第71話「元魔王、敵のアジトを探しに行く」

 翌日、俺とオデットは『獣王ロード=オブ=ビースト』の使い手のアジトへと向かった。

 場所は、トーリアス領の北西。国境近くの森の中。

 そこにある古い建物の残骸ざんがいに、『獣王騎』の使い手──フェリペ=ゲラストは隠れ住んでいたそうだ。


 トーリアス伯爵は、奴のアジトを調査するために、調査隊を組んだ。

 メンバーは、魔術に詳しい兵士数名と、俺とオデット。

 目的地までは、徒歩で約2日。

 俺とオデットも、当然歩いて同行するつもりだったのだけど──


「この馬車をお使いください。なるべく揺らさないように行きますが、なにぶん急ぎなもので。ご容赦ようしゃのほど」


 調査隊の隊長さんは言った。

 俺とオデットの目の前には、屋根のついた箱馬車がある。

 これに乗れ、ということらしい。


「俺は歩くつもりだったんですけど」

「わたくしもですわ。兵士の皆さまと一緒に」

「とんでもない! おふたりはトーリアス領の恩人です! 歩かせるなんてとてもとても!」


 隊長さんは必死に首を横に振った。

 仕方がないので、俺とオデットは、使い魔のガルムを連れて馬車に乗った。

 ちなみに、コウモリのディックは屋根の上だ。




 トーリアス領は広い。

 伯爵家が昔から王家に仕えていたおかげで、国境近くの広い領地をもらったらしい。

 だから目的地までは、徒歩で2日くらいかかる、とのことだった。

 それと──


「今日は古戦場の近くを通りますのね」


 馬車の中で、地図を見ながらオデットが言った。


「古戦場?」

「かつての『八王戦争』で、みっつの王家が戦った跡地ですわ。オフェリアさんが持たせてくれた地図と資料に書いてあります」


 そう言って、オデットは俺に地図を渡してくれた。

 1枚目は、トーリアス領の周辺地図だ。目的地に印がついている。

 地図の中央にある平原が、古戦場の跡らしい。


「古戦場の近くを通るのは夕方。今日はその先の村で1泊か」

「──はい。午後の早い時間に、古戦場の横を通り抜ける予定になっております」


 話が聞こえたのだろう。

 御者台に座った兵士が、俺たちの方を見ていた。


「あそこは魔物が出やすい場所なのです。日暮れ後は、誰も通りません。だから陽の高いうちに通過できるように、こうして馬車を飛ばしているわけです」

「魔物が出やすい、ですか」

「『八王戦争』の時代、あそこでは1000人単位で死者が出ているのですよ。巨大な『古代魔術』が使われて、人が住めなくなったという伝説も残っております。掘れば骨が出てくるそうですからね、誰も開拓かいたくしようとしないんです」

「聞いたことがありますわ。『3つの王が共に相まみえた「ヴァーラルの古戦場」』ですわね」

「その通りですよ。スレイ公爵令嬢こうしゃくれいじょうさま」


 そう言って、御者の兵士は前を向いた。

 話は終わりということらしい。

 まぁ、話を聞くまでもなく、待っていれば古戦場を通るわけだが。


 馬車の窓から見えるのは広い牧草地帯ぼくそうちたいだ。

『八王戦争』の跡はどこにも見えない。

 今の王国を作ったリースティア王家が、戦後の大陸を建て直したからだ。

 そんな王国の北方に、数十年前におこったのがガイウル帝国だったか。


 俺がディーン=ノスフェラトゥをやってた頃、北方には異民族が住んでいた。

 当時は魔術どころか文化といえるものもなく、蛮族ばんぞくとしてさげすまれていたのを覚えてる。

 そのころの俺は、『フィーラ村』に受け入れてもらえなければ、彼らの土地まで流れて行くつもりだったんだけど。


 それが200年後に、強力な帝国を作り上げたのか。

 その上、今回の『アームド・オーガ』と『獣王騎』めぐる事件にも、帝国が関わってるとすると──


「『聖域教会』の残党が北に逃げて、土地のものたちと協力して帝国を作り上げた……ってことだろうか」

「そういうことなのでしょうね……」


 俺とオデットはため息をついた。


 その後、俺たちはたわいもない話をしながら、窓の外を眺めていた。

 しばらくして休憩きゅうけいがあり、また馬車に揺られたあと、昼食を取ることになった。


 場所は、街道沿いの平原。

 俺もオデットも火を囲んで、お茶を飲んでいた。


 ここから今日泊まる村までは、あと数時間かかる。

 その間に『ヴァーラルの古戦場』を通るわけだが──


「ガルム。ディック。ちょっといいか?」

『わうわう。ごしゅじんー』『なんですかー?』


 足元で丸まっていた犬のガルムが顔を上げ、ディックが俺の肩に留まった。

 俺はふたりに『魔力血ミステル・ブラッド』を与えて、強化してから、


「ふたりは先に行って、古戦場を見てきてくれないか。馬車の窓からだとよく見えないからな。お前たちが代わりに、古戦場がどんな場所なのか確認してきて欲しい」

『しょうちですー。わぅ』『りょうかいですー』


 ガルムとディックは、街道の先に向かって走りだした。


 それから、1時間弱の休憩きゅうけいの後、俺たちはまた、出発した。

 馬を急かしながら、街道をひたすら北西へ。


「ユウキは、古戦場のことが気になりますの?」


 ふと、向かいの席に座っていたオデットが言った。

 頬杖ほおづえをついて、探るような視線で俺を見てる。


「わざわざディックさんたちに『見て来てくれ』なんて、珍しいですわね」

「兵士たちがいるのに、俺がふわふわ飛んでくわけにはいかないだろ」

「……それはそうですけど」

「それと、世界が『八王戦争』やってたころには、俺は生きてなかったからな……俺が死んだあと、『聖域教会』と王さまが、どんな場所でなにをやらかしたのか知りたいんだ」


 俺は小声で、オデットにささやいた。


「文字通りの興味本位だよ。この時代の人間の、子どもらしく」

「努力して子どもらしくしようとする子どもは珍しいですわよ」

「……そういう子ども向けの『八王戦争』の資料ってないかな?」

「『魔術ギルド』の図書室なら、歴史書くらいはあると思いますわ」


 それからオデットはなにかを思いついたように、ぽん、と手を叩いた。


「そういえば、『魔術ギルド』でも年中行事として、古戦場巡りをしているんでしたわ。参加は、希望制ですけれども。参加してみますか? ユウキ」

「気が滅入りそうなツアーだな。それ」

「今となっては、名所めぐりのもののようですわ」


 オデットは指を折って数え始めた。

『ヴァーラルの古戦場』『ライブストンの悲劇』『ドルントン渓谷の決戦』

 あの時代、色々な場所で戦いが行われていたらしい。


 そのあたりも、『魔術ギルド』に戻ったら調べて見よう。


 俺とオデットが話をしているうちに時間は過ぎて、陽は傾き初めて──



 やがて、だだっ広い平原が見えて来た。




「……あれが……『ヴァーラルの古戦場』ですぜ……」


 御者の兵士が、震える声で言った。


 馬車の窓から見えるのは、なにもない、土がむき出しの大地だった。

 草も、木も、なにも生えていない。

 それが地平線の向こうまで続いている。

 時々、黒い物が見えるのは、昔の兵士が使っていた武器だそうだ。びた剣や、弓矢なんかが落ちているけれど、誰も拾おうとはしないらしい。


「まずいですぜ……魔術師の方々」


 見ると、御者の兵士が青い顔で、俺たちを見ていた。


「思ったより道が悪くて……時間がかかっちまいました。次の村に着く前に、陽が落ちちまう。魔物が……来る」

「「魔物が?」」

「さっき申し上げた通りですぜ。陽が暮れると犬や狼の魔物『ダークウルフ』や『ダークハウンド』が。夜中になると、ゴーストの群れが現れるんでさぁ」

「ですが、心配はいりません!!」


 御者役の兵士が言ったあと、馬車の外から声がした。

 見ると、調査隊の兵士たちが、馬車を囲みはじめている。

 全員、盾と槍を構えてる。俺たちを守るためだろうか。


「男爵家ご子息のユウキさまと、公爵家ご令嬢のオデットさまは、われらが主君の客人! 魔物などに傷つけさせはしません!!」

「おふたりは調査隊に協力してくださる大事なお方です!」

「命に代えてもお守りいたします!!」


 兵士たちは気合い充分だ。

 俺もオデットも「魔物が出たら戦う」と言ったけど、聞いてもらえなかった。

 そのまま馬車は街道を進み、やがて陽は落ちて──



『ただいま戻りました。わぅわぅ』『古戦場、見てまいりましたー』



 ──兵士さんたちの間をすり抜けて、ガルムとディックが帰ってきた。


「お帰り。古戦場はどんな感じだったか?」

『だだっ広い、土だけの場所でしたー』『普通の生き物は、誰もいなかったですよー』

「土だけで、誰もいない場所、か」

「……気味の悪い場所ですわね」


 俺とオデットはうなずいた。


 ガルムは必死に前脚をぱたぱたさせてる。うまく伝えられないようだ。

 コウモリのディックはその背中に乗って、少し首をかしげて、


『あと、魔力がちがいますー』

『ご主人の魔力は、じんわりやさしい感じですー。わぅぅ』

『でも、この古戦場の魔力は、ピリピリ、パサパサ……空気も魔力も「痛い」感じですー』

『ですぅ。わぅん』


「──だ、そうだ。オデットにはなにかわかるか?」

「わかるわけありませんわ。『魔術ギルド』でも、この古戦場が荒れ地のままになってる理由は、まだ解明できていませんのですもの」

「なにかとてつもない『古代魔術』が使われたのかもな」

「……帝国の人なら、なにか知ってるのでしょうか……」


 俺とオデットは馬車の席に座って、それぞれ、ディックとガルムを抱き上げた。

 そういえば、ディックもガルムも、足や爪が汚れてるな。拭いたほうがいいか。


 俺は荷物の中から、乾いた布を取り出した。

 馬車はがたがたと揺れながら、高速で走ってる。

 調査団の皆さんは、一気にこの古戦場の脇を駆け抜けるつもりのようだ。


 今のところ、魔物が襲ってきたという報告はない。

 このまま何事もなければいいんだが──


「……あの、魔術師さま」


 そう思っていたら、不意に隊長さんが馬車の窓を叩いた。


「……実は……魔物が出たのですが……」

「わかりました。すぐに倒します」


 俺が席から立ち上がると、御者は首を横に振って。


「いえ、正確には、魔物の死体が街道に転がっておりまして……」

「魔物の死体が?」

「はい。高いところから落ちたのか……首の骨が折れた『ダークハウンド』と、鋭い爪と牙で手足をられた『ダークウルフ』が」

「他の魔物は?」

「仲間の死体におびえて、近づいてきません」

「これから進むのに、なにか不都合は?」

「まったくありません」

「よかったですね」

「……あの、魔術師さま」

「なんでしょうか」

「…………あなたがたは、なにか魔物対策をされたのでしょうか」


 隊長さんは窓越しに、俺とオデットを見てる。

 俺はコウモリのディックと、犬のガルムを見た。

 ディックは俺の膝の上で、ガルムはオデットに背中をなでられて、気持ちよさそうに目を閉じてる。

 そういえばガルムは『アームド・オーガ』の結晶体を飲んでからパワーアップしてるな。

 ディックは『獣王ロード=オブ=ビースト』を魔術でボコってるから、レベルが上がってる。


 ふたりで協力すれば『ダークウルフ』や『ダークハウンド』くらいは倒せるな。

 たぶん、古戦場の偵察ていさつをするのに邪魔だったんだろうな。魔物が。


「うちの子は眠ってるようですので、あとで聞いてみます」

「い、いえ! お気になさらず! ありがとうございました!!」


 そう言って隊長さんはまた、歩き出した。


「ユウキ。この子たち……がんばりすぎではありません?」

「俺は『古戦場の様子を見てきてくれ』って言っただけなんだけどな」

「それを邪魔する魔物を瞬殺しゅんさつしてしまったようですわね」


 オデットは苦笑いしてる。

 馬車のまわりを歩いてる兵士さんたちは──


「……魔術師ユウキさまの使い魔は『獣王騎』をボコボコにしたそうだからな」

「……普通の魔物なんか、相手にならないってことか」

「……あの方々が、味方でよかった……」


 ──なんか遠巻きにされてるような気もするが、まぁいいか。



 それから1時間後、馬車は今日の宿泊地にたどりついた。

 そして翌朝、なにごともなく出発して、数時間後──


「着きました。ここが奴──『獣王騎』の使い手、フェリペ=ゲラストのアジトです」


 俺たちは昼前に、古い館の残骸ざんがいを見つけ出したのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る