第95話「『エリュシオン』第4階層と、フローラ=ザメル救出依頼」

 ──数時間前。『ザメル派』エリュシオン探索中──




『ザメル派』のパーティは『エリュシオン』第4階層にたどり着いた。

 消耗しょうもうはまったくなかった。

 第2階層の隠し通路を使えば、第3階層の奥にある階段はすぐだからだ。


 パーティメンバーはC級魔術師が1名、D級・E級の魔術師が1名ずつ。

 他に冒険者ギルドで雇われた前衛2名。荷物運び1名。

 それに加えて、試作品のよろいをまとったフローラ=ザメルがいた。


「その『レプリカ・ロード』があれば魔物を恐れる必要もありません。安心して探索たんさくをなさってください。フローラさま」

「は、はい」


 フローラ=ザメルがまとっているのは、純白のよろいだった。

 これは祖父であるA級魔術師ザメルと、『ザメル派』のものたちが作った『古代器物レプリカ』だ。

 伝説の『王騎ロード』と同等の能力を目指して開発されている。

 まだ試作段階だが、通常の鎧をはるかに超えるものだ。


王騎ロード』との見た目の違いは、かぶとがないこと。

 関節部分が金属製ではなく、革や布で作られていることだ。

 このあたりは、まだ開発途中のため仕方がないらしい。


「『レプリカ・ロード』の使い方の説明は受けていますね?」


『ザメル派』のC級魔術師は言った。


「はい。装着者そうちゃくしゃの魔力を利用した身体能力の強化と、防御フィールドの発生ですね。お祖父さまには、これで身を守れと言われました」


 フローラはうなずいた。


 祖父はたぶん、自分を思いやってくれているのだろうと思う。

 フローラが下層に潜れるように、パーティにC級魔術師をつけてくれた。

 パーティリーダーがフローラなのは、彼女の経歴にはくを付けるため。

 さらに祖父は、彼女の身を守るために、試作品の『レプリカ・ロード』を与えてくれた。

 これで不満を言ったらバチが当たるだろう。


「フローラさまはすでに『ジャイアント・オーガ』を倒すという功績こうせきを立てられています。さらに第4階層で功績を挙げれば、試験なしでC級に昇格できることでしょう」

「……私は、急いで昇格したいとは思っていません」

「なにを言われるのですか、フローラさま!」


 C級魔術師は叫んだ。


「『カイン派』が勢力を伸ばしている今、『ザメル派』は対抗できるだけの力をつけなければいけないのです。老ザメルの孫娘であるあなたこそが、新時代の旗頭になるべきなのですよ!!」

「……私は、それほどのものではありません」

「『ジャイアント・オーガ』を倒したではありませんか」

「何度も言いましたよね! あれを倒したのは私ではないと。空を舞う黒い影のようなものが、私を助けてくれたのだと! なのに……」

「『ザメル派』はあなたの手柄にすることに決めたのです。今さら変更はできません。『ジャイアント・オーガ』を倒したのはフローラさまなのです!」

「……うぅ」

「我々『ザメル派』は、老ザメルの『魔術を極めたい』という思いに共感したものたちが集まったもの。『古代魔術文明』には届かずとも、『聖域教会』が見たものを、この目で見てみたい……そういう願いを、皆が持っているのです」


 とまどうフローラをにらみ付けながら、C級魔術師は言った。


「つまり『ザメル派』こそが、最も熱心に魔術に関わっている者なのです。それを知らしめるためにも、成果が必要なのですよ。老ザメルがこの『レプリカ・ロード』を作り、フローラさまが若き旗頭としてそれを身につけ、成果を上げる。そうでなくてはならないのです!」

「……わかりました。できる限りのことはします……」


 フローラ=ザメルは、がちゃり、とよろいを鳴らしながら、目の前の扉を見た。

 両開きの扉だ。この先に『エリュシオン』の第4階層がある。


 第4階層は『墓所グレイブヤード』だ。

 扉を開けた先には無数の墓石が並び、アンデッドが巣くっていると『魔術ギルド』の偵察部隊ていせつぶたいは言っていた。

 もっとも、偵察部隊はそこから先へは進めない。

 入り口周辺のほかは、未知の世界だ。


「全員、アンデッド対策はしているな!?」

「「「「はい!!」」」」

「……はい」


 C級魔術師の言葉に、他のメンバーとフローラ=ザメルが答える。

 前衛の戦士たちは対アンデッド用に、魔法の武器を装備している。

 魔術師たちは、発動の早い『古代魔術』と、浄化の魔術を準備中だ。扉を開けたらすぐに、魔術を放てるようにしている。

 荷物運びポーターの背には、聖水のびん満載まんさいだ。

 聖水はアンデッドにダメージを与えられる貴重なアイテムだ。


『ザメル派』のフローラパーティは、充分に準備を整えていた。

 第4階層を踏破できないまでも、充分な探索はできるはずだった。


「それでは、探索たんさくを開始する」


 C級魔術師の合図で、フローラ=ザメル一行は第4階層へと足を踏み入れた。

 そして──





 ──現在、『魔術ギルド』受付にて(ユウキ視点)──




「……対策は充分なはずだったのだ」


 ここは『魔術ギルド』の受付の建物。

 床に座り込んだ『ザメル派』のC級魔術師は話し続けていた。


「予想外だったのは、第4階層に巣くうゴーストどもが、異常なくらい素早く『古代魔術』に反応したことだ。『古代魔術』の詠唱えいしょうと動作をすると、ゴーストどもが大量に群がってきた。ゴーレムのような魔物もいた。まるで、誰かに率いられているかのように向かって来たのだ」


 受付にいる人たちは、黙って話を聞いている。

 俺とオデット、ジゼルもそうだ。


 一部の職員はさっき、建物を飛び出していった。

『老ザメル』と『カイン殿下』に連絡を──と叫んいたっけ。


 低階層の探索に向かおうとしていたパーティも、今は動きを止めている。

 まるで『魔術ギルド』が機能停止したかのようだ。


「我々がゴーストの相手をしている間に──フローラ=ザメルさまが、地面から現れた高位のゴーストに取りかれた……いや、『レプリカ・ロード』──まとっていたよろいに取り憑かれたのかもしれない。直後、フローラ=ザメルさまは、鎧ごと暴走したのだ」

「聖水は!? 浄化の『古代魔術』はどうしたのだ!?」


 まわりの魔術師から上がった声に、C級魔術師は首を横に振った。


「言っただろう。『古代魔術』を使おうとするとアンデッドが押し寄せてくると。聖水の瓶は……すべてフローラ=ザメルさま自身によって破壊されてしまったよ……」


 C級魔術師は、絞り出すように語り続ける。


 フローラ=ザメルが、自分たちを背後から攻撃しはじめたこと。

 彼女が泣き叫んでいたこと。

 それでも鎧が暴走し続けたこと。

 やがて、彼女が、霧の向こうへと走り去ってしまったこと。

 追いかけようとしたが、大量のアンデッドに行く手をさえぎられたことを。


 ──『ザメル派』のC級魔術師は、頭を抱えながら語り続けていた。


「……フローラさまは、今でも第4階層にいるはずだ……頼む。救援のパーティを派遣してくれ。フローラさまがまとった『レプリカ・ロード』の情報は……ギルドの皆にれてしまうだろうが……あの方の命には代えられない。だから──」

「『古代魔術』を使うと集まってくるアンデッドか……となると、対策は……」


 俺がつぶやくと、まわりの人たちが一斉に俺を見た。

 ……小声で言ったはずだったんだけど。

 ちょうど静まり返っていたから、他の人たちにも聞こえてしまったようだ。


「いえ、単純な興味なんですけど……もしかしてゴーストは『古代器物』にも群がってきたんじゃ……?」

「あ、ああ。その通りだ!」


 C級魔術師は叫んだ。


「フローラさまの『レプリカ・ロード』は『古代器物』をして作ったもの。ゴーストたちがそれを狙って襲って来た可能性が──」

「……そこまでだ」


 不意に、声が響いた。

 建物の入り口に、数名の男性が立っていた。

 若い魔術師に守られるように、白髪の老人がこっちを見ている。

『ザメル派』のトップ、A級魔術師の老ザメルだ。


「……ワシら『ザメル派』のミスを、大声で語るべきではなかろう」


 かすれる声で、老ザメルは言った。


「救出パーティは用意する。だが、このことを大声で触れ回るのは許さぬ」

「ザメルさま!? お孫さんが行方不明になったのですよ!?」

「わかっている!!」


 老ザメルは叫んだ。


「わかっている……わかっているのだ……」


 ローブからはみ出した手が、震えていた。

 必死で、感情を抑えているようだった。


「ですが、我らが作った『あの鎧・・・』を、他者に奪われるわけにはいかないのです」

「お気持ちはお察しいたします。ザメルさま」

「すぐに『ザメル派』で選りすぐりのパーティを派遣します。お気持ちを静めてください」


 老ザメルを囲む魔術師たちが声をあげる。

 彼らは、フローラ=ザメルのパーティのC級魔術師を助け起こす。

 他の者たちから隠すようにして、連れて行く。


「…………フローラを救出した者には、ワシが個人的に……報酬ほうしゅうを与える」


 不意に老ザメルが立ち止まり、振り返った。


「……ワシにできることは、なんでもする。受付の者よ……A級魔術師ザメルがそう約束したと、公式の記録に残すがいい」


「ザメルさま! そのようなことをおっしゃっては!!」

「我ら『ザメル派』が救出いたします! いたしますから!!」


「わかっている! だが、ワシの孫が……フローラがひとり……地下に取り残されているのだぞ……おぉ……」


 そう言い残して、A級魔術師ザメルと『ザメル派』の魔術師たちは去って行った。

 彼らの姿が見えなくなったあと、ギルドに集まった人々が騒ぎ出す。



「老ザメルが報酬を約束した!?」

「……だが、地下第4階層だろう……?」

「『古代魔術』と『古代器物』に反応して群がってくる奴らに……どうやって対応する? 『古代魔術』も『古代器物』も使わずに探索たんさくなんかできるのか…………?」



 誰も、建物を出て行こうとしない。

 みんな荷物を床に置いて話し合っている。

 今日の探索たんさくはやめたようだ。


 無理もないよな。

 ギルド所属の魔術師の最大の武器は『古代魔術』だ。

 それを使うとアンデッドが押し寄せてくるなら、対策が必要になる。

 強力な『古代魔術』で強引に突破するか、それとも『古代魔術』を使わずに探索たんさくするか。

 どっちにしても、すぐに動けるものじゃない。


 俺たちは一旦、ギルドの受付の外に出た。


「ユウキ」

「どうしたオデット」

「わたくしたちはどうしますの?」

「僕の盾と剣は、ローデリアさまが用意してくれた魔法のアイテムです。アンデッドと戦うことはできます。けれど……」

「ジゼルさんだけで大量のゴーストを倒すのは無理ですわね」


 オデットとジゼルが、声をひそめて話しかけてくる。

 ジゼルは深刻そうな顔だ。

 けれどオデットの方は、優しい笑みを浮かべてる。


「やはり……フローラさんの救出は難しいでしょう」


 そう言ってオデットは、俺の方を見た。


「もしも、アンデッドを寄せ付けない謎の血液を持つ人や、アンデッドを一気に殲滅せんめつできる能力がある人がいれば、話は別ですけれど」

「寄せ付けないようにはできるけど、一気に殲滅せんめつは難しいな」


 俺は言った。


「敵を殲滅せんめつするような魔術を使ったら、助けたい相手を消し飛ばしてしまうかもしれない」

「なるほど。それで、もうひとつ確認ですけれど」

「なんだよ」

「その『アンデッドを寄せ付けない人』に、パーティの仲間がついていくには、どうすればいいんですの?」

「血を服やよろいにつければいい。アンデッド避けになる」

「使い魔も?」

「翼に血で紋章もんしょうを書いておけば大丈夫だな」


 俺の『魔力血ミステル・ブラッド』には浄化の力がある。

 剣につけて振るえばゴーストを斬ることができるし、服に着ければアンデッド避けになるんだ。

 もっとも、一定時間ごとに血を補給しなきゃいけないけれど。


「……そうでした。マイロードの血には……浄化の力があるのですね」


 ジゼルは深々とうなずいた。

 彼女も俺の前世については知ってるからな。


「ユウキが行くならわたくしもご一緒しますわ。ただ、ギルドの許可は取っておいた方がいいでしょう。わたくしたちが行くことを、『ザメル派』にも伝えておく必要がありますもの」

「わかった。それと、アイリス殿下にも伝えておくよ」


 勝手に動いたら『ザメル派』に文句を言われそうだからな。

 今の俺は人間をやってるんだから、人間の世界の筋は通しておこう。


「あとでトラブルになって、報酬はなし、と言われても困るからな」

「あら? 報酬を期待してましたの?」

「フローラ=ザメルを救出すれば、彼女が使ってる『レプリカ・ロード』を調べられるだろ。うまくいけば、アイリスとオデット用のものも作れるかもしれないからな」

「……なるほど」

「それに、誰も第4階層に近づかない今なら、心置きなく宝探しができるだろ」

「理にかなってますわね」


 オデットは肩をすくめた。


「ユウキのことだから、気弱な少女が迷子になってるのを放っておけなくて探しに行くのかと思ってました。前世で、迷子になったアリスさんを探したりしてそうですもの。そういうのが、くせになっているのかと」

「そんなわけないだろ」

「そうですか。では、あとでアイリス殿下に聞いてみますわ」

「……前世の失敗には触れないでおいてあげようよ」

「図星じゃありませんの」


 そう言って、オデットは笑った。

 ジゼルはわかってないようだ。あとで説明しておこう。


 でも……エリュシオンの第4階層は、かなり面倒な場所のようだ。


『古代魔術』と『古代器物』に反応するゴーストか。

 ……たぶん『聖域教会』の死霊が関わってるんだろうな。

 もしかしたら、死霊の司教とかが、ゴーストを率いているのかもしれない。


 俺とオデットが聖剣を取りにいったときにも、死霊の司教が現れた。

 奴らは死んでも、『古代魔術』と『古代器物』に執着してる。

 この時代の人間に取りいて、引きずり回すくらいに……。


 ……さっさと滅ぼしておこう。

 あいつらがこの時代にいると落ち着かないからな。


「嫌そうな顔してますわね。ユウキ」


 いきなりだった。

 オデットが、つん、と俺のほおを突っついてた。


「これから宿舎に帰るのでしょう? そんな顔をしていたら、マーサさんとレミーさんがびっくりしますわよ」

「……ごめん。気を遣わせた」

「気にしないでください。あなたの気持ちは、わかりますもの」


 オデットはローブの裾をひるがえして、くるり、と、回った。

 それから、俺の顔をのぞき込んで、


「わたくしだって、あなたの敵がこの時代にいるのは嫌ですもの。お手伝いさせてください。わたくしはあなたの……この時代の友なのですから、ね」


 ──そんなことを、言ったのだった。

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