第81話「魔術実験の準備と、『ザメル派』の少女の悩み」
「あたしたちは、それだけの成果を出すのです。あたしたち『ザメル派』は『魔術ギルド』の歴史を変える。あなたがたが道を譲るのは、むしろ当然のことでしょう? 違いますか。C級魔術師デメテルさま……そこの、魔術師さま」
「いいですよ。標的ゴーレムはそっちで使ってください」
俺が言うと、フローラ=ザメルは、ぽかん、とした顔になった。
「デメテル先生」
「ど、どうした?」
「標的が使えないのでれあれば、覚えた魔術はダンジョンの魔物相手に試してみたいのですが、いいですか?」
「…………なんだと!?」
アレク=キールスが目を見開いた。
「今は
「探索前に、ダンジョンに慣れておきたいだけです」
ここで争っても時間の無駄だ。
俺は『ザメル派』でも『カイン派』でもない。
面倒な
俺としては成果を出して歴史を変えるのが『ザメル派』でも『カイン派』でも構わない。
さっさとアイリスを引き取って、不老不死の研究でもできればそれでいいんだ。
「…………あたしと同期なのに……ためらいもなくダンジョンに……なんてすごい。」
気づくと、フローラ=ザメルがこっちを見ていた。
すぐにアレク=キールスに
「それで、デメテル先生。俺がこれから巨大ダンジョンの『エリュシオン』に潜るのは可能ですか」
「可能だろう。我々が『標的ゴーレム』を使えなくなったのは、事務方のミスだからな」
デメテル先生は、少し考えてから、
「申請が必要になるが、魔術の習得のためであれば通るだろう。自分も今日は予定が空いている」
「じゃあお願いします」
「わかった。午後には潜れるよう、準備を整えておくといい」
「──と、いうことです。標的ゴーレムはいらなくなりました」
「……ぐぬ」
アレク=キールスが
やっぱり、標的の予約を奪ったのは嫌がらせだったのか。
フローラ=ザメルの方は──?
「…………ふぅ」
──安心したような息をついていた。
「行きますよ。フローラさま!」
「──は、はい」
アレク=キールスの声に、フローラ=ザメルが、びくん、と背筋を伸ばす。
彼女はそのまま、背中を向けようとして、立ち止まる。
肩越しに、ちらちらとこっちを見てる。なんだろう。
「ユウキ=グロッサリアです」
「……え?」
「俺の名前です」
「はい! ありがとうございます!」
彼女はそう言って、笑った。
「フローラさま! お早く!」
「は、はい!!」
アレク=キールスの声に呼ばれて、フローラ=ザメルは部屋を飛び出す。
最後にもう一度、俺に頭を下げて、彼女は駆け出していった。
不思議な少女だった。
たぶん、嫌がらせをされたんだろうけど……悪意をまったく感じなかった。
でも、ファミリーネームが『ザメル』だから、間違いなく彼女は『ザメル派』だろうな。
「フローラ=ザメルって、A級魔術師ザメルさまのご家族ですか?」
「孫娘にあたる。現時点ではE級魔術師だ」
俺の問いに、デメテル先生が答えてくれる。
「今期、ギルドに入った少女だよ。君の同期だ。本来なら研修生扱いだが、実家でザメル老直々の教育を受けているということで、E級魔術師としてギルドに加入している」
「『ザメル派』のトップの孫ですか……」
それにしては不安そうな顔をしていたな。
『ザメル派』の孫娘ともなれば、『古代魔術』にも長けているだろうし、もっと威張っていてもいいんだろうけど。
「彼女のことは……教育係の我々もよくわからないのだ。彼女だけは他の研修生と違って、地元での試験を受けていないからな」
「俺も試験は受けていませんけど」
「D級魔術師カッヘルと、
デメテル先生は肩をすくめて、笑ってみせた。
「彼女のことはいい。それより君の『古代魔術』の伝授が進めよう。標的なしでも伝授は可能だが、ダンジョンに潜りたいのだよな?」
「はい。本格的な
「いいだろう。C級魔術師には
「オデット=スレイに声をかけても?」
「構わないが、彼女の予定は大丈夫なのか」
「聞いてみますよ。少し、話したいこともありますから」
「わかった」
デメテル先生はうなずいた。
それから、テーブルの上にある羊皮紙をまとめて、
「自分はこの資料を戻したあと、ダンジョン探索の申請をしてくる。ユウキ=グロッサリア、君はオデット=スレイと話してくるがいい。『エリュシオン』に潜るのは午後からだ。昼食を済ませておくように」
「了解しました」
俺とデメテル先生は研究室の鍵を掛け、出掛けることにしたのだった。
──フローラ=ザメル視点──
「もっとしっかりしていただかなくては困るね。フローラ=ザメルさま」
ここは『ザメル派』の研究室。
部屋の隅に立ったまま、アレク=キールスは、フローラをきつい目で見据えていた。
「あなたが成果を上げれば、僕はC級魔術師に戻してもらえることになっているんだから」
「……わかっています」
「サルビア殿下の護衛騎士から外れたとはいえ、僕はこのまま終わりはしない。そのためにあなたには、A級魔術師ザメルさまの後継者との自覚を持っていただかなくては」
「わかっていると申し上げてるんです。アレク=キールス」
フローラは声をあげた。
アレク=キールスは
巨大ダンジョン『エリュシオン』の探索許可を申請に行くのだろう。
フローラとアレク=キールスが『ザメル派』から依頼されたのは、身近にいる『カイン派』を探ることだ。可能なら、その行動を邪魔するようにとも言われている。
だから、標的用ゴーレムの予約を、むりやり事務方にねじ込んだのだ。
「ででも……あの方がユウキ=グロッサリアさまだなんて……」
フローラの身体が震え出す。
最初に出会ったときは、彼が魔術師だとは思わなかった。
ギルドのローブを着ていなかったからだ。
けれど、アレク=キールスの表情を見て気づいた。
あの少年はC級魔術師アレクを倒した、ユウキ=グロッサリアだと。
彼のことは、祖父から聞いて知っている。
今期入った新人の中で、最も注目されている少年だ。その実力は公爵家のオデット=スレイをも超えている。アイリス王女の護衛騎士として、王家の信頼も厚い。
第2王子カイン殿下から直々に、『エリュシオン探索クエスト』の正規メンバーに任命されるほどだ。
彼は進んで、それを引き受けたそうだ。新人には重すぎる任務だというのに。
ユウキ=グロッサリアは『カイン派』に入った──それが『ザメル派』の考えだ。
それくらいのメリットがなければ、『エリュシオン探索』など引き受けはしないだろう。
「……でも、ユウキさまは……優しそうな方でした」
フローラが彼の話を聞いたとき、きっと
C級魔術師アレク=キールスと進んで戦い、『古代器物』を手に入れて出世街道をひた走る。そんな力強さと出世欲に満ちた少年だと。
けれど、違った。
フローラが出会ったユウキ=グロッサリアは、ごく普通の、親切な少年だった。
彼女の、ほんのささいな嫌がらせに怒ることもなく、あっさりとかわした。
逆に、嫌がらせをスルーされたアレク=キールスの方が怒っていたくらいだ。
「……あたしはこれからも、あのひとの邪魔をしなければいけないのでしょうか」
それは祖父、A級魔術師ザメルからの命令だった。
祖父はユウキ=グロッサリアに対して、腹を立てているようだった。
少し前までは彼のことを、『ザメル派』に取り込むべき才能だと言っていたくせに。
ユウキが手に入れた『獣王騎』が『カイン派』の手に渡ったことが、気にくわなかったらしい。
「……逃げたい……逃げてもいいかな。いいよね……」
フローラは開いたままの窓に目を向けた。
窓の外には樹がある。木登りは得意だ。
助走をつけて枝に飛びつけば、アレクに気づかれずに逃げられるはず。
彼女がそんなことを考えたとき──
「お待たせしましたフローラさま。なんとか、午前の
大急ぎで戻って来たアレク=キールスのために、フローラの脱走計画は中断を余儀なくされたのだった。
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