第73話「元魔王、古戦場を調査する」

『ごしゅじんー。こんなものがありました』


 アジトの探索中たんさくちゅうににガルムが見つけたのは、細かい文字が書かれた羊皮紙ようひしだった。

 これが一番、フェリペ=ゲラストのにおいが強いそうだ。


「なにかの計画書か。これは」


 羊皮紙に書かれているのは、『獣王ロード=オブ=ビースト』の使い手フェリペ=ゲラストと、以前『霊王ロード=オブ=ファントム』を使っていたドロテア=ザミュエルスの名前だ。

 その下に奴らが、なにを、どんな目的でするのかが記されている。 


「奴らの最終目的は……王都の巨大ダンジョン『エリュシオン』に潜入することか」

「あの者たちは、やはり仲間だったんですわね」


 俺とオデットは時間をかけて、その計画書をチェックした。


 ドロテア=ザミュエルスとは、一度戦ったことがある。

 奴は『死霊魔術』の使い手で、人を操るのを得意としていた。

 それ以前にも、奴は流しの魔術師として、伯爵家はくしゃくけの貴族に近づき、利用していた。そうして『聖域教会』の司教を死霊として、よみがえらせようとしていたんだ。


「あいつらの最終目的は巨大ダンジョン『エリュシオン』への潜入。あの場所に『王騎ロード』を持ち込み、王都を混乱におとしいれる。さらに国内にいる『聖域教会』のシンパを呼び込み、『エリュシオン』を占領せんりょうする……か」

「大がかりな計画ですわね」

「不可能じゃないところが微妙びみょうに嫌だな」


 2つの『王騎ロード』と『アームド・オーガ』が協力すれば、王都を混乱させるくらいはできる。

 そもそも『獣王騎』は普通に城壁を越えてくるからな。それが『対魔術』の盾を装備した『霊王騎』とコンビを組んで襲って来たら──


「少なくとも、数十人単位での死者が出ていましたわね」

「やつらが失敗してくれてよかった。本当に」


 ドロテア=ザミュエルスは倒したし、『霊王騎』は『魔術ギルド』に渡した。

 あせったフェリペ=ゲラストはトーリアス伯爵を襲ったけど、なんとか止めることができた。『獣王騎』も没収ぼっしゅうした。

 だから俺たちは、奴のアジトを探索たんさくできてるわけだけど。


「でも……帝国との繋がりを示す資料は……特になし、と」


 こっちは予想外だった。

 俺はガイウル帝国が『聖域教会』の残党を支援してるんだと思ったんだけどな。

 皇帝か、向こうの貴族のサインが入った書類が出てくれば確定だったんだが、そういうものはない。


 あったのは『聖域教会』の残党との連絡方法について書かれたメモくらいだ。

 これでも充分役に立つんだけどさ。


「……ここでわかるのは、これくらいかな」


 俺は資料をテーブルの上に置いた。

 調査隊の兵士さんたちは、まだ家捜しを続けている。


 積み上がった羊皮紙に、魔物用の兜と鎧、水が入っていたつぼまで、部屋の隅にまとめてある。

 疑わしいものはすべて持ち帰るつもりらしい。合理的だ。

 ここでひとつひとつ資料をチェックするより、そっちの方が早いからな。さすがトーリアス伯爵の調査隊、有能だ。


 あとは……任せても大丈夫だろう。


「すいません。ちょっと出てきてもいいですか?」


 俺は調査隊の隊長さんにたずねた。

 隊長さんと、ついでにオデットは俺の方を見て、不思議そうな顔になる。


「明るいうちに『ヴァーラルの古戦場』を見ておきたいんです。今日はみなさん、近くの村で一泊するんですよね? 夜になったら俺も合流しますから」

「それは構いませんが……どうして古戦場に?」

「……歴史に興味があるんです」


 隊長さんに向かって、俺は言った。


「200年前に合戦があった場所が、今、どうなっているのか、自分の目で確かめたいんです。でないと……なんとなく、宿題を残してるような気分になるので」





 ──同日午後、ヴァーラルの古戦場──





 俺は午後の早い時間に、『ヴァーラルの古戦場』にたどりついた。

身体強化ブーステッド2倍ダブルと『飛行スキル』の組み合わせで飛んで来たから、馬車の半分以下の時間で済んだ。

 日暮れまでは、まだ時間がありそうだ。




『ユウキのことですから考えがあるのでしょう。行くなとは言いません』


 アジトで、俺の話を聞いたあと、オデットは言った。


『でも、せめて使い魔を連れてお行きなさい。わたくしは皆さんと一緒にもう少しここを調べておきます。わかったことは、すべてユウキにお伝えしますからね』




 そう言ってオデットは俺を送り出してくれた。苦笑いはしてたけど。

 俺はオデットの護衛ごえいにディックを残し、ガルムを抱いてここまで来た。


 目の前には、土がむきだしの平野が広がっている。

 本当に草も、木も、まったく生えていない。

 地面は堅い土で、引っ掻いても浅い爪痕つめあとが残るだけだ。


「ここが『ヴァーラルの古戦場』か……」


 前世の俺が死んだあと、魔術を使った合戦が行われた場所。

 俺は、ここを見ておきたかったんだ。


 前世の俺『ディーン=ノスフェラトゥ』が死んだ後も、『聖域教会』は暴走を続けた。奴らは当時あった、たくさんの国を巻き込んで巨大な戦争を起こした。それが『八王戦争』だ。

 そのことは、知識として知っている。

 でも、実際の戦場跡を、ひとりでじっくり見ておきたかったんだ。


 ディーン=ノスフェラトゥは『八王戦争』の前に死んでしまった。

 だから、俺が直接、あの戦いに関係していたわけじゃない。

 けど……やっぱり気になる。

 まるで宿題をやり残したのを、転生してから思い出したような、そんな気分だ。


 あのまま俺が──ディーン=ノスフェラトゥが生きていたら、戦争に巻き込まれていたんだろうか。


 ここで使われたという強大な『古代魔術』を見て、その惨状さんじょうにブチ切れて、もしかしたら──負傷者の手当くらいは手伝っていたかもしれない。


 今となってはもう、確かめようのないことだけれど。

 ……『フィーラ村』の連中は、大丈夫だったんだよな?

 こんな戦場に……巻き込まれたりしてないよな……あいつら。


「…………それにしても本当に、生き物の姿が見えないな」

『わぅぅ』


 俺の腕の中で、ガルムが答えた。


『普通の生き物のにおいは、ほとんどしませんよ。ごしゅじんー』

「魔物のにおいはどうだ?」

『残り香があるですー。でも、近くにはいないようですよー』

「そっか。じゃあ見回りを頼む。俺はしばらく、ここの調査をするつもりだ」

『しょうちですー!』


 ガルムは俺の腕から抜け出して、まわりをぐるぐると走り出す。

 俺はてのひらに『古代魔術』の紋章もんしょうを描いた。


「発動。『地神乱舞フォース・ジ・アース』」



 どごぉっ。



 魔術を発動させると、地面から石の槍が飛び出す。

 俺はそれを空中で反転させて、穂先を地面へと叩き付けた。



 がいんっ!



 堅いものを叩くような音がして、地面に穴が空いた。

 思っていたよりも小さい。

 この土地の地面は本当に、石のようにかたいらしい。


 それに、魔術の威力が普段よりも弱い。

 手の平に書いた『魔力血』が消えるのも早い。

 この土地は他の場所よりも、大気中の魔力が弱いのか。


 俺たちがいるこの世界では、土にも、大気にも、水にも魔力が宿っている。

 魔術師はそれを利用して、魔術を発動させている。

 そもそも俺が不老不死をやってるのは、世界を漂う魔力を取り込む力が、人間と比べて強いせいだ。

 魔力が体内をぐるぐる回ってるせいで、老いることもなければ病気になることもない。

 取り込んだ魔力が血液に吸収されるせいで、血液は高濃度の魔力を含んだ『魔力血ミステル・ブラッド』になってしまう。


 だけど、この場所の魔力はちょっと違う。

 無茶苦茶取り込みにくいし、薄い。

 ガルムたちが『ざりざりした魔力』って言ってたのも、なんとなくわかる。


 こんな状態じゃ草木も育たないし、作物を育てるのも不可能だ。

 これが『八王戦争』の古戦場だとしたら……こんな場所がいくつもあるのか。


 魔術師としては、ここでどんな魔術が使われたのか知りたい。

 前世ではそれを知るまえに死んでしまったけど、今回は、できる限りのことを知っておきたい。『古代器物』のことも、『古代魔術』のことも。できれば『古代魔術文明』がどんなものだったのかも。

 まぁ、当分、死ぬ予定もないんだけどな。


『ごしゅじんー』


 気づくと、ガルムが俺の近くに戻って来ていた。


『ここに誰かが近づいているようですよ。ごしゅじんー』

「ありがと。どんな奴だ?」

『馬車です。兵士がいます、ぴりぴりしてます。大急ぎです』

「馬車? 村の方からか?」

『いえ、逆方向……えとえと「とーりあすのおしろ」がある方からですー。ガルムをもっと「ぶーすてっど」してくれれば、むかえうち、しますよー?』

「迎え撃たなくていい。あれだろ?」


 街道の向こうから、白い馬車が近づいてくるのが見えた。

 馬車のまわりには兵士と、白いローブを着た人々がいる。


 彼らは俺に気づいたのか、馬車の速度をゆるめた。

 兵士は槍を立てたまま、こっちに向けようとはしない。戦う気はなさそうだ。

 馬車は装飾そうしょくがほどこされた大型のもの。こんなもんを所有してる貴族はそうそういない。

 その馬車を船に積んで内海を越えてきたのか、それとも内海のこっちで手に入れたのかは知らないが、古戦場にあんな立派なものを乗り付けるもんじゃないだろ。


 王家や貴族の格式ってのは面倒だな。

 もちろんあの馬車は、乗ってる本人の趣味じゃないだろうけど。


 やがて、ぎぎ、と音を立てて、馬車が停まった。

 馬車の扉がうっすらと開く。でも、中の人は降りてこない。

 本人は降りるつもりのようだが、まわりの人々が扉を押さえてる。


 これもたぶん格式だ。

 立場上は馬車を見つけた俺が、大急ぎで近づいて出迎えるべきなんだろう。

 それはわかっているけれど、俺のローブはフェリペ=ゲラストのアジトを調査してたせいで汚れてて、さらに『ヴァーラルの古戦場』で土をふりまいたせいで茶色くなってる。

 あの馬車の乗員を出迎える者としては、どうなんだろう。


『わぅわぅ。誰かが、内側から馬車の扉を叩いてますよー?』

「ガルム、お前、耳がいいな」

『鼻はもっといいです。馬車の中にいるのはたぶん、女の子ですよ?』

「それは俺もわかってる」


 彼女がこっちに向かっていることは、オデットから聞いている。

 王家の姫君がホイホイ出歩くなとは思うけれど、あいつは行動力の塊だからな。


 200年前もそうだった。

『フィーラ村』では年末になると、俺が保護者に子どもの勉強の様子を伝えることになっていた。

 長年続いた伝統行事だ。それが終わると祭りになる。


 でも、あいつの評価は毎年『勉強熱心なのはいいけど落ち着きましょう』だったからな。

 父親のライルと、母親のレミリアはいつも笑ってた。

 その性格は、200年経っても変わらないようだ。


「いくよ。ガルム」

『はい。ごしゅじんー』


 俺はガルムを連れて、できるだけ礼儀正しい物腰ものごしで、馬車へ向かって歩き出す。

 護衛の兵士と、ローブを着た魔術師たちが道を開ける。


 誰かが内側から馬車の扉を、どんどん、と叩いている。

 それを押さえていた女性魔術師が、びっくりするくらい優雅な動作で扉を開けた。同時に、俺に向かってめくばせする。


 俺が作法通りにひざまずくと、馬車の中から、純白のローブを着た少女が現れた。


「お、お出迎えご苦労です。私の護衛騎士、ユウキ=グロッサリアさま」

「遠路はるばる、ようこそいらっしゃいました。アイリス=リースティア殿下」


 馬車の戸口に立つアイリスは、肩にコウモリのクリフを載せ、ぎこちない笑みを浮かべていた。

 彼女は俺を見て、深呼吸して、それから──


「トーリアス領に使いを飛ばしたところ、ユウキさまとオデットさまは調査隊と共に、敵のアジトに向かわれたとのこと。我が兄、第2王子カイルの命令により、ユウキさまと合流するために参りました」

「カイル殿下の命令?」

「話は馬車の中でいたしましょう」


 アイリスは俺の手を取った。


「まずは王命について、詳しくお話いたします。それによって今後の私と、ユウキさまの行動が変わってくると思いますので」

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