第99話「元魔王、古い記録と出会う」

 神殿の奥には巨大な扉があった。

 そのまわりには、灰色の石像たち。ただし顔が削り取られ、床に倒れている。両腕もない。

 石像はアミュレットローブやペンダントを身につけて、身体にはローブをまとっている。『聖域教会』が造ったにしては古すぎるから、『古代魔術文明』のものだろう。

 巨大な扉は神殿の突き当たりにある。

 その先に地下第5層への入り口でもあるんだろうか。


『…………ガ……アア。ア。オノレ』


 ゴースト司祭は、神殿の奥に向かって逃げて行く。


『……マダ…………オワラヌ…………門番ヲ……門番ヲ起動スレバ……』


 門番って、あれか。神殿の奥にうずくまってる巨大なゴーレム。

『ジャイアント・オーガ』よりもひとまわり以上大きい。

 身体は黒い石で造られていて、胸のあたりに結晶体がついてる。

 あれが動力源だろうか。


 そういえばフローラ=ザメルのパーティがゴーストに襲われたとき、敵にゴーレムもいたって言ってた。あれがそうなのか。


『ハハハハ! 踏み潰してヤル! 我ガ能力ヲ見せてやるゾ──ッ!』

「ディック、頼む!」

『はーい。ごしゅじんー』『発動なのですー』『紋章もんしょう、書いてもらってるのですー』


 先行していたコウモリ軍団が、ゴースト司祭の頭上に集まる。

 そして──



『『『火の玉発射魔術なのです──!』』』



 ずどどどどどどどっ!



 ゴースト司祭めがけて、火炎弾が降り注いだ。

 それと、言いにくいのはわかるけど、魔術名は『炎神乱打イフリート・ブロゥ』だからな。



『────オオオオオオオッ!?』



 ゴースト司祭が飛び退く。火炎弾に身体を削られても、まだ消えない。

 だけど、その隙に──




『はーい。ごしゅじんーの「魔力血」をどうぞー』



 ばしゃ。



 コウモリ軍団の一匹が、ゴーレムに革袋かわぶくろを投げつけた。

 俺の『魔力血ミステル・ブラッド』が入ったものだ。

 元々あれはフローラ=ザメルの『レプリカ・ロード』を浄化するためのものだった。


 けれど、一発で当たるとは限らないからな。

 外したときのため、ディックたちには予備を持たせておいたんだ。


『アアアアアアアアアアアアアアア!?』


 ゴースト司祭が、絶望的な声をあげた。

 奴が使おうとしていたゴーレムには、俺の『魔力血』がかかってる。近づいたら『浄化』する。

 これで奴の依代よろしろは奪った。


『キサマ、ギィィィィサアアアマアアアアア!!』


 ゴースト司祭は扉に背中を向けて、俺をにらんでいる。


 その姿は第1階層で戦ったゴースト司祭と同じだ。

 あいつは確か『第7司祭ログルエル』だったか。『護衛騎士選定試験』でガイエル=ウォルフガングがうっかり召喚しちゃった奴だ。

 目の前にいる第3司祭もあいつと同じように、顔はガイコツで、身体にはローブをまとっている。

 血色が良さそうに見えるのは、さっきまでフローラ=ザメルの魔力を吸い取ってたからか。


「あんたには聞きたいことがある」

『……ヒィッ!?』

「偉大なる第1司祭って何者だ? あんたは『あの方が戻るまで』と言ったな。ということは、そいつもゴーストになって別の階層にいるのか?」

『…………貴様コソ、何者ダ』

「ん?」

『我ニ何をした!? どうしてワレ依代よりしろから引き剥がされた!?』

「俺は、単にそういう能力を持った生き物なだけだ」


 俺は聖剣を手に、ゴースト司祭を見据えた。


「自分でもよくわからないけどな。そういう能力持ちなんだからしょうがない。あきらめてくれ」

『モシカシテ……聖者カ!? 聖なる者なのか!?』

「……ああん?」

『神の加護を受けた者トカ!? だからゴーストを浄化デキルノカ!?』

「…………はぁ」

『聖なる者ナラ、慈悲じひを与エテくれてもいいハズダ!? 「聖域教会」は世界を進化サセルタメに働いた! その結果が──』


 聖者……聖なる者か……。

 そっか、浄化能力があると、そういう風にも見られるのか。

 ふーん……そうなのか……。


「いい加減にしろ!!」

『────ヒィッ!?』

「てめぇらが全盛期のころは、他人ひとを魔王だの『吸血鬼の王ヴァンパイアロード』だの呼んでおいて、そっちがゴーストになったら聖者よばわりか!? いい加減にしろってんだ! お前らの勝手なレッテル貼りにはうんざりしてるんだよ!!」


 ──ったく。

 死後200年経ってもかわらないんだな、『聖域教会こいつら』は。


 聖者呼ばわりするなら200年前に……いや、こいつらにそんな名前で呼ばれたら気持ち悪いだけだな。どうせ放っておいてはもらえなかっただろうし。


 俺には『フィーラ村』の連中の面倒を見るのが精一杯だった。

 ただの一地方の小さな村の守り神。それで充分だ。


「あんたたち『聖域教会』がいなくなって、この世界も少し住みやすくなったよ」


 俺は聖剣を手に、ゴースト司祭をにらみつけた。


「だから俺みたいなものが生きている。そういうことにしておいてくれ」

『……貴様ノヨウナモノガイルトハ……ナラバ第1司祭サマに伝えなくテハ!』


 ゴースト司祭が、ガイコツの顔を上げた。


「なるほど。その第1司祭ってのは地上にいるのか」

『────!?』

「地下にいるなら扉の方を見るだろ。この第4階層、この神殿の他には建物がないんだから、たぶんその扉の向こうが、下層への入り口だ。でもあんたは俺のいる方を見た」


 正確には、第3階層に通じる階段のある方を。

 昔『フィーラ村』でも似たようなことがあったからな。


 仲間のおやつを奪って隠して「知らないよ」と言いながら隠し場所の方を見るとか。俺が古城で教えてた子どもたち、よくやってたよな……。


『…………ハ、ハハハハハハハハハ!!』


 ゴースト司祭はガイコツの口を開いて笑い出した。


『察シガいいナ! 若キ魔術師ヨ!』

「そう若くもないけどな」

『貴様のように察しが良く、遠くが見える者ホド苦シムモノダ!』

「いや、察しが良くないと村の管理なんかできないだろ」

『ダガナ! 貴様ラガ作ッタ「魔術ギルド」などに未来ハナイ!!』

「俺は『魔術ギルド』の運営に関与してないし、未来に責任もないんだが」

『ナゼナラ! 我ラガ第1司祭サマハ…………人とは違う時間を生きておられる方ダカラダ!』

「というと、まさか不死か?」

『アア! 第1司祭サマハ古代ノ技術ニヨリ、第1司祭サマハ寿命を超越サレタ!!』

「もしかして、200年間普通に生きてるのか」

『ソウダ!』

「へー」


 そうか。やっぱり不老不死に関する『古代器物』はあったのか。

 つまり『第1司祭』って奴を捕まえれば、アイリスやマーサを不老不死にできるわけだな。


『フハハハハハハ! 絶望セヨ!』

「希望が出てきた」

『我を消シタトシテモ終わらぬ! 貴様はいつか第1司祭さまに出会うコトダロウヨ!!』

「探さなくていいのは助かるけどな」

『その日を恐れて生キルガイイ!!』

「確かに面倒だな。でも、不死の『古代器物』も捨てがたい」

『フハハハハハハハハハ!』

「他になにか情報はないのか?」

『…………フッ……ハハハ……ハ!』

「いや、笑ってないで。その扉の開け方とか。第5階層の状態とか」

『…………フハハハ…………』

「『聖域教会』を裏切った賢者の行方とか。『王騎ロード』が何体あるのかとか。地上にいる第1司祭がなにを企んでいるのかとか」

『……………………ハハハ』

「知らないのか。それとも、言わないのか」


 俺の問いに、ゴースト司祭は答えない。

 まぁいいか。

 こいつはフローラ=ザメルに取り憑いてる間に、景気よく色々叫んでたからな。彼女の方でも内容を覚えているかもしれない。そのあたりは『魔術ギルド』が聞き出すだろう。


『第1司祭』とかいう奴の居場所も──そいつと帝国との関わりも、わかるかもしれない。


「それじゃ……消えろ!」

『消えてくださいー』『ごしゅじんのてきー』『めいわくごーすとー!』


 俺の聖剣が、ゴースト司祭をまっぷたつにした。

 直後、俺が飛び退いた瞬間、ディックたちの『炎神乱打イフリート・ブロゥ』の火炎弾が、ゴースト司祭に降り注ぐ。



『──────アア、アアアアアアアアア……』



 聖剣と『古代魔術』を受けたゴースト司祭は、そのまま消滅した。

 残ったのは動かないゴーレムと、巨大な扉だ。

 まずはゴーレムの方を調べてみるか。

 俺の『魔力血ミステル・ブラッド』は、もうしみこんでるから。



「発動──『侵食ハッキング』」



 内部魔術──解析開始。

 魔術の構造分析──やっぱり防壁があるな。


 第1防壁──突破。って、ひとつだけか。

 さすがに『王騎』よりは守りが薄いな。


 内部魔術を分析──完了。


 うん。こいつは『古代器物』のゴーレムだ。

 通常のものとの違いは、魔術への防御耐性が高いこと。それと、遠隔操作えんかくそうさができることだ。

 定められた『古代魔術』を使うことで、これを自在に『使い魔』として操ることができる。

 あと、精神を取り憑かせることで、自分の身体としても扱うことができるらしい。

 ぶっちゃけると、ゴーストに墓地を守らせるための、墓守ゴーレムだな。これは。


 続いて扉の方に『侵食ハッキング』をかけると──弾かれた。

 こっちは対魔術防御セキュリティが強すぎる。


 聖剣で傷をつけて『侵食ハッキング』するか、『黒王ロード=オブ=ノワール』で扉を壊すしかないな。


「それをやると『魔術ギルド』にあとで文句を言われそうだからなぁ。どうするか……」

「ユウキ──っ! 大丈夫ですの!?」

「大丈夫ですか! ユウキさま!!」


 オデットとジゼルの声がした。

 見ると、ふたりがこっちに走ってくるのが見えた。


「俺は問題なしだ。フローラ=ザメルは?」

救援隊きゅうえんたいが来たので任せましたわ」

「救援隊?」

「『ザメル派』の方たちですわ。第4層のゴーストが消えたのを確認して、入って来てしまったようです」

「老ザメルは俺たちに任せる、って約束したんだけどな」

派閥はばつの者を抑えきれなかったようですわね」

「でも、『カイン派』のデメテルさまがご一緒です。彼らをとどめてくれております」


 オデットの言葉を、ジゼルが引き継いだ。

 ということは、『レプリカ・ロード』との戦いは見られていない。問題ないな。


「フローラ=ザメルの様子は?」

「ゴースト司祭に魔力を奪われて消耗しょうもうしていますが、命に別状はありません。意識もはっきりしています。ただ……ユウキに謝りたいと」

「それほどひどいことされた覚えもないんだけどな」

「女の子の心は複雑なのですわ」

「それは前世でアリスにさんざん言われたからわかる」

「……で、そこにあるのが第5階層への扉ですの? 開きそうですか?」

「今は無理だな。これを開くより、第4階層を探索たんさくした方がよさそうだ」


 今日のところは戻ろう。急げば夕飯に間に合う。

 マーサは俺が戻るまで起きてるだろうから、あんまり待たせたら悪いよな。


『ごしゅじんー』

「どうしたディック」

『神殿の壁に、なにか彫ってあるですー』


 ディックが俺の肩に留まって、言った。

 他のコウモリたちは、石像の裏側に集まってる。そこになにかあるようだ。


 俺とオデットとジゼルが近づいてみると……。


「……文字か?」

「……文章のようですわね」

「……『聖域教会』が残したものでしょうか。それとも『古代魔術文明』の?」

「『聖域教会』だろうな」

「どうしてわかるんですの? ユウキ」

「いや、だってライルうちの子筆跡ひっせきだし」


 俺は言った。

 オデットとジゼルの目が点になった。


「ライルって……アイリス殿──い、いえ。アリスさんの父親の?」

「『フィーラ村』の伝説の村長、ライル=カーマインさまですか!?」

「ああ。間違いなく、これはライルが残したものだ」


 あいつに文字を教えたのは前世の俺ディーン=ノスフェラトゥだ。

 ライルの文章って、右側が妙に跳ねるくせがあったからな。その方が勢いがあってかっこいいとか言って、大人になっても直らなかった。

 俺があいつの文字を見間違えるわけがない。


 たぶん、最初に壁に文字を書いて、その上から彫ったんだろうな。

 ライルは俺を殺したことで『聖域教会』に認められた。それを利用して組織に潜り込み、最終的に奴らを裏切った。だから『裏切りの賢者』と呼ばれていたんだよな、あいつは。


 ……どうしてお前はそんなに不器用なんだ。

 俺が勉強を教えたのは、ライルたちが楽に生きていけるように、って思ったからなんだけどな。

 こんな苦労をすることはなかったんだよ……。



「……『この文章を読むべき者に告げる』か」



 ライルの文章は、そんなふうに始まっていた。



『「古代器物」にたましいを導かれし者よ。あなたがこれを読んでいることを願う』



 あ、これ、俺宛おれあてだ。

 他の人にばれないように具体的な名前を出してないけど、わかる。


 オデットも隣でうなずいてる。

「古代器物」に魂を導かれし者──それは『聖剣リーンカァル』で転生した俺とアリスのことだ。


 俺は床に腰を下ろす。

 オデットも、ジゼルもそれにならう。


 200年ぶりの子どもライルの言葉だ。

 一字一句もらさず、真剣に読むことにしよう。


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