第82話「元魔王、ダンジョンの上層で魔術の実験をする」
──ユウキ視点──
その日の午後。
俺とオデットとデメテル先生は、巨大ダンジョン「エリュシオン」の第2階層に来ていた。
「第2階層には、魔術実験にちょうどいい場所があるのだ」
「聞いたことがありますわ。動きの遅い魔物が出る大広間ですわね」
「よく勉強しているな。オデット=スレイ」
「わたくしの目標はC級魔術師になることでしたので」
オデットはそう言ってから、ちらりと俺の方を見た。
「今は、尊敬すべき魔術師が、どこまで行けるか見届けるのが目標ですけれども」
「それは大変だな。見届けるためには、ついていかなければならないぞ」
「なんとかしますわ。
「見所があるな。君は」
そう言ってデメテル先生とオデットは顔を見合わせて、笑った。
仲いいな。
昼前、迷宮行きをさそったら、オデットは二つ返事でOKしてくれた。
下層の
俺たちは『エリュシオン』第2階層を進んでいる。
このフロアは、部屋と通路が続く迷宮だ。
ギルドの上級魔術師によって探索されているせいで、地図が存在する。
それを頼りに進めば、危険は少ないらしい。
「そういうわけだ。悪いが、ディックたちも手伝ってくれ」
『しょうちですー』『てつだいますー』『新入りですのでー』
俺のまわりには、3匹のコウモリが飛び回ってる。
ディックと、新たに使い魔にした2匹だ。
名前はマーサとレミーに考えてもらってる。今のところ未定だ。
『ごしゅじんー』
「どうしたディック」
『誰かが、ここで魔物と戦った跡がありますよー』
ディックが留まった場所の隣に、なにかが
血の跡も残ってる。新しいものだ。
「デメテル先生」
「どうした?」
「俺たち以外に、第2階層に潜っている人っていますか?」
「いや、
「ただ?」
「事務方の一部は『ザメル派』で固まっているからな。
「入り込んでるパーティがいるかもしれない、ということですか」
「『ザメル派』だって馬鹿じゃない。
デメテル先生は先に立って歩き出す。
俺はディックたちに、人の気配があったら伝えるように命じておいた。
こっちの魔術に巻き込むわけにはいかないからな。
「……この部屋だ」
第2階層の奥で、デメテル先生は立ち止まった。
目の前には両開きの扉がある。
「この先の大広間に『ブラッククロウラー』がいるのだ」
「『ブラッククロウラー』……巨大な黒いイモムシですか?」
「ああ。倒しても倒しても、どこからか出現する敵だ。それをさっき教えた『
「足止めでいいんですか?」
「『ブラッククロウラー』は固いからな。数名の魔術師でなければ倒せない。だから、足止めだけで済ませるように」
「それは無理だと思いますわ。デメテル先生」
「なにを言うか。オデット=スレイ。『
「そうではなくて──」
「わかりました。やってみます」
俺はディックたちを連れて、前に出た。
ゆっくりと、両開きの扉を開けていく。
中には──いた。真っ黒な、巨大なイモムシだ。
全長は、大人の身長の数倍。馬車よりもでかい。
身体の表面は、黒い
動きはにぶいって話だけど──あれ?
『ヴゥオオオオオオオオオオオ────ッ!!』
『ブラッククロウラー』が、荒ぶってる。
というよりも、中に人がいる。倒れてる。
1人は、元C級魔術師のアレク=キールス。もうひとりは、フローラ=ザメルだ。
アレク=キールスは青い顔で泡を噴いてる。
毒を喰らったらしい。
確かに、イモムシ系の魔物は毒持ちだ。近づきすぎなければ大丈夫なはずだが。
……なにやってんだ。アレク=キールスは。
「……ひぃ。ご、ごめんなさい。来ないで。来ないで……」
フローラ=ザメルは必死に炎の『古代魔術』を放っている。
だけど、『ブラッククロウラー』の
逃げないのは、アレク=キールスが倒れてるからだ。
『ブラッククロウラー』はゆっくりと彼女たちに近づいてる。まずい。
「救助を行う! ディックたちは俺の指示で魔術を発動してくれ!!」
『『『承知なのですー!』』』
「俺は指示通り、魔物の足止めをします。オデットとデメテル先生は、その間に2人の救助を!!」
「わかりましたわ! ユウキ」
「え? あれ? なんでこんなところに、『ザメル派』の2名が!?」
俺は部屋に飛び込んだ。
『ズモモモモモモモッ!?』
『ブラッククロウラー』がこっちを見た。
赤い目を回して、興奮してる。
「イモムシ系は固い。遠距離攻撃が基本。近づけば毒にやられる、と」
俺はディックたちに合図を出した。
同時に、『
「発動! 『
『『『発動なのですーっ!!』』』
俺の手と、ディックたちの翼、そして杖から、大量の氷の針が飛び出した。
『ヴモモモモモ────ッ!?』
フローラ=ザメルを襲おうとしていた『ブラッククロウラー』の動きが止まる。
その隙に俺はフローラ=ザメルとアレク=キールスに近づき、その身体を引っ張った。
俺の左手には『
人ふたりくらいなら、なんとか引っ張って動かせる。
「なんでこんなところにいるんだ? フローラ=ザメル」
「……ごめんなさい」
「話は後だ。アレク=キールスをデメテル先生たちのところへ」
俺は巨大イモムシに向かって、氷の針を飛ばし続ける。
俺と、3匹のコウモリの翼と、2本の杖から発射される氷の針は、完全に奴を包み込んでいる。
6方向からの氷の嵐に、『ブラッククロウラー』の姿も見えなくなってる。
すごいな。『氷結蒼針』。
小さな氷の針が、大量に、広がりながら飛び出すのか。
まるで俺と杖と、ディックたちの翼から、小型のブリザードが噴き出しているようだ。
『──ヴモ!? ヴモモモモモモ!?』
しかも、持続性がすごい。
魔力消費が少ないせいで、ディックたちの翼に描いた紋章も、いつまでも効果を発揮し続けてる。
俺たちが放つ氷の針は、きれいな
まさに氷の結界だ。
『────グゥモ…………ズモモモモ』
ぴしり、と音がして、イモムシの足が凍り始める。
同時に、奴の
「ちょっと待て! 『氷結蒼針』って、足止め用の『古代魔術』なのだが!? 6重にすることで魔物を凍らせるなど、聞いたことがないぞ!?」
「だから言ったのですわ。足止めは無理だって」
オデットが俺の後ろで、ため息をついた。
「絶対にユウキと使い魔が集団魔術で、倒してしまいますもの」
オデットの言う通りだけど……このやり方だと時間がかかるな。
俺が『氷結蒼針』を覚えたのは、周囲を凍結させて『
『王騎』そのものに魔術が効かなくても、まわりを凍らせれば動きを封じることができる。
倒すための魔術は、他に考えてあるんだ。
「右手に『
『
『
針と槍──
組み合わせると、どうなる?
「同時発動。『氷結蒼針』『地神乱舞』!!」
俺はふたつの『古代魔術』を発動した。
地面から飛び出した氷の槍が、『ブラッククロウラー』を串刺しにした。
『グギャアアアアアアアアッ!!』
ピキ、ピキキキ。
槍に貫かれた『ブラッククロウラー』の全身が、一瞬で凍り付く。
そのまま魔物の身体は、ぱきゃ、と砕け散った。
「……い、今のは?」
「すいません。先生に教えてもらった『氷結蒼針』をうまく
「いや、ああはならないと思うが……もう一度できるか? 再現性は?」
「わかりません。俺は使い魔を通して『古代魔術』を使っているので、なにか変化があったのかも」
「そ、そうか。どちらにしろ、あとで研究に付き合ってもらうぞ」
デメテル先生はうなずいた。
今はフローラ=ザメルとアレク=キールスの救助が先だ。
彼女たちがいなければ、無理に『ブラッククロウラー』を倒す必要もなかったんだからな。
「フローラ=ザメルは無事です。アレク=キールスは……『ブラッククロウラー』の毒にやられたようですわね」
オデットはアレク=キールスを見て、言った。
デメテル先生は
それをアレク=キールスに飲ませて、安心したようなため息をついた。
「……フローラ=ザメル」
「ひっ」
「あなたたちは、どうしてこんなところに?」
「……アレク=キールスさんは、悪くないんです」
フローラ=ザメルは目に涙を浮かべて、俺を見た。
「『ザメル派』として、成果を上げるように……おじいさまに言われて。ライバルになる、同い年のあなたがたを、見張るように、って。でも、『古代魔術』の実験に、この場所に来るってわかってたから……その」
「先に『ブラッククロウラー』を倒して、邪魔しようとした?」
「……あたしにできるのは、それくらいだから」
「アレク=キールスは近づきすぎて、『ブラッククロウラー』の毒を喰らった、ってところか」
「…………はい。ごめんなさい」
フローラ=ザメルは、がっくりとうなだれた。
でも、なぜか安心したようなため息をついてる。
「……あのさ、フローラ=ザメル」
「はい。ユウキ……グロッサリアさま」
「『標的ゴーレム』の予約とか、魔物を先に倒して妨害とか──本当に君は、そんなことをしたかったのか?」
「……それは」
フローラ=ザメルはまわりを見た。
アレク=キールスは意識を失っている。
オデットとデメテル先生は、じっとフローラ=ザメルを見てる。
だからだろうか。
彼女は俺にしか聞こえないような、小さな声で、
「
──そんなことを言ったのだった。
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