第84話「元魔王、魔法を調整する」
「それでは『
数日後、俺は『グレイル商会』の隠し倉庫に来ていた。
この場所に、俺の『
『グレイル商会』は王国で一、二を争う巨大商会で、高価な物も扱ってる。
ここは、それをこっそり保管するための倉庫のひとつだ。
半地下で、この場所を知る者は数名しかいない。
「本当に私が立ち会ってもよろしいのですか?」
俺の隣には『グレイル商会』のローデリアが立っている。
上着にネクタイを締めたいつもの姿だが、なんだか、心配そうだ。
「でも、ローデリアは『王騎』の追加装備を作りたいとか言ってなかったっけ?」
「……実際に召喚の場に立ち会うとなったら、怖じ気づいてしまいまして。それに『王騎』とは、数ある『古代器物』の中でも上位のものなのでしょう?」
「俺にとっては、うちの子の遺産だよ」
俺は手の平に載せた、黒い鍵を見せた。
『黒王騎』の中に入っていたものだ。起動用の部品らしい。
わかりやすいように、古い布が結んであった。ライルの仕業だ。
「あの『王騎』は、同じ村出身のローデリアが管理してくれた方が、ライルも喜ぶと思うぞ」
俺は黒い鍵を握りしめ、両手に描いた
鍵は召喚の触媒。紋章は、召喚用の紋章だ。
「我が眷属を召喚する。この場に来たれ『
両手の紋章が、光を放った。
俺の足元に、魔法陣が出現する。
けれど──それだけだった。あの『黒王騎』は現れない。
「……やはり、遠すぎるか」
「『フィーラ村』の跡地は、内海の向こうなのでしょう? 召喚については、噂でしか聞いたことがありませんが、せいぜい、馬車で2、3日の距離までしか届かないとうかがっておりますが……」
「ああ。ちょっと足りない」
「ちょっとなのですか?」
「両手でやってるからな。距離は倍になるはずなんだ。あともう少しだ」
しょうがない。
もうひとつの
「よいしょ」
俺は上着を脱いで、床の上に置いた。
それからシャツをまくって、皮膚の上にもうひとつ、紋章描いていく。
この前、デメテル先生から氷の『古代魔術』を習った。
そのときに『古代魔術』の威力調整についても教わっておいたんだ。
今のところ『古代魔術』の威力を高める方法は見つかっていないらしい。
ただし、弱めるのは簡単だ。
流し込む魔力を少なくして、紋章を小さく描けばいい。
ということは普通の魔法陣をふたつと、小さな魔法陣をひとつで、『古代魔術』2.5倍が使えるようになるはずだ。
俺は両手に紋章を描くことで『古代魔術』2倍が使える。
ただし3倍にすると、身体に負担がかかりすぎる。
だから、3つ目の魔術を弱めることで、負担を減らすことにしたんだ。
3つ目の紋章は両手から等間隔──胸の中央がバランスがいいらしい。
「召喚の『古代魔術』×2.5──起動」
俺は両手を握りしめた。
「我が呼びかけに応え、ここに来い。我が
ふたたび、床の魔法陣が輝きはじめる。
俺の両手に、なにかを掴んだような感覚がある。
──来い。
呼びかけると、応えがあった。
床の魔法陣から、ゆっくりと、黒い角が姿を現す。
さらに頭部が、胴体が、長い腕と爪。最後に両脚が現れる。
『
「うん。『古代魔術』の出力調整は、意外と使えるようだな」
今使ったのは召喚の紋章ふたつに、出力を0.5倍にした紋章を加えたものだ。
これで『フィーラ村跡地』と、この場所を繋ぐことができた。
身体の負担はまったくない。
2.5倍の威力の『古代魔術』なら問題なく使えるようだ。
あとで……2.何倍まで耐えられるか実験してみよう。
ぎりぎり使える状態で『古代魔術』を使い続ければ、そのうち身体が高出力の魔術になれてくれるかもしれない。この身体、まだ成長期だし。
「というわけで、ローデリア。これが俺の『
「……おどろきました」
ローデリアは、ぽかん、と口を開けている。
「まさか、内海を越えて、これだけのものを呼び寄せてしまうとは……。すさまじい力です……マイロード」
「すごいのは『古代魔術』だ。俺じゃない」
「……伝説のマイロードは、あらゆる研究と実験の手間を惜しまない方だと聞いていました。けれど……これほどとは」
「お前のところの伝説、なんか
前世での魔術研究って、やってたのはほとんど趣味の領域だったんだが。
まぁ、使えそうなものは、『フィーラ村』の連中にフィードバックはしてたんだけどさ。
「それで、これが村長ライルの……遺産だ。これの管理を、ローデリアに任せたい」
「これが……そうなのですね」
ローデリアは恐る恐る『
震える指で、黒い鎧の表面に触れて、感動したように、
「我々『商人派』はまだまだですね。『潜入派』がこれだけすごいものを手に入れていたなんて」
「そういえば、お前たちって、『潜入派』と『商人派』のふたつのグループに分かれていたんだよな」
「はい」
「グループの間で、
「なかったですね」
「いいことだ」
「伝説では村の子どもたちは『ケンカするとマイロードが来るよ』って言われていたそうですから」
「覚えてる。村でケンカして、わざわざ古城まで呼びにきた奴らがいたから」
「わかります。私もマイロードの伝説を聞いたとき、妹とわざとケンカしましたから」
「変な儀式を作るな」
俺とローデリアは並んで、『
目の前にあるのは、人の身長の倍くらいの大きさの、漆黒の
背中の翼は丸めておいたから、そんなに場所は取っていない。
腕が長いせいか、爪の先が地面についている。床が削れないか心配だ。
「追加装備を作ると申し上げましたが……マイロードは、なにか希望はございますか?」
「そうだな……」
俺は腰に提げた杖を見た。
『
「これが結構便利だから、その『王騎』版があると助かるな」
「わかります。でも、大きくなると、強度が問題になりますね」
「強度はいらない。金属製である必要もないんだ。一回使ってこわれるものでいい」
「?……ちょっと描いていただけますか」
ローデリアが
俺はそこに簡単な図を描いた。
それを一目見て、ローデリアはうなずいて、
「なるほど。マイロードの『古代魔術』を一回撃てればいいのですね?」
「そうだ。使い魔を飛ばすには危険な相手に使うよ」
「……なるほど。私は『王騎』に匹敵するほど丈夫なものにしなければ、と思っていました。『王騎』が丈夫な分だけ、武装はもろくてもいいのですね……」
「頼めるか?」
「お任せください」
「王家から金貨をもらったから、預けておく。必要なときに使ってくれ」
「マイロード基金がありますから、それを使いますよ。それに……」
ローデリアは目を輝かせて『
「この『王騎』を見せていただくことには、金貨数百枚分の価値があります」
「見るだけじゃなくて、多少ならいじっても構わないぞ」
「やめておきます」
俺の言葉に、ローデリアは首を横に振った。
「めずらしいものを調べると、金貨何枚分になるか考えてしまうのが、商人の
「意外とまじめなんだな。ローデリアは」
「そうですね。先祖の先生は、意外と適当なのに」
「もしかしてけなされてるのか? 俺」
「
そんなことを話しながら、俺とローデリアは、隠し倉庫を出た。
「お待たせ、マーサ」
「はい。ユウキさま」
商会の建物に戻ると、マーサが待っていた。
「それじゃ買い物をして帰ろう。雑貨と、着替えを買うんだったっけ」
「はい。ユウキさまの下着がメインになります」
マーサは照れくさそうに笑った。
「これからダンジョン──いえ、長いお仕事に入られるのですから、着替えは用意しておかないと」
「というわけだけど、ローデリア。
「
「それは父さまが
「わかりました。紹介状を書きましょう」
そうして俺とマーサは、『グレイル商会』関係の店に向かうことにした。
「俺の下着は……こんなもんでいいか」
「はい。サイズもぴったりです」
「マーサが俺の下着のサイズを把握しているのはどうかと思うが」
「ユウキさま専用の、優秀なメイドですから」
マーサは買い物用のバッグを抱きしめて、ふふん、と笑った。
ここは、市場の一角。
このあたりには『グレイル商会』関係の店が並んでいるそうだ。
さっきまで俺たちがいたのは、男性用の
俺の用事はこれで終わり。あとは……そうだな。
「マーサはなにか欲しいものはある?」
「そうですね。雑貨なんかがあると助かりますけれど」
「雑貨か」
俺は木製品を売ってる店を指さした。
「あれなんてどうだ? 新型の洗面器らしいぞ」
「どんなものですか?」
「ふちにくぼみがあって、頭を乗せられるそうだ。服を脱がなくても髪が洗える
「いりませんね」
「買おうよ。マーサも楽になるから」
「家のことはマーサに任せてくださるというお約束です」
……じゃあ、しょうがないな。
マーサ、仕事の面では意外とガンコだから。
「じゃあ、服は?」
「服ですか?」
「マーサもメイド服以外のものが必要だろ? こないだ王家から
「……そう、ですか」
マーサの目が輝く。
「じゃあ、ちょっと見てきますね」
「うん。俺はここで待ってる」
俺はマーサに財布を渡した。
マーサは服屋に入っていき……5分くらいで戻って来た。早っ。
「これにしました」
マーサはスカートをひるがえし、くるり、と一回転。
それから、えっへん、という感じで胸を張る。
マーサが着てるのは、黒い服。
肩のところが膨らんでいて、
そして、服の前には真っ白がエプロン。これは──
「さっきと同じメイド服じゃ……?」
「違います。これは袖の部分が少しやわらか素材でできていて、動きやすくなってます。あと、エプロンも汚れにくい素材なので、水洗いできれいになるそうです」
「かわいい服とかを想像してたんだけどな」
「マーサにとっては、これが一番最適な服です」
マーサはメイド服を、ぎゅ、と抱きしめた。
「これが、ユウキさまにずっとついていける可能性が、一番高い服ですから」
「……そっか」
「そうです」
「じゃあ、しょうがないな」
「しょうがないです。これがマーサですから、
「しょうがないよな。俺もこんなだし」
「前世をお持ちで不老不死のご主人さまですからね。がんこ者のメイドには、ちょうどいいと思います」
「俺にはもったいないくらい有能だけどな」
「マーサは、ユウキさま専用ですから」
マーサは俺の耳元に唇を寄せて、
「専用にした責任を取っていただければと」
「了解した。それで、レミーの分のおみやげだけど」
「子どもメイド服を買わせていただきました。2着ということで、値引きも」
「ほんとに有能だな」
「100年後も、同じ言葉を言っていただきたいですね」
「努力する。ダンジョン潜って、人を不老不死にできそうなものを探してみるよ」
「楽しみにしております。ユウキさま」
そんな感じで、俺とマーサは並んで宿舎へと帰ったのだった。
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