第75話「魔術師の主張と、怒れる歌姫」

 ──翌日、トーリアスの城で──




 トーリアス城の奥に、城主であるトーリアス伯爵と、娘のナターシャとオフェリア、それと兵士たちが集まっていた。

 彼らの前には、開いたままの大きな扉がある。

 その先は、城の武器庫だ。


 部屋には剣やよろい、槍、弓矢などが収められている。城の防備に使う油壺などもある。

 中は広い。多くの兵士たちが入れるようにするためだ。

 天井近くには明かり取りの窓があり、淡い光を落としている。


 そして、武器庫の中央には、ひときわ大きな赤いよろいが転がっている。

 数日前にトーリアス領を襲った『獣王ロード=オブ=ビースト』だ。


 それを囲むように、王都から来た兵士が立っている。

 全員、気まずそうに下を向いていた。

 彼らのリーダーである青年が、城主の指示を無視して、勝手に『獣王騎』を調べているからだ。


「もうおやめください! いくら『魔術ギルド』の方でも、他領の武器庫を勝手に調べる権利などないはずです!!」


 トーリアス伯爵はくしゃくは叫んだ。


「それに、その『獣王騎』は、ユウキ=グロッサリアさまのお力によって倒したもの。調べるなら、せめてあの方が戻るのを待つべきでしょう!?」

「黙りなさい。これは高度に魔術的な判断だ」


 青年は『獣王騎』から顔を上げて、答えた。


「帝国に対抗するには力を集めなければいけない。力を集めるならば『魔術ギルド』の最大派閥さいだいはばつである、『ザメル派』が最優先だ。ゆえに『獣王騎』は、我らの管理下におくべきなのだ!」

「ギルドの派閥争いを、我が領土に持ち込まないでください!!」

「今は非常時だ。時が惜しい。道を開けろ!!」

「なにをなさるつもりですか!?」

「この『獣王騎』をA級魔術師ザメルさまにお届けする。ザメルさまは『王騎ロード』を元に、レプリカを作られるおつもりだ。これが成功し、レプリカの数がそろえば、帝国を攻め取ることもできよう!!」


 ザメル派の青年は叫んだ。

 王都から来た兵士は手にした盾を、トーリアス領のものたちに向けている。

 彼の命令に従うように指示されているのだろう。全員、暗い表情だった。


 やがて青年は、荷車を用意しろ、と叫びはじめる。

 本気で『獣王騎』を運び出すつもりなのだとわかり、トーリアス伯爵の顔が青くなる。


「……お姉さま」

「……どうしたの。オフェリア」


 トーリアス領の姫君、オフェリアとナターシャは、通路の隅で視線を交わした。

 ナターシャの顔は青ざめていたが、オフェリアは平然としている。

 そんな妹の反応が不思議で、ナターシャは彼女の顔をじっと見つめてしまう。


「オフェリア……あなた、変わった?」

「わたしは伝説を歌う者です。そして最近、その伝説が正しいことがわかりました。だから、私は強くなったんです。姉さま」

「伝説が……正しい?」

「あとで歌ってさしあげます。あの方に許していただけるなら、お話もしましょう」


 オフェリアはドレスの胸元を押さえた。

 不思議だった。

 彼女のドレスの胸元が、かすかに動いているような気がしたからだ。


「ですが今は、我が主の財を奪うものをこらしめなければ」

「オフェリア……なにをする気?」

「いえ、そろそろ時間かと思いまして」


 オフェリアは目を閉じ、かすかに微笑んだようだった。


「調査に向かったあの方に、早馬が届くまで半日。あの方ならば、半日でここまで戻られましょう。ですが、あの方はこの世界の人として振る舞うことを望んでおられます。となると、急いで馬で1日。そろそろ……いい頃でしょう。ね、クリフさん・・・・・

『……キィキィ』


 オフェリアのドレスの胸元が、もぞもぞ、と、動き──小さなコウモリが顔を出した。


『キィ! キキィ!!』

「ええ。わたしも怒っております。あの方が手に入れた『獣王騎』に、許可なく触れるなど許せませんから。配下としてできることをしましょう」

「オフェリア? あなた、一体なにを!?」

「姉さまは、お父さまに伝えてください。わたしとクリフさんがすきを作ります。その間に、狼藉者ろうぜきものを取り押さえてください、と」

「……え、ええええ?」

「早く! 敵に気づかれます!」

「わ、わかったわ」


 ナターシャが伯爵の方に走り出す。

 それを見たオフェリアは祈るように手を合わせて──歌いはじめた。




「王の財貨は民なり──」


 透き通るような声が、城の廊下に響き始める。


「──民が王をあがめ見る。王とは愛すべき守り神。守り神は民とともにあり、されど民は、守り神にすべてを残したい。なにひとつ傷つけず、受け取ったものへの感謝とともに──」

「なんだ!? なにを歌っている!?」


『ザメル派』の青年が騒ぎ出す。

 王都の兵士たちも、驚いたようにまわりを見回している。

 トーリアス領の歌姫、オフェリア=トーリアスが歌いながら、武器庫に向かって歩いてきたからだ。


「──ゆえに民は、守り神の財を奪う者を許さない。それはあなたが触れていいものじゃない。王都より来た盗賊とうぞくさん。そこから離れ、帰りなさい──」

「──なに!?」

「あなたに、その鎧に触れる権利は──ないです。いますぐ、離れて──」

「ふ、ふざけるな! 魔術の奥深さも知らぬ小娘が!!」


『ザメル派』の青年がオフェリアを指さした。

 その瞬間しゅんかん──




『キキ──────ッ!』


 オフェリアのスカートから飛び出したコウモリが、青年の顔に体当たりした。


「──ぶ、ぶはっ!?」


身体強化ブーステッド』はしていないとはいえ、クリフも『魔力血ミステル・ブラッド』を受けた使い魔だ。

 全力で体当たりすれば、小柄な魔物くらいは吹き飛ばせる。

 その一撃を顔面に食らった青年は、鼻血を拭きだして倒れ込む。


「父さま!!」

「ものども! 『魔術ギルド』の青年を取り押さえよ!!」


 ナターシャとトーリアス伯爵の合図で、兵士たちが駆け出す。

 王都から来た兵士たちは、それを見て──一斉に武器を下ろした。

 彼らは青年に逆らえなかっただけ。最後まで付き合う義理はないのだろう。


「……どうしてわからないのだ。これほどの『古代器物』を前に、魔術師が我慢できるわけないだろう……?」


 鼻血を押さえながら、青年は『獣王騎』に手を伸ばした。

『獣王騎』の背中は大きく開いている。

 身体をすべりこませれば、これを身にまとい、動かすことができるはずだ。


「この『王騎ロード』を持ち帰れば……ザメルさまに評価していただける。自分が使いこなすことができれば、もしかしたら……無敵の存在に……」

「なれないと思うぞ。『王騎』って、魔力を馬鹿食いするからな」


 突然、頭上から声がした。

 青年が顔を上げると、いつの間にか、武器庫の窓が開いているのが見えた。

 その窓のところに、小柄な少年が立っている。


 知らない顔だった。『ザメル派』でも『カイン派』でもないのだろう。

 無名の、どうでもいい存在だ。

 だが、隣に立っている銀色の髪の少女は──


「王家の兵に命じます。その者を取り押さえなさい!」


 少女──アイリス=リースティア王女はりんとした声で、告げた。

 隣にいる少年は、トーリアス伯爵たちの方を見ている。うなずいているのは、なにか指示を出しているのだろうか。

 歌姫は歌い続けている。「──偉大なる者の使者が通ります。道を開けなさい」と。

 アイリス王女が来たことを、兵士たちに思い知らようとしているかのようだ。


 まずい、と、青年は考える。

 彼も貴族だ。辺境の貴族ならともかく、王家を敵に回すわけにはいかない。

 ここは『獣王騎』をまとって逃げるしかない。これを確保すればなんとかなる。


 そう思って青年は、深紅の『獣王ロード=オブ=ビースト』に手を掛けた。

 中を見た。



 犬がいた。



『わぅわぅ。わぅ────っ!!』

「なんだと────っ!? ぐはああああああっ!!」


 青年の身体に衝撃しょうげきが走った。

『獣王騎』の中から飛び出してきた犬が、青年のどてっぱらに体当たりしたのだ。

 相手は子犬より少し大きいくらい。

 なのに、青年の身体は宙を舞い、そのまま吹き飛ばされた。


 だん、と地面に叩き付けられて、青年はまわりを見回した。

 王家の兵士も、トーリアス伯爵家の兵士も、おどろいている。

 冷静なのはただひとり、犬が通りやすいようにスカートを引っ張りあげた、歌姫の少女だけだ。


「……まさか、さっき頭上の少年が話しかけてきたのは、自分の気を引くため……? 犬は……あの少女の足元から…………来た……のか?」


 武器庫には剣や槍、城壁に取り付いた敵兵を落とすための油壺あぶらつぼもある。

 攻撃魔術は使いづらい。だから彼もここを占拠せんきょできたのだ。


 でも、まさかこんなつまらない使い魔の攻撃を受けるとは思わなかった。

 コウモリと犬に突き飛ばされて、こんな、無様な……。


「ふざけるな!! 犬を!? 偉大なる『古代器物』に、犬を入れるなどと!!」

「悪いな。その『古代器物』を倒したのも、うちの使い魔なんだ」


 少年はアイリス王女を抱いて、ふわり、と、武器庫に降り立った。


「ご苦労だったな。クリフ。ガルム」

『キィキィ』『わぅぅぅ』


 コウモリと小さな犬が、うれしそうに少年の元にやってくる。

 そして少年、『ザメル派』の青年を見据みすえて、告げる。


「アイリス殿下の『護衛騎士』ユウキ=グロッサリア。殿下と共に、トーリアス領の治安を乱す魔術師を捕縛ほばくに来た」

「改めて命じます。王都よりの来た兵よ、その者を取り押さえなさい」


 その声を聞いた青年は、反射的に逃げようとする。

 けれど──手が上がらなかった。

 よく見ると、小柄な少年の足元から氷の線が伸びて、彼の両手に絡みついている。


 基本的な魔術だ。『古代魔術』でさえない。

 偉大なる『ザメル派』の一員である自分が、どうしてこんなつまらない魔術で倒されなければいけない!?


 ──と、口に出す前に、彼は地面に組み伏せられた。


「……この『王騎』って、やっぱり封印した方がいいのかもしれないな。トラブルの元だし」

「……もったいなさすぎますよ。ユウキさまの功績こうせきとして、『魔術ギルド』に提出するのをお勧めします。今回のことはギルドの賢者会議に報告して、王騎は公正に扱うように言っておきますから」


 のんきすぎる声を聞きながら、『ザメル派』の青年は引っ立てられていったのだった。

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