第97話「元魔王、墓地を静かにする」

 ──巨大ダンジョン『エリュシオン』第4階層──




 俺たちは階段を降りて、第4階層への扉を開けた。

 資料の通り、扉の向こうには霧がかかった空間が広がっていた。


 地面はじっとりと湿り、丈の短い草や、こけのようなものが生えている。

 その先にあるのは無数の墓標だ。


 石の板で造られていて、大きさは俺の身長の半分くらい。

 表面には文字が描いてある。誰かの名前だろうか。ほとんど消えかけてるけど。

 この中のひとつくらい、『古代魔術』が描かれているものもあるかもしれないけれど──調査はずっと先の話だろうな。


「……ユウキ。ゴーストがいますわ」

「……僕も、こんなに大量のアンデッドを見るのは初めてです」


 俺の後ろで、オデットとジゼルがつぶやいた。

 オデットはいつものように『魔術ギルド』の制服を着てる。違うのは、たくさんのアクセサリを身につけていることだ。髪にはバレッタ。額にはサークレット。胸元にはペンダント。さらに両腕にはアミュレットを巻き付けている。


 すべて『グレイル商会』のローデリアが、大急ぎで準備してくれた。

 魔法の武器ではないけれど、これだけの量を集めるのは大変だっただろうな。感謝しないと。


「あとで……スレイ公爵家から直々にお礼を言いにいきますわ。ローデリアさまのサポートがなければ、怯えて、進めなかったかもしれませんもの」

「はい。ローデリアさまは有能な方であります」


 そういうジゼルは軽装のよろいを着て、片手に短めの槍を、片手に盾を持っている。

 こちらもローデリアが準備してくれたものだ。


「フローラ=ザメルが消えたのは、入り口から数分進んだところか。だけど……そのあと彼女は、西の方へ走り去ってるんだよな」

「『レプリカ・ロード』の暴走のせいですわね」

「フローラのパーティ連中も、途中までは追いかけたけど、ゴーストが多すぎてあきらめてる」


 俺は扉の向こうに広がる墓地を見た。

 空中にふわふわと浮かんでいるゴーストの数は、見えているだけでも20体以上。

『古代魔術』を撃ったら、奴らは一斉に向かって来る。ゴーストは人の体温と生命力を奪うからやっかいだ。それでフローラの仲間も、彼女を追うのをあきらめたらしい。


「まずは俺が道を開く」


 俺はオデットに資料を渡した。


「ゴーストの数を減らさないとどうにもならないからな。まぁ、やってみるよ」

「わかりましたわ。なにかあったら、わたくしとジゼルさんがサポートします」


 オデットは俺の手を握って、うなずいた。


「ただし、無理はしないと約束してください。ユウキになにかあったら、アイリスとマーサさんに恨まれてしまいますもの」

「オデットって、マーサと会ったことあったっけ」

「あいさつをする程度ですけれどね、ただ、マーサさんがユウキを大切に想っていることはわかりますわ。ほら」


 オデットは制服の上着をめくってみせた。

 裏地のところに、コウモリと聖剣をかたどったエンブレムがある。


「マーサさんがデザインした『ユウキ派』のエンブレムですわ。これを見れば、あの方がどれほどユウキのことを想っているかわかりますわよ。その気持ちが……アイリス殿下と同じかどうかは、わかりませんけれど」

「わかってる。マーサにはちゃんと、恩返しするつもりだ」


 俺はオデットにうなずき返した。


「無理はしないよ。いざとなったら、オデットとジゼルにも助けてもらう」

「了解ですわ。ジゼルさんは、いつでも飛び出せるようにしてくださいな」

「は、はい。オデットさま!」


 ジゼルは盾を構えた。

 俺は彼女の盾にちょっとだけ細工をしてから、第4階層へと飛び出した。


『────!?』

『──オオ?』

『────オオオオオオオオォ?』


 ゴーストたちが俺に気づいた。

 やつらの表情は──もう、なにもない。

 目のあるところにはうつろな穴が、口のところには三日月型の裂け目があるだけだ。

 相当古いゴーストたちだ。

 もう、生きていたころの記憶も残ってないんだろうな。きっと。


「────消してやった方がいいんだろうな」


『聖域教会』の死霊司祭みたいな奴らだったら、ボコってから消そうと思ってたけど。

 ただ、さまよってるだけの連中なら、静かに消してやるべきだろう。


 俺は周囲を見回す。開けた場所を探す。

 広い墓地には通路がある。棺を運ぶためのものだろう。

 さらにその先には、円形の広場があった。俺はそっちに向かって走り出す。


 そうして、ゴーストたちをまとめて消すための作戦を実行した。





 ──地下第4階層のゴーストたち──




 彼らは、古い時代の死者たちだった。

 もう、自分が生きていた時代のことは覚えていない。

 あるのは、この世界への心残りだけ。


 彼らは思う。


 自分たちは、とても偉大な技術を手にしていた──と。

 あれがあれば、素晴らしい文明を築けるはずだった。

 けれど、使い方を間違えた。


 かつて行われた、多くの国を巻き込んだ大戦争。

 それさえなければ、自分たちはもっとすごいことができたはず。


 やり直したい。

 もう一度、違うやりかたを試したい。


 ────コダイノ……アイテムガ……アレバ。


 ────コダイノ……マジュツガ……アレバ。


 もう一度、もう一度。


 そんなことをつぶやきながら、ゴーストたちは地下をさまよう。



 ────オオ?



 不意に、ゴーストの一体が、地上を見た。

 地下墓所の広場に、少年が立っている。

『古代魔術』を使っている。空間からなにかを取り出している。



 ────オオオオオオオッ!!

 ────古代ノ……マジュツ──!!

 ────ワレラに、もう一度ワレラニィイイイイイイイイ!!



 ゴーストたちは『古代魔術』の気配に反応した。

 一斉に、地上にいる少年に向かって飛んでいく。



 ────ホシイ。『古代魔術』ヲオオオオオオ!

 ────ソレガアレバ、もう一度──モウ一度──

 ────ワレラが世界の中心デアッタ時代を──フタタビ……。



 ゴーストの気配に気づいたのか、少年が顔を上げる。



「……100年以上、こんなところでさまようってのがどういう気分か、俺にはわからないけどさ。もう、いいんじゃないか」


 少年はナイフで、手に傷をつけた。

 腕を振り、あふれだす血を周囲に散らす。


 その瞬間──ゴーストたちが動きを止めた。


 あの血に触れてはいけない。

 あれは浄化の力がある。

 あれに触れたら──ワレラは本当に終わってしまう。


 まるで見えない壁でもあるかのように、ゴーストは少年に近づけない。

 その間に彼は、空間から杖を取り出す。

 銀色の2本の杖──そこからも、『古代魔術』のにおいがする。


 けれど、ゴーストたちは動かない。

 彼の血が恐ろしい。

 アンデッドたちをこれほど恐れさせる存在とは──?



「────マサカ──吸血鬼の王ヴァンパイア=ロード──カ、魔王マオウ──カ」

「まだそれを言うのかよ。怒るぞ」



 少年は空間から剣を取り出し、掲げた。

 光り輝く銀色の剣──間違いない──『古代器物』の聖剣だ。



 ────アアアアアアアアアアアァ!!

 ────秘宝! 器物! 遺物! 古代ノオオオオオ!!

 ────我ラガ求めたコダイノ秘宝を────!



 聖剣を目にした瞬間、ゴーストたちが叫び出す。

 浄化の血への恐怖も消えた。彼らには、光り輝く聖剣しか見えなかった。


 そうして数十体のゴーストが、少年に向かって殺到さっとうして──



 ──少年は、赤い紋章が描かれた手を、頭上へと掲げた。



「これくらい密集してれば充分だ。発動──『炎神連弾イフリート・ブロゥ』」



 ドドドドドドドドドドドドッ!!



 ────ギィアアアアアアアアアアア!!

 ────アアッ、アアアアアアアアアッ!!



 少年の両手から発射される火炎弾が、ゴーストたちをぎ払う。

 ゴーストたちは逃げだす。少年から距離を取る。

 だが──


 ふわり、と、浮かんだ2本の杖が、ゴーストの行く手をはばんだ。


 杖の表面には血で描いた紋章もんしょう。その血には浄化の力がある。

 思わずゴーストたちは動きを止める。そこへ──



「発動、『紅蓮星弾バーニング・メテオ』」



 少年の声とともに、巨大な炎の球体が発生する。

 それにゴースト数体が飲み込まれた。

 霊体とはいえ、魔術は通じる。

 しかもこの魔術は、浄化の力を持つ血によって生み出されている。



 ────アア…………。

 ────ワレラノ時間ガ────終ワル。

 ────モウ一度……古代魔術──ヲ。



 ゴーストたちに、耐えるすべはなかった。

 少年の魔術を受け、杖が発する炎球に飲み込まれ、運良く少年の元にたどりついた者も、聖剣に斬られて消えていく。



「……意識を持っている奴は……いないのか」


 少年は言った。


「『聖域教会』の司祭が、上位のゴーストとしてあんたたちを率いてると思ったんだけどな」


 その声に、ゴーストたちが反応した。

 彼らは一斉に、西の方を指さす。



 ────神殿。

 ────ソコニ────。

 ────ワレラに心残りを植え付けたモノは────ソコニ──。



「そっか。ありがとう」


 少年の『古代魔術』が途切れた。


「あんたたちの仕事は終わりだ。安らかに眠ってくれ」


 そうして少年は『浄化』とつぶやき、目の前にいるゴーストを消した。

 最後の一体が消えたあと、周囲はただの静かな墓地グレイブヤードへと変わっていたのだった。

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