第77話「元魔王と王女の、お忍びデートと里帰り」
──アイリス視点──
「これはデートです。間違いなく、デートです」
アイリスは、気合いを入れて宣言した。
ここは、トーリアス城の客室。
滞在用に借りた部屋で、アイリスは外出前の着替えをしていた。
これから彼女はユウキと一緒に、お忍びで町に出かけることになる。
そのための服はオフェリア=トーリアスが貸してくれた。
彼女はアイリスが部屋に入ってすぐ、大急ぎで着替えの服を持ってきてくれたのだ。
「……でも、オフェリアさまがすごくいい笑顔だったのは、どうしてでしょう……?」
親しい仲間を見るような目をしていたような気もする。
あれはなんだったのだろう。あとで『マイロード』に聞いてみよう。
『マイロード』はぶっきらぼうだけど優しいから、すぐに味方を作ってしまう。
そういうところも大好き──と、アイリスは鏡に向かってつぶやく。
ただ、彼の味方に……女の子が多いのが気になるけれど。
そんなことを考えながらアイリスは、オフェリアの服に着替えた。
フードとマントをつけた、旅人のような衣装だ。お忍びで出かけるにはちょうどいい。
鏡に映る姿は前世の自分──アリスのようだ。
(あの頃よりは、少しだけ大人になりましたよね?)
しかも、今世の自分と『マイロード』とは同い年だ。
前世よりも成長した自分に、『マイロード』もドキドキしてくれるに違いない。
(──ドキドキしてくれるかな)
(──ドキドキしてくれるといいな……)
(──ドキドキしてくれる可能性はゼロじゃないですよね。少しはあるよね……)
そうしてアイリスは鏡を見つめて、むん、と、拳を握りしめる。
「気合いを入れましょう! 『マイロード』との初めてのデートなんだから」
前世では、町でデートをする機会なんかなかった。
当時の『マイロード』は、昼間は町に出ないようにしていたからだ。
『不死の魔術師』であることがばれないように。
こんなふうに堂々と、2人で町を歩くなんて初めてだ。
「見ててください『マイロード』。初めてのデートで、あなたをびっくりさせてあげますからね!」
着替えを終えたアイリスは、気合いを入れて部屋を出たのだった。
──ユウキ視点──
「今日は城下町の北側の通りが混んでいるようです。逆に南側は
ちょうど南側に広場がありますから、そこでおやつを食べながら景色を見るのはどうですか? そうそう、市場は南西の通りにあるようですね。まずはそっちに行ってみましょう」
「「「びっくりしました!! ユウキさま、いつ調べたんですか!?」」」
ついさっきだ。
コウモリのディック (少し遅れてついてきてた)が合流したから、犬のガルムと一緒に城下町の
風向きと雲の動きはディックから、屋台のにおいと人通りはガルムの報告でわかった。
お忍びとはいえ、アイリスを連れて歩くんだからな。
『
「……さすがは『トゥルー』……いえいえ、ユウキさまです」
「……ユウキ=グロッサリアさまがいらっしゃれば……他の護衛など必要ありませんね」
オフェリアとナターシャはため息をついた。
2人はそう言うけれど、もちろん俺以外の護衛も準備してある。
アイリスには俺が、オフェリアとナターシャには、ディックとガルムが護衛につくことになっている。2匹にも、ちゃんと説明済みだ。
「いいな。さっき教えた『
『わぅん! わかっております。おふぇりあさまとなたーしゃさま、まもるです』
『仲間と一緒に、いんそつするですー』
ガルムが吠えて、ディックは俺の肩の上でうなずいた。
「オフェリアさま。では、俺の使い魔をお預けします。この者がオフェリアさまと、ナターシャさまを確実に護衛するはずです」
俺はガルムを抱き上げて、オフェリアに渡した。
オフェリアは俺とアイリスを不思議そうに見比べていたけど、ふと、俺の耳元に顔を近づけて、
「……『トゥルー・ロード』と……王女殿下は……秘密の関係……ですか?」
「……そうだな。詳しい話は言えないが、オフェリアの知る伝説に関係していると考えて欲しい」
「……わかりました。よくわかりました」
オフェリアは、こくこく、こく、とうなずいた。
「わたしは『トゥルー・ロード』に、忠誠、誓ってます。お手伝い、します」
「買い物に行くだけだから、無理しなくていいぞ」
「いいえ」
オフェリアは首を横に振った。
それから、真剣な顔で俺を見上げて、
「『トゥルー・ロード』の秘密を守るの……歌姫の使命、です。がんばります」
「そうか。ありがとう。助かる」
「はいです」
『わぅん』
オフェリアがうなずいて、よくわかってなさそうなガルムが吠えた。
これで準備は万全だ。
そうして、俺たちはこっそりと、トーリアスの城下町へと出かけたのだった。
俺たちはまず、市場を回ることにした。
ディックとクリフが偵察した通り、城下町の南側は、比較的空いているからだ。
南側は商人や貴族が扱う店が多い分、人通りも少なく、治安がいいらしい。
「王女殿下、お手をどうぞ」
「ひゃ、ひゃい!」
噛み噛みのアイリスの手を取って、俺は通りを歩き出す。
こうしてれば、アイリスが勝手にどっか行くことはない。
ナターシャとオフェリアは、俺たちの少し後ろを歩いている。足元にはガルムがいて、まわりをしっかり警戒してる。
ディックは建物の
さらにディックが味方にした『トーリアス領コウモリ軍団』があちこちの建物の影に隠れてる。
こないだ『獣王騎』と戦ったのを見ていた連中が、ディックたちを慕ってついてきたらしい。
これで警備は万全だ。
「それで、ユウキさまはどんなものが欲しいですか?」
「できるだけ日持ちしそうな
「もうちょっとロマンのあるものでお願いします」
「では、マーサ……いや、メイドの手荒れを防ぐクリームなんかどうでしょう。『カトラの花』を使えば自分で合成できるのですが、王都には生えていないので」
「
「…… (声をひそめて)そういえば知ってるか、
「…… (顔を近づけて)それはすっごく興味ありますけど、護衛騎士が
「もしかして、指輪とか
「やっぱりユウキさまと私は
さっき自分で『指輪などいかがでしょう』って言ってなかったか?
……まぁいいか。
俺はオフェリアたちに頼んで、
場所は、すぐ近くにある
ただし、ここで扱ってるのは、
お忍びだし、アイリスに大金を使わせる気もないから、俺はそれで構わない。
さっそく案内してもらって、店先をのぞいてみると──
「……これは『ラピリスの石』のペンダントか」
小さな青い石がついたペンダントが目に留まった。
『ラピリスの石』は、
昔、ライルとレミリアの結婚祝いに渡したことがある。
ただ、この店に並んでいるのは、それとは比べものにならないくらい、純度の低いもの。
値段も安い。俺の財布の中身でも充分買えるな……。
「すいません。この『ラピリスの石』のペンダントを──」
「ふたつくださいっ!」
俺の言葉が終わる前に、アイリスが
「……もー。私がプレゼントすると言ってるじゃないですか。なんでお金を出そうとするんですか」
「……いや、つい」
「それに……これって、レミリアお母さんがペンダントにしていた石ですよね。『マイロード』がくれたって聞いてます」
「なんだ、覚えてたのか」
「はい。もちろんです。えへへ」
アイリスは銀貨と引き換えに、『ラピリスの石』のペンダントを受け取った。
片方を俺に渡して、背伸びして、目を閉じる。
着けてください、ということだろうな。
俺は鎖をアイリスの首の後に回して、留め金を閉じた。
銀色の鎖は、アイリスの髪の色と同じだからか、よく似合ってる。
「……『マイロード』……いえ、ユウキさま」
「俺はあとでいい」
「えー」
「行くぞ──じゃないか、行きますよ。アイリスさま」
俺はアイリスの手を引いて歩き出す。
ナターシャと、気を利かせて姉の目をふさいでいたオフェリアがついてくる。
すでにオフェリアは完全になにかを察しているようで、楽しそうに笑ってる。
ナターシャは不思議そうに首をかしげてるけどな。
それからしばらく、俺たちは
南の広場に着くころには、雲は晴れて、東の山もきれいに見えるようになっていた。
「……あれが、村のあった山……ですか」
アイリスは広場の地面に座り、ぼんやりと東の山を眺めていた。
オフェリアとナターシャは気を利かせたのか、少し離れたところに座っている。
俺はアイリスの隣に座って、小さな袋を差し出した。
アイリスは、袋を受け取ると、びっくりしたような顔になり──
「このにおいは……お手製の焼き菓子ですね!?」
「よくわかったな」
「『バニルララ』のにおいがしますから、わかります。もしかして、出かける前に作ってくれたんですか?」
「ああ」
この焼き菓子は作るのが簡単な代わりに、あまり日持ちしない。
だから出かける前に
「この菓子に使ってる『バニルララの花』は、お前の家の庭で摘んできたものだ」
「私の……アリス=カーマインの家で……ですか」
「こないだ里帰りしたついでにな。あれはアリスが植えたんだろ?」
「は、はい。でも……」
アイリスは焼き菓子をかじってから、少しだけ不満そうに、
「あれは転生したあと、私とマイロードの結婚式のケーキを作るときに使おうと思って植えておいたんですけど……」
「そうだったのか?」
「で、でも、いいです。こうしてふるさとを見ながら、懐かしいお菓子が食べられたんですから」
「みんなで勉強してたとき、アリスはいつも一番に問題を解いて、お菓子を要求してたよな。まだ焼き上がってないのに」
「あれは『マイロード』のお手伝いをして、できるだけ長く一緒にいるためだったんです」
「知らなかった」
「今度は、忘れないでくださいね」
「ああ。約束する」
「でも……うれしいな。こうして200年前と同じように、お菓子が食べられるなんて」
アリスは、ことん、と、俺の肩に頭を乗せた。
「この時代で『マイロード特製お菓子』を食べたのは、私が最初ですから……」
「……いや、オデットとオフェリアにも食べさせたけど」
「……むぅ」
「お菓子作りの腕がなまってないか実験──って、なんで怒る?」
「怒ってません。オデットとオフェリアさんのために作ったのなら、怒れないじゃないですか。もーっ!」
結局、俺が頭をなでるまで、アイリスの機嫌は直らなかった。
同じ広場の、少し離れたところにいたナターシャは、オフェリアに目と耳を順番にふさがれて、大変だったようだ。ありがとうオフェリア。
オデットと『カイン派』のエルミラさんは、その日の夜に戻って来た。
全員そろったところで、『獣王騎』撃退と、アイリス殿下を歓迎するパーティが行われることになり、城中が大騒ぎになった。
みんなお酒を飲みまくって、夜中には潰れてしまったらしい。
俺もアイリスも早めに会場を出たから、そのあたりはわからないけど。
ただ、エルミラ=ロータスさんと、王都からの兵たちが酔い潰れるところは見た。
城の警備が、少しだけゆるんだところも、どこが手薄なのかも、使い魔の報告で確認した。
だから──
「『
俺がこっそり、城を抜け出すのは簡単なことで──
俺が『使い魔召喚』を実行すると、地面に魔法陣が生まれた。
眷属になったアイリスを召喚した時と同じだ。
少し大きめの魔法陣の中から、翼をたたんだ『漆黒の王騎』が現れる。
それをまとって、俺は最高速度で『フィーラ村』に向かった。
そうして俺が『フィーラ村』に着いたのは、日付が変わる少し前。
ふたたび古城に『黒い王騎』を隠して、っと。
「召喚魔術を発動する。来たれ我が
俺は『フィーラ村跡地』に、アイリスを召喚した。
魔法陣の中から、寝間着をしっかりと押さえたアイリスが出現する。
「作戦成功ですね! マイロード」
アイリスは俺を見て、手を叩いて笑った。
それから俺とアイリスは、ふたりで、『フィーラ村』の跡地を見て回った。
人は誰もいなかったけれど、コウモリ軍団が俺たちを出迎えてくれた。
なつかしい古城と、ライルの家、集会場をふたりで回り──最後に村の中央で、アイリスは足を止めた。
「ここは200年前に、ライルお父さんが、レミリアお母さんにプロポーズした場所ですね」
「プロポーズを受け入れてもらった場所だろ。ライルの奴、レミリアに50回は結婚を申し込んでたから」
「ですね。なので、私もそれに
アイリスが背伸びをしたから、俺は少しだけ身体を屈めた。
それからアイリスは俺の首に腕を回して、昼間買ったペンダントを着けた。
「ちゃんと、私をお嫁さんにしてくださいね。『マイロード』」
「ああ。わかってる」
「私を置いて人間の世界からいなくなったら、王女の権力で探し出しますからね」
「置いていくわけないだろ」
「ですよね」
「お前は、俺の……大事な家族なんだからな」
「……マイロード」
「あと、アイリスって放っておくと、むちゃくちゃ危なっかしいし」
前世の記憶を取り戻す前だって、普通に男爵領の山に入り込んできてたからな。
普通、ああいうのは部下にやらせるはずなのに。
王女のくせに、本当にあぶなっかしいんだ。アイリスは。
「……ふ、ふーんだ。そうやって子ども扱いできるのも、今のうちですからねーっ」
アイリスはそう言って、ぺろり、と舌を出した。
「いつか立派なレディになって、マイロードに『見違えたよ。大人になったな、アイリス』って言わせてみせるんですから!!」
ここにいないライルとレミリアに誓うみたいに、アイリスはそんなことを宣言したのだった。
それから俺たちはもう少しだけ、村を見て回り──
夜が明ける前に、俺はふたたび『
「来たれ我が
召喚したアイリスを、城へと送り届けた。
俺は『
アリバイは、アイリスとオデットが適当にでっち上げてくれるはずだ。
「おやすみなさい。色々面倒をかけてごめんなさい『マイロード』」
そう言って部屋に戻ったアイリスの手が、土まみれだったのは気になったけど。
それから再び俺は『漆黒の王騎』で『フィーラ村』へ。
古城で昼まで眠ってから、城へ帰ることにした。
村を離れるとき、
「……アイリスの指が土まみれだったのは、これのせいか」
村の広場の地面に、指で『マイロードとアリス=カーマインは、ここで婚約しました』って書いてあるのが気になったけど──
「……まぁ、いいか」
『いいのですー』『コウモリ軍団も、気に入りましたから』『見てますー』
結局、文字はそのままにして、俺はみんなのところに帰ることにしたのだった。
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