第89話「『魔術ギルド』主催『巨大ダンジョン エリュシオン』探索 初日(4)」

 隠し部屋の扉の向こうには階段があった。


 螺旋らせんを描く階段が、地下に向かって続いている。

 階段の途中にもローブが転がってる。広間で見たのと同じ、『聖域教会』のものだ。


 ここは第2階層で、この下は第3階層。

 第3階層は、大昔『聖域教会』が立てこもっていたところだ。


「確か、第3階層には廃墟はいきょの町があるんだったっけ」

「『聖域教会』が立てこもっていたとりでもあります」

「第3階層は霧に包まれた広い空間で、まわりは廃墟はいきょになっているのですわ」


 この階段を降りれば第3階層にたどり着く。

 そこがたぶん、『聖域教会』が使っていた隠し通路の出口だ。


「出口の場所を確認したら、今日は終わりにしよう」

「そうですね」

「成果はもう、十分ですもの」

「ディックたちは偵察ていさつを頼む。まわりに人がいないかどうかチェックしてくれ」

『『『しょうちですー』』』


 俺たちは階段の先に向かった。





 ──同日、地下第3階層にて──





「前衛は防御陣形を展開! 詠唱えいしょうの時間を稼いでくれ」

「「承知しょうち!!」」


 魔術師たちの合図で、前衛の剣士たちが大盾ラージシールドを構えた。


 ここは巨大ダンジョン『エリュシオン』第3階層。

『ザメル派』の魔術師たちに率いられたパーティは、魔物との戦闘に入っていた。

 敵は角の生えた大鬼──『オーガ』が2匹。

 その後ろには大型種の『ジャイアント・オーガ』がいる。


『ジャイアント・オーガ』の身長は通常種の2倍。力も桁違けたちがいに強い。

 この第3階層のボスだ。


「こいつらを倒せば、第4階層へスムーズに入れるようになる。『ザメル派』が道を開いたと、後続の魔術師たちに示しましょう!!」

「「おお!!」」

「……おー」

「フローラさま、気合いを入れてくださいませ」

「お、おー!」


 パーティの最後尾で、フローラ=ザメルは腕を振り上げた。

 彼らは『ザメル派』のパーティのひとつだ。

 朝、ダンジョンが開放されると同時に、彼らは一番に入った。これまで『ザメル派』がたくわえた知識と記録を総動員して、大急ぎで第3階層まできたのだ。


『エリュシオン探索』は、国と『魔術ギルド』の歴史に残る一大事業だ。

『ザメル派』が遅れを取るわけにはいかなかった。


「ここが……『エリュシオン』の第3階層。かつて『聖域教会』が戦った地」


 フローラ=ザメルは周囲を見回した。

 地面には、崩れた建物の残骸ざんがいが転がっている。

 かつてここが町だった名残だ。


 地下第3階層は、古代魔術文明の町があったと言われている。

 地面には石づくりの街道があり、れた水路の跡もある。

 天井近くが霧におおわれているのも、当時は理由があったのだろう。


 通くには『聖域教会』が立てこもっていた砦が見える。

 あれも古い建物を改造したものらしい。


 古代の人々が地下でどんな生活をしていたのかは、まだ調査中だ。

 問題は人がいなくなったあとも、町を守る防衛機構が残っていること。


 目の前にいるオーガたちも、そのひとつだった。

 倒しても、一定期間経つとまた現れる強敵だ。


「攻略法はわかっている。前衛は、通常種のオーガの攻撃を防いでくれ」

「「了解です!!」」


 盾を構えた前衛が叫ぶ。

 がいん、と、音がして、大盾がオーガのおのを受け止める。

 その間に、魔術師2人とフローラは、オーガの側面に移動する。


 魔術師の伝統的な戦闘フォーメーションだ。


「くらえ!! 『地神殴打アース・ブリッド』!!」

「やつの足を止める!!」

「ア、『地神殴打アース・ブリッド』ぉ!」



 どごぉっ!



 地面から飛び出した岩石が、オーガたちの脚に激突した。


『『グガアアアアアアアアッ!!』』


 絶叫するオーガたち。

 岩は脚の肉を破り、骨まで達している。

 膝をついたオーガの首筋に、前衛が剣を振り下ろす。二度、三度。

 オーガの首筋から血が噴き出し、身体から力が抜けた。


「5人がかりで2匹か。上等だな」

うわさでは、たった1人で鎧を着たオーガを倒した魔術師がいるらしいぜ」

「噂です。いちいち惑わされることもないですよ。ねぇ、フローラさま」

「ひゃ、ひゃい!?」


 いきなり話を振られて、フローラが飛び上がる。

 頭の中で、A級魔術師の孫にふさわしい言葉をさがす。

 やっとそれを見つけたころには、仲間の魔術師たちは話を終え、魔術の詠唱に入っていた。


「わわっ」


 フローラも慌てて詠唱を始める。

 自分が、みんなのペースを乱している。

 そう思うたびに、呼吸が乱れていく。詠唱が遅れていく。


 大型種の『ジャイアント・オーガ』が近づいてくる。教わった攻略法を思い出す。

 巨大な魔物は、足下を狙うべし。

『ザメル派』の基本戦術の通り、『古代魔術』を詠唱し、解き放つ。


「「『地神殴打アース・ブリッド』!!」」

「──あ」


 フローラの魔術の、タイミングがずれた。


『グャアアアアアア!』


『ジャイアント・オーガ』が、地面にあった瓦礫がれきを持ち上げた。

『地神殴打』の岩石が、瓦礫に激突する。破片が飛び散る。


「ぜ、前衛。防げ!!」

「「ぐ、ぐおおおおおっ!!」」


 飛び散った破片が前衛の大盾に当たり、大音響を鳴らす。

 フローラ自身の詠唱が聞こえなくなる。

 それでも狙いを定めて、フローラは『古代魔術』を解き放つ。


「──『地神殴打』!!」



 ゴガッ!!



『ギィアアアアアアアア!!』


 フローラの『古代魔術』が『ジャイアント・オーガ』のかかとをえぐり取った。

 血が噴き出し、『ジャイアント・オーガ』の身体が倒れる。



 大量の魔力を消費して、肩で息をするフローラに向かって。



「──え」

「フローラさま!!」「お逃げください!!」


 声が聞こえた。

 顔を上げたフローラは、『ジャイアント・オーガ』の巨大な手を見た。

『ジャイアント・オーガ』はフローラを押しつぶすように手を伸ばして倒れかかってくる。


 左右に分かれて展開していたのがあだになった。

 前衛と他の仲間からは距離がある。救助は間に合わない。


「──そんな」


 フローラは、自分に向かって落ちてくる巨大な手のひらを見つめていた。


 こんなところで死にたくない。

 まだ、自分のしたいことはなにもしていない。

 あの親切な魔術師さんに──嫌がらせをさせられたことを──謝ってもいないのに。


「────っ!!」


 時間にすれば、数秒だっただろう。

 絶叫するフローラに向かって『ジャイアント・オーガ』の身体が倒れかかってきて──




 ガギッ。




 霧の中から飛んできた漆黒の手が、『ジャイアント・オーガ』の頭をわしづかみにした。


「────え」


 手だった。

 身体はなかった。

 頭上は濃い霧がたちこめている。

 その向こうに誰かいるのかもしれないが、フローラには見えない。


 まるで巨大な手甲ガントレットが飛んできたようだった。

 かぎ爪が『ジャイアント・オーガ』の頭を握りつぶし、ねじる。


 フローラに向かってきていた身体が真横を向く。

 誰もいない場所で、ずぅん、と、音を立てて倒れる。


「……い、今のは?」

「フローラさま、大丈夫ですか!!」

「おけがは? おけがはございませんか!!」

「……だい、じょぶです。それより今の、黒い手は?」


 フローラは頭上を見た。

 黒い手が、天井に向かって飛んでいく。

 果ての見えない第3層の空に、翼の生えた影が浮かんでいるのも見えた……ような気がする。


「これって、魔物同士の仲間割れ……なの?」

「そのような話は、聞いたことがありません」

「一体なんだったんでしょう……あれは」

「私を助けてくれたのかな……?」


 目の前には『ジャイアント・オーガ』の死体が転がっている。

 頭は握りつぶされ、首は奇妙な方向にねじまがっていた。


「なんだったんだ、あれは」

「ここは『古代魔術文明の都エリュシオン』だ。いかなる不思議があってもおかしくはない」

「だが……あんなもののことは聞いたことが……」


 魔術師たちは騒ぎはじめている。

 あの黒い影が味方なのか敵なのか。

 魔物なのか──魔術師なのか。


「おい、見たかよ。空飛ぶ手甲ガントレットだぜ」

「なんだ、お前知らないのかよ。実はな──」


 前衛の冒険者たちはざわつきはじめている。

 うわさについて話している。

 トーリアス領に現れた、黒い翼の『王騎ロード』のことを。

 あれが助けてくれたのかもしれないと。


 魔術師たちは反論する。

 あんなものをどうやって王都に持ち込むのか。ありえない。


 それに自分たちはオリジナルの『王騎』を管理している。

 まもなくレプリカができあがる。

 それを用いてダンジョンを攻略するのだ。『ザメル派』の意地を見せてやる、と。


 まわりがざわめく中で、フローラは目を閉じて祈りを捧げていた。


「助けていただき、ありがとうございました」


 あの黒い影に、もう一度会いたい。話をしたい。

 どうすれば、あなたのように強くなれるのですか、と。




 ──ユウキ視点──




「『黒王ロード=オブ=ノワール』。ダンジョン内での動作テスト完了。第3階層はぶつかるところもないし、自由に動かせるな」


 俺は砦の近くに『黒王騎』を降ろした。


 第2階層の隠し通路の階段を降りると、予想通り第3階層に出た。

 第3階層は天井が高く、霧に包まれた広い空間だ。

 だから、帰る前に『黒王騎』の動作テストをすることにしたんだ。


「お疲れ様です。マイロード」

「大丈夫でしたの? ダンジョン内は、空間がゆがんでいると聞きましたが」


 地上では、アイリスとオデットが手を振ってる。


「問題なかった。『王騎』も、普通に動かせる」

「爪に血がついていますけれど……?」

「動作テストの途中で魔物に出会ったから、倒しておいたんだ」

「誰かに見られてはおりませんの?」

「霧の中から腕だけ飛ばした。大丈夫だろう」


『黒王騎』の腕は、使い魔のように飛ばして操ることができる。

 姿を隠したまま、魔物を倒せたのはそのおかげだ。

 近くにフローラ=ザメルたちがいたけれど……距離はあったし霧も出ていた。

『黒王騎』そのものは見られていないだろう。


「今日はここまでにしておこう」

「おつかれさまでした。マイロード」

「まだ終わっておりません。ギルドに戻るまでがクエストですわ」


 俺たちは隠し通路に戻り、第2階層へ。

 隠し部屋で『黒王ロード=オブ=ノワール』を収納。

 隠し扉の情報と、古代魔術の石板を手に、『魔術ギルド』へ報告に行ったのだった。

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