第98話「元魔王、遠距離攻撃の対策をする」
──フローラ=ザメル視点──
フローラは深い闇の中にいた。
自分の手さえ見えない、底知れぬ闇の中だ。
「……私は、どうなってしまったの……」
仲間とともに『エリュシオン』第4層に潜ったことは覚えている。
そのあとゴーストの一体がフローラの『レプリカ・ロード』にとりついて……それからのことは、よく覚えていない。
気がついたら、彼女は暗闇の中で座っていた。
『レプリカ・ロード』は、まだ着ているのだろう。脱いだ記憶がない。
「……あれは嫌い。私にもっと力があれば、あんなものを使う必要はなかったのに」
祖父──老ザメルはたぶん、フローラのことを考えてくれたのだろう。
幼いころから、ずっとそうだった。
祖父は、彼女が
──最高の環境を用意され。
──最高の師匠について。
──最高の成果を出すように、言われてきた。
その結果がこれだ。
フローラは地下の真っ暗闇の中で、ただ、うずくまっている。
『ザメル派』が作り出した『レプリカ・ロード』も使いこなせなかった。
「私には、おじいさまのような才能なんかないのに」
祖父の老ザメルは12歳で『エリュシオン』第2層を単独踏破して『C級魔術師』の位を得ていた。
その血を引いたフローラには、みんなが期待してきた。
A級魔術師の老ザメルから直接、教えを受けているのだから、同じことが当然だと。
できないのは不自然──手を抜いているのではないか、と。
フローラへのプレッシャーがさらに強くなったのは、同年代で『C級魔術師』になったものが現れてからだ。
彼の名前は、ユウキ=グロッサリア。地方貴族の
彼のことを聞いたとき、フローラは、すごい、と思った。
魔術師の血筋でもないのに、それだけの成果を上げるなんて。
どんな人なんだろう。
会ってみたい。話してみたい。友だちになりたい。
ただ純粋に、そう思っていた──。
けれど、老ザメルをとりまく『ザメル派』はそれを許さなかった。
彼らはフローラに、ユウキ=グロッサリア以上の成果を上げることを望んだ。
──同い年の者が『C級魔術師』になっているのに、老ザメルの孫が『D級魔術師』のままなんてありえない。
──田舎貴族の庶子でさえ成果を上げているのに、どうしてフローラはいまだに『D級魔術師』のままなのか。
──いや、『D級魔術師』の
──本人には、なんの力もありはしない。
──祖父の七光りで『魔術ギルド』にいるだけの、恥知らずな──
「──やめて」
聞きたくない言葉が、心の奥底からあふれ出してくる。
「どうして……そこまで言われたことなんて……ないのに」
現実には言われたことのない言葉が、次から次へと聞こえてくる。
耳をふさいでも消えない。
──そうか、お前はその少年に嫌がらせをしたのか。
──アレク=キールスにそそのかされた? そんなものは言い訳だ。
──お前は、そのユウキ=グロッサリアに、追い越されたことが許せなかったのだろう?
──なんて無様な。A級魔術師老ザメルの孫ともあろうものが。ああ!
「……やめ……やめて」
──ふむ。意識が弱くなってきたな。そろそろいいか。
──貴様の魔力と、この
──これは『レプリカ・ロード』と言うのか。オリジナルには劣るが、使いものにはなるだろう。
──我は、とこしえの門番となろう。第5層より下を、現代の魔術師どもに荒らされぬよう。
「……誰!? この機体に──わたしにとりついたのは……だれ」
──我が名は『聖域教会第3司祭ヴァリューガ』。
「『聖域教会』の──司祭!?」
──我ハこの時代を
──貴様のような心弱い魔術師がはびこっているとは情けない。
──やはりワレラ『聖域教会』が──が、が──ガガガガガガ──ハハハハハハハハハッ!!
「──ひぃっ!?」
フローラ=ザメルは悲鳴をあげる。
ゴーストの笑い声と、頭の中で響く声に、彼女の意識が薄れていく。
「──だめ」
恐怖の中、フローラ=ザメルはつぶやいた。
「消える前に……わたしは……あの方に……ちゃんと──」
フローラ=ザメルは歯をくいしばる。
薄れそうになる意識を、必死につなぎとめる。
それでも彼女の目には何も映らない。まわりになにがあるのか、わからない。
──古代の器物と魔術の力により、人を超越された『第1司祭』さまのように──私も──ハハ、ハハハハハハハハハッ!!
ただ闇の中に、暴走した司祭のこわれたような笑い声が響いているだけだった。
──ユウキ視点──
俺たちはゴーストに教えてもらった通り、西にある神殿に向かっていた。
まわりは、一面の墓地だ。
頭上には霧がかかっている。
その向こうに、かすかに天井が見える。かなり距離がある。
俺の『飛行』スキルでも届かないだろう。本当に広いな、この第4階層。
時々、害のないゴーストが空中を飛び回ってる。
「オオオオオオオ……」「ウゥゥゥアアアアアアア……」って、声をあげている。
もう、言葉を忘れてしまったものたちだ。
「空にいるのは、かなり古い時代のゴーストのようですわね」
後ろを歩きながら、オデットが言った。
最後尾はジゼルが守ってる。
彼女もおびえたように、空のゴーストたちを見つめている。
「
「上にいるのは、自我をもう無くしてるんだろうな。『聖域教会』のゴーストより、もっと古い時代のものかもしれない」
「『古代魔術文明』の時代の人々でしょうか?」
「興味ありますわ……あまり、近づきたくはないですけれど」
『聖域教会』のゴーストたちを一掃してから、1時間半が経っている。
やっと、西の神殿が見え始めた。
第4階層は、その他にはなにもない。
『聖域教会』が、上の第3階層に立てこもってた理由がわかる。
この階層にある建物は、遠くに見える神殿だけ。
他には隠れる場所も、立てこもれる場所もない。
その上、第3階層に通じる道はひとつしかない。
他に脱出口がなければ、そこを
水もない場所で日干しになって、ゴーストの仲間入りをするしかない。
「となると、あの神殿には誰がいるんだろうな」
「『聖域教会』の司祭、そのゴーストでしょうね」
「ユウキさまとオデットさまが、『護衛騎士選定試験』で戦ったのと同じものですか」
「だと思う。そいつがフローラ=ザメルの『レプリカ・ロード』に取り憑いたんだろうな」
作戦は考えてある。
フローラ=ザメルの『レプリカ・ロード』に、俺の『
オデットは『古代魔術』でフローラ=ザメルを
ジゼルはオデットの
ディックたちコウモリ軍団は、他の魔物やゴーストが近づかないようにする。
以上だ。
「『レプリカ=ロード』は破壊しても構わないのですわね」
オデットは俺を見て、言った。
「あくまでもフローラ=ザメルの生命を優先。わたくしはそう考えていますわ。ユウキは?」
「当然。救出が優先だ。邪魔になるなら『古代器物』のレプリカなんかぶっこわしても構わない」
「了解しましたわ。ユウキがフローラ=ザメルを助けたあとでも動くようなら、『レプリカ・ロード』に『古代魔術』をたたき込みます」
「僕はその間、オデットさまを護衛しますね」
「よろしくお願いしますわ。ジゼルさん」
オデットとジゼルは、うなずきあう。
「ユウキは? 『
「あれは『聖域教会』のゴーストには見せたくないな」
「どうしてですの?」
「奴らはあれの能力を知ってるかもしれない。対策されると面倒だし、逆に逃げ出されても面倒だ」
「わたくしたちの目的は、フローラ=ザメルさんの救出ですものね……」
オデットは納得したようだった。
「『レプリカ・ロード』をまとったフローラさんが暴走した場合、『黒王騎』では彼女を傷つける……あるいは殺してしまうかもしれない、そう考えているのでしょう?」
「……人の心を読むなよ」
「あら、正解でしたの?」
「秘密だ」
「あらあら、では、殿下に会ったら自慢しなくては。あなたの『護衛騎士』の心を読みました、と」
「アイリスの機嫌が悪くなりそうだからやめてくれ」
……楽しそうだな。オデット。まったく。
ジゼルまで笑ってるじゃないか。
「も、申し訳ありません。マイロード」
ジゼルは笑いをかみ殺しながら、
「……つい、200年前の『フィーラ村』って、こんな空気だったのかな、って思ってしまって」
「こんなもんだったよ」
「楽しい村だったんですね」
「それなりに平和だったよ。あのまま何事もなければ──」
俺は、口にしかけた言葉を止めた。
神殿の方に、光が見えたからだ。
「オデット! ジゼル!」
「ユウキ!?」「──きゃ!?」
俺はオデットとジゼルの腕を掴み、真横に跳んだ。
その直後、真っ赤に
土の地面をえぐり──後ろにあった墓石を溶かす。
『オオオオオオオオオ!?』
『────アア……アアアアァァァァ……』
矢を喰らったゴーストたちが、消えていく。
俺は顔を上げた。
神殿まではまだ距離がある。俺の『古代魔術』でも射程外だ。
「オデット」
「は、はい!」
「この距離まで届いて、石を溶かすくらいの威力がある『古代魔術』ってあるのか?」
「……存じませんわ」
オデットは頭を振った。
「わたくしの知る限りありません。少なくとも、『魔術ギルド』には……」
「ってことは、あれは『聖域教会』が使ってた『古代魔術』か」
「ですわね。『聖域教会』のゴーストが、フローラさんの魔力を利用しているのでしょう」
「あんな魔術を盾で受けたら……」
ジゼルが真っ青な顔で震えてるのもわかる。
あれをまともに受けたら、たぶん、盾を貫通する。
「やっかいなのはあれを撃ったのが、フローラ=ザメルの『レプリカ・ロード』ってことか」
西の方角に、神殿の姿が見えた。
灰色の建物だ。屋根は崩れ落ちて、柱しか残っていない。
奥の方には神像のようなものがあるけれど、ここからだとよく見えない。
神殿の前には、白い
純粋な孫娘にふさわしい、純白の装甲をつけたと、老ザメルは言っていたな。その通りの姿だ。
あれが『レプリカ・ロード』。フローラ=ザメルが中に入っているヨロイだ。
「……今、あれを使ってるのは、フローラ=ザメルじゃないんだろうな」
『レプリカ・ロード』は片腕を挙げて、こっちを見ている。
もう片方の腕は身体の後ろに回している。
今の『古代魔術』は両手で
『我々の「
『レプリカ・ロード』の中から、知らない誰かの声が響いた。
『ワレラ「聖域教会」の世界変革を妨害スル愚者ニ、コノ第3司祭ヴァリューガが…………』
「『
奴の言葉が終わる前に走り出す。
しゃべっている間は
その間に、こっちの魔術の効果範囲まで近づく。
「オデットは援護を。ジゼルはオデットを守ってくれ」
「わかりましたわ!」
「承知しました!」
直後、オデットが
敵の『古代魔術』は高性能な分だけ発動が遅い。オデットの方が先に発動を完了させる。
「いきますわ! 『
オデットの声とともに、地面から石の槍が飛び出す。
でも、『レプリカ・ロード』には届かない。効果範囲外だ。
だが──
『────っ!!』
『レプリカ・ロード』に取り憑いてる奴が、舌打ちする。
『地神乱舞』の槍に隠れて、俺の姿が見えなくなったからだ。
真上に飛び出した石の槍は、そのまま真下に向かって落下する。
地面を
俺の前方には、こっそり投げた『杖』が飛んでる。2本。
いざというときの保険だが──
『発動──「
土煙の向こうで、なにかが光った。
同時に俺は地面に転がる。
空中に投げておいた『杖』が、魔力の
そこにオレンジ色の光線が激突する。
『杖』は数秒間、耐えた。
すぐに魔力の障壁は破られ、光が『杖』そのものに当たる。
ローデリア特製の『杖』が蒸発する。
光線は杖を貫通し、さらに先へ。展開しておいた2つめの『杖』に当たる。蒸発させる。
そこで、光線は消えた。
『杖』は残り1本。もう光線は防げない。
「──ユウキ!!」
オデットが叫んだ。
「オデット! 奴の射程に入るな!!」
俺の位置から、神殿まではあと少し。
もう
でも、こっちの魔術の射程にも入ってる。
「発動! 『
ずどどどどどどっ!
俺が発射した火炎弾が、『レプリカ・ロード』の足元に着弾する。
『ヨロイの中にいる少女を
『レプリカ・ロード』に取り憑いたゴーストが、笑った。
『このヨロイの中にいる少女は、まだ生キテイル。身体と、魔力ガ使えるからな』
「死人が、生きた人間を使って暴れてるんじゃねぇよ」
『お前コソ。ワレラ「聖域教会」が管理する第4層に踏ミ込ムとは、身の程シラズな』
ゴーストが笑う。
『偉大なる第1司祭サマ……あの方が戻ルマデ、この地はワレラが管理する……誰にも……ダレダレダレダレ…………』
「お前もう、壊れてるんじゃねぇか」
俺たちを襲ったゴーストを操ってたのは、たぶん、こいつだ。
でも、こいつも自身も壊れかけてる。
不毛もいいところだ。
200年前の成果にしがみついて、子どもに取り憑いて──
「……お前たちにはうんざりだ。『聖域教会』よ」
俺は聖剣リーンカァルを抜いた。
「俺を魔王あつかいしてたことは……もうどうでもいい。今さら、蒸し返してもしょうがねぇからな。だけど……今のあんたたちがやってることは、はっきり言って迷惑なんだよ」
『オォ! オオオオオォ!! 聖剣! ソレハ聖剣!!』
「あんたたちは失敗した。『古代器物』と『古代魔術』で世界を治めようとして、完璧に失敗したんだ。それを認めて、別のところに行け」
『────』
ゴーストは答えない。
代わりに、詠唱を始めている。
『レプリカ・ロード』の腕が動く。さっきの『古代魔術』の予備動作だ。
「フローラ=ザメルを返しなさい! 『聖域教会』の死霊よ!!」
不意に、オデットが叫んだ。
声が遠い。たぶん、敵の『古代魔術』の射程外だ。
「あなたたちの時代はもう、終わったのですわ!! 200年前、『聖域教会』は『古代魔術』と『古代器物』を手に入れ、一度は世界を支配しましたが──それももう昔のこと。あなたたちは結局、負けたのですわ!!」
『──────!!』
『レプリカ・ロード』の頭が、オデットの方を向いた。
それに構わず、オデットは続ける。
「あなたたちは、自身が魔王よばわりして殺した魔術師に敗北したのですわ! あの人は今も、多くの者たちに
『────■■!!』
オデットに構わず、奴は詠唱と動作を完了させる。
『レプリカ・ロード』の
『ホロビヨ……発動──』
『レプリカ・ロード』が腕を上げる。その指先に光が灯る。
だが、こっちの方が早い。
俺の使い魔たちはすでに作戦を完了してる。
ひゅー。
べちゃ。
革袋が降ってきた。
『────?』
『レプリカ・ロード』が顔を上げる。
革袋の中身──『
『やりましたー』『狙いましたー!』『当たりましたー! ごしゅじんー』
頭上から、ディックとコウモリ軍団の声がした。
同時に、俺は宣言する。
「──『浄化』」
『ギィヤアアアアアアアアアアアア!!』
『レプリカ・ロード』から、どす黒い蒸気のようなものが噴き上がった。
ゴースト司祭の本体だ。
『浄化』を喰らったせいで、フローラ=ザメルに取り憑けなくなったらしい。
作戦成功だ。
ディックたちコウモリ軍団は、俺の『魔力血』が入った革袋を、奴の頭上に落としてくれた。
神殿にアンデッドがいるのはわかってた。
だから前もって、ディックたちを霧の上まで飛ばしていたんだ。
あとは敵が現れたら、上空から革袋を落とすだけだ。
俺とオデットはそれまでの間、敵の注意を引きつければよかった。
オデットが叫んだのも、俺が聖剣を掲げて見せたのもそのためだ。
『ギィヤアアッ!? グガアアアアアアアアッ!!』
「────あ」
小さな声が聞こえた。
ゴーストが神殿の奥に消えていくと同時に、『レプリカ・ロード』が地面に倒れる。
「オデット、ジゼル! フローラ=ザメルを頼む。俺はゴースト司祭を追う」
ゴースト司教は、フローラの魔力で『古代魔術』を使ってた。
彼女を解放した以上、同じことはできないはずだ。
「わかりましたわ!」
「今行きます! 『マイロード』!!」
俺は『身体強化』2倍を発動。
そのまま神殿の中へと入っていく。
入り口に倒れているフローラ=ザメルは……生きてる。
顔色が悪いのは、ゴースト司祭に魔力を吸われたからだろう。さっきの『古代魔術』は、かなり魔力を消費するものだったはずだ。
それに耐えたんだから、魔術の才能があるんじゃないだろうか。
さらに、ゴースト司祭に長時間取り憑かれてたのに、自我を保ってる。
よほどの抵抗力か……意志の強さがないと無理なはずだ。
小さな少女なのに。すごいな……一体なんでそこまで──
「…………ごめんなさい」
不意に、フローラ=ザメルが口を開いた。
「…………あなたの邪魔をして……ごめんなさい……。にもつはこび……てつだってくれたのに……ちゃんとお礼を言えなくてごめんなさい。ユウキ=グロッサリアさま……わたし……それを……言いたくて」
「……そんなこと気にしてたのか」
ごめん。俺の方は忘れかけてた。
というか、妨害の
あんたが気に病むことじゃないのに……まったく。
「…………人間って、ほんと、わからないな」
とりあえずゴースト司教は消す。
二度と、誰も取り
ついでにあいつが言ってた『偉大なる第1司祭』の情報も聞き出しておこう。
そうすれば安心だし、『魔術ギルド』の探索も楽になるだろ。
「すぐに戻る。そしたら地上へ連れて帰ってやる。しばらく休んでてくれ。フローラ=ザメル」
俺は『身体強化』2倍で、神殿の奥に向かった。
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