第74話「ユウキとアイリス、派閥争いに巻き込まれる」

 俺とアイリスは馬車に乗り、近くの村に向かうことにした。

 そこがオデットたちとの合流地点になっていたからだ。


 馬車には俺とアイリス、それと『魔術ギルド』の女性が乗っている。

 彼女の名前はエルミラ=ロータス。

 アイリスの補佐役として、第2王子のカイン殿下がつけてくれたらしい。


「私たちは『魔術ギルド』の命令で、トーリアス領に兵士を連れてきたのです」


 馬車の中でアイリスは、自分がここにいる理由を話し始めた。


「ナターシャ=トーリアスさまと一緒に内海を渡り、トーリアスの城に入ったあと、『獣王ロード=オブ=ビースト』の話と、ユウキさまたちが敵の拠点きょてんの調査に向かっていることを聞きました」

「だから追いかけてきた、ということですか」

「はい。王家からは『護衛騎士と合流するように。片時も離れるな』との命令を受けておりますので」


 そんな命令誰が下すんだ……と、思ったら、エルメラさんはうなずいてる。

 本当にそういう命令があったのか。

 人間の王家ってわからないな……。


「それでマイロ……いえ、ユウキさまは、なぜお一人でこんな場所古戦場に?」

「ただの好奇心ですよ。王女殿下」


 俺たちはよそいきの口調で話している。

 すぐ近くに、『魔術ギルド』のエルミラさんがいるからな。

 気安く『アイリス』『マイロード』って呼びあうわけにはいかない。


 今回、アイリスのトーリアス領行きに対して、『魔術ギルド』は2名の補佐官をつけたそうだ。

 その一人がエルミラさんで、彼女はカイン王子直属の配下らしい。

 もうひとりはナターシャ=トーリアスと一緒に、トーリアス城にいるそうだ。


 エルミラさんは俺たちの話を聞きながら、穏やかにほほえんでる。

 子どもを見守る、大人の女性という感じだ。前世を含めれば、俺の方が年上だけど。


「『ヴァーラルの古戦場』の古戦場は、いまだに草木も生えない不毛の地です。どうしてあんな不毛の地ができあがったのか、魔術師として興味があるのですよ」


 そう言って、俺は話をしめくくった。

 アイリスは少し考えてから、


「『ヴァーラルの古戦場』がああなってしまった理由は、未だに謎です」

「そういえばカインさまが『魔術ギルド』の研究対象にしておりましたよ。殿下」


 アイリスの言葉を、エルミラさんが引き継いだ。


「第2王子カインさまは、この世に存在する魔術的な現象を研究対象としていらっしゃいます。『ヴァーラルの古戦場』についても、研究チームを発足させているはずです」

「すごいお方ですね。カイン殿下は」


 素直にそう思う。

 アイリスより何歳か年上なだけなのに、B級魔術師で『賢者』だからな。

 人間の成長速度にはびっくりだ。


 エルミラさんは、上司がほめられたのがうれしいのか、目を輝かせて、


「第2王子カイン殿下は、『魔術ギルド』でもトップクラスの研究者でいらっしゃいますからね。研究チームにでは、あの古戦場は強大な『古代魔術』で大地ごと焼かれたと考えられております。その影響で、いまだに不毛の地となっているのだと」

「なるほど。それだけ強大な『古代魔術』を使えば、魔力消費も大きいですからね。だから土地の魔力が枯渇こかつしたんでしょう。それがまだ回復していないから、草木も生えないのでしょうね。そこまでお考えとは、さすがカイン殿下の研究チームです。きっと土地が魔物を引きつける理由と、そこまで長時間魔力が薄くなっている理由もご存じなのでしょうね……」

「……いえ、そのような説は聞いたことがございませんが」

「……そうなんですか?」

「……ええ。研究チームはまだ、強大な『古代魔術』が使われたという仮説を立てただけで。不毛の地になっていることに土地の魔力が関係しているとは……予想外の新説なのですが」


 エルミラさんは目を丸くしてる。


「さ、さすがはアイリス殿下の『護衛騎士』です。ユウキさまは大胆な発想をお持ちなのですね」

「いえいえ。新米魔術師のたわごととして聞き流してください」

「そうそう。大事なことを忘れていました」


 不意にアイリスが、ぱん、と手を叩いた。


「ユウキさまが手に入れてくださったコインについて、大変なことがわかったのです。ユウキさまが『アームド・オーガ』の巣で見つけたあのコインは──」

「帝国のものだった、とか?」

「どうしてそれを!?」


 俺はアイリスに、『獣王騎』の使い手、フェリペ=ゲラストのことを話した。

 それと「大昔に、聖域教会の残党が北に逃げて、帝国の建国に関わったかもしれない」という仮説も。


「……ユウキ=グロッサリアさま」

「なんでしょうか。エルミラさん」

「カイン殿下の研究チームに入られるおつもりはありませんか? あなたの大胆な発想は、必ずや殿下のお役に立つと思うのですが」

「自分はアイリス殿下の『護衛騎士』です。他の方に仕えるつもりはありません」


 そういうことにしておこう。

『魔術ギルド』の上位魔術師に関わると、正体がばれるかもしれないからな。

 人間を甘く見るとえらい目にあうってのは、前世で思い知ってる。


 だから別に赤くなる必要はないからな。アイリス。

 鼻息荒くしてこっちをのぞき込むな。エルミラさん、不思議そうな顔をしてるから。


「それよりアイリス殿下。おうかがいしたいのですが」


 俺は『護衛騎士』口調のまま、アイリスに問いかける。


「今回の件に帝国が関わっているとしたら、これからどうなるんですか?」

「そ、そうですね……まずは帝国に使者を出して、今回の件について抗議をすることになるかと思います。王家としては万一のことを考え、トーリアス領に砦を建設して、国境が不穏になったらすぐに動けるようにするつもりです」

「これは提案なのですが、フェリペ=ゲラストのアジトに見張りを付けていただけないでしょうか。奴の仲間が、遺留品を回収にくるかもしれません。捕らえることができれば、情報を引き出し、証人にできると思います」

「……ですね。私の一存でなんとかいたしましょう」


 アイリスは真面目な顔でうなずいた。


「陛下も兄も、今は帝国の真意を確かめるのが最優先と考えております。誰も『八王戦争』の再来などを望みはしません。これが『聖域教会』の残党の仕業で……奴らを捕らえれば済む話であればよいと、私は願っていますよ」

「王女殿下のご意見こそ、とうといものと考えます」


 俺とアイリスは視線を合わせて、うなずきあう。

 口調は丁寧ていねいだけど、俺たちが言ってるのは「帝国ヤバイ」「証拠をそろえて真犯人を捕らえるべし」「前世みたいにトラブルに巻き込まれるのはやだ」「早めの対策を」「アリスかしこい」──ってところだ。


 ふたりとも前世では、『聖域教会』のせいで大変な目に遭ってるからな。

 同じ目に遭わないように、早めに手を打っておきたいんだ。


「必要以上に帝国を恐れる必要はございませんよ。我々は『王騎』を2体も手に入れたのですから」


 不意に、エルミラさんが言った。


「『霊王ロード=オブ=ファントム』と『獣王ロード=オブ=ビースト』……この2体を完全に使いこなすことができれば、帝国に対抗できるでしょう。それに、謎の『黒い王騎ロード』のこともあります」

「『黒い王騎』ですか」

「いったいなにものなんでしょうねー」


 俺はため息混じりに、アイリスは棒読みで答えた。

 けれど、エルミラさんは目を輝かせて、


「あれこそがカイン殿下がお望みの『完璧な王騎』かもしれません。自分はこれからトーリアス領に残り、できる限りの情報を集めるつもりでおります。ぜひとも、ユウキ=グロッサリアさまにもお話をうかがえれば、と思っておりますよ」

「それはかまいませんが……カイン殿下は『完璧な王騎』をお望みなのですか?」

「はい。カイン殿下はそれを、ご自分専用にするおつもりなのです」

「……専用に」

「『王騎』は古代魔術文明が残した、最強の『古代器物』です。それを個人で所有する権利があるのは、高貴な血を引き、魔術の才能に長けたカイン殿下以外にありえません」

「「はぁ」」


 俺とアイリスは、思わずためいきをついた。

 エルミラさんはそれに気づかずに、


「私はカイン殿下に、専用の王騎をさしあげたいのです。そのためには情報を集め、いずれは巨大ダンジョン『エリュシオン』の最奥まで探索し、殿下に最強の『王騎』を献上したい。そう考えております」


 ……興奮した口調で、そんなことを言ったのだった。







 その後、夕方近くになって、俺たちは合流地点の村へとたどりついた。

 村の入り口では、オデットと調査隊の人たちがいて──


「ユウキ? どうして馬車に……って、アイリス殿下がどうしてここに!?」

「で、殿下!? アイリス殿下がいらっしゃったぞ!!」


 オデット、びっくりしてる。

 調査隊の兵士さんたちは一斉に地面にひざをついてる。

 まぁ、いきなり第8王女殿下が来れば驚くか。


「どうか、顔を上げてください。私は王家より『護衛騎士と合流せよ。片時も離れるな』という命令を受けてここに来ております。皆さまの邪魔をするつもりはございません」


 アイリスは王女の表情で、調査隊の兵士たちひとりひとり声をかけていく。

 その物腰は、誰からも文句のつけようがない王女さまだ。


「敵の拠点きょてんについての正式な報告は、のちほどお願いいたします。ですが、今はまず護衛騎士ユウキと、友人オデットと話をさせていただきたいのですが」

「はっ。ユウキどのと、オデットどのがお使いの宿があります!」

「では、そちらをお借りいたしましょう。ユウキさま。オデットさま」

「はい。ではご案内いたします。殿下」「参りましょう」


 俺とオデットは先に立って歩き出す。

 そうして、兵士たちの間を抜けて、俺とオデットが借りている宿へ。

 部屋に入って、廊下ろうかに誰もいないことを確認してから──


「……ふぅ


 アイリスは力が抜けたように、俺の目の前に座り込んだ。

 それから、涙目で俺を見上げて、


「マイロード……怪我、してないですよね? 無事ですよね? 痛いところ、ないですよね?」

「ないよ。当たり前だろ」

「さすがにオーガの群れと『獣王騎』と戦ったと聞けば心配になりますよ……」


 はぅ、と、ため息をつくアイリス。


「でも、お父さんが残した『ロード=オブ=ノスフェラトゥ』は手に入ったんですね? 話にあった『黒い王騎』がそれなのでしょう?」

「ああ。予想通り、古城おれんちの隠し部屋にあった」


 俺はアイリスに、王都を出てからのことを話した。

 アームド・オーガとの戦いと、ナターシャ=トーリアスとの出会い。

 その妹で歌姫の、オフェリア=トーリアスに正体を、教えたこと。

『フィーラ村』の跡地で『漆黒しっこく王騎ロード』を手に入れて、『獣王ロード=オブ=ビースト』を倒したことを。


「……公表できないのが残念ですわね」


 ぽつり、と、オデットがつぶやいた。


「ユウキの功績を公表できたら、グロッサリア男爵家だんしゃくけは、爵位しゃくいが一気に3つか4つは上がりますわよ」

「無理だな。俺の正体がばれる危険性がある」

「研究材料にされるのはまっぴら、でしょうね」

「あの『漆黒しっこく王騎ロード』を手に入れちゃったからな」


 あれは俺にしか使えない。

 しかも他の『王騎』の名前や機体番号の情報まで入っている。

『魔術ギルド』がその存在を知ったら、絶対に手に入れようとするだろう。


 だけど、あれはライルの遺産だ。

 うちの子が俺のために残してくれたものを、他人にやるわけにはいかない。

 あと「どうしてあんな王騎のことを知ってるんだ?」と聞かれても困る。


「というわけだ。アイリスには、あの王騎の隠し場所を用意して欲しいんだが」

「わかりました。なんとかしましょう」

「あっさりだな」

「マイロードの問題は、私の問題です」


 アイリスは頬をふくらませて、


「私は王女の地位と『魔術ギルド』への影響力を使って、マイロードのお手伝いをするのがお仕事です。できれば、私もオデットみたいに、マイロードと一緒に戦いたいんですけど……」

「我慢なさい。ユウキはあなたの『護衛騎士ごえいきし』ですのよ。アイリスになにかあったら、ユウキの責任になってしまいますわ」


 オデットは困ったように笑った。


「ユウキのお手伝いは、わたくしにお任せなさいな。といっても、わたくしもユウキについて歩いているだけですけどね」

「お願いしますね。オデット」


 アイリスはオデットの手を取った。


「お礼に、いつか私がマイロードと一緒に人間の世界を離れることになったら……私の資産をちゃんとオデットにもあげるように手配しておきますから」

「いきなりお姫さまの資産をもらっても困りますわ!」

「じゃあ、俺は次に『王騎ロード』を見つけたら、オデット専用にできないか試してみる」

「あなたたち主従は、わたくしを何者にするつもりですの!?」


 いや、オデットには世話になってるからな。

 いつか恩返しをするつもりだ。俺とアイリスの、出来る範囲で。


「……ほんっとに。あなたたちと一緒にいると驚かされっぱなしですわ」


 オデットは胸を押さえて、ため息をついた。


「それはそうと、アイリス。あのエルミラという方なのですけれど」

「エルミラ=ロータスさんのこと?」

「ええ。あの方は、第2王子カイン殿下の腹心とうかがっておりますが。それほどの方が、どうしてここに?」

「派閥争いに巻き込まれたようなものです。本当はここには私ひとりで来る予定だったんです。でも、A級魔術師のザメルさまから、自分の配下を連れていくように、と、強くお願いされてしまって……」


 A級魔術師のザメル、か。聞いたことがあるな。

『魔術ギルド』で『賢者』の称号を持つ、上位の魔術師だ。


「それを聞きつけたカイン兄さまが『ザメル派』だけを行かせるわけにはいかない、と言い出して、エルミラさんを私につけたんです」

「『魔術ギルド』の派閥はばつ争いですか。面倒ですわね」


 オデットは肩をすくめた。


「『魔術ギルド』にも、派閥争いなんてものがあるのか?」

「はい。私の兄、第2王子のカインを押し立てる『カイン派』と、A級魔術師のザメル老が統率とうそつする『ザメル派』というのがあります。もちろん、表立ってケンカしてるわけじゃないですけどね。魔術に対する方向性の違いで争ってる感じですね」

「アイリスは何派なんだ?」

「私は一応カイン兄さまの妹ですから、表向きは『カイン派』ということになっています。でも、本当は『ユウキ派』です」

「そんな派閥はない」

「いいですわね。ではわたくしも『ユウキ派』になりますわ」

「……まぁいいや。表には出さないようにな」


 それよりも『魔術ギルド』の派閥のことが気になる。

『カイン派』のエルミラさんが、『カイン殿下専用王騎』を求めているのはわかる。

 じゃあ『ザメル派』はなにを求めているんだ……?


 俺がそんなことを考えていたとき、ディックが窓を、ととん、と叩いた。


『ごしゅじんー。お部屋に誰か近づいてくるですー』

『わぅぅ。さっきの、エルミラさんって人ですよぅ』


 同時に、俺たちの足元でガルムが吠えた。

 俺とアイリス、オデットは話すのを止めて、耳を澄ませる。

 十数秒遅れて、ノックの音がした。


「アイリス殿下。オデットさま、ユウキさま。エルミラ=ロータスです。お邪魔してもよろしいでしょうか」

「どうぞ。お入りください」


 アイリスが言って、オデットが部屋の鍵を開ける。

 ドアの向こうには、息を切らしたエルミラさんがいた。


「お休みのところ申し訳ありません。トーリアス領から早馬が参りまして、アイリス殿下と私に報告があったのです」

「報告ですか?」

「はい。トーリアス城に残した、『ザメル派』魔術師の者が『獣王ロード=オブ=ビースト』の所有権を主張している、と」

「『獣王騎』の所有権を?」


 俺は思わず声を上げていた。

 エルミラさんが俺の方を見て、真剣な顔でうなずく。


「ユウキ=グロッサリアさまが驚くのも無理はありません。あれはあなたとオデットさま、謎の『黒い王騎』が協力して倒したもの。『魔術ギルド』では、発見した『古代器物』の所有権は、それを手に入れた者にあります。『獣王騎』は侵略者であり、それを倒したのであれば……倒した者に帰するべきでしょう」


 エルミラさんの言葉に、アイリスとオデットがうなずく。

 そういうルールになっているらしい。


「『黒い王騎』の正体がわからない以上、『獣王騎』の所有権はユウキさまとオデットさまにあります。それを私物化しようなどと……どうか、アイリス殿下の名において、欲深い『ザメル派』に思い知らせてください!」


 部屋の床にひざまずき、魔術師エルミラ=ロータスは、そんなことを言ったのだった。



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