第91話「幕間:『魔術ギルド』主塔の会議室にて」

──第2王子カイン=リースティア視点──




「楽に取り込めるかと思ったが、なかなかの難物なんぶつだね、彼は」


 ここは『魔術ギルド』主塔しゅとうの会議室。

 ユウキたちを見送ったあと、第2王子カインは苦笑いを浮かべていた。


「だが、彼がアイリスの護衛騎士である以上、我々との距離が近いことに変わりはない。派閥はばつに引き入れることは、いつでもできるだろう」

「あまり、おどろかれていないのですね」


 カイン王子のカップにお茶をつぎ足しながら、C級魔術師デメテルは言った。


「自分としては、ユウキ=グロッサリアが殿下の誘いを断ることそのものが、予想外だったのですが」

「そうなのかい、デメテル」

「はい。殿下の派閥はばつに入れば、ユウキ=グロッサリアを地方貴族の庶子として見下されることもなくなります。魔術についての知識も、情報も、いち早く手に入るようになるでしょう。その機会を逃す意味が、自分にはわかりかねます」

「そのすべてが、彼にとっては意味のないものなのかもしれないよ?」

「そうだとしたらユウキ=グロッサリアが、『魔術ギルド』に入った理由がわかりません」

「そう、わからない。だから面白いのさ」


 カイン王子は口元を押さえて、笑った。


「本当に面白いよ。彼が私の派閥はばつに入ったら、側近にしたいね」

「そうなったら自分はお払い箱ですね」

「君は特別だよ、デメテル。共に魔術を学んだおさななじみを遠ざけたりはしない」

「……光栄です。殿下」


「この話はここまでだ。ユウキ=グロッサリアのパーティが見つけた隠し通路についてだが」

「先ほど、ダンジョンの地下第2階層にいる『カイン派』の者と連絡が取れました」


 デメテルは手元の羊皮紙を見ながら、言った。


「アイリス殿下、オデット=スレイ、ユウキ=グロッサリアの報告にあった場所に、隠し扉を発見したとのことです。ですが……」

「なにかな?」

「スイッチは天井近くの、苔と草に隠れた場所にあったそうです。非常に小さなものだそうで……あんなものを、彼らはどうやって見つけたのか……」

「さて、どうだろうね」

「それでよろしいのですか?」

「彼らの見つけたものは『魔術ギルド』の──ひいてはリースティア王家の役に立つ。それで問題はない。理由は問わないよ」

「……殿下がそうおっしゃるなら」

「それで、この情報は独占できそうかな?」

「今のところ、ギルド本部には、スイッチの位置情報までは伝わっていません」


 デメテルはうなずいた。


「情報の秘匿は、ユウキ=グロッサリアが『カイン派』であれば可能でしょう。この情報による報酬をあきらめて、無かったことにする代わりに、別の報酬を与えるという手がありますから。しかし──」

「彼は『カイン派』に入ることを拒んだ。そうなると、公表するしかないね」

「『ザメル派』も、あの通路を使うことになりますが」

「仕方ないさ。代わりに、彼らが『ジャイアント・オーガ』を倒した意味が弱まる。隠し通路は第3階層の砦に出るそうだからね。オーガの住処をスルーして第4階層に行くことができる」


 カイン王子は、手元の羊皮紙を指先で叩いた。

 そこに書かれているのは、『ザメル派』の魔術師についての情報だ。


「ザメル老は、自分の孫娘を英雄にしたかったのだろうね。『ザメル派』のC級魔術師を2人、冒険者ギルドの腕利きを雇って、護衛につけている。『第4階層』への道を開いたパーティの一員ともなれば、孫娘のデビューにはぴったりだ……うん? どうしたのかな、デメテル。暗い顔をして」

「いえ……」


 C級魔術師デメテルはかぶりを振った。


「フローラ=ザメル自身は、それを望んでいるのか、と思いまして」

「アレク=キールスと彼女が、君の魔術伝授の邪魔をした話は聞いているよ」

「ええ。自分には、あれがフローラ=ザメル本人の意思とは思えないのです」

「関係ない。彼女はザメル老の孫だ。私が王家に生まれ、相応の義務を負っているように、フローラ=ザメルも魔術の名家に生まれている。『ザメル派』の魔術師からは相応の成果を期待されるのは当然のことだ。フローラ=ザメル自身がどういう人間だろうと、同じことはこれからも続くだろう」

「わかっております、ただ」

「ただ?」

「……あの少年……ユウキ=グロッサリアなら、どう考えるかと思いまして」

「ふむ。デメテルはかなり、彼を気に入っているようだね」

「不思議なのですよ、彼は。まだ13歳だというのに、妙に落ち着いているところもそうですが──我々とは、別の価値観で動いているような気がするのです」

「なるほど。デメテルがそこまで気にするのは珍しいね。やはり、彼は派閥に引き入れるべきか……ふむ」


 カイン王子は、ぱちん、と指を鳴らした。


「グロッサリア男爵──いや、子爵家を動かすのは難しいな。こちらには『魔術ギルド』の魔術師カッヘルが、試験の妨害をしたという弱みがある。彼の仲間の実家、スレイ公爵家から手を回すべきだろうな──」


 考えに沈んだその横顔を、デメテルはじっと見つめていた。

 第2王子カインには魔術の才能と同じくらい、政治や謀略ぼうりゃくの才能がある。

 それは王家の嫡子として、幼いころから勢力争いに巻き込まれてきた経験から得たものだ。


 カイン王子が『魔術ギルド』に身を寄せているのも、作戦のひとつだ。

『魔術ギルド』には貴族の子弟・子女が所属している。

 その魔術師たちを束ね、自分の味方にすれば、王宮での地位を高めることができる。これは魔術の才能があるカイン王子にしかできないことだ。対抗できるとしたら、同じ魔術の才能を持つアイリスくらいだろう。

 だが、彼女の母は側室だ。正妻から生まれたカイン王子の対抗馬にはなれない。


(カイン殿下は、自分の才能の使い方を心得ていらっしゃる)

(才能、知識、人材──それらすべての使い方を)

(殿下がその才能にふさわしい地位についたとき、この国は新たな発展を遂げるだろう……)


 このまま『魔術ギルド』の最高位に上り詰めるか、貴族たちの指示をバックに政治の世界に向かうか──いずれにしても、カイン殿下ならやりとげると、デメテルは思う。

 それをずっと見守り続けるのが、彼女の願いだ。

 いち早くカイン殿下の才能に気づき、第一の部下となったときから、それは変わらない。


「──そうだな。彼らの囲い込みはこれでいい。あとは『エリュシオン』の探索だが──デメテル」

「はい。殿下」

「『ザメル派』は『王騎ロード』のレプリカを作りつつある。その情報は確かなのだね?」

「まだ試作段階だそうですが、間違いありません。あちらに忍び込ませている者からの情報です」

「ならば、こちらも例のものを使うときだろう」


 カイン王子は、デメテルの肩に手を乗せた。

 彼女の目をじっと見つめて、告げる。


「ユウキ=グロッサリアのパーティのおかげで、第3階層まで魔力を消費せずに行けるようになった。ならば、第4階層はあれをまとって・・・・・・・探索たんさくするのが一番の早道だ。お願いできるかな、デメテル」

「もちろんです、殿下」

魔力結晶まりょくけっしょうを用意してある。それで魔力を補給しながら進めば、長時間の戦闘もできるはずだ。稼働可能かどうかのうな時間の計算はしてある。あとは、君の意思次第だ。君に、血のように赤いよろいは似合わないと思うがね」

「いいえ」


 デメテルはカイン王子の前にひざまづいた。

 肩に置かれた彼の手を両手で捧げ持ち、祈るように目を閉じる。


「C級魔術師デメテル=スプリンガル、第4階層探索たんさくにん、つつしんでお受けします。『古代器物』をまとい、『エリュシオン』下層の謎をカイン殿下にお伝えいたしましょう」

「期待しているよ。私の最初の配下、デメテル」


 そうして、第2王子カインとC級魔術師デメテルは誓いを交わしたのだった。

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