第94話「元魔王、パーティに新メンバーを入れる」
次の日の朝。
俺はもう一度、『グレイル商会』に行くことにした。
ローデリアから「前衛担当の冒険者を手配しました」という連絡が来たからだ。
「ジゼル=ガルフェンと申します」
ここは『グレイル商会』にある、ローデリアの執務室。
そこで、俺と同年代くらいの少女が立っていた。
髪の色はダークブルー。長めのそれを、首の後ろで結んでいる。
表情はキリリとしている。まだ若いけれど、歴戦の戦士といった感じだ。
身長は俺と同じくらいだ。
身につけているのは金属製の鎧。
腰には短めのスピアを差している。
背中には、身体に不釣り合いなほど大きな盾を担いでいる。それで身を守りながら戦うタイプのようだ。
防御力が高そうでいいな。
アイリスとオデットを守ってくれる人が欲しかったから。
「ジゼルなら、マイロードのお役に立つと思います」
隣でローデリアがうなずいている。
灰色の髪を掻きながら、ジゼルの肩に手を置いて、満足そうだ。
ジゼル本人は背筋を伸ばして、緊張した顔で、
「『グレイル紹介』総支配人ローデリア=クーフィさまから命令をいただきました。ぼ、僕はぜひ、C級魔術師ユウキ=グロッサリアさまと、第8王女アイリス=リースティア殿下、それに公爵令嬢オデット=スレイさまの前衛を勤めさせていただきたいです。がんばりますので、どうか、よろしくお願いします!」
そう言って深々と頭を下げた。
真面目な性格のようだ。
「わかった。よろしく頼むよ」
「ありがとうございます! こちらこそ。よろしくお願いします!!」
戦士ジゼルは再びお辞儀をした。
「ジゼルのガルフェン家は、『グレイル商会』を作ったクーフィ家の分家筋にあたります」
ジゼルの隣で、ローデリアは言った。
「ガルフェ家は、商会ができた頃からずっと、
「ローデリアの紹介なら間違いないだろう。信じるよ」
「ありがとうございます。マイロード」
「キャラバンの護衛に身内を使うってのも納得できるからな。他に情報を漏らしたくない、内緒の取引なんかもあるだろう。信用できる護衛が必要なら、身内を使うのが一番だ」
『グレイル商会』は『フィーラ村』で商売に長けた連中が作った組織だ。
村の連中が、商売をしながら発展させていったと聞いている。
当時は戦争の後だったから、治安も悪かったはず。
移動しながら商売をするなら、護衛が必要になる。
武器を持った人間を近くに置くのだから、護衛は信用できる相手でなければいけない。
それなら身内が一番いい──ってことだろうな。
──と、俺が言うと、
「さすがマイロード、ご明察です」
「……一瞬でそこまでわかったのですか」
ローデリアもジゼルも感心してる。
正解だったらしい。
「おっしゃる通りです。クーフィ家とガルフェン家は、商と武──『グレイル商会』の両輪として一緒に働いてきました。だから今回、マイロードとアイリス殿下の護衛に、ジゼルを推薦したのです」
なるほど。
ローデリアが言っていた「うってつけの人材」は、このジゼル=グレイルのことだったわけだ。
「つまり『グレイル商会』は商売を担当する者と、護衛を担当する者に分かれて、商会を発展させてきたってことか。うまく考えたもんだな。さすがだ」
「いえ、これはマイロードのお考えを参考にしたものなのですが」
「また俺のせいかよ」
「伝説にあります。『マイロードは言った。ひとつの作物にこだわると、それが不作だったときに食糧危機がやってくる。必ず、ふたつかみっつの作物を同時に作るように』って」
「言ったけどさぁ」
「ふもとの町に作物を売りに行くときのために、
「そりゃ山道には魔物が出るからな」
「使い魔を武芸の練習台にしたという伝説は?」
「使い魔のコウモリと追いかけっこさせただけだ」
「最先端の修行をしてたんですねぇ」
ローデリアは感心したようにうなずいてる。
その後ろで、ジゼルは静かに俺を見ている。
興味深そうな、まるで珍しい生き物を見てるかのようだ。
「す、すいません。失礼しました」
俺が見返すと、ジゼルは慌てて頭を下げた。
「改めて自己紹介します。僕はジゼル=ガルフェンです。年齢は16歳。大盾でパーティやキャラバンを守り、槍で反撃する、という戦い方を得意としています」
「ユウキ=グロッサリア。13歳。C級魔術師だ。ごく当たり前の人間らしい魔術師をやっている。よろしく頼む」
「13歳でC級魔術師というのは、すでに普通ではないと思いますが」
「貴族だから
「は、はい。それで……」
ジゼルはまた、俺の顔を見つめている。
「……ユウキさまは伝説の……マイロード……なんですよね」
「ああ。ジゼルもその話は知ってるのか」
「はい。でも僕は……まだ実感がないです。お話に出てくるマイロードの生まれ変わりが、目の前にいるというのが……」
「今の俺は
「わ、わかりました。努力します」
「ジゼルにはパーティの前衛をお願いするよ。なるべくアイリス殿下と、オデット=スレイ
「は、はいっ!」
「ローデリアも、ジゼルを紹介してくれてありがとう」
「いえいえ、ジゼルを信頼していただいて、私もうれしいです」
「信頼できることは、ジゼルを見てればわかるよ」
俺はローデリアとジゼルを見比べた。
髪の色は違う。ローデリアは灰色で、ジゼルは濃い青だ。
ジゼルのガルフェン家は、ローデリアのクーフェ家の分家って言ってたっけ。
それに『フィーラ村』にはガルフェンという姓の者はいなかった。
でも、ローデリアとジゼルは少し似てる。
目元と耳の形が、ローデリアの先祖の『細工師ゲイツ=クーフェ』にそっくりだ。
「……マイロード」
ローデリアが俺の方を見た。
ジゼルから見えないところで、唇に指を当ててる。
俺が気づいたことに、ローデリアも気づいたらしい。
彼女は窓の外を指さした。そこでは、ローデリア担当の使い魔コウモリが控えてる。
つまり、「後で話します」ってことらしい。
俺はローデリアにうなずきかえす。
事情は誰にでもあるからな。
ジゼルが信頼できるのは間違いない。今はそれでいい。
「これから時間はあるかな? ジゼル」
「は、はい。なんでしょう」
「『エリュシオン』を探索する前に、アイリス……は、無理か。オデットを紹介しておきたいんだ」
アイリスは今日は離宮にいるはずだ。
いくら護衛騎士でも、アポなし訪問はできない。
向こうを召喚してしまうと、帰すのが大変だ。
アイリスにはコウモリ通信で、ジゼルのことを伝えておくことにして、オデットとの顔合わせだけ済ませておこう。
俺はジゼルと一緒に町に向かった。
オデットにはコウモリのディックを飛ばして、宿舎で合流すると伝えてある。アイリスの方は、あとでニールが定時連絡に来るから、そのときに伝えるつもりだ。
「そういえばレミーが食べたがってたお菓子があったっけ。買っていこう」
俺は町の大通りで足を止めた。
貴族街に通じるこのあたりは、露店や屋台が並んでる。
マーサとレミーの買い物スポットだ。
「悪い。ジゼル。ちょっと寄り道をしてもいいか?」
「は、はい。僕は大丈夫です」
「そんなに堅苦しくしなくてもいい。普通に雇われた冒険者っぽくしてくれ」
「が、がんばってみます」
そんなわけで、俺はジゼルを連れて、マーサお勧めの店で焼き菓子を買った。
ついでに、カフェでお茶を飲んでいこう。
「……おいしいですね」
「マーサおすすめの店だからな」
テーブルの向かい側に座っているジゼルは、今は冒険者風のコートを着ている。
鎧は『グレイル商会』に置いてきた。装備しているのは槍と、短めの盾だけだ。
「僕は……あんまりこういう店に来たことがないんです」
「意外だな」
「そうですか?」
「『グレイル商会』は大きな商会だろ。お茶をする余裕くらいあるんじゃないのか?」
「商会だからですね。お茶を飲む前に、どうしても支払うコストとメリットを考えてしまうんです」
「職業病か」
「ローデリアさまは、取引先と食事やお茶をすることがありますけどね」
「仕事で?」
「ご明察です」
そう言って、ジゼルは笑った。
少しは、緊張もほぐれてきたようだ。
「……ユウキさまは、マイロードなんですよね」
不意にジゼルは、ぽつり、とつぶやいた。
「『グレイル商会』の伝説に残る、『フィーラ村』の守り神……ですよね」
「そうだけど」
「本当に?」
「嘘をついてどうするんだよ」
「……僕もマイロードの伝説は聞いてきました。でも、そのお話の中の人が目の前にいるというのが、どうも信じられなくて……」
「それが普通だと思うぞ」
「マイロードのお話は、『グレイル商会』の創業伝説みたいなものだと思っていたんです。物語とかでよくありますよね? 王家が神の神託を受けたとか、商人の商業者がお告げを受けて、画期的な新商品を開発したとか」
「あるな」
「マイロードの伝説というのは、そういうものだと思っていたんです」
「ローデリアの一族が団結するための伝説だと?」
「……はい」
ジゼルは申し訳なさそうに、うなずいた。
「ユウキさまが『すごい魔術師』だということはわかります。でも……伝説のマイロードだということが、実感できなくて。それでちょっと、とまどってるところがあるんです」
「それでいいんじゃないか?」
俺は言った。
「さっきも言ったけど、今の俺は貴族の庶子のユウキ=グロッサリアだ。俺にとってはグロッサリア家の人間も家族だし、メイドのマーサも、レミーも似たようなもんだ。別に伝説の存在扱いしなくても構わない。普通の雇い主としてあつかってもらえればいい」
「……いいんですか?」
「うちの子に面倒をかけるために転生したんじゃないからな。俺は」
俺の言葉を聞いて、ジゼルは長いため息をついた。
肩の力が抜けたようだ。
「俺はこの世界に溶け込んで、人間っぽく生きるつもりなんだ。だからジゼルが、俺を普通の人間としか思えないなら、むしろ大歓迎だ。そういうふうに扱ってくれ」
「わかりました! マイロード……いえ、ユウキさまのお望み通りに」
そう言って、ジゼルは笑ったのだった。
オデットとの顔合わせはあっさりと終わった。
ローデリアの紹介ということで、オデットも安心したようだ。
その後、アイリスの元から、コウモリのニールがやっていて、情報交換。
アイリスはしばらく、王家の関係で動けない、ということだった。
「強引に連れ出すわけにもいかない。先に俺たちで、第4階層の方をのぞいてみよう」
「わたくしたちの目的は、新たな『古代器物』の発見ですもの。未踏破地域は進んで探索するべきですわ」
「ぼ、僕もがんばります」
そんなわけで俺たちは、『魔術ギルド』に探索の申請に行くことにしたのだった。
「──隠し通路を使用されますか?」
ギルドの受付の女性はそう言った。
「第2階層で、下層の入り口近くに通じる隠し通路が発見されました……いえ、ご存じなのはわかりますが、一応、お伝えするのがルールなので」
女性は俺とオデットの顔を見て、申し訳なさそうに目を逸らした。
「隠し通路は下層への近道になりますので、C級魔術師が同行することが使用の条件です。アイリス殿下のパーティは……ユウキ=グロッサリアさまがC級魔術師なので問題ありませんね」
「でも、一度ダンジョンに入ってしまったら、隠し通路を使ってるかどうかって確認できませんよね」
「出口の向こうで、先に入った魔術師と出会うこともありますので」
「初級の魔術師が使ったらすぐにわかる、ですか」
「そうです」
受付の女性はうなずいた。
俺はオデットの方を見た。彼女も納得顔だ。
「それと、無理して下層に行かないようにという通達も出ています。過去の
「さすがですね」
「我々は誇りを持って、古代魔術を管理しております」
「そういうことであれば、第4階層の情報も入っているのでは?」
聞いてみた。
受付の女性が、驚いたような顔になる。
「……よくおわかりですね」
「上級魔術師であれば、後に来る人のことも考えて、先に調査を行うでしょう。まだ空白地点が多いとはいえ、多少の情報はつかんでいるのでは」
「こちらになります。どうぞ」
受付の女性は、丸めた
「第4階層を目指すC級魔術師全員にお渡しするようにと言われております」
「ありがとうございます」
「情報を見た後に、探索をとりやめる魔術師さまが数名出ております。難しいとお考えなら、先行部隊の探索が終わってから向かわれるのもいいと思いますよ」
「わかりました」
俺とオデットとジゼルは、受付から離れた。
「……C級魔術師が探索を取りやめるとは……第4階層って、どんなフロアですの?」
「……なにがあっても僕はおふたりをお守りするつもりでいます。この命に代えても」
「命に代える必要はない。とりあえず見てみよう」
俺たちは隅の方で、羊皮紙を開いた。
それには、第4階層の基本情報が書かれていた。
『
C級魔術師を含めた調査部隊が、第4階層に侵入した。
周囲は広い平地で、無数の墓標が並んでいた。おそらくは、太古に作られた墓地だと思われる。また『聖域教会』のものだと思われる墓標もあった。
第4階層はアンデッドの巣である。
聖水などの十分な対策をとって臨まれたし。
以上。
「……だ、大丈夫です。僕の盾は代々伝わる魔法の盾です。
ジゼルは──顔色は青かったけれど──真剣な顔で宣言した。
だけど──
「……ユウキさま。どうしたんですか。怖い顔をして」
「…………ちょっと、ゴーストには思い出があってな」
「怖い顔になってますわよ……ユウキ」
気づくと、オデットも俺の方を見ていた。
心配そうな顔だった。
「あなたの考えてることはわかりますわ」
「別に怒ってるわけじゃないんだけどな。納得しただけで」
「気持ちはわかります。わたくしも、一緒に襲われたのですから──死霊の、司教に」
「……そうだな」
ずいぶん前のことのような気がする。
俺とオデットは『護衛騎士選定試験』を受けたとき、そこにはいないはずの死霊に襲われた。
そいつは『古代魔術』で呼び出された、『聖域教会』の死霊だった。
昔、巨大ダンジョン『エリュシオン』の中で『聖域教会』の司祭や司教が死んだそうだから、その魂が呼び出されたんじゃないか、というのが、『魔術ギルド』側の説明だった。
それがどこから来たのか、気になっていたんだ。
「……なるほどな。地下第4階層に、アンデッドの巣があったのか」
あいつら、そこから召喚されたんだろうな。
ということは、第4階層には他にも『聖域教会』関係のゴーストがいる可能性があるのか……。
……せっかく落ち着いたこの時代に、奴らのゴーストが。
「全部まとめて消せないかな」
「ユウキ。落ち着きなさいな」
「怒ってるわけじゃないよ。ただ、この時代に奴らのゴーストが残ってるのが嫌なだけで」
「わかっています。わかっていますわ」
「いや、別に無茶なことはしないから。心配しすぎだ。オデット」
「いいから。宿舎に戻ってお茶にしますわよ。ジゼルさんもいらっしゃい」
なにを慌ててるんだ。オデット。
ジゼルも、顔色が真っ青だ。
……俺、そんなに怖い顔をしてたか?
それは……確かに死霊とはいえ、こんな近くに『聖域教会』の連中がいるのは嫌だけど。
奴らをボコって、なんで戦争なんかやらかしたのか、問い詰めたい気分もあるんだけど……。
無茶はしない。
人間のふりをするって決めたからな。
やることやって、人の世界から離れるときまで、正体がばれないように。
「……大丈夫だよ。オデット」
俺は深呼吸してから、一言。
「無茶なことはしないから」
「……本当ですわね」
「ああ。別に第4階層はスルーしたって構わないんだ」
俺の目的は、新しい『古代器物』と『古代魔術』を手に入れて、爵位を上げること。
そうしてアイリスを合法的に引き取ることだ。
『魔術ギルド』のランクを上げるのは手段であって目的じゃない。
そういうのは『カイン派』や『ザメル派』に任せることにしてるんだから。
「とりあえず、俺の宿舎に行こう。引っ越してから案内してなかっただろ。さっき買ったお菓子が残ってるから、マーサにお茶を淹れてもらって、一服しようよ」
「そうですわね……」
だからなんで、俺の服の袖を掴んでるんだよ。オデット。
「行きましょう。わたくしも、マーサさんと話がしたいですもの」
「マーサと?」
「はい。派閥のエンブレムについて」
「……聞いてないんだけど」
「乙女同士のお話ですわ。行きましょう、ジゼルさんも」
「は、はい」
俺たちは受付を出て、歩き出す。
廊下に出ると、真っ青な顔をした魔術師とすれ違った。
顔に見覚えがある。あれは『ザメル派』の──?
「──第4階層でフローラ=ザメルさまが行方不明になった!」
魔術師が飛び込んで行った部屋から、叫び声が聞こえた。
「試作品の魔術具が暴走したんだ。すぐにザメル老に連絡を! カイン様にもだ。賢者会議を招集してくれるように……頼む。フローラさまを助けてくれ…………!」
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