第76話「元魔王と王女、後始末のあとで出かけることにする」

『ザメル派』の魔術師が『王騎ロード』の所有権を主張しているというから来てみれば──


「武器庫にたてこもって脅迫きょうはくって、子どもかよ」


 まったく。

 これじゃ『聖域教会』と変わらないじゃねぇか。


「じ、自分は、魔術師とこの国の未来のために……」


「話は後で聞きます。さっさと歩きなさい」

「ろくでもない魔術師がいたものだ。まったく」

「……ユウキ=グロッサリアさまがいなかったらどうなっていたことか」


『ザメル派』の魔術師は、トーリアス領の兵士に引っ立てられていった。

『魔術ギルド』から派遣されてきたとはいえ、他領の武器庫にたてこもって暴れたんだ。弁解の余地はない。

 これから奴は牢屋に入れられて、ギルドから引き取り手が来るのを待つことになるそうだ。


「お疲れさまでした。ユウキさま」

「アイリス……いえ、殿下でんかの方がお疲れでしょう」


 俺とアイリスは武器庫の隅で、兵士たちが後片付けをするのを眺めていた。

 お互い、まわりの人たちに聞かれないように、小声で話してる。


 俺たちの目の前で『獣王ロード=オブ=ビースト』は鎖でぐるぐる巻きにされ、武器庫の柱に縛り付けられた。大きな錠前もついてるから、もう、勝手に持ち出すことはできない。


 お手柄のガルムは、アイリスに背中をなでられて、気持ちよさそうにしている。

 とにかく、大事にならなくてなによりだ。


『ザメル派の魔術師で「獣王騎」の所有権を主張している』という報告を受けたあと、俺とアイリスは即座に出発した。

 嫌な予感がしたからだ。

『古代器物』がらみのトラブルには、いい思い出がないからな。前世から。


 本当はさっさと飛んで行きたかったが、王女を抱えて空を飛ぶのは目立ち過ぎる。

 アイリスはそのつもりだったようだが、オデットに怒られた。

 だから、俺たちは馬に乗ってここまで来た。


 とりあえず馬 (エディという名前だった)には『魔力血ミステル・ブラッド』を与えて、一時的に使い魔になってもらった。

 移動中は、俺が『飛行』スキルを使って、アイリスとガルムを抱えて浮かんでた。

 エディにはただ、引っ張ってもらっただけだ。

 馬のエディは疲れ知らずに、一気にトーリアスの城まで突っ走ってくれた、というわけだ。


 城についた俺たちは兵士をつかまえて、武器庫の場所を確認した。

 そのまま俺とアイリスは窓の方へ。

 ガルムには兵士と一緒に通路の方から、武器庫に向かってもらった。

 あとは俺とアイリスが奴の注意を引いているうちに、ガルムがこっそり『獣王騎』の中へ。

 不意打ちで奴を倒して、おしまいだ。


「しかし、『ザメル派』に『カイン派』の派閥争いか、『魔術ギルド』も面倒なんだな……」


 俺が言うと、アイリスは困ったような顔で、


「A級魔術師ザメルさまは、『古代器物』のレプリカを作るのを目的とされています。そのための研究チームを作ってる、って聞いたことがありますから」

「そのために『獣王ロード=オブ=ビースト』を手に入れようとしたのか」

「ザメルさまは『霊王騎』も管理されてるはずなんですけどね」

「欲張りすぎだろ。いくらなんでも」

「ちなみに『カイン派』は『古代器物を、ふさわしい者の手に』がモットーらしいです。たぶん、この『獣王騎』も、使いこなせる人を探して、国の守りに使うんでしょうね」

「そっちの方がまだましだな」


 この王騎はさっさと持って帰って、ギルドに提出しよう。

『魔術ギルド』に『古代器物』を差し出すと、報酬として爵位しゃくいが上がるはずだ。


 俺の目的は家の爵位を上げて、アイリスの婚約者になることだ。

 そうすれば彼女を保護しやすくなるからな。

 正直、アリスの転生体のアイリスを王宮に置いとくのは、色々と危ない。アイリスを嫌ってる姉妹もいる上に、正体がばれる可能性もある。

 だからさっさと引き取りたい。『獣王騎』をギルドに提出するのは、その第一歩だ。


 といっても、爵位が上がるまでには、多少の時間はかかるらしい。

 この『古代器物』を王家と魔術師が総出でチェックして、本物だと認めてからになるそうだ。


「けれど、今回の事件は『ザメル派』にとって大きなダメージになります。『獣王騎』は『ザメル派』にはいかないでしょうね」

「『カイン派』行きか」

「ですね」

「本当は封印して欲しいけどな……帝国がちょっかいを出してきている以上、対抗するために『王騎』が必要になるか。だから『カイン派』と『ザメル派』に、ひとつずつ、ってことになるんだろうな」


 帝国の件も、さっさと片付いて欲しいもんだ。

 そうすれば俺は『古代魔術』の勉強をして、さっさと人の世界からドロップアウトできる。

 俺の成長が止まって、人間らしさにボロが出る前に。


 そんなことを話しながら、俺とアイリスは武器庫を出たのだった。





「ありがとうございました。ユウキさま、アイリス殿下」


 廊下では、オフェリアとナターシャが待っていた。

 オフェリアは俺たちの姿を見ると、問答無用で廊下に膝をつき、頭を下げた。


 俺に向かって・・・・・・


「オ、オフェリア!? 王女殿下を差し置いてユウキさまに礼をするのはおかしいですよ!?」

「トーリアス伯爵家は悪者に『獣王騎』を奪われるところでした。悪い魔術師が火炎魔術を使っていれば、武器庫の油壺に引火し、犠牲者が出ていたかもしれません。それを未然に防いでくださったのはユウキ=グロッサリアさまです。まずはこの方に、お礼を申し上げるべきでしょう」

「でもでも……オフェリア」

「無礼だとおっしゃるなら、処罰しょばつはいくらでもお受けします。王女殿下、姉さま」

処罰しょばつなどするはずがございません」


 アイリスはそう言って、ほほえんだ。


「『魔術ギルド』の指示とはいえ、魔術師を連れてきたのはは私です。ならば、このアイリス=リースティアこそが、ユウキさまにおびをするべきでしょう」

「……アイリス殿下」

「……殿下は……なんと謙虚けんきょなお方なのでしょうか」


 違うぞ。オフェリア、ナターシャ。

 アイリスのやつ、唇に指を当ててうなずいてる。

 あれはアリス・・・が変なこと考えてるときのくせだ。


「俺はアイリス殿下の『護衛騎士ごえいきし』です」


 とりあえず先回りして、言ってみた。


「その俺に対して殿下が責任をお感じになる必要はございません」

「それでは私の気が済みません……そうだ。いいことを思いつきました」


 アイリスはすごくいい笑顔で、ぽん、と手を叩いた。


「お詫びの印に、私がユウキさまにプレゼントを差し上げるというのはどうでしょうか」

「プレゼント?」

「ずっと昔から──いえ、ユウキさまとお会いしてから、私はあなたに、贈り物をしたかったのです。今までユウキさまにしていただいたことへ、少しでも恩返しをするために」

「……アイリス殿下?」

「すばらしいです! 殿下! そこまで『護衛騎士』であるユウキさまのことをお考えとは!!」


 だから違うぞ。オフェリア、ナターシャ。

 アイリスのやつ、ふっふーん、て、かすかに鼻を鳴らしてる。

 あれはアリスが・・・なにか企んでるときのくせだ。


 いや、よく見るとオフェリアの方は、不思議そうな顔でこっちを見てるな。

 彼女は俺の正体を知ってる。

 そのせいで、俺とアイリスについて、なにかを察したようだ。


「オフェリアさま、ナターシャさま。よろしければ、町を案内していただけませんか?」

「町を?」「アイリスさまに、ですか?」

「お忍びで町を回り、ユウキさまへのプレゼントを選びたいのです。できれば、ユウキさまもご一緒に。それと──」


 アイリスはふと、俺を方を見て、


「トーリアス領の城下町からは、山々がよく見えるとうかがっております。風光明媚ふうこうめいびな土地を、親しい方々とゆっくり歩いてみたい、そういう希望もあるのです」


 そう言ってスカートをつまんで、俺に向かって一礼した。


 そういえばアイリスは『護衛騎士と合流して、片時も離れるな』という命令を受けているんだったな。

 俺が同行しないわけにはいかないか。

 それに、アイリスが町を歩きたいという理由は、なんとなく予想がつく。


 トーリアスの城下町からは、『フィーラ村』があった山がよく見える。

 アイリスはあの場所を、遠くからでも、じっくりと見たいんだろう。

 馬車の中ではそういうわけにもいかなかっただろうし、俺との移動中は、そんな余裕もなかったから。


 俺がアイリスを連れて、一緒に『フィーラ村』まで飛んでいければいいんだが……。

 あとで『カイン派』のエルミラさんを出し抜く方法を考えておこう。


「かしこまりました。同行させていただきます。殿下」


 俺は言った。


「殿下からプレゼントをいただくくのは、『護衛騎士』として身に余る光栄ですから」

「ありがとうございます。ユウキさま」


 アイリスはなぜか照れたように、頬を押さえて、


「そ、それで。なにか欲しいものはございますか? なんでも言ってください。指輪などいかがでしょう。おすすめです!」

「あまり高価なものをいただくわけにはまいりません」


 俺は首を横に振った。


「王都で留守番している者たちへのおみやげか……あるいは、面白そうなものでもあれば充分ですよ。殿下」

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