第87話「『魔術ギルド』主催『巨大ダンジョン エリュシオン』探索 初日(2)」

「……これか」


『エリュシオン』第2階層の突き当たり。

 その壁の上の方に、ちいさなスイッチがある。


「普通は気づきませんわね。これは」

「突き当たりの左上のすみっこ、ホコリを被ってます。誰かが触れた跡は……ないですね」

「アイリスとオデットは離れて。俺が調べてみる」


 ここは『古代魔術文明』の遺跡だ。

 どんな仕掛けがあるかわからないからな。


「近くで見てみる」


 俺は『飛行』スキルを起動。

 地面を蹴って、ふわり、と浮かび上がる。


 ディックたちが見つけたスイッチ──というか、これは丸い突起物だ。

 アイリスの言うとおり、人が触れた形跡はない。

 場所は天井近くの壁の隅で、まわりにはコケが生えてる。

 灯りも届かないから、よほど注意深い人間じゃないと気づかないだろう。


「でも、地下第2階層は探索しつくされたって言ってたよな」

「さすがに隅々までというわけにはいかないと思います」

「このあたりには、魔物が出る場所がありますわ。この行き止まりに追い詰められては、逃げることもできません。だから、あまり人も来なかったのでしょう」

「そういうものか」


 俺は『魔力血ミステル・ブラッド』をつけた指で、スイッチに触れた。

 念のためだ。『侵食ハッキング』をかけておこう。


「──魔術の構造分析:完了……って、隠し扉のスイッチか」


 魔力を込めて、力いっぱい押すと動く仕組みだ。

 俺が古城の隠し部屋に使っていたものと、それほど変わらない。


「ディックたちコウモリ軍団は、周辺を警戒。扉の向こうに魔物がいたら、アイリスとオデットを守ってくれ」

『『『しょうちなのですー』』』


 14匹のコウモリ軍団が、アイリスとオデットの前で壁となる。

 俺は魔力を込めて、スイッチを押した。



 ぎぎぎ、と、重い音がして、壁が開いた。




「すごいです。マイロード!」

「隠し扉……通路までありますわ。ここって、わたくしたちが初めて見つけたのではなくて?」

「どうだろうな」


 200年近くここにあって、誰も気づかないとは考えにくい。

 誰かが気づいて隠してたのか。

 それとも、使えないから情報が残らなかったのか……。


「見つけにくい理由はわかるな。ダンジョンは天井が高いし、上の方までは魔術の灯りも届いてない。天井近くの小さなスイッチなんて、見てもわからないからな」

「コウモリさんは、人には聞こえない音でものを見るのでしたね……」

「便利すぎますわね……」

「中の様子は……ディックたち、頼む」


『『『しょうちー!』』』


 コウモリ軍団の半数が、隠し扉の向こうに飛び込んでいく。

 ──っと、思ったらすぐに戻って来た。


『この奥は、短い通路になっているのですー』

『突き当たりに扉がありますよー』

『通路には誰もいないですー』


「大丈夫そうだ。行ってみよう」

「は、はい」

「承知いたしましたわ」


 誰も来たことがない通路なら、なにか残っているかもしれない。

 俺はコウモリを一匹だけ残して (隠し扉が閉まったら、スイッチを押してもらえるように)、通路の中に入った。

 予想通り、俺たちが入ると隠し扉が自動で閉じた。

 けれど、内側にもスイッチがあった。

 そっちでも扉が開くのを確認して、コウモリ軍団全員合流。

 先に進む用意を調えたところで、アイリスがふと、口を開いた。


「お願いがあります。マイロード」

「どうしたアイリス」

「私に、強化型の『身体強化』を使う方法を、教えてくれませんか?」

「強化型? 『身体強化』2倍のことか?」

「それです。私も、マイロードと並んで戦えるようになりたいんです」


 アイリスは真剣な目で、俺の方を見ていた。


「わたしだって魔術師です。マイロードに守られているばかりじゃなくて、もっとお役に立ちたいんです。だから、強化型の『古代魔術』の使い方を教えてください」

「いいけど、俺は『古代魔術』についてはまだ初心者だぞ」

「でも、マイロードは前世で、アリスに通常魔術を教えてくれていました」

「通常魔術は俺の専門だからな」

「でも、『鍵開けアンロック』だけは教えてくれませんでした」

「教えたらアリスお前が勝手に俺の部屋に入って来るからだ」

「えー」

「……こほん」


 せきばらいの音がした。

 オデットが、なぜかジト目で俺とアイリスを見てた。


「前世のお話はおいておいて……わたくしも、あなたに『古代魔術』を教えて欲しいですわ」

「オデットも?」

「C級以上の魔術師たちと競って『エリュシオン』を探索するには、強い魔術が必要ですもの」

「わかった。やり方を考えてみる」


 できない……とは思わない。

 たぶん、アイリスとオデットにも、俺と似たようなことができるはずだ。


『古代魔術』は詠唱と、指で空中に紋章を描くことで発動する。

 けれど俺の場合は、『魔力血』で紋章を描くだけで魔術が発動してしまう。


 それは俺に古代魔術の適性というスキルがあるからだ。

 もともと『古代魔術』は、詠唱で魔力を集中して、その魔力で空中に紋章を描くことで発動している。で、俺の場合は『魔力血』に膨大な魔力が含まれているせいで、それで紋章を描くだけで発動してしまうらしい。


 アイリスは転生したときに、俺の魔力の影響を受けて『準魔力血』状態になってる。

 オデットはオデットで、こないだディックたちを指揮するために、俺の血を大量に受けてる。ふたりとも、『魔力血』への適性がある。

 その状態で、強化型の『身体強化』を使うためには──


「ディックたちと同じやり方からはじめてみるか」

「同じやり方、ですか?」

「アイリスの身体に、俺が『魔力血』で『身体強化』の紋章を描く。同時にアイリスは自分で『身体強化』の『古代魔術』を使う。それで『身体強化』2倍が発現するはずだ」

「……なるほど!」

「だが、最初は弱めの『身体強化』から始める。それと、紋章を描くのは、身体の中心に近いところがいいだろう。バランスよく強化できるように」

「どこがいいですか?」

「胸のあたり……いや、鎖骨の下くらいでいいんじゃないか」

「わかりました。お願いします」


 アイリスは服のリボンをほどいた。

 それから襟元えりもとのボタンを外して、首筋と鎖骨さこつのあたりをあらわにする。


「アイリスは眷属化してるから、俺の魔力がなじむはずだ。ただし、あまり出力を上げないように。通常の『身体強化』の半分──0.5くらいがちょうどいいだろう」

「わかりました」

鎖骨さこつの間に描いておくから、なるべく服が触れないようにな」

「……ちょ、ちょっと……くすぐったいですね」

「互いの魔力を干渉させてるようなものだからな。すぐに馴染むだろ」

「あ……ほんとです。あったかくなってきました」

「アイリスの血は『準魔力血』だからな。よし、これでいい」

「ありがとうございます。マイロード……あれ? オデット、どうしましたか?」


 気づくとオデットが、微笑ましいものを見るような顔をしていた。


「いえ、ふたりがまるで、仲のいい親子のように見えましたので」

「はい。私とマイロードは仲良しです」

「それでいいんですの? アイリス。わたくしは『親子のように・・・・・・』と言いましたのよ」

「…………はっ!!」


 おい、なんで目を見開いてこっちを見る。アイリス。


「やり直しましょう! マイロード!」

「なんでだ」

「つ、つい、前世のアリスになっていました。次はちゃんと、第8王女アイリスとして恥ずかしがります。だからもう一度紋章を描いてください」

「いいから自分用の『身体強化』を使いなさい」

「……はぁい」


 アイリスは目を閉じ、詠唱を開始。指先で空中に『身体強化』の紋章を描く。


「発動。『身体強化』1.5!」


 宣言して、アイリスは地面を蹴った。

 細い身体が、天井近くまで飛び上がる。


「──え」

「すごいですわ。アイリス!」

「これが、マイロードの『古代魔術』……」


 天井に、とん、と手を突いて、アイリスが降りてくる。

 2倍とまでは行かないが、通常の『身体強化』よりは遙かに強化されてる。


 俺も安心だ。

 アイリス──いや、アリスは、目を離すとなにをするかわからないからな。

 怪我しないように、なるべく強化しておきたいのだ。


「オデットはどうする?」

「……お願いしますわ」


 オデットもアイリスと同じように、服のリボンを、しゅる、とほどいた。

 それから、アイリスに背中を向けてから、服の襟を広げていく。


「わたくしの場合は……ディックさんたちと同じようになるのですわね」

「そうだな。だから、オデットは少し弱めの『身体強化』にした方がいいと思う」

「それでしたら『炎神連弾イフリート・ブロゥ』の紋章にしていただけますか?」

「かまわないけど、いいのか?」

「わたくしは炎系の『古代魔術』は苦手ですの。だからユウキの補助をもらって、魔術に炎の要素を加えたいのですわ」

「わかった……っと、これでいいか」

「…………」

「ユウキ」

「なんだよ」

「わたくしは……あなたの娘ではありませんのよ?」

「わかってる」

「……わかっていればよろしいのです」


 オデットは横目で俺を見て、それから、服を整えた。


「ディック。この通路に仕掛けは?」

『ないですー』『人が通ったあともないですー』『おっきなドアがあるだけなのですー』

「となると、この先になにかあるってことか」


 そうでなければ、わざわざ隠し扉なんか作らないだろう。


「アイリスとオデットの『追加紋章』が効いてるうちに、行ってみるか」

「そ、そうですね」「わかりましたわ……」


 ふたりがうなずくのを確認して、俺は通路の先にあるドアに触れた。

 魔術的なトラップがないことを確認して、押し開ける。


 びた音を立ててドアが開き──




 その向こうに、石でできたゴーレムがいた。



『ヴィ? ヴゥイオオオオオオオオオ!!』



 ゴーレムは俺たちを見て、腕を振り上げた。

 侵入者に反応するタイプだ。


 ゴーレムがいるのは、円形の広い部屋。

 部屋の隅には……ボロボロのローブが転がってる。

 見覚えがあるエンブレムがついてる。あれは──


「『聖域教会せいいききょうかい』のエンブレムか」


 つまりここは、かつて『聖域教会』が使っていた隠し通路、ということになる。

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