第90話「元魔王のパーティ、ギルドで成果を報告する」

「『エリュシオン』第2階層で隠し通路を見つけました。そこに『聖域教会』の連中の遺留品がありました。あとこれ、そこで拾った石板です」

「上に報告します! そちらで少しお待ち下さい!!」


 午後の早い時間に探索を切り上げて、俺たちはギルドに戻った。

 受付に探索の成果を報告したら──騒ぎになった。


「……はは、冗談だろ。第二階層は探索し尽くされたはずだ」

「……一斉探索が始まったからって、初日でこれほどの成果が出るか?」

「……アイリス殿下とスレイ公爵家ご令嬢のパーティ……確かにすごいメンバーだが」


 ギルドにいる人たちがこっちを見てる。

 不安になったのか、アイリスとオデットは声をひそめて、


「……マイロ……いえ、ユウキさま」

「……さすがにやりすぎましたの?」

「大丈夫。対策はしておいた」

「「対策?」」


 アイリスとオデットが首をかしげる。

 その直後、ギルドの入り口が開き、男性が飛び込んできた。


「今、入ってきた情報だ!! 『ザメル派』のパーティが、第3階層の『ジャイアント・オーガ』を倒したそうだ!! これで第4階層への道が開かれた!!」


「「「「おおおおおおおおおおおおおっ!!!」」」」


 ギルド内が大歓声に包まれた。


「あの『ジャイアント・オーガ』を!?」

「あいつ、倒しても一定時間後にまた現れるからな。そのうえ、生命力が強くてなかなか死なないし……」

「それを『ザメル派』が……え? ザメル老のお孫さんのパーティが!?」

「ああ。『ジャイアント・オーガ』の頭を、潰してしまったらしいぜ」


 大騒ぎだった。

 初日で第4階層への道が開かれるのは相当すごいことらしい。

 みんな笑いながら手をたたいてる。


「よかった。これで俺たちは目立たずに済むな」

「「……」」


 気づくと、アイリスとオデットが、じーっとこっちを見ていた。


「どうした……いや、どうしましたか、殿下。オデット」

「不思議ですね」

「なにがですか、殿下」

「ユウキさまは、このことを予想しているようでした」

「それにユウキは……地下第3階層で魔物を倒した、と言っていましたわね」


 アイリスとオデットは声をひそめて、そう言った。


「魔術で『ジャイアント・オーガ』の頭を潰すのは難しいですよね」

「巨大なかぎ爪がついたよろいなら可能ですけれど」

「空を飛べる鎧なら完璧ですね」

「ひゅーん、と飛んで、ひゅーんと戻って来られますものね」

「第3階層は霧がありますから、姿を隠すこともできます」

「なにより使い手は、子どもを見捨てることができない方ですもの」

「そこまで」


 俺は両手を挙げた。

 降参のポーズだ。


「ふたりが考えてる通りだよ。第3層の『ジャイアント・オーガ』を倒したのは俺だ」


 俺は小声で、アイリスとオデットに伝えた。


「やっぱり、そうでしたか」

「帰る前に、魔物を倒したって言ってましたものね」

例のもの・・・・がダンジョンでも使えるか実験をしてたら、魔物に襲われてるパーティを見つけたからな。つい、武装の実験がてらに助けてしまった」

「ユウキはそれでいいんですの?」


 オデットが俺の耳元に顔を近づけた。


「このままだと、魔物退治の功績こうせきが『ザメル派』のものになってしまいますわよ?」

「例のものの存在がばれるよりいいよ」


 俺としては、うちの爵位しゃくいを上げるだけの功績を立てて、あとは魔術の研究ができればそれでいい。今回の成果としては、古代魔術で『黒王ロード=オブ=ノワール』を持ち運べるようになっただけで充分だ。


 この収納用古代魔術を研究して、他の魔術師でも使えるようになれば、生活環境はもっと良くなる。一般人レベルまで簡易化すれば、マーサの買い物も楽になるはずだ。

 発見者特典であの石板、研究させてくれないだろうか……。


「お、お待たせしました。準備ができましたので、こちらへ。B級魔術師カイン殿下がお待ちです」


 しばらくして戻って来たギルドの受付は、そう言った。

『ジャイアント・オーガ』退治でざわめく人々の声をあとに、俺たちはキルドの受付を後にした。




「お待たせしました。この方々を、2階の会議室へご案内してください」


 別の建物の前にいた兵士にそう言って、受付嬢さんは帰っていった。


 俺たちが案内されたのはギルドの敷地内にある立派な建物だ。

 入り口には王家と、『魔術ギルド』を表す杖のエンブレムが飾られている。


「ここは『魔術ギルド』の主塔しゅとうですね」

「わたくしも、ここに来るのは初めてですわ」


 ギルドの主塔しゅとうには、B級以上の魔術師たちの研究室、会議室、それと『魔術ギルド』の運営について話し合う『賢者会議』の会場があるらしい。

 そのせいか、入り口は厳重に警備されている。門も魔力と詠唱で開く特殊なものだ。


 兵士に案内されて、俺たちは主塔の2階へ。

 奥にある会議室に入ると、そこにはカイン王子とデメテル先生が待っていた。


「帰ってきて早々に済まないね」


 カイン王子は立ち上がり、そう言った。


「君たちが見つけたものについて、くわしく話を聞かせてもらいたくて来てもらった。隠し通路と、この石板を見つけるまでのことについて、話してもらえないだろうか」

「わかりました。では、アイリス殿下──」

「いえ、リーダーはユウキさまですから」


 アイリスは俺の手を取り、そう言った。


「私はユウキさまとオデットの後を、ついて歩いていただけです。ユウキさまの良いように、報告して差し上げてください」


 カイン王子から見えない位置で、片目を閉じてみせるアイリス。

 丸投げ──というか、俺に都合の悪いところは隠していい、ってことかな。


「わかりました。僭越せんえつながら、俺から報告させてもらいます」


 それから、俺たちは隠し通路を見つけたときの話をした。

 地下でカイン王子と別れたあと、行き止まりで奇妙なスイッチを見つけたこと。

 それを作動させたら、隠し扉が現れたこと。

 その先には、謎のゴーレムと、『聖域教会』のローブがあったこと。

 最後に、隠し通路の先にある階段を降りたら、第3階層に出たことを。


「階段は第3階層にあるとりでの近くに繋がっていました。おそらくはかつて、『聖域教会』の連中が、脱出路に使っていたものだと思われます。俺にわかるのは、そこまでです」


 そう言って、俺は話をしめくくった。

 俺の話のあとは、アイリスが言葉を継いだ。

 王女として、俺たちが見つけた『古代器物』の扱いについて聞くためだ。


 隠し通路と石板は、俺とアイリスとオデットが共同で見つけた扱いになる。その功績がどのように分配されるのか、その確認が必要だった。


「まずはお礼を言おう。君たちはすばらしい功績を挙げてくれた」


 カイン王子は笑った。


「この石板に書かれているのは、おそらくは『古代魔術』の詠唱えいしょうと紋章だと思う。だが、これを君たちの功績にするのは、魔術の発動を確認してからになる。だから、調査の時間が必要になるね」


 まぁ、しょうがないか。

 俺がこの場で「ほらほら古代魔術でした」って、証明するわけにもいかないからな。


「隠し通路の発見については、文句なしに君たちの功績だ。おめでとう」


 カイン王子、それと、デメテル先生が拍手した。

 つられてアイリスとオデットも拍手する。俺の方を見られても困るが。


「隠し通路は、『古代魔術文明の都エリュシオン』の探索を進めるためにとても重要なものだ」

「第2、第3階層の魔物と戦わずに、先に進めるからですね」

「そうだよ。ユウキ=グロッサリア。しかも階段は第3階層のかなり奥へと繋がっている。第3階層の、強力な魔物が発生する場所を通らずに済むかもしれない。そうなればわれわれは魔力や装備を消耗しょうもうすることなく、第4階層に進むことができる」

「第4階層は、ほぼ空白地なんですよね」

「ああ。どういう階層かはわかっている。あとで君たちにも追加資料を渡そう。それで、提案なのだが」

「なんでしょうか」

「ユウキ=グロッサリア。君は『カイン派』に入るつもりはないか?」


 カイン王子は俺をじっと見て、そう言った。


「以前から考えていたことだよ。君はアイリスの護衛騎士だ。王女の護衛騎士が、私の派閥に入っていないのはおかしいじゃないか」

「おかしいんですか?」

「おかしいとも。しかも君は『魔術ギルド』に十数人しかいないC級魔術師の一人だ。新入り扱いされているのは、君がいまだ無派閥だからだよ。『カイン派』に入れば、私の直属にすることもできる。もっとよい扱いになるはずだ。どうかな?」

「申し訳ありませんが、お断りします」

「……あっさりだね」

「俺はまだひと──いえ『魔術ギルド』に来て日が浅いですから。わからないことだからけなんですよ」


 俺は肩をすくめて、そう言った。


「俺が優先するのは、主君であるアイリス殿下と、自分の家族と仲間です。それで手一杯なんですよ。派閥とか、そういうことまで、今は手を広げる余裕がないっていうのが正直なところです」

「はっきりしてるね、君は」

「そうでしょうか」

「だが、面白い。うん、とても面白いね、君は」

「自分では普通のつもりですけど」

「いいだろう。今の話はなかったことにしてくれ。ただ、『カイン派』に入りたくなったらいつでも言うのだよ。君のために、席は空けておくことするからね。ところで、オデット=スレイ」

「は、はい」


 いきなり話を振られておどろいたのか、オデットがびくん、と身体を震わせる。


「君にも同じ提案をしたいと思うのだが、どうかな?」

「……わたくしは」


 少し、間があった。

 オデットは俺の方を見てから、カイン王子に向き直り、頭を下げた。


「──そのようなお誘いを受けるには、力不足だと思います」

「君の能力も買っているのだけれどね、私は」

「わたくし自身が力不足を感じているのです。今のままでは、お情けで加入させていただくように思えてしまいますもの」


 そう言って、静かに微笑むオデット。


「わたくしが自分の力に納得が行くようになったら、改めて加入をお願いするかもしれません」

「なるほど……アイリス、君の仲間は興味深い者ばかりだね」

「ええ。私にはもったいない方たちです」

「アイリス自身は対外的には、私の派閥と見なされているわけだが、実際に加入する気は──なさそうだね」

「ご無礼をお許しください。お兄さま」

「いや、構わない。では君たちの功績についての話をしよう」


 カイン王子はデメテル先生の方を見た。


「石板の発見、および隠し通路の発見の功績こうせきとしては次のようなものがある」


 王子の言葉に合わせて、デメテル先生が俺たちに羊皮紙ようひしを差し出した。



・相当分の金貨の獲得


昇爵しょうしゃく


・『魔術ギルド』でのクラス上昇・役職・研究室の獲得かくとく



「以上だ。これらの功績を、君たち3人で分け合うことになる。爵位しゃくいの上昇についても功績は3分の1だから、あと2つ、同等の功績をあげてもらうことになる」

「「「ありがとうございます」」」


 俺たちは声をそろえて言った。

 ここに来るまでの間、アイリスとオデットは報酬を辞退するって言ってた。

 自分たちはついて歩いていただけだから、って。


 でも、そういうわけにもいかない。

 対ゴーレム戦で、ふたりには援護してもらってるし、そもそも俺たちはパーティで『エリュシオン』の探索をしてるんだから。


「質問があります。カイン殿下」

「なにかな、ユウキ=グロッサリア」

「失礼ながら、アイリス殿下には、昇爵しょうしゃくの報酬は意味がないように思えます。王家の方々にとっては、この報酬は不利なものではないでしょうか」

「ああ、そういうことか。主君思いだね、君は」

「王家の者がギルドで成果を出したときは、研究室をもらうのが慣例となっているのですよ。ユウキさま」


 アイリスは説明をはじめる。


「私はそこで、魔術の研究をするのがずっと夢だったのです。その……色々と、調べたいこともありましたので」

「調べたいこと、ですか」

「ユウキさまには、おわかりだと思います」


 そう言ってアイリスは、自分の胸のあたりに触れた。

 なにを言いたいのか、なんとなくわかった。


 アイリスが研究しようとしていたのは、たぶん、不老の血筋についてだろう。アイリスの家系は齢を取るのが遅いということで、色々と不審な目で見られてきた。

 だから、その研究をするために、研究室が欲しかった、ということらしい。

 過去形なのは、不老の原因がもうわかってるからだろうな。


「それについてはほぼ解決したのですが……せっかくですので、ユウキさまやオデットと、自由に魔術の研究ができる場所を確保しておきたい、そう思っているのです」

「その知識欲と探究心に敬意を表します。殿下」

「……ありがとうございます。我が護衛騎士さま」


 俺の称賛しょうさんに、アイリスは姫君っぽく返答する。

 耳の後ろをいたのは、前世でアリスが『わーいほめられちゃったー』ってよろこぶときのくせだ。まだその癖、残ってたんだな。


「では、アイリスについては研究室の提供、ユウキ=グロッサリアとオデット=スレイについては、決まったら連絡してくれるように」

「はい、カイン殿下」

「重ね重ね、ご厚意に感謝いたします」

「それから別の話だが──ユウキ=グロッサリアに新しい宿舎を用意した」


 不意に思い出したように、カイン王子は言った。


「新しい宿舎、ですか?」

「そうだ。君は『魔術ギルド』に十数人しかいないC級魔術師になったのだからね。いつまでも研修生向けの宿舎というわけにはいかないだろう?」

「今のままでも、特に不満はないのですが」


 引っ越すとなると面倒だ。

 それに宿舎が広くなると、マーサの仕事が増えるからな。


「これは決定事項だ。C級魔術師は下位の魔術師の目標たるべきもの。それ相応の生活をしてもらわなければ困る」


 カイン王子はまっすぐに俺を見て、そう告げた。


「すでに事務の者に命じ、手配は始めている。君は宿舎に戻って準備を整え、一両日中に引っ越しを済ませたまえ。これは『魔術ギルド』のB級魔術師としての命令だよ。以上だ」


 そう言って、カイン王子は話をしめくくった。

 こうしてギルドへの成果報告は終わり──俺は新しい宿舎を見に行くことになったのだった。

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