第4章

第78話「元魔王、王都で呼び出しを受ける」

 数日後、俺たちはトーリアス領を離れ、王都に戻った。

 俺とアイリス、オデットは馬車 (兵士の護衛付き)で、先に出発。

『カイン派』のエルミラさんは、他の兵士たちと一緒に『獣王ロード=オブ=ビースト』を輸送することになっている。


 帰り道は、のんきな旅だった。

 魔物も出なかったし、敵が現れることもなかった。


 俺たちは内海を渡る船に乗り、見送りに来たナターシャとオフェリアに手を振って、別れた。

 トーリアス領のことが少し心配だったが、王家の兵士が常駐することになっているし、オフェリアには犬のガルムとコウモリのクリフを護衛につけたから、大丈夫だろう。


「ガルムさん……かわいかったですわね」

「本当はオデットの護衛にするつもりだったんだけどな」

「仕方ありませんわ。北の帝国が動いている今は、『ユウキ派』にも個人的な護衛が必要ですもの」

「その『ユウキ派』って、いつ結成したんだ?」

「昨日ですわ」

「私とオデットと、オフェリアさんで話して決めました」


 オデットとアイリスは顔を見合わせて、笑った。

 ……まぁ、いいか。

 アイリスとオデットとオフェリアなら、おおっぴらに『ユウキ派』を名乗ったりはしないはずだ。

 別に他の派閥と争うわけじゃない。

 仲間うちでこっそり名乗るくらい、別にいいだろう。


 そんなことを考えながら、俺たちは内海を渡り、王都へと向かったのだった。




 そして、無事に王都に着いてから、数日後。

 俺は王宮に呼び出された。




「……あのさ、マーサ」

「仮病はだめですよ。ユウキさま」

「どうしてわかった?」

「マーサは自分のことを考える時間より、ユウキさまのことを心配する時間の方が長いですから」

「なんかごめん」

「いいです。おみやげもいただきましたから」


 俺の服のボタンを留めながら、マーサは小さな瓶を取り出した。

 トーリアスの城下町で見つけた「手荒れを防ぐクリーム」だ。

 オフェリアに店の場所を教えてもらって、あとでこっそり買っておいたんだ。


「指がすべすべになるので、レミーちゃんも喜んでますよ。ね」

「ありがとですー。ごしゅじんー」


 レミーは尻尾をふるふる振りながら、俺に飛びついてくる。

 彼女が差し出すネクタイを締めると、マーサがかたちを直してくれる。

 それからマーサは俺の髪と服のえりを直して、「おっけーです。いってらっしゃい、ユウキさま」と、笑った。


「でも、なんで俺が王さまに会わなきゃいけないんだろうな」

「トーリアス領で手柄を立てられたからではないでしょうか」

「謁見とか、おほめの言葉とかはいらないから、報酬ほうしゅうだけぽーんともらうわけにはいかないかな」

「人間って、意外と嫉妬しっとするものなのですよ?」


 マーサは指を、ぴん、と立てて、


「ユウキさまが黙ってどんどん爵位しゃくい報酬ほうしゅうを積み上げていったら、みんな『なんであいつだけ』『裏でなんかしてるんじゃないか』って、勘ぐったりするものなんです」

「だから俺がどういう手柄を立てたのか、王さまが人前で発表する必要がある、ってことか」

「そうですね」

「じゃあ、マーサもついてきてくれるか?」

驚天動地きょうてんどうちのことをおっしゃいますね」

「冷静におどろくなよ」

「なんでマーサがご一緒することに?」

「俺が成果を上げられたのは、帰る場所を守ってくれてるマーサのおかげでもあるからな」

「はい。報酬はいただきました。充分です」

「それでいいのか」

「それでいいんです。マーサは」


 マーサはメイド服の胸を押さえて、笑った。


「ユウキさまの主君はアイリス殿下で、その上には王さまがいます。だからユウキさまをほめるのは王さまの仕事です。マーサの主君はユウキさまです。だからマーサの報酬は、ユウキさまからもらうものだけで充分なんです」

「なるほど」

「わかっていただけましたか」

「ああ、つまり、俺が直接王さまにマーサの報酬を要求すればいいわけだな」

「……冗談ですよね」

「…………冗談だ」


 一瞬、真面目に策を考えたけど。


「よかったです。ユウキさまが一瞬でも真面目に策を考えられたのなら、どうしようかと思いました」

「たまに人の心を読むよな、マーサって」

『ごしゅじんとマーサせんぱいは仲良しですねー』


 そんな話をしながら、身支度を整えて──


 俺はリースティア王国の王宮、謁見えっけんの間に向かったのだった。





 ここは、リースティア王国の王宮。謁見の間の、扉の前。

 時間通りにやってきた俺は、控え室で1時間待ったあと、ここに呼び出された。


 オデットも一緒だ。

 彼女も俺と同じように正装して、俺の隣に立っている。

 小さく肩を揺すっているところを見ると、落ち着かないらしい。

 かといって……話をするわけにもいかない。まわりには衛兵がいるからな。


 だから俺とオデットは行儀良く、扉を開くのを待ち続け──


「──グロッサリア男爵家だんしゃくけ次男、ユウキ=グロッサリア!!」

「──および、スレイ公爵家長女、オデット=スレイ!!」


「「国王陛下の名において、両名の者を賞する。入られよ!!」」



 数十分が過ぎたころ、ようやく謁見の間の扉は開いたのだった。



「……おぉ。あれが、トーリアス領に攻め入った『王騎』を倒したという少年か」

「……まだ13歳と聞くが……それほどの魔術の才があるというのか」

「……スレイ公爵家の令嬢も手伝ったと聞く。また、謎の『王騎』の手助けもあったと」

「……いずれにせよ、新しい才能が伸び始めたということなのだろうな」



 玉座の間の左右には、貴族と大臣が並んでいる。

 正面にある玉座に座っているのが、この国の王だ。

 左側には第2王子でB級魔術師のカインが立っている。右側に立っているのはアイリスだ。

 第8王女のアイリスが国王の横に立つことはあまりないそうだけど、今回は護衛騎士の俺に栄誉が与えられるということで、同席することになったらしい。


「──グロッサリア男爵家次男、ユウキ=グロッサリア。参りました」

「お、同じく。スレイ公爵家長女、オデット=スレイ。ここに参りました」


 俺とオデットは玉座の間でひざをついた。

 視線が集中しているのがわかる。落ち着かない。早く帰って昼寝したい。


「……おもてを上げよ」


 言われて、俺は顔を上げた。

 玉座の間には、白髪の老人が座っている。

 あれがこの国の王、ペルガルナ=リースティアか。


「ユウキ=グロッサリアよ。まずは貴公の功績をたたえることとしよう」


 国王は言った。


「貴公は数多くの使い魔を操り、トーリアス領を襲った謎の『王騎』を倒すことに多大な貢献をした。そのために多くの魔力を失い、動けなくなっていたという話も聞いている。いずれにせよ、貴公がいなければ、我が国の北の守りであるトーリアス領が大きな被害を受けていたことは間違いない。その功績により、貴公に褒美ほうびをさずける」

「『魔術ギルド』は、ユウキ=グロッサリアをC級魔術師に任命すると内定しております」


 国王の言葉を、カイン王子が引き継いだ。


「また、ユウキ=グロッサリアの功績こうせきによって、我が王国は『王騎』を手に入れることとなりました。『王騎』そのものの調査は終了していませんが、あれが『古代器物』であることは間違いないでしょう。

 調査が終わり次第、ユウキ=グロッサリアが所属する男爵家だんしゃくけ爵位しゃくいを上げるか、あるいは君自身が新たな一家を立てるかを選ぶことができる」


 第2王子カインは、俺の方を見た。


「希望はあるかい?」

「我が男爵家だんしゃくけに、どうか、子爵ししゃくくらいを」

「──彼はそのように希望しております。陛下」

「……よかろう。のちほど、グロッサリア男爵、ゲオルク=グロッサリアに王家より書状を出すこととする。男爵本人の同意を得た上で、子爵位授与の儀式を行うこととしよう」


 国王はうなずいた。

 数秒遅れて、玉座の間が拍手の音が響き渡った。

 耳を澄ますと「……成り上がりが」「……ちっ」って言ってる声も聞こえるけど、まぁ、いいだろう。声の方向で誰が言ってるのかはだいたい分かる。警戒だけしておこう。


「それから、オデット=スレイ」

「は、はいっ!! カイン殿下!!」

「君はユウキ=グロッサリアの使い魔を誘導し、『獣王騎』を倒すのに貢献した。その功績をたたえて、準C級魔術師に任命する。より一層つとめるように」

「は、はい。ありがとうございます!!」


 さらに拍手が続く。

 よかった。オデットはC級魔術師になりたがってたものな。あと一歩だ。


 その後も褒美ほうびの話は続いた。

 グロッサリア男爵家が子爵家になったあかつきには、領土が加増されること。

 俺とオデットには、金貨が与えられること。

 俺には『護衛騎士』として、アイリスがいる西の離宮に入る権利が与えられることなどだ。


 そして、儀式は順調に進んで、終わり──



 その後で、俺とオデットとアイリスは、別室へと呼び出された。



「ここからは『魔術ギルド』のギルド員としての話になる」


 謁見の間での儀式が終わったあと、俺たちは応接室へと移動した。

 ここにいるのはカイン王子とアイリス、俺とオデット。外には数名の衛兵が控えている。


「君たちは知っているのだろう? まもなくすべての『古代器物』の封印が解ける、という話を」


 前置きもなしに、真剣な表情でカイン王子は言った。

 最初にうなずいたのはオデットだった。それからアイリス。最後に俺。

 どのみち、俺たちが『獣王騎』の使い手のアジトに行ったことはバレている。

『古代器物』の封印についての情報を知っていることも、当然、伝わっているはずだ。


「存じております、殿下。今回の敵のアジトに、それに関する情報がございました」

「そうだね。オデット=スレイ。だが、わかっていると思うが、私たちが所有している『古代器物』は、それほど多くない。仮に『聖域教会』の残党が、大量の『古代器物』を所持しているとしたら……奴らは計り知れないほど、強大な敵ということになる」


 それについては俺も考えた。

 大昔の戦争のあと、『聖域教会』の連中が『古代器物』を持って北に逃げて、帝国を作り上げた可能性だ。


 当時は『古代器物』が封印されていたせいで、戦争には使えなかったらしいけれど──その封印された『古代器物』を、向こうがまだ所有しているとしたら……。


 封印が解けた瞬間に、奴らは強力な敵に変わる、ということだ。


「200年前の『八王戦争』が中途半端で終わったのは、『古代器物』が使い物にならなかったためだ。封印されていたのがその理由なら、封印が解けた瞬間に……奴らはまた動き出すかもしれない。そこで、こちらでも対策を考えたのだ」


 カイン王子は俺たちを見回して、言った。


「『魔術ギルド』すべてをあげて、巨大ダンジョン『エリュシオン』の探索を行う。今までは安全性を考えて、第4層までしか探索たんさくを許可していなかったが、その制限を外す。第1層から最下層まで、どこまで潜るのも自由とする。

 そうすることで、皆にはあの『古代魔術文明の都エリュシオン』で、『古代魔術』と『古代器物』を探してもらう」

「『エリュシオン』の全探索ぜんたんさくを許可、ですか!?」

「それは本当なのですか、カイン殿下!?」


 すごい話だな。

 帝国に対抗する力を得るために、巨大ダンジョンを開放。

 どこまで探索しても構わない。

 見つけた『古代器物』と『古代魔術』は、当然、ギルドに提出して成果にできる、ってことか。


「……で、でも、カイン殿下。『エリュシオン』は危険なのでは?」


 オデットがカイン王子の方に、震える声で問いかける。


「地下の深いところでは時空がゆがんでいるところもあると聞きますわ。そんな場所に、皆で?」

「もちろん、バラバラにというわけじゃない。チームを組んでもらう」

「チームを?」

「そうだ。C級以上の魔術師がリーダーとなり、その者の指揮のもと『エリュシオン』を探索する。どこまで潜るかはリーダーに任せる。そういう仕組みだ」


 カイン王子の目は、まっすぐに俺を見ていた。

 つまり、そういうことか。

 俺をC級魔術師にしたのも、ただの褒美というわけじゃなかった、ってことか。


 これが『カイン派』のリーダーか。

 …………油断できない相手だ。 


「ユウキ=グロッサリア。君には『エリュシオン』探索チームをひとつ、任せたい。どうかチームのリーダーとなり、『古代器物』と『古代魔術』を探し出してもらえないだろうか」


 カイン王子は真剣な表情で、そんなことを告げたのだった。

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