第86話「『魔術ギルド』主催『巨大ダンジョン エリュシオン』探索 初日(1)」
数日後。
『魔術ギルド』による『巨大ダンジョン、エリュシオン下層』の
そのせいで、ギルドは朝から大騒ぎだった。
ギルドに所属する魔術師たちはパーティを作り、それぞれが『エリュシオン』の入り口までやってきていた。
第4層より下の階層を調べるのは、B級以上の上位魔術師にとっての夢だったらしい。
俺とアイリスとオデットも、朝早くにギルドにやって来た。
けど、探索の申請をする窓口には、長い行列ができてる。
「俺たちは後の方でいいか」
「そうしましょう」
「ですわね」
俺たちは窓口が空くまで、ギルドの
休憩所は自由にお茶が飲めるようになっていて、窓からはダンジョンに向かう人々を見ることができる。
下層を目指す魔術師たちは装備に身を固め、『
窓の外を見ていると、ふと、桜色の髪の少女と目が合った。
フローラ=ザメルだ。
「………… (ぺこり)」
彼女は俺に頭を下げて、それから、仲間の後を追った。
あれから2週間近く経ってる。彼女にかかっていた『
彼女のパーティは魔術師3名と『荷物運び』2名、前衛の戦士3名という構成だ。
リーダーっぽい魔術師は、自分たちが『エリュシオン』を
あの様子だと、最初から下層をめざすつもりらしいな。
「まぁ、ザメル老の孫娘のパーティだから、大丈夫か」
俺たちが関わるべきじゃない。
それに、俺たちの目的はダンジョンを
ちゃっちゃとうちの
ちなみにオデットの目的は、1人で第3階層を踏破して、C級魔術師になること。
それが元々の父親との約束だそうだ。
向こうはもう手出しはしてこないだろうが、約束は果たしておきたいと、オデットは言っていた。
「俺たちはしばらく、上層でダンジョンに慣れよう」
俺はアイリスとオデットに言った。
「それから第3階層から第4階層を目指すってことでいいだろう」
「賛成です。上層が楽勝だったら、下層に行けばいいですよね」
「異存はありませんわ」
アイリスとオデットはうなずいた。
それから俺たちはお茶を飲みながら、最後の打ち合わせをした。
お茶を飲み干すころには、受付の窓口も空いていた。
「それじゃ行きますか。アイリス殿下。オデット」
「はい。ユウキさま」
「参りましょう。殿下、ユウキ」
俺たちは
受付で登録 (ダンジョンに入る人数と氏名、ダンジョン内滞在時間と帰還予定日)を済ませて、ダンジョンの入り口へ。
『ごしゅじんー』『おしごとのじかんー!』『がんばりますー!!』
歩き出した俺たちのまわりに、ディックたちコウモリ軍団が集まってくる。
みんな、やる気十分だ。
「今日はダンジョンの第2階層を
『『『しょうちなのですー』』』
「お願いしますね。ディックさん。ニールさん、みなさん」
「よろしくお願いしますわ」
『『『こちらこそー』』』
こうして、俺とアイリスとオデットとコウモリ軍団は、『エリュシオン』探索に向かったのだった。
俺たちはダンジョンに入り、規定のコースを通って、地下第2階層に入った
『エリュシオン』の第2階層は、石造りの迷宮だ。
薄暗い通路に、灯した魔術の光が浮かんでいる。
壁や床は平らで、歩きやすい。
かなり古いもののはずなのに、石が
改めて見ると、すごいな。これは。
『古代魔術文明』ってのは、一体どんな人たちが作ったんだろう。
「古代人が出てきて、『古代魔術』や『古代器物』の作り方をすべて教えてくれればいいのにな。そうすれば、現代人が古代の遺物を奪い合うこともなくなるのに。あと、それを元に新しいアイテムも作れるだろうし」
「ユウキが古代人に会ったら、質問責めにしそうですもわね」
俺の左で、オデットが笑ってる。
「古代人がいて、すべての謎が解けたら……どうなるのでしょうね」
アイリスは俺の右側で目を輝かせてる。
前世から好奇心いっぱいだからな。アイリスは。
こういう話は大好きみたいだ。
「謎といえば……マイロード。いえ、ユウキさま」
「どうしましたか、殿下」
「気のせいでしょうか。いつもと歩き方が違うような気がしますが?」
「わたくしもそう思いますわ。いつもより、ユウキの歩き方が、ぎこちないような……」
……気づかれたか。
意外とするどいな。アイリスもオデットも。
周囲に人の気配はない。
四方に散ったコウモリ軍団からも、接近する者の情報はない。
だったら、教えてもいいか。
「俺は今、強化した『古代魔術』に身体を慣らしているところなんだ」
俺の両手には『
さらに、胸の中央には、少し威力を弱めた『身体強化』の紋章を書いてある。
3つ合わせて、『
「今のところ、通常の2.6倍くらいが限界なので、しばらくこれに身体を慣らそうかと。慣れればそのうち『身体強化』3.0とか、4.0も使えるようになるかもしれないからな」
「いきなり『古代魔術』の歴史を
「実験と研究は、マイロ……いえ、ユウキさまのモットーですからねぇ」
「落ち着いてる場合ではありませんわ、アイリス。ユウキがどれだけすごいことをしているかわかってますの?」
「わかってます。私にもできるか、実験してほしいくらいです」
「……アイリス、あなたね」
オデットは額を押さえてる。
「ユウキの『古代魔術』への適性って、どのくらいありますの……?」
「今回の探索はその実験も兼ねてる。この状態でどのくらいの時間、動けるか、確認したら解除を──」
『ごしゅじんー! 魔物発見なのです!! ダンジョンスパイダーがいるのです!!』
不意に、ディックの声がした。
『ダンジョンスパイダー』は確か、ダンジョンに発生する
『前方に3匹いますー! どうしますかー!?』
「──ちょっと行ってくる」
俺は『
「──って、ユウキさま!?」
「──なんですかその動きは。速すぎ──!?」
風景が飛んだ。
石で出来た迷宮の壁が、後ろに吹っ飛んでいく。
『身体強化』
それでも
「──見えた。あれか」
前方に『ダンジョンスパイダー』がいる。
魔物は他のパーティの前衛──剣士3名と戦闘になってる。
不意打ちを食らったのか、身体が半分、糸で絡め取られてる。
後ろには他の魔術師がいる。
あれは……『カイン派』の人たちだ。
『ごしゅじんー!』『どうしますかー?』『みんなで
「糸で絡め取られると面倒だ。ディックたち『コウモリ軍団』は、アイリスとオデットの護衛と、周囲の警戒を」
『『『しょうちです!』』』
ディックたちが後方に下がるのを確認してから、俺は短剣を抜いた。
「──くそ。
「──失敗だ。こうも混戦状態になってしまっては、魔術の支援も受けられない──」
「──なんとか糸を切り払って、魔術を
前衛の人たちは、蜘蛛の糸に絡みつかれて混乱してる。
「ちょっと失礼」
俺は高速で
『身体強化』1.6 (通常よりちょっと速い)状態で、俺は蜘蛛の巣の下に滑り込む。
「だ、誰だ!?」「う、動きが見えない──魔術師か!?」
「──発動『
こういう時、子どもの身体が役に立つ。小回りがきくから便利だ。
俺は
剣士たちに当たらないように、氷の針を連射する。
『──ヒィィィィィ!?』
凍結の『古代魔術』を喰らった蜘蛛たちが悲鳴を上げる。
同時に、剣士たちが動き出す。
「糸が凍った!」「これなら斬れる」「す、すまない。若い魔術師さん」
「いえいえ」
剣士の人たちは、蜘蛛の巣を切り払っていく。
凍らせてしまえば糸の粘着力もなくなる。
あとは、折って斬って抜け出せばいいだけだ。
「支援に感謝する。ユウキ=グロッサリア!」
通路の向こうで叫んでるのは──やっぱり、デメテル先生か。
その隣にいるのは──
「そこを離れたまえ。とどめは、私が刺す」
「B級魔術師、カイン=リースティア……殿下?」
アイリスの異母兄にして、『カイン派』のリーダーが、そこにいた。
「『──にて切り払う』。発動『
俺の真横を、不可視の刃が通り過ぎた。
真空の刃だ。
それが空中で分散して、迷宮に巣くう蜘蛛たちを、あっという間にバラバラにしていく。
「──ちっ」
距離がありすぎて、カイン王子の手の動きが見えなかった。
もう少し近ければ、魔術を覚えられたのに。残念だ。
「手間をかけてすまないね。ユウキ=グロッサリア。前衛が先行しすぎてしまったようだ」
『
「その上、全員が
「お手伝いできて光栄です。カイン殿下」
俺は貴族としての正式な礼をした。
けれど、カイン王子は首を横に振って、
「今の私を王家の者としてあつかう必要はない。今の私は君と同じ、『エリュシオン』探索をめざす、ただの魔術師だ。敬称もいらない。カインでいいよ」
「わかりました。カイン……さま」
「それにしてもすごいな、君は!」
カイン王子はおどろいた顔で言った。
「使っているのは『
「殿下はここで、下層に向かう『カイン派』の魔術師の手助けをされているのだ」
カイン王子の言葉を、デメテル先生が引き継いだ。
「だが、序盤だからか、前衛の冒険者たちが先走ってしまってな。お前たちには、みっともないところを見せてしまった」
「カインさまは、下層には行かないのですか?」
「いずれはね。だが、まだ早いと思っているよ」
「そうなのですか?」
「これだけ大勢で『エリュシオン』探索をするのは例がない。長期戦になるのは間違いないからね。まずはペースをつかむべきだと思っている」
カイン王子はうなずいた。
なるほど、指揮官だな。この人は。
俺やアイリスのように、現場で動くタイプじゃない。
全体的な効率を考えて、人を指揮する……そういう人のような気がする。
「ユウキ=グロッサリアよ。君も私と同じように考えているのではないのかな?」
「俺はただ、迷宮に慣れようとしてるだけです。下層どころか、第2階層に来たのも二度目ですからね」
「そうだね、まずは慣れることが大切だ」
カイン王子は地図を取り出した。
「この第2階層は
「困りますよ、カイン殿下。殿下には『カイン派』全体のことを考えていただかなくては」
「わかっているよ。デメテル。私は皆を
追いついてきたアイリスとオデットの方を見て、カイン王子は続ける。
「地図は持っているね。まず君たちは、この第2階層すべてを
「承知しました。カイン=リースティア殿下」
俺、そしてアイリスとオデットが頭を下げる。
そんな俺たちに手を振って、カイン殿下とデメテル先生はその場を離れた。
「た、助かったぞ。ありがとうな。若い魔術師さん」
「恩に着るよ。『冒険者ギルド』に用があるときは言ってくれ」
「ユウキさんと呼ばせてください。ありがとうございました」
──
「この第2階層は地図があるからな。踏破されつくしてる、ってのは、そういうことか」
「今の方々は、不意を突かれただけだと言っていましたわね」
「私たちは私たちのペースで進みましょう。ユウキさま」
俺たちがそんなことを話していると──
『ごしゅじんー』
『再び、コウモリ軍団で周囲の探索をしましたー』
『超音波で、いろいろ見つけましたー」
『『『突き当たりの通路の天井近くに、スイッチみたいなでっぱりがあるのですが、どうしますー?』』』
「……スイッチ?」
俺は地図を見た。
ディックたちが告げたその場所は……行き止まりだな。
まわりにドアは、なにもないな。トラップの表記もない。
「第2階層は探索されつくされてるんだよな……?」
「……ですよね」
「……ですわね」
まさか、誰も知らない隠し扉や未踏破エリアがあるとも思えないが……。
とりあえず、行ってみるか。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます