツ! てめぇ賭けの胴元をやってたのか!?」


 村を練り歩くひげの男性に、マイロードは声を張り上げる。

 男性の名前はゲイツ=クーフィ。村に住む、腕のいい細工師さいくしだ。


「ほんっとに商才たくましいな。お前は」

「おいらは計算が好きだからねー」

「そんな才能があるんだからさ、村を出て商売でも始めたらどうだ? お前なら、小さな商会くらいは作れるだろ」

「この村は居心地がいいですからね。マイロードがいらっしゃるうちは、離れる気にはなりませんや」

「俺のせいかよ」

「不死の守り神がいる村なんて、他にありませんからねー。おいらたちが死んだあとも、マイロードはおいらたちのことを覚えてくれているでしょ? そして子孫に伝えてくれる。そういうのって、すごく安心するんですよ」

「……人間の趣味はわからねぇな」


 ディーンは頭をいた。

 そのまわりで村人たちは酒を飲み、食事をして、思い思いに楽しんでいる。

 広場には大きなたき火があるけれど、皆が集まってくるのはディーンの側だ。


 雪が舞い散る、正月の午後。

 村人たちはディーンを囲みながら、去年あったこと、今年したいことを語っている。ディーンはそれを聞きながら、ひとつひとつ答えていく。作物の管理や、家族の体調、魔物の情報など。ディーンは『不死の魔術師』として生きてきた経験から、村人たちに助言をしていく。


 そのうち、話は村の子どもたちのことになる。

 それぞれの子どもの得意分野や、向いている仕事、好き嫌いの話に変わっていき──


「呼びましたかー? マイロード」

「ボクたちの話をしてたよね?」

「今日は勉強は休みでしょ? 遊んで!」


 やがて、自分の名前を聞きつけた子どもたちが集まってきて──


「呼んでねぇ……って、こら、人の身体をよじのぼるな! ローブをひっぱるな! コウモリ軍団と遊んでろ──っ!!」

『『『ごしゅじんー!』』』


 ばさばさばさっ、と音がして、無数のコウモリたちが集まってくる。

 それからは、コウモリたちも交えての宴会えんかいだ。


 村人たちは「いつも村を警備してくれてすまないねぇ」「子どもと遊んでくれてありがとう」「これはお礼だよ」と料理を差し出し、コウモリたちはそれを器用についばんでいく。子どもたちは手に料理をのせてコウモリたちに与えはじめる。


 ようやく解放されたディーンは広場の中央へ。

 積み上げられたたきぎをつかんで、たき火の中へと投げ込んでいく。


 空は薄曇り。太陽は出ていないが、冬なんてこんなもの。

 今年の寒さは、それほどきびしくない。村人の体調も悪くない。

 これなら全員、無事に冬を越えられるだろう。

 ディーンにとってはそれで充分だ。


「……そういえば旅の商人が、流行病はやりやまいの話をしてたっけ」


 こんなへんぴな村まで病気が来ることはないだろうが、対策はしておきたい。


 あとでふもとの町まで降りて、情報収集をしておこう。王国は『聖域教会』とかいう団体が力を増しているし、あいつら人を吸血鬼ヴァンパイアあつかいするから嫌いなんだが──そんなことを考えながら、ディーンはたきぎの山を積み直す。


 ふと見ると、火の側に置いた串焼きが焼き上がっていた。

 それを引き抜いて、誰に食わせようかとまわりを見回すと……自分をじっと見つめている、小さな少女に気がついた。


「ちょうどよかった。食べるか、アリス」

「マイロードはわたしのことが嫌いですか?」

「……なんだよいきなり」

「だって、お嫁さんにするって言ってくれないんだもん」

「お前ねぇ……」

「……だって、だって」

「ああ、泣くな。ここ座れ」


 ディーンは自分の隣の地面を、ぽんぽん、と叩いた。

 ふたりは並んで、たき火の前に腰を下ろす。


「嫌いとかそういうことじゃなくてな、俺は人間とは結婚しないことにしてるんだ」

「どうしてですか?」

「俺が不老不死だから」

「わたし、気にしないもん」

「だってお前たち、俺より先に死ぬじゃないか」

「余命が短いのが問題なの?」

「ああ」

「だったら、急いでわたしをお嫁さんにするべき」

「どうしてそうなる」

「こうしてる間にも、わたしの余命は減っていくんだもん。マイロードがすみやかにわたしをお嫁さんにすれば、その分、長く一緒にいられることになるでしょ」

「お前……頭いいな」

「マイロードの教育のおかげだよ?」


 アリスの小さな身体が、ディーンに寄りかかる。

 ディーンは手元の串焼き肉が冷めるのを待っている。ほどよく時間が経ったところで、念のため、ふー、と息を吹きかけて、それからアリスに手渡した。


「じゃあ……もしもわたしが死ななくなったら、お嫁さんにしてくれる?」

「……そうだな」


 そうなったらいいな、とディーンは思う。

 彼は『不死の魔術師』だ。他の人間は全員、自分より先に死んでしまう。

 200年生きても、人と死に別れるのには慣れない。

 ずっと見てきた相手がいなくなるのは辛いし、不死の自分がズルをしているように感じるからだ。


 だから、ディーンが妻をめとったことはない。

 一番近い家族が死んでしまうのは、つらすぎるからだ。

 それに、自分が人間ではない以上、考え方や生き方がずれていくのはわかりきっている。時が経つほど、そのずれは大きくなるだろう。

 でも、相手が不死なら──


「──だったら、嫁にしても、いいかもな」

「本当!?」

「まぁ、あり得ない話だとは思うが」

「じゃあ確認だよ? わたしが死ななくなったら、お嫁さんにしてくれるんだよね?」

「ああ、そうだな」

「そうなると、わたしが死なないかどうか、マイロードが確認することになるよね?」

「そうなるな」

「死なないかどうかは、わたしが年老いて死ぬまでわからないよね?」

「…………おいこら」

「はい。わたしは今から不死を名乗ります! マイロードはわたしをお嫁さんにして、本当に不死かどうか確認してください!」

「おい、ずるいだろそれ!」

「んー? じゃあ、マイロードはわたしが不死じゃないって証明できるのー? できるならしてみてよー。できないならおよめさんにしてよー。ほらほら」

「……だから『不老不死』じゃなくて『死なない』って言ったのか」

「そうだよ。『不老』だと、証明できちゃうもんねー」

「その賢さ、もっと有益なことに使えよ……」


 苦笑いするディーンと、彼の肩に身体を押しつけるアリス。


「……嫁にするかどうかは、お前が大人になったら、考えてやるからさ」

「みんなにそう言ってない?」

「だから賢すぎるだろ。お前は」

「アリスはずっとこの気持ちを忘れないからね。大人になったら忘れるとか思ってもむだだよ。たとえ、生まれ変わっても覚えてるもん」

「……アリス」

「だから、大人になっても……生まれ変わってもこの気持ちを覚えてたら、そのときはお嫁さんにしてくれる?」

「先の話は俺にもわからねぇよ」

「ずるいー」

「安心しろ。わからないけど、忘れないから」


 ディーンはこれまで一緒だった村人のことを、すべて覚えている。

 アリスの約束のことも、たぶん、忘れない。


「俺が忘れないと言ったら、絶対に忘れない。それは信じられるだろ?」

「……うん」

「今はそれで満足してくれ、アリス」

「わかりました。マイロード」


 そう言ってアリスはうなずいた。

 ディーンに体重を預けて──安心したように目を閉じる。


(……大人になってもこのままだったら、アリスは……俺が面倒を見るしかないかもなぁ)


 この様子だと、アリスはディーン以外の誰とも結婚しないだろう。

 その上アリスは賢すぎる。母親のレミリアをはるかに超えている。


 レミリアのときにはライルという相手がいたけれど、アリスと張り合えるほど賢い子どもは、今の『フィーラ村』にはいない。そうなるとディーンが引き取るしかない。自分が保護者として面倒を見て──その後、アリスは年老いていなくなる。


 たき火の前なのに、想像すると寒気が走る。

 不老不死だからといって、人の死に鈍感になれるわけじゃない。

 むしろ忘れられない分だけ怖くなる。


 ため息をついて、ディーンはアリスの身体が冷えないように抱き寄せて──


「──で、なんでお前らは静かになってるのかな?」


 振り返ると、村人たちがそろってこっちを見ていた。

 温かい目で、優しい笑みを浮かべながら、

 ──そして彼らは杯をかかげて、



「「「マイロードとアリスの未来に乾杯かんぱい!!」」」

「今それはやめろ! 絶対変な意味を込めてるだろ、お前ら!!」



 村の広場に、杯を打ち合わせる音と、マイロードの叫び声が響き渡ったのだった。


 それは『死紋病しもんびょう』が流行し、『聖域教会』が村に干渉してくる数ヶ月前のこと。

『フィーラ村』の正月は、こうして過ぎていったのだった。

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