第96話「元魔王、フローラ捜索の下準備をする」
「もしかしたら、今日は遅くなるかもしれない」
宿舎に戻った俺は、マーサにそう言った。
マーサは俺の前にお茶を置いて、話の続きを待っている。
「『魔術ギルド』で行方不明者が出た。その
「ユウキさま……危なくはないのですか?」
「ダンジョン探索だからな、少しは危ない」
「マーサはついていくことはできないのですね……」
「仕方ないよ。でも、マーサを心配させるほど危ないことはしないよ」
フローラ=ザメルはアンデッドがはびこる第4層で行方不明になった。
俺としては、アンデッド対策は得意だ。
目的は敵を全滅させることじゃなくて、フローラ=ザメルの救出だから、そんなに危険はないと思ってる。
「でも、夕食には間に合わないかもしれない。今日は先に休んでいてくれ」
「わかりました」
マーサは胸を押さえて、ため息をついた。
「それではマーサは、お風呂をわかして待っていますね」
「今日のうちに戻れるかどうかわからないぞ」
「それでも構いません」
「……そうなのか?」
「ダンジョンを探索された後は、どうしても汚れるものですから、きちんと洗った方がいいとマーサは思います」
「わかった。マーサが俺を洗うと言い出さなければ別にいいよ」
「…………」
「なんで黙った?」
「それとですね。実はマーサはレミーちゃんと一緒に、ダンジョンでも食べやすいお弁当を研究しているんです」
「お風呂の話は?」
「お弁当はすぐに用意しますね。お時間はありますか?」
「……ああ。ダンジョンに行く前に、一度ここに戻ってくるよ」
「わかりました。では、ユウキさまのために、食べると元気になるお弁当を作りますね」
マーサはにっこりと笑ってキッチンに向かう。
その足音に気づいたのか、リビングの隅っこで眠っていたレミーが起き上がる。俺のところに来て「ごしゅじん、おかえりなさい」とあいさつしてから、マーサのあとを追いかける。レミーもすっかり王都での生活に慣れたようだ。
『キキッ。ごしゅじんー。王女殿下から使いが来ましたー』
『ニールです。開けてください。ごしゅじんー』
窓の外を見ると、コウモリのディックとニールがやってきていた。
アイリスからの伝言を届けてくれたらしい。
『アイリス王女殿下が、老ザメルと連絡を取ってくださいましたー』
ニールが俺の肩にとまって、そう言った。
『「ザメル派」とは別に、個人的に会う機会を作ってくださったそうなのです。場所は、王宮前の
「カイン殿下は?」
『話は通されたのですが、忙しくて同席できないそうですー。代わりに、C級魔術師のデメテルさまがいらっしゃるのですー』
「俺としては、話だけ通してもらって、そのままダンジョンに行くつもりだったんだが……」
そういうわけにもいかないか。
俺がぬけがけしてフローラ=ザメルを救出したとなったら、パーティ仲間ということで、アイリスへの風当たりがきつくなる。
そのためにアイリスは『ザメル派』に話を通す機会を作ってくれたんだろう。
俺も
人間やってるんだから、人間らしいやり方の方がいいだろう。
「わかった。時間は?」
『1時間後とのことですー』
「ニールはアイリスに了解したと伝えてくれ。ディックは、オデットのところへ。合流して
『『しょうちですー!』』
ディックとニールは、再び窓から飛び立っていった。
王都にきてすぐの頃、『護衛騎士選定試験』の説明を受けたところだ。
「マーサ。ちょっと王宮の方に行ってくる」
「わかりました」
マーサは料理の手を止めて、俺のところにやってくる。
ささっ、と、
「はい。これで完璧です」
「手間をかけてごめんな。マーサ」
「マーサは自分のしたいことをしているだけです」
マーサは手を伸ばして、俺の髪をなでつけて、
「それにマーサは、髪がぼさぼさのユウキさまも好きです。色々なユウキさまを見るのが好きなんです。だから、えらい人たちには、きちんとしたユウキさまだけしか見せてあげません。これは……マーサのわがままみたいなものです」
──そう言って笑って、俺を送り出してくれたのだった。
──
1時間後。
俺とオデットは、王宮前の
ここにいるのは俺とアイリスとオデット、C級魔術師のデメテル先生。
そしてA級魔術師の老ザメルが、肩を落として椅子に座っていた。
「はじめに申し上げておきます。私はこの場に『カイン派』とは関係なく、ただの第8王女アイリスとして座っております」
最初に、アイリスが口火を切った。
「A級魔術師のザメルさまも、C級魔術師デメテルさまも派閥のことは忘れて、お話をしていただけるようにお願いします」
「……わかっておる。今のわしは、孫を助けたい老魔術師だ」
「私もカインさまより、若き魔術師の危機を、派閥争いに利用する気はないとのお言葉をいただいております」
老ザメルとデメテル先生がうなずいた。
「そもそも今回の事故は、わしら『ザメル派』が作った試作品の暴走によるもの。それによってダンジョンを荒らし……孫が行方不明になったとなれば……もはや謝罪の言葉しかないわい」
「第4階層のアンデッドが、『古代魔術』『古代器物』に反応するとなると、対策が必要になります。すぐに動ける魔術師はおりません」
「いっそわしが『
「冷静になってください。ザメルさま! それでは『
「ならばどうしろと!?」
老ザメルは、骨張った手で机を叩いた。
「孫のフローラが一人で地下におるのだぞ! なのに『ザメル派』では……対策会議を続けておる。わしがここに来るのも止められたくらいなのだ」
「……時間がかかるということですね?」
俺は言った。
老ザメルが、俺の方を見た。
「では、俺が行っても構いませんか?」
「……お主らが、孫娘の捜索を申し出ているということは聞いておる」
「はい。フローラさんの顔は知っています。地下第4階層へは、隠し通路を使えばすぐにたどりつけるでしょう。あとはアンデッドを回避して、彼女を探します。それでいいでしょう」
「じゃが、『古代魔術』と『古代器物』は使えば、お主らもアンデッドにたかられるのだぞ!?」
「わかっています」
「わしら『ザメル派』のものたちが二の足を踏んでおるのもそこじゃ。お主らはどうやって、『古代魔術』を使うつもりなのだ!?」
「『古代魔術』は使いません。俺たちは、使い魔と通常魔術で乗り切ります」
もちろん嘘だ。
アンデッド対策には、俺の『
『魔力血』には浄化能力があるからな。
うまく使えば、アンデッドを避けながら、フローラ=ザメルを探せるはずだ。
「俺には優秀な使い魔がいます。戦闘を避けて、
「い、いいのか? 相当な危険がともなうはずだが……!?」
「代わりに、2つ約束してください」
俺は言った。
隣でオデットが、真面目な顔でうなずいている。
彼女には、これから何を話すのか伝えてある。口添えしてくれるはずだ。
「ひとつは、俺たちがどうやってダンジョンを探索したのかについて、なにも聞かないことです」
「……なんだと?」
「すいませんが、内緒にさせてください」
「使い魔と通常魔術で探索するのは、かなりの危険がともないます。それでもやっていけるだけの方法、わたくしたち連携とフォーメーションは、すでにひとつの技術のようなものだからですわ」
俺のセリフを、オデットが引き継いだ。
「独自開発した魔術や技術については、ある程度、秘密にすることが許されているはずです。ユウキの言うそれも、その範囲に入るのだと解釈できますわ」
「オデットの言う通りです」
乗っかってみた。
さすがオデット、頼りになるな。
「……わかった。孫の命には代えられぬ」
老ザメルはうなずいた。
俺は続ける。
「もうひとつの条件なのですが……あなたたちが作った『レプリカ・ロード』のことは
「なに!?」
「俺はフローラ=ザメルの救出を最優先にします。『レプリカ・ロード』が暴走していた場合は逃げます。第3層まで追ってきた場合は、『古代魔術』で破壊します。その許可をいただきたい」
「し、しかし……それはさすがに」
「可能な限り、破壊は避けるようにいたしますわ」
ふたたび、オデットが俺のセリフを引き継いだ。
「『レプリカ・ロード』が回収できないときは、そのありかについてザメルさまに報告いたします。ユウキはフローラ=ザメルさんの生命を第一に考えると言っているのです。優先順位の問題ですわ」
「そういうことです」
俺は再び乗っかった。
老ザメルの説得はオデットに任せることにしてる。
俺は、権力を持つ人間の説得は慣れてないからな。
というか、この期に及んで『レプリカ・ロード』を惜しんでいるのがわからん。
俺は血が繋がった孫を持ったことはないけどさ、こういうとき人間は、家族の生命を優先すると思ってたんだが。例外もあるのか。わからん。
「…………条件をすべて受け入れよう」
老ザメルは肩を落として、そう言った。
「元々『レプリカ・ロード』は、わしの一番弟子の発案で作ったものだ。フローラに使わせるように進言したのもあの者。このような事態になるとは、わしもあの者も予想していなかったがな」
「老ザメルの一番弟子……B級魔術師のアガルタ氏ですね」
答えたのはデメテル先生だった。
「なるほど。『古代器物』の
「その情報はカイン殿下に伝えてもかまわぬよ。殿下に近い魔術師の力を借りるのだ。
「ユウキ=グロッサリアもオデット=スレイも『カイン派』ではありませんよ。老ザメル」
「そうなのか? てっきりすでに、カイン殿下の派閥に入っていると思ったが……」
老ザメルはびっくりしてる。
まぁ、『魔術ギルド』に入ったばかりの魔術師の情報なんか、知らなくて当然か。
「ならば今すぐ『ザメル派』に! もちろん、
「今は
アイリスが、ぱん、と手を叩いた。
「ザメルさまはフローラさまを助け出すために必要な情報を、ユウキさまに伝えてください。また、
「わかりもうした。アイリス殿下」
「
「では、ザメルさまとデメテルさまは、ご準備をお願いします」
アイリスの言葉で、老ザメルとデメテル先生が立ち上がる。
ふたりが応接室を出て行き、足音が聞こえなくなる。
それを確認したのか、アイリスは──
「……心配させないでください。マイロード」
不安そうな顔で、そんなことを言った。
「ディックさんから話を聞いたとき、心臓が止まるかと思いました。どうしてマイロードがフローラ=ザメルさんを助けに行くことになってるんですか」
「『レプリカ・ロード』が気になったのと、亡霊退治のためかな」
「そんな理由で?」
「あと、地下第4層を、誰もいないときに探索してみたかった。宝探しも兼ねて」
「子どもじゃないんですから」
「子どもだよ。まだ13歳だからな。今のうちに子どもっぽいこともさせてくれ」
「もー。マイロードったら」
アイリスは困ったように額を押さえた。
「どのみち、フローラ=ザメルさまの
「時間がかかりますわね」
「オデットの言う通りです。『古代魔術』『古代器物』を使うと群がってくるアンデッドが相手なら、対策も立てなければいけませんから」
「わかりますわ。ところで、アイリス殿下」
「なんでしょうか。オデット」
「『フィーラ村』のアリスさんは、迷子になってマイロードに助け出されたことがあるんですの?」
「ええ。4回ほど……って、なにを言わせるんですかっ!?」
アイリスの顔が真っ赤になる。
「マイロ……いえ、ユウキさま。オデットに話したのですか。アリス迷子事件のことを!?」
「俺は言ってない。オデットが勝手に推理したんだ」
「……まさか4回も迷子になってるとは思いませんでしたけれど」
だよなぁ。
夜中に『フィーラ村』を抜け出して、古城まで来ようとしたりするからだ。
当時のコウモリ軍団が気づかなかったら、大変なことになってたかもしれない。
「そのせいでユウキは、迷子を助けるのが
「
「そんなわけないだろ」
気づくと、俺はアイリスの頭に手を乗せていた。
200年前、アリスによくしていたみたいに。
そういえば迷子になって泣きじゃくってたときも、こうすると泣き止んでたっけ。
「迷子探しのついでに『レプリカ・ロード』をじっくり研究して、アイリスとオデット用のものを作りたいだけだ。そうすればダンジョン探索も安全にできるだろ」
それに今回の『エリュシオン』探索は、北の帝国が『聖域教会』の残党と手を組んで攻めてきた場合への対策として始まったものだからな。
ついでにゴースト退治くらいはしておきたい。
『聖域教会』の残党だけでもやっかいなのに、地下に『聖域教会』のゴーストがうろついてたら面倒だ。生者に取り
「オデットと、『グレイル商会』のジゼルも付き合ってくれるからな。さっと行って、さっと帰ってくるよ」
「わかりました。私は、マイロードのサポートをします」
アイリスはそう言って、俺の手を握った。
「必要なものがあったら言ってください」
「わかった。それじゃ──」
俺はアイリスに、探索に必要なものを伝えた。
それからオデットと一緒に、簡単な打ち合わせをして──それが終わるころ、ディックから「ジゼルが宿舎に着いた」との連絡が来た。
俺たちはアイリスと別れて、宿舎へ。
それぞれの装備を整えて、合流した。
「行ってくるよ。マーサ」
「お早いお帰りをお待ちしております!」「おりますー!」
マーサとレミーはそう言って、俺に弁当を渡してくれた。
探索しながらでも食べられるすぐれものらしい。あとで感想を伝えよう。
「では、行きますわよ。ユウキ」
「僕も、準備できてます!」
そうして俺たちは3人そろって、『魔術ギルド』へ。
受付の手続きはアイリスがやってくれたから、そのままこっそりと『エリュシオン』へ。
『いきますー!』『たんさくしますー!』『ごしゅじん。おまかせをー!』
「頼むぞ。コウモリ軍団」
『『『はいーっ!!』』』
第3階層までは隠し通路で。
そこから先は、俺の『
できるだけ素早く、フローラ=ザメルを救出して──
可能なら、地下第4階層のゴースト連中の正体を確認して帰ろう。
そいつらが『聖域教会』の亡霊なら、消す方向で。
そんなことを考えながら、俺たちはダンジョンへ向かったのだった。
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