第80話「荷物運びの少女と、『ザメル派』の挑戦」
翌日。
出かけようと思ったら、ローブがなかった。
洗ってるとき、レミーがうっかり爪で裂いてしまったらしい。
「……もうしわけありませんー。ごしゅじんー」
「……マーサの指導不足です。申し訳ありません」
レミーとマーサは、がっくりとうなだれている。
……それほどおおげさなことじゃないんだが。
「気にすることないよ。悪いけどマーサ、つくろっておいてもらえるか?」
「もちろんです。でも、ユウキさまは今日、『魔術ギルド』に行かれるのでしょう?」
「別に服装の規定があるわけじゃない。それに、会う相手はデメテル先生だけだから、事情を話せば大丈夫だろう」
俺は普段着で出かけることにした。
貴族っぽくはないけれど、マーサがきれいに保管してくれていたものだ。
別に失礼にはならないだろ。
「それじゃ行ってくる」
「……はいぃ。ごしゅじんー」
「落ち込まなくていいって。マーサはレミーをよろしく頼む。今日は、のんびりさせてやってくれ」
「はい。ユウキさま」
「マーサもだ。ローブをつくろうのは後でいいからな」
「それはできない相談です」
「言うと思った」
「はい。ユウキさまにはおわかりだと思ってました」
俺とマーサは顔を見合わせて、なんとなく笑った。
それから俺はふたりに手を振って、『魔術ギルド』に向かったのだった。
今日は『魔術ギルド』で、デメテルさんから魔術を教わることになってる。
場所は『魔術ギルド』の研究棟だ。
ギルドの敷地内に入ると、塔や建物が並んでいる区画がある。
研究棟は、奥の方にある四角い建物だ。その中に、デメテル先生の研究室があるらしい。
研究棟は、敷地の奥の方にある真っ白な建物だった。
デメテル先生の研究室は、3階の奥にあるらしい。
手前の部屋が『ザメル派』の研究室って言ってたな。
『ザメル派』は、俺たちが倒した『獣王騎』の所有権をむりやり奪おうとする連中だからな。
なるべく、関わり合いになりたくないな……。
「……きゃっ」
そう思ったとき、背中になにかがぶつかった。
ぶつかった衝撃でバランスを崩してる──って、危ない。
俺はとっさに手を伸ばして、落ちそうになってる荷物を押さえた。
反対側の手で、少女の身体を支える。
「す、すいません。ありがとうございます……」
少女はそう言って、俺に頭を下げた……ようだった。
山積みの荷物を抱えているせいで、彼女の顔が見えない。
木箱には本やスクロール、結晶体や石像が入ってる。
一人で運ぶのは無理そうだ。
「この状態だと前も見えないだろ。大丈夫か?」
「だいじょぶ、です。今日は人手が足りないので……なんとかします」
「この荷物はどこまで運ぶんだ?」
「……この先にある建物の3階、魔術具の倉庫までです」
建物の3階か。
しょうがないな。
俺の前にいるのは、本当に小さな少女だった。
見た感じ、10歳くらいだ。『魔術ギルド』の研修生にしては幼すぎる。
助手か下働きだろうか。
「あの建物の3階までだな。ちょうどそっちの方向に行く用事があったんだ」
「そ、そうなんですか」
「ついでだから手伝う。このあたりはよくわからないから、代わりに案内をしてくれると助かるんだけど」
「そ、そんな……悪いですよ」
「いいよ別に」
子どもの面倒を見るのは慣れてるからな。前世から。
俺はこっそり『
少女から箱を受け取った。
「あれ? 予備動作と詠唱、してないですよね? 魔術も使ってないのに軽々と? 力持ちなんですね……」
「辺境育ちだから、力仕事は慣れてるんだ」
「あたしも一応『身体強化』は覚えてるのですけれど、切れるのが早いので……こういう時は使えないんです」
「それは危険だな……」
小さな子が大荷物抱えてる状態で『身体強化』が切れたら、腕の筋肉が大変なことになる。
……でも、魔術が使えるということは、彼女は魔術師なのか。
俺と同期の研修生かな。
「本当に、お手数をかけてすいません。お仕事中だったんでしょう?」
「お仕事中?」
「違うのですか? ローブを着ていないということは、助手さんか、ギルドの職員の方だと思ったのですけれど……」
相手も、同じようなことを考えていたらしい。
そういえば俺も普段着だったな。
魔術師っぽい姿じゃないから、勘違いされたようだ。
……別に
下手に名乗ると、○○派だとか、ランクが上だとか下だとか、面倒なことになりそうだから。
「少なくとも仕事中ではないので、気にしなくてもいいよ」
俺は荷物を抱えて歩き出した。
少女は小さな歩幅で、とことこ、と後をついてくる。
5分くらい歩くと、目標の建物に着いた。
大きな、文字通り倉庫のような建物だ。
「この荷物は、3階のどの部屋に持っていけばいい?」
「手前の部屋です。そこが『標的ゴーレム』置き場になっています」
「『標的ゴーレム』?」
「魔術の
「そういうものもあるのか。すごいな『魔術ギルド』」
「……ギルドの方じゃないのですか?」
「俺はここに来たばかりなので」
「そうなんですか。じゃあ、わからないことがあったら聞いてくださいね」
少女は、ぽん、と胸を叩いた。
彼女は大きなエプロンをつけてる。
その下の服は、飾り気のないブラウスとスカートだ。
『フィーラ村』の子どもたちが着けてた『汚れてもいい服』のようなものか。
長い髪をツインテールにしてるのは、作業の邪魔にならないようにだろうか。
階段をてくてく登りながら、彼女はこの倉庫について話してくれる。
掃除道具の置き場所に、トイレの位置。たてつけの悪い扉のことなど。
貴族ばかりの『魔術ギルド』にも、親切な人はいるんだな。
なんだか、安心する。
「この部屋ですが……すいません。許可のない人を、部屋に入れることはできないのです」
「わかった。荷物は部屋の前に置いておく、無理しないようにな」
「少しずつ運ぶので大丈夫です。本当に、ありがとうございました」
少女は俺に向かって、深々と頭を下げた。
「お名前を聞かせていただいてもいいですか?」
「それは内緒で」
「どうしてですか?」
「魔術の世界はナワバリ争いとかがあるからな。知らない相手が作業を手伝ったことがバレたら、面倒なことになるかもしれないだろ?」
「……そうですね。確かに」
少女は真面目な顔でうなずいた。
「じゃ、じゃあ、次にあなたと会ったら、こっそりと恩返しをすることにします」
「ああ。俺もまた会うことがあったら、こっそりとあいさつするよ」
俺は手を振って、少女と別れた。
それから、デメテル先生の研究室に向かったのだった。
「まずは『古代魔術』の基本のおさらいをしよう」
俺の正面に座り、デメテル先生はそう切り出した。
ここは研究棟の2階。デメテル先生の研究室だ。
荷物運びの少女と別れてすぐ、俺はここに来た。
隣の部屋は「ザメル派」の研究室だって聞いてたけど、人の気配はなかった。
留守かな。
そうして俺は無事に研究室にたどりつき、こうして先生の講義を聴いている。
「『古代魔術』は言葉での
「そのへんまでは『聖域教会』も、いい集団だったんですね?」
「まぁ、そうだな。戦闘に特化した『古代魔術』が手に入ったことで、人間は魔物や、他の種族より優位に立てるようになったからな。だからこそ各国は競って『聖域教会』の連中を雇うようになった。
だが──その結果『聖域教会』内部でも勢力争いが起こり、果てに『八王戦争』が起こったわけだ」
デメテル先生は苦笑いして、肩をすくめた。
「我々『魔術ギルド』は、彼らのようにはならない」
「……ですね」
「──と、こういう話を、『古代魔術』を教えるときには話しておくルールになっている。わかりきったことを聞くのは退屈だとは思うが、我慢してもらいたい」
「いえ、興味深いお話でした」
『魔術ギルド』が『聖域教会』とは正反対の組織だって再確認できたのはありがたい。
そういうところなら、俺も安心して
「これから君に、氷の『古代魔術』を教えるわけだが、どんなものが希望だ?」
「なるべく長時間使えるものがいいです」
「長時間か……ふむ」
デメテル先生は、机の上にいくつかのスクロールを広げた。
俺がそれを見ているのに気づいたのか、不敵に笑って、
「のぞき見しても無駄だぞ。これには、発動前の動作についてしか描かれていない。
「動作と
「君は本当に理解が早い。優秀な生徒だ」
デメテル先生は、ふと、思いついたように、
「『古代魔術』は、弓矢に例えられることがある」
「弓矢に?」
「弓矢は、弓と矢の両方がそろっていなければ使えないだろう? 『古代魔術』もそれに近い。
「わかりやすいですね」
「上級魔術師の中には、
「俺は研修生ですよ?」
「だが、C級魔術師であることに変わりはない。それに君は『
デメテル先生は、窓の方を見て、
「自分は『霊王騎』の起動実験に参加したのだ。あれをまとっている間、とても、おそろしかった。自分の心が変わっていくのがわかった。自分が人を超えたものであり……他の人間が、劣った、つまらないものであるように感じていたのだよ……」
「……そうなんですか?」
あれ?
俺が『漆黒の王騎』をまとったときは、別にそんなふうに感じなかったんだが。
『
「あれは本当に恐ろしいものだ。ただの魔術的な武器ではないのかもしれない」
「それはわかります」
「いずれにせよ君はあれと戦い、勝利したのだ。その
そう言って、デメテル先生は立ち上がった。
「それでは、『古代魔術』の伝授を始めよう。長時間戦える魔術が希望なら『
「『氷結蒼針』? どんな魔術ですか?」
「無数の針を打ち出す『古代魔術』だ。威力はさほどでもないが、効果範囲が広く、凍結能力も高い。魔力消費が少ないため、長時間撃ち続けることもできる」
「いいですね。それを教えてください」
「本当にいいのか? もっと破壊力の強い魔術もあるのだが?」
「これから俺は『エリュシオン』の
「だがなぁ。研究では、これは多数の魔術師が、敵を包囲して使うための……いわゆる集団戦闘向けの魔術ではないかと言われているのだ。個人向けではないのだぞ?」
「最高ですね」
「……君がそれでいいなら構わない。では、準備をしよう。標的用のゴーレムを予約しておいた。今、連れてくる」
標的用のゴーレム……?
そういえば、さっきの少女が『標的ゴーレム』を起動するための道具を運んでいたっけ。
そうか。彼女はデメテル先生の関係者だったのか。
「さっきあの子が運んでいたのは、先生が手配したアイテムだったんですね」
「いや、アイテムの手配をした覚えはないが?」
「……え?」
俺とデメテル先生が、同時に首をかしげたとき──
ドンドン、ドンッ!
突然、研究室にノックの音がした。
「C級魔術師デメテルどのにお伝えしたいことがあります!」
「……誰だ?」
「D級魔術師、フローラ=ザメルです」
声に、聞き覚えがあった。
デメテル先生がドアを開けると、そこには──
魔術師のローブを身につけた、ツインテールの少女がいた。
彼女は赤色の髪を揺らして、デメテル先生を見ている。
それから、俺の方を見て──
「…………え」
驚いたような声をあげた。
俺はこっそりとあいさつした。約束通り。
フローラ=ザメルの後ろには、男性がいる。
キールス侯爵家の、アレク=キールスだ。
「……サルビア殿下の『元護衛騎士』にしてE級魔術師アレク=キールスより、C級魔術師デメテルどのと、ユウキどのにお伝えしたいことがございます」
……この人、サルビア王女の護衛騎士を辞めたのか。
それに、C級魔術師だったのがE級魔術師になってる。
「デメテルどのが申請された『標的ゴーレムの予約』ですが、実は、我ら『ザメル派』のフローラさまが先に予約していることが確認されました。よって、本日の利用はできません」
「そんな馬鹿な!」
デメテル先生が叫んだ。
「昨日、予約を申請したときには、そんな話はなかったはずだ」
「ご理解ください」
「……A級魔術師ザメルさまの権限で、むりやりねじこんだか。それが『ザメル派』のやり方なのか!?」
「ご不満があるのなら、ギルドの
アレク=キールスはつまらなそうに答えた。
「フローラ=ザメルさまは孫娘として、いずれはA級魔術師ザメルさまの跡を継ぐお方。その方が必要もないのに、こうしてあいさつに来た。それで話は終わりでしょう」
「あなたはそれでいいのか? フローラ=ザメル」
「……我がパーティは20日後にはじまる『エリュシオン』の探索で、最下層を目指す者」
フローラ=ザメルは、小さな身体をめいっぱいに反らして──
「あたしたちは、それだけの成果を出すのです。あたしたち『ザメル派』は『魔術ギルド』の歴史を変える。あなたがたが道を譲るのは、むしろ当然のことでしょう? 違いますか。C級魔術師デメテルさま……そこの、魔術師さま」
──やっぱり俺とは目を合わせないまま、そんなことを宣言したのだった。
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