第83話「ユウキとアイリスとオデット、ダンジョン探索の打ち合わせをする」

「……そんなことがあったのですか」


 数日後。

 俺とオデットは、西の離宮りきゅうでアイリスと会っていた。


 アイリスが『エリュシオン探索』に参加することが許可されたので、その打ち合わせのためだ。


「フローラ=ザメルのことは、私も聞いたことがあります。ザメル侯爵家こうしゃくけの次女で、A級魔術師のザメル老より、直々に魔術のてほどきを受けているとか」

「A級魔術師の孫がユウキの邪魔をするなんて……信じられませんわ」

「……本人の意思とは限らないけどな」


 エリュシオンの第2階層で出会ったフローラ=ザメルは、泣いてた。

「ザメルの家になんか生まれたくなかった……」って。

 あのときの顔が、気になってしょうがないんだ。


「俺に対する嫌がらせだって、たいしたことはなかったからな」

「確かに……標的ゴーレムを先に押さえて、先回りして魔物を倒す……でしたものね」

「本気で俺の邪魔をする気なら、他にやり方はいくらでもある。だが、フローラ=ザメルが選んだのは、子どもっぽい嫌がらせだ。そう考えると……怒る気になれないんだよ」

「なんというか、一生懸命、できる範囲で邪魔していたという感じでしたわ」


 俺とオデットは思わず考え込む。

 敵視するには、気弱すぎる相手なんだ。フローラ=ザメルは。


 あの後、アレク=キールスは『ブラッククロウラー』の毒のせいで、全治数日。

 フローラ=ザメルは、自分が俺に嫌がらせをしたことを自供していた。

 その内容は、『魔術ギルド』の上位魔術師が苦笑するほどの、ささいなものだったけれど、ばつは受けることになったそうだ。


「そういうことでしたら、フローラ=ザメルとザメル家について、私の方で調べておきましょう」


 アイリスは俺を見てうなずいた。


「マイロードが派閥争いに巻き込まれる必要はまったくないのですから。事情がわかれば、向こうの誤解も解けるかもしれません」

「頼む。アイリス」

「『エリュシオン』を探索する前に、面倒ごとは片付けておきたいですわね」


 そんなことを話しながら、俺たちはお茶を飲んだ。

 テーブルの上にはティーカップとティーポット、離宮のメイドが用意してくれたお菓子がある。

 久しぶりに、のんびりしたティータイム、という感じだ。


「では、打ち合わせに戻りましょう」


 気を取り直すように、アイリスは言った。


「『エリュシオン』を探索たんさくするときには、やはり前衛と荷物運びポーターを担当する者が必要だと思います。その手配をどうしましょうか」

「前衛は手配した」


 俺は窓を開けた。

 バサバサバサ────ッと、音がして、コウモリが入って来た。


 人に見つからないように木の陰に隠れて、やってきたコウモリは全部で12匹。

 彼らは窓の前に整列して、アイリスとオデットに頭を下げた。


『こんにちはですー。新入りコウモリ軍団の代表、ガルシアですー』

「あ、こんにちは」

「どうもですわ」

「この子たちには、ダンジョン探索に付き合ってもらうことになる」


 俺はアイリスとオデットに、新入りのコウモリたちを紹介した。


「ディックたちに頼んで、王都の近くにいたコウモリと話をつけてもらったんだ。この子たちも全員、使い魔として強化してある。ディックとニールを合わせて14匹。彼らに偵察ていさつと、魔物を掃討そうとうしてもらいながらダンジョン探索をすることにしよう」

『『『よろしくー』』』

「こちらこそよろしくお願いします」

「……なんだか自分が段々、常識の世界から外れていくような気がしますが……よろしくお願いしますわ」


 アイリスは当たり前のように、オデットは困ったような顔で頭を下げた。


「でも、ユウキ」

「どうした、オデット」

「他の魔術師の手前、人の姿をした前衛がいた方がいいと思うのですが」

「そっちは俺が担当するよ。革鎧を着て短剣持ってれば、格好もつくだろ」

「そういえばユウキは男爵領で、グリフォン相手に空中戦をやったのでしたわね……」

「あれは王都の兵士たちも、バーンズ将軍も見てる。それでも問題があるようなら、また考えるよ」


 ダンジョンの探索も、ギルドや王家が関わるイベントに参加するのも初めてだ。

 少しずつ、手探りで調整していこう。人間社会の勉強も兼ねて。


「マイロードなら、みんな納得してくれると思います。私が納得させます」

「いや、無理しなくていいからな。アイリス」

「あとは荷物持ちポーターを誰にするかですね」

「秘密が守れて、コウモリ嫌いじゃない人であれば誰でもいいんだけど」

「それはかなり難しい条件ですね」


 アイリスは腕組みをして、首をかしげた。


「それに、マイロードがご依頼の『漆黒しっこく王騎ロード』の隠し場所ですけれど……すいません。私の方ではまだ、いい場所が見つからなくて……」

「そっちは解決してる。こないだ『グレイル商会』で杖を新調したとき、ローデリアが手配してくれた。商会の隠し倉庫を使わせてくれるそうだ」


『漆黒の王騎』は『フィーラ村』の古城に隠してある。

 あの場所は『村のコウモリ軍団』が守ってくれているから安全だけど、できれば、いざという時にすぐ使えるようにしておきたい。

 だから『グレイル商会』のローデリアに、手配を頼んでおいたんだ。


「あとでその倉庫に『漆黒の王騎』を召喚しておく。ローデリアは管理を任せてくれって言ってる。秘密は守るし、整備もしてくれるそうだ」

「ローデリアさんなら安心ですね」

「ああ。新装備を開発したいって言ってた」


 ローデリア、すごく楽しそうだったな。

 祖先と関わりのあるものがいじれるのはすごく嬉しい、って言ってたっけ。


「わかりました。『王騎ロード』の問題は解決ですね。でも……マイロード」

「どうした? アイリス」

「マイロードはなぜ、あの『王騎』を『ロード=オブ=ノスフェラトゥ』と呼ばないのですか?」

「前世の自分を呼んでる気分になるからだ」

「でもでも、せっかく前世のお父さんがつけた名前なのに」

「いやがらせが入ってないか。ライルの奴」

「私は『漆黒の王騎』より、『ロード=オブ=ノスフェラトゥ』の方が素敵だと思います! 大好きな名前ですから!!」

「だから、その名前だと気恥ずかしいんだって。呼ぶのも、身にまとうのも」

「いいじゃないですか。無敵の『王騎ロード』ロード=オブ=ノスフェラトゥって」

「ロードが重複してるから駄目だ!」

「どうしてそんなにガンコなんですか、マイロードは!」

アリス・・・こそ、フィーリングや感覚で物事決めるくせは変わらねぇな!」


 にらみあう俺とアイリス。


「「オデットはどう思う!?」」

「わたくしに振らないでください!!」


 オデットは、声を張り上げた。


「子どもの名前でケンカする夫婦ですか、あなたたちは! 『漆黒の王騎』と『ロード=オブ=ノスフェラトゥ』で迷うなら、間を取って『黒王ロード=オブ=ノワール』になさい!!」

「「おお!」」


 俺とアイリスは、ぽん、と手を叩いた。


「いいな、それ」

「頭文字も『ロード=オブ=ノスフェラトゥ』と同じですね」

「それでいこう」

「オデットはいつも、私を助けてくださるのですね」

「いきなり姫君モードになるなよ」

「私はいつもこうですー。マイロードが一緒だと、ついつい地が出てしまうだけですーっ」

「あの……ユウキ。アイリス……」


 ん?

 なんでオロオロしてるんだ。オデット。


「もしかして、これで決定ですの?」

「そうだけど」

「伝説の『王騎』の、新たなる名前が!?」

「オデットってセンスいいよな」

「…………あぁ」

「オデット!? なんで急に座り込んでるんですか!?」

「……ユウキが規格外の存在だというのを忘れていましたわ」

「確かに俺は、人間としてのキャリアはまだ短いけど」

「ええ。そうでした。わたくしはあなたの友人として、人間としての見本を見せなければいけないのですわ……『王騎』の名付け親になってしまったからには……なにかわたくしに出来ることをしなければ……そうですわね」


 顎に手を当てて、ぶつぶつとつぶやきはじめるオデット。

 それから、なにかを決意したように顔を上げて、


「『荷物運びポーター』の手配は、わたくしに任せてください」


 そんなことを宣言した。


「わたくしの家庭教師が『魔術ギルド』におりますから、そのつてで、信用できる人を見つけてみせますわ。それくらいのこと、させてくださいな」

「いいのか?」

「規格外のことはユウキに任せますわ。わたくしは、常識的なことを担当いたしましょう」


 すごいな。オデットは。

 確かに、俺には人脈がない。アイリスは基本的に離宮から出られない。

 だとすると、人を雇うのはオデットに任せた方がいいな。


「わかった。よろしく頼むよ。オデット」

「役割分担は決まりましたね」


 アイリスはティーポットを手に取った。

 姫君っぽくない、慣れた手つきで、中身をカップに注いでいく。

 お茶はすっかり冷めていたけれど、今は人払い中。メイドを呼ぶわけにはいかない。


 だから俺とアイリスとオデットは、ないしょ話をするように、冷えたティーカップをかちん、と、合わせる。


「マイロードは前衛としての準備と、『黒王ロード=オブ=ノワール』の召喚しょうかん。私は、フローラ=ザメルと『ザメル派』の調査。オデットは荷物運びポーターの手配、ですね」

「そうだな。さっさと『エリュシオン』に潜って、古いアイテムと魔術を見つけよう」

「……ユウキが言うと、本当にすぐに見つかりそうな気がしてきますわ」


 そうして俺たちは、お茶を飲み干した。

 方針は決まった。

『魔術ギルド』あげての『エリュシオン探索』が始まるまでに、万全の準備をしておこう。

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