第85話「巨大ダンジョン『エリュシオン』探索。最終準備」

 ──アイリス・オデット視点──




「フローラ=ザメルについて、いくつかわかったことがあります」

「わたくしの方も、『荷物持ちポーター』の候補者を見つけましたわ」


 ここは、西の離宮にあるアイリスの私室。

 アイリスとオデットは再び、探索のための打ち合わせをしていた。

 

「ユウキは今、商会の方で『黒王騎ロード=オブ=ノワール』を召喚しょうかんしているのですわね?」

「はい。まずは私とオデットで話し合って、資料をまとめてからマイロードにお伝えしようと思います」

 

 アイリスとオデットは、資料をテーブルの上に置いた。


「どちらを先にしますか?」

「ユウキに聞かせたい方からにいたしましょう」


 アイリスとオデットは顔を見合わせた。

 腕組みして、ユウキの顔を思い浮かべる。


「……フローラ=ザメルさんの方でしょうね」

「……ユウキは子どもには甘いですからね」

「そこがマイロードのいいところなのですよ、オデット。だからこそ、私やローデリアさまは、あの方にお仕えしているのですから」

「わかっておりますわ。わたくしだって、ユウキと旅をしたのですもの」

「……どんな旅だったか詳しく教えていただけますか?」

「いきなり身を乗り出すものではありませんわよ。アイリス」


 間近に迫った親友の額を、オデットは押し返した。


「まずはダンジョン探索前たんさくまえの打ち合わせが先でしょう?」

「だって……」

「いきなりアリス=カーマインになりますのね、アイリスは」


 オデットは、アイリスの銀色の髪をなでた。

 アリス=カーマインの記憶を取り戻してしまったアイリスには、この離宮は居づらいだろうとオデットは思う。

 だからこそユウキはできるだけ早く、アイリスを引き取ろうとしているのだ。


 それはわかっていても、急に王女から村娘モードに変わるアイリスを見ていると、思わず笑みがこぼれてしまう。

 自分の気持ちに素直なアイリスを見ていると、まるで、小さい頃に戻ったような気分だった。


「旅の話はあとでしてさしあげますわ。時間は、ダンジョン探索中にいくらでもあるのですから」

「わかりました……」


 アイリスは席に座りなおし、姿勢を整えて、説明を始める。


「フローラ=ザメルさんについては、バーンズ将軍に調べてもらいました」

「あの方ならば間違いありませんわね。ユウキとも面識がありますもの」

「はい。事情を話したら、極秘で調べてくださいました。それによると、フローラさん自身に『カイン派』を敵視する理由はなさそうです」

「……でしょうね」

「『魔術ギルド』に来るまでは、フローラさん自身が『カイン派』の魔術師と関わることはなかったわけですからね。でも、老ザメルは、こそこそ嫌がらせをする性格ではないですから、他の『ザメル派』の指示されてのことかもしれませんね」

「ユウキに嫌がらせをしろと命じられて……でもフローラ=ザメル自身は気が進まず、あんな中途半端な作戦になった、ということですか」

「そう思います」


 アイリスは手元の資料を、テーブルに置いた。


「だから、彼女がマイロードにした意地悪が、軽いものだったのでしょう」

「フローラ=ザメルは、強硬きょうこうな『ザメル派』ではないということですわね」

「そうですね。マイロードなら、彼女を味方にできるかもしれません」

「アイリス、あなたもしかして……」


 オデットは楽しそうなアイリスの顔をみて、笑った。


「あなた、フローラ=ザメルを『ユウキ派』に取り込むつもりですの?」

「そこまでは考えていませんよ」

「そうなんですの?」

「私は、フローラ=ザメルを通して『ザメル派』に、マイロードが『カイン派』ではないことを伝えられるかもしれない、って思っただけです」

「まぁ、確かにそうですわね」

「そうなれば、マイロードへの嫌がらせもなくなるはずですから」


 アイリスは窓の方を見て、ふと、ため息をついた。


「私が『カイン派』って見られるのはしょうがないです。でも、マイロードは……誰にも縛られない人です。私の分まで、自由でいて欲しいんです」

「……アイリス」


 さびしそうなアイリスの顔を見ていると、オデットにも、彼女の気持ちがわかるような気がした。

 アイリスは、許可なく離宮を出ることはできない。いわゆる『かごの鳥』だ。


(アイリスとユウキは、自由に会うことができないのですものね……。ユウキが『護衛騎士』になったことで、会う機会は増えたのでしょうけれど)


 それでも、離宮の警備は、オデットから見れば厳重げんじゅうだだ。

 ユウキとアイリスが自由に会うことは──


(……でも、最近は警備のすきを突いて、ユウキが遊びに来ているって言ってましたわね)

(……それに、ユウキの使い魔のニールが連絡役になっていますので、わたくしとも気軽に手紙のやり取りをしていますわね。今日も、そうやって呼び出されたのですもの)

(……そういえばユウキは『召喚魔術』を使って、いつでもアイリスを呼び出せるとも聞いていますわ……)


 そこまで考えて、オデットは首をかしげた。


(……あれ? 今のアイリスって、別に『かごとり』ではないのでは……?)


 本人はまだ自覚がなさそうだけれど。

 でも、王家に追われることさえ気にしなければ、アイリスはいつでも離宮を出ていける。

 いつの間にかユウキは、アイリスを自由にしてしまっている──それに気づいて、オデットはおどろいた顔になる。


「……やっぱりすごい人ですわね。ユウキは」

「はい。マイロードは素敵な方です。前世では私の先生で、今世こんせでは、こ、婚約者ですから……」

「ぶっきらぼうですけれどね」

「でも、ちゃんと私たちのことを見てくれてます」

「確かに、わたくしを対等の仲間として扱ってくれますものね。旅の宿で、わたくしと一緒のお──」

「一緒の?」

「……こちらの話です。それより次は『荷物運びポーター』の件ですわね」


 オデットは、こほん、とせきばらいして、話を変えた。


「そちらはわたくしの師匠のつてで、ちょうどいい人を見つけました。王都の『冒険者ギルド』に所属している方です。小柄こがらですが力持ちで、飛び道具も使えるそうです。トラップの発見もできるとか」

「ありがとうございます。オデットの紹介なら安心です」

「『魔術ギルド』の仕事も何度かしているようですし、実績もあります。ただいま交渉しておりますので、探索たんさくまでには契約しておきますわ。浅い階は魔術師だけで探索して、第3階層から先は『荷物運びポーター』を雇うのがセオリーのようですので、そのようにいたしましょう」

「わかりました。それで手配をお願いします」

「アイリス殿下の『荷物運び』となれば、向こうもいなとは言わないでしょう」


 オデットは資料をアイリスに差し出した。


「ところで、ダンジョンに入る前に、ひとつ確認させてくださいな」

「なんですか、オデット」

「王女としてのあなたのことですわ。アイリス=リースティア」


 オデットは呼吸を整えてから、つぶやいた。

 これは、探索をはじめる前に、確認しておかなければいけないことだ。


「今回の『エリュシオン探索』で、私たちが新しい『古代器物』や『古代魔術』を見つけた場合、ユウキのグロッサリア男爵家──いえ、子爵家ししゃくけはまた爵位しゃくいを上げることになります」

「……そうなりますね」

「となれば、あなたとユウキの婚約も現実的になってきますわ。正式な婚約者同士なら、王家の許可を得て旅に出ることもできるでしょう。そうして旅に出たあとで、行方不明になる。そうして、人とは違う世界で生きていく。それがユウキとあなたの目的ですわね?」

「……そう、ですね」

「それはもう現実味を帯びております。アイリス、あなたはそうなる覚悟はできていますの?」


 オデットはアイリスの目を見て、告げた。


「ユウキはあの性格ですから、そのあたりの境界はあっという間に越えてしまうでしょう。けれどアイリス……あなたも、前世のアリス=カーマインも人間です。あなたは人の世界を捨てて、ユウキと共に生きる覚悟はできていますの?」

「もちろんです。ううん……もちろんだよ」


 アイリスは目を閉じ、胸を押さえて、告げた。


「そんなの今さらだよ。オデット」

「聞くまでもなかったですわね」

「アイリスの中の、アリスが言うの。覚悟なんかとっくに出来てるって。前世でアリスだった私が、聖剣リーンカァルで、自分の胸を貫いたときに」

「王女としての地位を捨てて?」

「うん。たとえアイリス=リースティアが、不老不死になれなくても。私はマイロードについていくよ」

「……うらやましいですわ」


 オデットはため息をついた。


「そこまで誰かを想ったことは、わたくしにはまだ……ありませんもの」

「なんか変な言い方しなかった?」

「気のせいですわ」


 オデットはなぜか、アイリスから視線を逸らして、


「話が先走りすぎましたわね。準備をしましょう。わたくしたちが無事に『エリュシオン』で目的を果たして、戻って来るために」


 そうしてアイリスとオデットは、『エリュシオン』探索に向けての打ち合わせを再開したのだった。





 ──魔術ギルド『ザメル派』の研究室にて──




「『聖域教会』が復活した今、魔術ギルドは、我々『ザメル派』の元に統一されるべきなのです」


 魔術ギルドの『ザメル派』が所有している研究室。

 若い魔術師が、集まり話をしていた。


「たしかに我が派閥はばつの者は『獣王ロード=オブ=ビースト』を手に入れるため、強引な手段をとってしまった。だが、それは『聖域教会』と帝国に対抗するための、やむを得ないことだったのだ」

「その通りだ。敵が現れた以上、すみやかに研究を進める必要がある。そのためにも我々『ザメル派』が、すべての『王騎ロード』を管理すべきだ」


 薄暗い部屋の中、一人目の魔術師の声に、別の声が応じる。


「だが、そのために新人の魔術師に妨害工作をする必要があったのか?」

「ユウキ=グロッサリアのことか?」

「彼は『獣王騎』を手に入れた功労者だ。味方につけるべきではないのか?」

「あの妨害はアレク=キールスの暴走だ。彼はユウキ=グロッサリアに私怨しえんがある。それで彼の行動を邪魔しようとしたのだろう」


 不意に、研究室内に沈黙が満ちた。

 しばらく間があって──


「……あの者は、本当に『カイン派』なのか?」

「……わからない。ユウキ=グロッサリアは規格外すぎるのだ」

「……敵に回すのは危険だ。どうなるかが読めない。それに、彼はアイリス殿下の護衛騎士ごえいきしでもある」

「……我々はカイン殿下の影響力を削ぎたいだけだ。王家に敵対したいわけではないからな」


 薄暗い灯りの下で、魔術師たちはうなずきあう。


「アレク=キールスとフローラさまはばつとして、1週間の魔術封印措置まじゅつふういんそちを受けることになった」

「アレク=キールスはあれでいい。探索には使うまい」

「フローラさまは……別のチームに入れるとしよう」


 そうして魔術師たちは、声をそろえて語り合う。


「我々は勝ち続けなければいけない」

「『聖域教会せいいききょうかい』のようであってはならない」

「敗北せず、勝ち続けることで、古代の魔術の神秘を解き明かすのだ」



「「「我らは『エリュシオン』下層を制覇せいはし、『古代魔術』と『古代器物』の独占どくせんする」」」


「──脅威きょういに立ち向かうために」

「──君たち、若き力に期待している」


 魔術師たちが告げると、部屋の隅にいた魔術師たちが一斉に頭を下げた。

 フードを被った若い魔術師たち、9名。3人1組の3チーム。


 そうして『エリュシオン』探索を担当する『ザメル派』の魔術師たちは、結束けっそくの儀式を終えたのだった。

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