第72話「古き王家の隠れ家と、秘密文書の発見」
「これは……屋敷の
オデットはボロボロの建物を見て、そう言った。
ここは小高い丘の上。まわりは木々に囲まれた森になっている。
そして俺たちの目の前にあるのは、建物の残骸だ。
今は屋根も崩れ落ちて、残っているのは部屋の壁だけ。元々は2階建てだったようだが、上の階は見事になくなってる。
記録によると、ここはかつて『ゲラスト王家』の別荘だったそうだ。
だからフェリペ=ゲラストのアジトだと思って来てみたんだが……。
「あいつはここにアジトがあると言ったんですよね?」
「間違いありません。フェリペ=ゲラストを
俺の問いに、調査隊の隊長さんが答えた。
「奴の持ち物にも、この場所の地図がありました。その地図を見せたところ、観念したのか、ここにアジトがある、と話したそうです」
「
「はい、ですから、嘘はないと思いますよ。もっとも『魔術ギルド』に行けば、もっと深いところまで探れるのでしょうが……」
「どのみち、あいつは王家に引き渡されることになるのですわ」
隊長さんのセリフを、オデットが引き継いだ。
「『魔術ギルド』にかかれば、ある程度の情報は引き出されてしまう。それがわかっているから、観念して話したのでしょう」
「ここに来ても、俺たちにはなにも見つけられないと思ったのかもな」
フェリペ=ゲラストは町を襲い、住民やオフェリアを人質に取ろうとしていた。
そうして帝国と連絡を取って、向こうから兵を出してもらおうとしていたのではないか、というのが、トーリアス伯爵側の予想だ。
「ここに『
「でも、『王騎』を隠せる場所なんてなさそうですわ」
オデットは首をかしげてる。
目の前にあるのは、アジトに使えそうもない
こんなところで『獣王騎』を置いておいたら目立ち過ぎる。
「ここはかつて『ゲラスト王家』の別荘だったそうです」
資料を見ながら、隊長さんが言った。
「それに、奴は言っていました。『我らが拠点に入れるのは、選ばれし者だけ』と。薄笑いを浮かべながら」
「ちなみにその資料に、奴は触ってますか?」
「はい。
「わかりました。ちょっと来てくれ。ガルム」
『わぅわぅ?』
俺はガルムを抱き上げて、資料にその顔を近づけた。
「ここから『獣王騎』を使ってた奴のにおいを感じ取れるか?」
『わかりますー』
「では、そのにおいが残ってる場所を教えてくれ」
『わぅっ!』
ガルムが尻尾を振りながら走り出す。
基礎部分だけが残る屋敷のあちこちに鼻を近づけて、奴のにおいを探してる。
「ユウキはここに、隠し部屋があると考えているのですか?」
「ちょっと違うな。オデット。俺はここに『隠し通路』があると思ってる」
「……隠し通路?」
「ここはかつて『ゲラスト王家』の別荘だった。ゲラスト王国は『八王戦争』の後に滅びた。他の王家に滅ぼされたのか、内乱で滅んだのかはわからないけどな。でも、その子孫は生き残ってる」
「ユウキの考えてることが、わかりましたわ」
オデットは、ぱん、と手の平を打ち鳴らした。
「フェリペ=ゲラストが『ゲラスト王家』の子孫だとすると……その先祖は戦乱から逃げのびた、ということですものね」
「たぶん、この別荘は他の王家か、民や兵士に破壊されたんだろう。当時の王家がどんなふうに滅んだのかはわからない。でも、その子孫はこの場所を使っていた。ということは言い伝えになるくらい大切な場所ってことだ。いざという時のための、隠し通路くらいあってもおかしくない」
この
丘の下には小川が流れている谷がある。
隠し通路があるとしたら、そのあたりに出口があるはずだ。
俺がそう言うと、隊長さんは兵士たちを小川の方に向かわせた。
隠し通路の出口を探すつもりだろう。
『わぅ! ここです。ごしゅじんー!!』
かつて台所だった場所の一角で、ガルムが吠えた。
近づいて見ると……床の敷石の一部だけ、土をかぶっていない。なにかあるとしたら、ここだ。
「オデット。ごめん。ちょっと人目を
「はいはい。わかってますわ……みなさん! これから魔術的なチェックをいたします! 危険があるかもしれませんので近寄らないでくださいませ!!」
オデットが両手を広げて、兵士さんたちの前に立ちはだかる。
俺は地面にかがんで、手の平を切って、床の上に『
「……発動『
石の床に、すぅ、と、俺の血がしみこんでいく。
そうして石が、ぼんやりと光を放った。
「──魔術外装に侵入。内部魔術を解析開始」
俺は『
思った通り。床の石には魔術がかかっている。
よくある魔術的な封印だ。
以前、自宅で教師カッヘルが使ってたのと同じタイプのものだろう。
特定の人間の魔力に反応して、ロックが開くようになってる。
「接着魔術を確認──魔力供給を妨害。魔術行使の停止、完了、と」
『侵食』が終了すると、床の光が消えた。
「ロックは解除した。これで開くはずだ」
「やはり、魔術的なロックがかかってましたのね」
「元々は王家の別荘だからな。トラップはこれだけとは限らない。もしも、オデットだったらどうする?」
「え?」
「たとえば、スレイ公爵家が敵兵に襲われたとする。難を逃れたオデットは隠し通路に飛び込んだ。で、入り口をロックした」
「ふむふむ」
「でも、追っては入り口をドンドンと叩いている。敵には魔術師がいる。いつかロックは解除されるかもしれない。オデットならどう対処する?」
「使い魔で追っ手を防ぎますわ。その間に距離を稼ぎます」
「ちなみに、どんな使い魔にする?」
「敵兵の足止めが主な目的ですから、できるだけ耐久力が高く、相手を捕らえやすいものがいいですわね。魔術的に合成したスライムが最適でしょうね」
「なるほどわかった」
俺は水袋を取り出した。
口を開いて、中の水を手にかけていく。
俺のてのひらからはまだ『
それは袋の水と混ざって、床の下へとしみこんでいく。
薄まっているとはいえ『魔力血』は俺の一部だ。奥になにかいればわかるはずだが──
「すごいなオデット。当たりだ」
「え?」
かたん、と、床の石が、少しだけ浮き上がった。
そこから──ずももももっ、と、青紫の液体がしみ出してくる。
青紫の液状生物──スライムだ。
「ス、スライム────っ!?」
「ひるむな。スライムには中心核がある。そこを狙え!!」
「動きが止まったところを突くのだ!!」
兵士さんたちが俺とオデットの前に出た。
ずももももももももも──ふるるるるるるる。
スライムの大きさは、大人の身長以上。
青紫色の巨体を震わせて、俺たちの方に向かって来る。
半透明の身体の中には、赤い結晶体のようなものがある。あれが弱点の、中心核だ。
「休眠状態のスライムを仕込んでおいたのですか……考えることは一緒ですわね」
「天然のスライムじゃないよな。あれは」
「ええ。魔術的に改造されたものでしょう。休眠状態にしておいて、誰かが入って来たら襲って、足止めする。貴族の館などではよく使われているトラップですわ」
ふるるるるるるるるる!!
スライムはゆっくりと、俺たちの方に──触手のようなものを伸ばしてくる。
中心核が、体内のあちこちに移動しているのが見える。
「魔術で吹き飛ばすと……隠し通路に被害が及ぶかもしれませんわね」
「物理で倒した方がいいな」
「ええ、でも……どうしましょうか」
「こうしよう。発動『
『──── (ビクッ)』
青紫のスライムが身体を持ち上げた状態で、
このスライムは魔術的に合成された生物だ。
その上、水でうすめた俺の『
スライムは全身で獲物を取り込む習性があるからな。俺の血を、うっかり飲んでしまったらしい。
「「「動きが止まったぞ。今だ──っ!!」」」
『──────っ!!』
兵士さんたちの槍が、スライムの中心角を貫いた。
スライムはべちゃ、と破裂し、土の中にしみこんで、消えた。
「すごいなオデットは。予想通りだ」
「おかしいですわ!? なんでわたくしがほめられていますの!?」
「いや、だってオデットの知識のおかげで助かったんだから」
「対処したのはユウキでしょうに。もーっ!」
オデットは真っ赤な顔で、拳を振り上げてる。
俺は少し考えてから、
「ちなみに、オデットだったらこの後どうする? スライムの防壁が破られたとしたら」
「……わたくしは当たり前の発想しかできませんわよ?」
「それで充分だよ」
「では……申し上げますわ」
オデットは、こほん、と咳払いしてから。
「貴族が隠し通路にしかける罠として考えられるのは『毒矢』『落石』、発火装置つきの『
「合理的だな」
「目的は足止めですもの。構造が単純で、場所を取らないものがいいのですわ」
「わかった。じゃあ、それを想定して対処しよう」
俺は兵士さんたちの方を見た。
「これから通路の中に入ります。ここからのトラップ対策は、オデットの知識が切り札になります。可能な限り、彼女の指示に従ってください」
「わかりました!!」
「スレイ
「オデットさまと、ユウキさまが導いてくださるなら間違いはない!!」
「「「おおおおおおっ!!」」」
「……ちょっと、ユウキ!」
「よろしく、オデット」
「も────っ!!」
オデットはほっぺたを
それから、覚悟を決めたように、
「わかりました! 時代が違えど、古き王家が作った隠し通路です。貴族として、できるだけのアドバイスはいたしましょう! 行きますわよ!!」
「よろしく」
「「「はい! オデットさま!!」」」
それから、俺たちは地下の隠し通路に入り──
オデットの予想通り壁から飛んで来た毒矢を防いで (ガルムがにおいで感知して、ディックが弓の弦を切った)、落石のトラップを解除して (灯りの魔術で俺とオデットとディックとガルムが光りまくってたから、トリガーになるロープを見つけられた)、発火装置を無力化して (ガルムがにおいで──)──
すみやかに──隠し通路の奥にたどりついたのだった。
「ここが、奴のアジトか」
隠し通路の奥には、広い部屋があった。
アジトというよりは、魔術
むき出しの土の上にはテーブルが置かれていて、そこに何枚もの羊皮紙が載っている。
壁には木の板が立てかけてあり、そこにも羊皮紙が貼り付けてある。
こっちは……なにかの書状だろうか。俺の知らない人物の名前が書いてある。
磁器製の
ここは昔、ゲラストの王族が隠れ家に使っていたのかもしれない。
だから水を保管するための壺がたくさん落ちている。となると、床にある溝は排水用だろうか。
部屋の奥にも通路がある。
俺たちが進んできた距離と方向から考えると──
「暗い中を歩いてきたから方向感覚がおかしくなってるな……。あの通路の先は、丘の下の小川の近くだと思うんだが、ディックとガルムはどう思う?」
『まちがいありません。ごしゅじんー』
『水のにおいが強くなってるので、わかりますー』
「ということは、大昔の『ゲラスト王家』は、『八王戦争』のあと、ここに隠れていて……」
「安全になったところで脱出して、北へ逃げた、ということなのでしょうね」
俺の言葉を聞いて、オデットは肩をすくめた。呆れたように。
「自分たちで戦を起こしておいて、失敗したら民を放置して逃げ出すとは……情けないですわね。世の中には民を守るために、自らの命も差し出した者もいるというのに。まったく」
「なんでこっちを見る?」
「別に。心当たりがなければいいですわよ」
オデットは口を押さえて笑ってる。
兵士さんたちは、アジトの
羊皮紙に他にも、人間が着けるには大きすぎるヨロイや
『アームド・オーガ』向けだろう。
他には──
「申し訳ありません。ユウキさま、オデットさま。ちょっと見ていただけますか」
隊長さんは手にした羊皮紙を、俺とオデットに差し出した。
書かれているのは、フェリペ=ゲラストの署名と──いくつかの名前だった。
────────────────────
──確保済み──
・初期3騎
『
『
『
・上位2騎
『
『 (機体名不明)現在、確保のため行動中』
『
それまで、
以上。
────────────────────
「……ユウキ、これって……」
オデットの顔が、青ざめていた。
羊皮紙には、フェリペ=ゲラスト以外の署名はない。これは奴に宛てて書かれたものだろう。
これを書いたのが帝国かどうかはわからない。
だけど、書かれていることが本当なら──
「8つの『
「わたくしたちの方に2体……いえ、3体」
「残りの2体は誰かが所有している。そして『古代器物』にかけられた封印は間もなく解ける……」
前に『霊王騎』を使ってたドロテア=ザミュエルスは言っていた。
『裏切り者の賢者』が、すべての『古代器物』を封印した。けれど最も強いものは、不完全な封印しかされなかった──と。
その『不完全な封印』が、間もなく解けるとしたら……。
「『
俺たちがやっとの思いで倒した『霊王騎』と『獣王騎』は、下位の『王騎』でしかなかった。
その上に……『
でも……俺が所有している『
なんなんだろうな。あれは。
「と、とにかく、わたくしも調査を手伝いますわ。ユウキは見張りを。重要なものがあったら、チェックをお願いします!」
オデットは羊皮紙を手に、兵士さんたちのところへと駆け出した。
『ごしゅじんー』『心配事ですかー? わぅ』
「心配というより……面倒だと思ってな」
羊皮紙には『
となると他の『古代器物』も、フルパワーで使えるようになるわけだ。
もしも……『聖域教会』の残党が帝国に『古代器物』を持ち込んでるとすると……。
「……死ぬほど面倒なことになりそうだな」
あとでアイリスに相談してみよう。
彼女を通して『魔術ギルド』に情報を伝えて、それから──
「自主的に……巨大ダンジョン『エリュシオン』の探索でもするか」
あの『黒い王騎』は俺にしか使えない上に、うかつに公開すると俺の正体がばれる。
だからダンジョンで新しい『古代器物』か『古代魔術』でも見つけるしかない。そうすれば帝国への対抗策になるだろ。
もしかしたら、さらに上位の『
あとは……ライルが見つけた『古代器物の封印方法』を探すくらいか。
「とりあえず今は、アジトの捜索を手伝うか。ディックは見張りを頼む。ガルムは、フェリペ=ゲラストのにおいが強いものを探してくれ」
『『しょうちですー!』』
そうして俺は使い魔のガルムと共に、アジトの探索を手伝いはじめたのだった。
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