第79話「元魔王、迷宮探索の説明を受ける」

 俺は結局、『エリュシオン探索』の依頼を受けることにした。

 単純に、興味があったからだ。

 古代の魔術文明がなにをやらかしたのか、どんな魔術を残したのか、この機会に知っておきたい。

 運が良ければ、人間を不老不死にする魔術なんかを、見つけられるかもしれない。


 俺は古代の魔術文明は、人間を強化するために色々な魔導具を作ったんだと思ってる。

 あいつらが『王騎ロード』なんてものを作ってたのがその証拠だ。


王騎ロード』にはそれぞれ、特殊な機能がある。

 人の魔力を吸ったり、魔物を暴走させたり、空を飛んだり。

 どれも人間に、人間以上の能力を与えるものだ。


『古代魔術文明』は、そうやって人間を強化して死ににくくした────ぶっちゃけ「とにかく死にたくなかった」連中が作ったんじゃないかと、俺は思ってる。

 これは、どこにも発表しない仮説だけど。


 カイン王子は、俺が依頼を受けたことに驚いたようだった。

 改めて「嫌なら断ってもいいのだよ」と、言われたくらいだ。


 正直なところ、俺は『カイン派』がなにを企んでるのかは興味がない。

 俺はただ、『古代魔術』と『古代器物』を手に入れて爵位を上げて、アイリスを引き取りたいだけだ。

 あと、アイリスやマーサを不老不死にする技術を見つけられれば言うことはない。

 ついでに、生活が楽になりそうな遺物や、楽しく研究できそうな魔術を見つけ出せればベストだ。


 そんなわけで俺は再度、カイン王子に『エリュシオン探索』を引き受けることを伝えたのだった。






 その後、家に帰って休んでいると、『魔術ギルド』から使いが来た。


『護衛騎士選定試験』の担当していたC級魔術師、デメテルだった。


「カイン殿下の依頼で、『エリュシオン探索たんさく』についての説明に来ました」


 デメテルさんはそう言った。

 俺は彼女をリビングに通した。




「お茶をどうぞ」


 椅子についたデメテルさんの前に、マーサがティーカップを置いた。

 C級魔術師のデメテルは、緑色の髪を揺らして、軽く頭を下げた。

 少し遅れて、俺の分のティーカップが目の前に置かれた。

 置いてくれたのはレミーだ。なぜか目を輝かせて、じっと俺を見てる。


「あのあの。ごしゅじんー」

「どうした、レミー」

「お茶です。右はマーサさまのれた分で、左がレミーが淹れた分ですー」

「なるほど……うん。少しマーサの味に近くなった感じだ。がんばってるな。レミー」

「えへへー」


 髪をなでると、レミーはうれしそうに目を細めた。

 マーサも笑いながらレミーを見てる。

 俺がいない間、家事の練習に付き合ってたらしいから。


「……不思議なくらい落ち着く家だな」


 お茶を一口飲んでから、デメテルさんは、ふぅ、と、ため息をついた。


「自分は子爵家ししゃくけの娘だが、メイドがこんな楽しそうにしている姿は、見たことがない」

「グロッサリア男爵家だんしゃくけは地方貴族ですからね。主従といっても形式的なものですよ」

「貴公の実家は、間もなく子爵家ししゃくけになるのでは?」

「それは実家の問題です。俺には関係ありません」

「……自由でうらやましいことだ。それでは──」


 デメテル先生は、テーブルに羊皮紙ようひしの束を置いた。

 同時に、俺はマーサとレミーにうなずく。2人は気を利かせて席を外してくれる。

 階段を上がる音がする。自室に戻ったようだ。


「『エリュシオン』探索についての説明を始める」


 それを確認して、デメテルさんは話し始めた。


「ユウキ=グロッサリア。あの巨大ダンジョンについて、どのくらい知っている?」

「今、探索が許されているのは第4階層までであること、第3階層に『聖域教会』の連中が立てこもった跡地があること、第3階層までクリアするとC級魔術師になれることくらいですね」


 このあたりは『騎士選定試験』とオリエンテーションで説明された。

 あと、アイリスとオデットから聞いた情報も混じっている。


「各階層について説明する。第1階層は最上層エリア。弱い魔物とアンデッドがいる。第2階層は入り組んだ迷宮だ」

「第1階層より強力な魔物がいるんですよね?」

「ああ。第1階層を無傷で突破できる力があれば、なんとかクリアできるだろう。問題は第3階層だ。ここは『八王戦争』で『聖域教会』が最後まで立てこもったエリアになっている」


『聖域教会』の最後の地か。

 いや、残党が北に逃げたのなら、奴らはここで終わらなかったんだろうけど。

 だけど、多くの人間がここで最期を迎えたのは間違いない。


 俺はテーブルに置かれた羊皮紙を見た。

 第3階層以降は、これまでとまったく違うエリアになっているらしい。


 地上のような草原があり、地面にも起伏がある。川まで流れている。

 そんなことが、羊皮紙に描かれていた。

 空間が歪んでいるのは知っていたけど、どういう場所なんだ。『エリュシオン』というのは。


「第3階層には強力な死霊しりょうも現れる。生前の身体の一部を維持している者もいるようだ。魔物もかなり強力になっている。私も……死にかけたことがあるくらいだ」

「デメテル先生も?」

「なんとか踏破とうはして、C級魔術師にはなれたがな」


 デメテルさんは苦笑いした。

 話を聞くと、かなり危険な場所のようだ。

『王騎』を持って行ければ楽なんだが……そういうわけにはいかないか。


「それで、第4階層についてだが──」

「その羊皮紙ようひし、ほとんど白紙ですね」


『エリュシオン第4階層』というタイトルの下には、文字が数行あるだけ。

 あとはなにも描かれていない。


「現在……第4階層を踏破した人間はいないのだ」

「だから第4階層より下には、まだ『古代器物』や『古代魔術』残っている、ということですか」

「カイン殿下は、そのようにお考えのようだ」

「ひとつ聞いてもいいですか?」

「ああ。構わない」

「『聖域教会』の連中は、どうして第4階層まで逃げなかったんでしょうね?」


 単純な疑問だ。

『聖域教会』は第3階層まで追い詰められて、全滅した。

 でも、立てこもって全滅するくらいなら、第4階層まで逃げればよかったんじゃないだろうか。

 そうすれば、逃げるチャンスもあったと思うんだが。


「わからない」


 デメテル先生は腕組みをして、うなずいた。


「当時の戦いの記録は散逸してしまった。ただ、攻め手も第4階層への入り口は塞いでいただろう。それに、第4階層はまだ未踏破だ。仮に、奴らが下に逃げていたとしても、その遺体も遺物も見つけようがないのだよ」

「逃げていた可能性はある、ということですか」

「……そうだな。だが、どうせ死んでいるだろう。200年前の話だ」

「……ですよね。100年も200年も生きる人間はいませんからね」


 俺とデメテル先生は顔を見合わせて、笑った。


「探索開始は20日後だ。参加者はそれまでの間に、準備を済ませることになる」

「準備期間、ですか」

「具体的には、探索パーティのメンバー集めだな。リーダーであるあなたが、地下への探索たんさくメンバーを決めたまえ」

「アイリス殿下とオデットさまが、加入を希望されていますが」

「オデット=スレイは問題ないだろう」


 だろうな。

 でなければ、あの場にオデットが呼ばれるわけがない。

 実際のところ、俺はオデットとセットで、『エリュシオン』探索の依頼を受けたのだと思ってる。


 オデットは冷静な判断力を持っている。

獣王ロード=オブ=ビースト』との戦いでも、その判断力で、コウモリ軍団を指揮して戦ってくれた。

 彼女がついてきてくれれば、探索たんさくも楽になるはずだ。


「ただ、アイリス殿下が同行されるためには、王家の許可が必要になるな……」

「それは殿下の方で申請しんせいするそうです」


 申請が通るかどうかは半々、だそうだが。

 俺としては、アイリスにはぜひ来て欲しいんだが。

 ……放っておくと、なにをやらかすかわからないからな。アリス・・・は。


 ただ、その変な行動力は、ダンジョン探索で意外な効果を発揮するかもしれない。

 あいつの才能は評価してるんだ。前世から、ずっと。


「アイリス殿下とオデット=スレイはそれでいいとして、他にも荷物持ちポーターや盾となる前衛を連れて行くことをお勧めする。

 メンバーは王都の『冒険者ギルド』で見つけるといいだろう。『魔術ギルド』と『冒険者ギルド』は提携ていけいを結んでいる。名前を言えば、良質な冒険者を紹介してくれるはずだ。こちらでも声をかけておく」

「ありがとうございます。明日にでも行ってみます」


 俺が言うと、デメテルさんは満足そうにうなずいた。

 ぶっきらぼうだけど親切な人だ。 


「最後に、今回の探索に先立って、あなたに新しい『古代魔術』をお教えすることになっているのだが、なにか希望は?」

「『古代魔術』を、ですか」

「あなたはC級魔術師になったばかりで日も浅く、研修生としてのオリエンテーションしか受けていない。使える『古代魔術』は、お兄さまから教わったものだけだろう?」

「ゼロス兄さまから?」

「そういう報告を受けているのだが」

「そうでした」


 俺はぽん、と手を叩いた。


「間違いありません。俺は故郷にいたとき、ゼロス兄さまから『古代魔術』の手ほどきを受けていたのでした」


 忘れてた。

 俺は見ただけで『古代魔術』を発動できるからな。

 その変な特性を隠すため、ゼロス兄さまが「ユウキには自分が『古代魔術』を教えた」ことにしてくれたんだ。ありがとう兄さま。


「それだけの教育の才能を持つゼロス=グロッサリアを教官候補としてスカウトするという話もあったのだが……本人には拒まれてしまったようだ」

「そんなことしてたんですか」

「ついでに、グロッサリア男爵だんしゃくに『子爵家ししゃくけへの昇格』についても伝えたのだが、気絶してしまったそうだよ」

「父さま……意外と繊細せんさいだな」


 ごめん。父さま、兄さま。

 この借りは、グロッサリア男爵家を伯爵家はくしゃくけ以上にすることで返すから。


「それは別として、あなたには『魔術ギルド』で『古代魔術』を教わる権利がある。教官は自分が担当する。なにか希望はあるかな?」

「では、氷系統の『古代魔術』をひとつ教えてください」


 俺は言った。

 元々、俺はずっと氷系統の通常魔術を使ってた。

『古代魔術』をコピーできるようになってからは火炎系を使ってるけど、氷系統の方が性に合ってる。

 この機会に覚えておくのも悪くない。


「よろしいでしょう。他には?」

「『古代魔術』の出力を弱める方法を教えてください」

「──はぁ?」


 デメテルさんの目が丸くなる。


「他人の『古代魔術』に干渉しようというのか? それに成功した人はいないはず……」

「いえ、他人のではなく、自分の『古代魔術』です」


 訂正ていせいした。

 デメテルさんはよくわかっていないようだったけれど、


「……つまり『古代魔術』の出力調整をしたいということか。強めようとする人は多いが……弱くしたいという人はいないからな、勘違いしてしまったよ」

「『古代魔術』は戦闘に特化してますからね」

「だから『魔術ギルド』が、こうして管理しているのだよ」

「だったら、魔術を弱める研究があってもいいですよね。その方が管理しやすいですから」

「確かに、そうなのだがね……」

「よろしくお願いします。先生」


 俺はデメテル先生・・に頭を下げた。

 彼女は少しとまどいっていたようだけど、うなずいてくれた。


「あなたの希望はわかった。それでは明日、こちらまで来るように」


 そう言ってデメテル先生は、俺に小さな羊皮紙ようひしを差し出した。

 それには『魔術ギルド』内にある研究室の地図と、部屋の名前が書かれていた。


「こちらが、私の研究室だ。実験用の部屋もあるので、実際に『古代魔術』を使うこともできるだろう」

「わかりました。ありがとうございます」

「それから──」


 デメテル先生は少し、口ごもってから──


「となりの研究室の前を通るときは、気をつけて欲しいのだよ」

「注意を、ですか?」

「となりの研究室は『ザメル派』の魔術師が管理しているのだよ。探りを入れようとしているのか、なにか別の目的があるのかは、わからないが……」

「了解しました。気をつけます」

「では明日、時間に遅れないように」


 そう言って、デメテル先生は帰っていった。

 しばらくして、自室にいたマーサとレミーがやってくる。


「ユウキさま。どうなりました?」

「とりあえず『魔術ギルド』関係で、荷物持ちの人をやとうことになりそうだ」

「では、こちらをごらんください」


 マーサは突然、メイド服の袖をまくって、腕を曲げた。

 日焼けしてない真っ白な、細い腕があらわになってるのだけど──


「なにしてるんだ? マーサ」

「マーサは、意外と力持ちですよ?」

「ダンジョンには連れて行かないぞ」

「ではその間、誰がユウキさまの着替えを手伝うのですか?」

「自分でなんとかするよ。トーリアス領に行ってたときだって、ちゃんとしてただろ?」

「上着のボタンが取れかかってました」

「戦ってたんだからしょうがない」

「それが原因で、ユウキさまが怪我をされたら困ります……」


 マーサは本気で心配しているようだ。

 だからって、マーサをダンジョンに連れて行くわけにはいかない。危険すぎる。


荷物持ちポーターの人に、多めに服を運んでもらうから、大丈夫だ」

「マーサは意外と力持ち──」

「それは終わった話だからな」

「レミーも意外とー」

「レミーはマーサの護衛ごえいをすること」


 こうして、俺は巨大ダンジョン『エリュシオン』の探索に行くことになり──

 その下準備としてのパーティメンバー集めと、『古代魔術』の勉強をすることになったのだった。

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