第70話「元魔王、オデットたちを出迎える」

 俺が『フィーラ村』を出て、トーリアス城下町に戻った、次の日。

 オデットとオフェリア、『トーリアス伯爵はくしゃく』の一行が、町に戻ってきた。


 昼頃、かねの音とともに、行列が町の大通りを歩いてくる。

 先頭にはトーリアス伯爵とオフェリアが乗った馬車がある。

 窓の向こうには伯爵はくしゃくとオフェリアがいて、集まった人々に手を振ってる。

 向かい側の席に座っているのはオデットだ。なぜか恥ずかしそうに、身体を縮めてるけど。


 馬車の後ろには兵士たちが続いていた。


 行列の中央には、馬に引かれた荷車がいた。

 荷台には大きな布をかぶせてある。


 布の隙間から、赤い装甲そうこうが見えた。

 荷台に載っているのはたぶん、『獣王ロード=オブ=ビースト』だろう。

 布の端から人の脚もはみ出している。

 あれは『獣王騎』に乗ってた奴か。鎖で縛られて、拘束されているようだ。


 沿道えんどうにはたくさんの人たちが集まってる。

 俺もそこに紛れてるけど──前が見づらいな。

 この身体、まだ13歳だからな。背が伸びきっていないんだ。


 これだけの人混みだと、前の人の頭が邪魔になって前が見えづらい。

 こっそりジャンプして、『飛行スキル』で落下速度を減少させてるからいいけれど、そうじゃなかったらなにも見えないところだった。危ない。


「──知ってるかい、兄ちゃん。北の町が巨大な魔物に襲われたって話を」


 ふと声をかけられて、俺はかかとを地面におろした。

 横を見ると、初老の女性が興奮した顔で、こっちを見ていた。


「北方の帝国が悪いことを企んでたようでね。伯爵はくしゃくさまとオフェリア姫さまが北の町の兵士たちの様子を見に行ってたそうだよ。そこに魔物が現れたんだってさ」

「はい。うわさは聞いています」

「でもね、現れたのはただの魔物じゃなくて、古の伝説に出てくる『王騎ロード』だったんだよ。獣のような吠え声で、魔物を操ってたらしいよ!」

「ほー」

「で、そこに颯爽さっそうと駆けつけたのが、翼を持つ黒いよろいさ! 飛竜ワイバーンのように空を飛んで、あっというまに赤い『王騎ロード』を片付けてしまったらしいよ!」

「そんなことがあったんですかー」

「ああ。さらに公爵家こうしゃくけのお嬢様が、コウモリと一緒に黒いよろい援護えんごしたって言うじゃないか。あたしも長く生きてるけどねぇ。そんな話を聞くのは初めてだよ!!」


 女性は鼻息荒く話してる。

 長く生きてるけどこういう話ははじめて、か。


 それだけ、今の時代が平和だってことだな。すごいな。アイリスの父親の王家って。

 このままの時代が続いてくれれば俺も安心なんだけどな。


「しかも、しかもだよ……これはまだうわさなんだけどさ」

「はい?」


 女性の話はまだ続いてた。

 声が大きくなってるせいか、まわりの女性や、子どもたちまで集まって来てる。


「実はそのコウモリを操っていたのは、男爵家だんしゃくけの魔術師さまらしいんだよ!」


 ……あれ?


「ご本人はコウモリたちに力を与えたせいで身動きができなかったらしいんだけどね。その男爵家の魔術師さまのおかげで、コウモリたちは強力な魔術を使えたんだってさ。伯爵さまが言っていたらしいよ!」

「その話知ってる! 兵士をやってるねぇさまが言ってた。その魔術師さまは命の恩人だって!!」

「すごいなー。どこにいるんだろー。その人」

「あのね坊や。そういうお方はね、きっと近くにいてわたしたちを見守ってくださっているんだよ」

「そーだよね。おかーさん!」


 大盛り上がりだった。

 立ち去るタイミングを逃した。今逃げたら目立ち過ぎる。

 町の人たちの話が終わるまで、黙って立ってた方がよさそうだ。


「……失礼ですが。ユウキ=グロッサリアさまですか?」


 そう思ってたら、不意に俺の後ろから、誰かが声をかけてきた。

 振り返ると、そこには町の衛兵が立っていた。


「黒髪に黒い瞳。年齢は10代前半。お召し物は黒いローブ……伯爵さまがおっしゃっていた通りです」


 衛兵は手元の羊皮紙ようひしを見ながら、何度も俺の姿を確認している。


「もう一度おうかがいします。あなたは『魔術ギルド』所属の男爵家の方で、ユウキ=グロッサリアさまでお間違いないでしょうか?」

「「「「おおおおおおおおおおおおっ」」」」

「……そうですけど」


 人々の声が響く中、俺は急いでうなずいた。


「どんなご用でしょうか。いえ、どんなご用でもいいですから、こっちへ」


 俺は人混みの外に向かって歩き出す。

 後ろでは、人々のざわめき。それがどんどん広がっていく。


「まさか、あの方が、赤い『王騎ロード』と戦ったコウモリのあるじ……」

「使い魔にすべての魔力を与えて、休んでいたというのは本当だったんだ……」

「あの方がいなければ、赤い『王騎ロード』を倒せなかったという話だ……」


 振り返ると、沿道の兵士たちまでこっちを見てた。


 まぁ、いいか。

 俺とオデットはもうすぐ王都に戻ることになる。

 本人がいなくなれば、そのうちうわさも消えるだろ。


 それに、俺が離れた場所で使い魔に魔力を与えていた……ってことにすれば、黒い『王騎ロード』を操っていたのは別人だって証拠にもなる。問題ないな。


「それで、俺にどんなご用ですか?」


 俺は衛兵に向かってたずねた。


「トーリアス伯爵はくしゃくさまがおっしゃっているのです。ユウキさまとオデットさまに、ぜひお礼したいと」


 女性の衛兵は、なぜか俺に敬礼して、そんなことを言った。


「それと、公爵家のご令嬢であるオデット=スレイさまからもご伝言がございます」

「オデットから?」

「はい。ごまかしきれなかった。申し訳ございません、と」


 …………そっか。

 じゃあ、しょうがないか。


 俺は衛兵さんについていくことにした。






「…………なるほど。つまりユウキどのは、あのコウモリたちにすべての魔力を注入し、自分と同じような魔術を使えるように調整した。しかしご本人は魔力を使い果たして動けなかったと、いうわけですか……」


 ここはトーリアス城の応接室。

 衛兵に呼び出された俺は、トーリアス伯爵と話をしていた。


「その通りです。オフェリアさまに預けた使い魔が姫さまに危険が迫っていることを教えてくれたので、助力のためにそうしました。あの『漆黒しっこくの翼を持つよろい』については、俺もわかりません。ただし、共闘きょうとうはできたので、敵ではないとは思うのですが……」

「ですな。本当にあれは……おそろしい事件でした」


 トーリアス伯爵は疲れたようなため息をついた。


「あの『獣王ロード=オブ=ビースト』とやらが、本当に伝説の『王騎ロード』なのかも不明ですからな。それはこれから『魔術ギルド』の力を借りて調べることになるでしょうが……」

「あれを使っていた者は、なにか話しましたか?」

拠点きょてんについての情報のみですな。他はなにも」

「拠点……やつのアジトの場所がわかったのですか……」

「後ほど、兵士たちが調査に行く予定です。よければ、ユウキさまもご同行願えませんか?」

「そうですね。ぜひ、同行させてください」


 願ってもない提案だ。


 あの『獣王ロード=オブ=ビースト』の使い手は、自分を『ゲラスト王国』の末裔まつえいだと言っていた。

『ゲラスト王国』は、八王戦争に参加して、『聖域教会』と一緒に滅びた国の名前だ。

 そいつらのアジトなら、戦後の『聖域教会』がなにをしでかしたのか、手がかりがあるかもしれない。


「それにしても……あの『漆黒しっこくよろい』は誰だったのでしょうな」


 椅子の背もたれに身体を預け、トーリアス伯爵はため息をついた。


「あれも『王騎ロード』なのでしょうか。だとしたら、『王騎』の使い手同士が争っているのかもしれません。となれば……『八王戦争』の再来かも……」

「いや、そういうことではないと思います」

「……そうなのですか?」

「『八王戦争』の再来ならば、黒いよろいの主も、自分がどの王家の子孫なのか名乗りをあげているはずです。互いに、王家の代表として。けれど、そうではなかったのですよね?」

「確かに……。古き王家の名前を語ったのは『獣王騎』だけでしたな」

「ならば、黒いよろいは別の目的で現れたのでしょう。なんの目的かは別として『八王戦争』の再来ということにはならないと思います」

「ですな」


 トーリアス伯爵は安心したように、肩の力を抜いた。

 納得してくれたようだ。


 ほとぼりが冷めるまで、あの黒い『王騎ロード』は、使わない方がいいな。

 そもそもあれは戦闘用じゃなくて、研究用にするつもりだ。

 戦闘なんかでこわしたらもったいない。大事にしまっとこう。


「それはそうと、ユウキさまにはお礼を差し上げたいのですが」


 トーリアス伯爵はくしゃくはテーブルに手をつき、俺の方に身を乗り出した。


「ユウキさまもオデットさまが、私と娘の命を救って下さったのですからな。なんでも言ってください」

「そう言われても、特に欲しいものはないのですが……」


 強いて言えば、『フィーラ村』の跡地を立ち入り禁止にしてもらうくらいだが……それを言い出したら不審に思われるだろう。

 それに、今はあの場所に続く道がない。

 空でも飛べない限り、たどり着くのは不可能だ。コウモリ軍団も守ってくれてるから。


 使い魔のコウモリたちが『獣王騎』退治に協力したのはバレてるから、『魔術ギルド』には評価してもらえるだろう。それだけで充分だ。

 だとすると……そうだな。


「お菓子の材料をいただけませんか? あと、厨房ちゅうぼうを貸してください」


 俺は言った。


 せっかく山の上で『バニルララの花』を見つけたんだ。

 久しぶりに、子ども向けのおやつを作ってみよう。





 ──それから、しばらくして──




「おつかれさまでしたわね。ユウキ。伯爵はくしゃくさまとのお話は終わり──って、なんですの、そのお菓子は!?」


 1時間後。

 客間では、ちょうどオデットとオフェリアがお茶を飲んでいるところだった。

 オフェリアは俺を見ると席を立ち、目の前にひざまずいた。


「トゥルー・ロードさま……父とわたしの命を助けていただき、ありがとうございました。このご恩は一生忘れません」

『ごしゅじんー。ガルムもいますよー』


 その隣で、使い魔のガルムが喉を鳴らした。

 オフェリアはその言葉がわかっているかのように、うなずいて、


「そうですね。ガルムさまが側にいてくれたので、わたしも落ち着いてトゥルー・ロードを待つことができました。コウモリのクリフさまにも……本当に、トゥルー・ロードと使い魔の皆さまには、感謝してもしきれません」

「クリフとガルムは、そのままオフェリアが面倒を見てやってくれ」


 俺は元子犬のガルムと、コウモリのクリフの背中をなでた。

 ガルムは『アームド・オーガ』の結晶体を食べたことで、相当強くなってる。

 オフェリアの護衛にはぴったりだ。

 クリフにはこのまま、俺との連絡役をやってもらおう。


「それから、『フィーラ村』にいるコウモリ軍団にも、なにかあったらオフェリアに連絡するように言ってある。村の跡地が荒らされたりは……ないと思うが、管理を任せても構わないか?」

「もちろんです! あの場所は、わたしと母さまがずっと歌って来た場所なのですから……それで、ですね……」


 オフェリアは、照れくさそうに、俺の方を見て、


「今回のトゥルー・ロードの活躍かつやくを、ぜひとも歌にしたいのですけれど……」

「コウモリ軍団を差し向けたことくらいなら。できれば、個人情報はぼかす感じにしてくれると助かる」

「わ、わかりました。お心のままに」

「ありがとう。じゃあついでに、これを食べてみてくれ。オデットも」


 俺はテーブルの上に皿を置いた。

 皿の上に載っているのは、さっき厨房ちゅうぼうで作った焼き菓子だ。


 薄い焼き菓子で、中には『バニルララ』の種が入ってる。

 上にかかってるのはハチミツと、『バニルララ』のみつを混ぜたものだ。


「めずらしいお菓子ですわね。いただきますわ」

「ほかほかです……。このお菓子は、わたしも知らないです」


 オデットとオフェリアが焼き菓子に手を伸ばす。

 ふたりは、それを一口かじって──


「あら。甘いですわ。中に入ってる種の食感がいいですわね。美味しいですわよ、これ!」

「すごく美味しいです。それに……なつかしい味がします」

「これは昔、俺が前世でディーン=ノスフェラトゥだった頃に作ってたお菓子だ」

「そうなんですの?」

「トゥルー・ロードのお菓子……ですか」


 オデットは楽しそうに、オフェリアは感動したように目を丸くしてる。

 でも、そんなにたいしたものじゃない。


 これは子ども向けに、村の近くで採れる材料を組み合わせて作りだしたものだ。

 名前もないし、レシピだって俺しか知らない。

 すぐにできて、お腹にたまるのが唯一の長所だ。村の子どもたち、むちゃくちゃ動き回るからな。10時と15時におやつを食べさせてやらないと、夜までもたなかったんだ。


「『バニルララの花』が必須なんだけどな。あれは採れる場所が限られてるから、男爵領だんしゃくりょうじゃ作れなかったんだ。久しぶりに作ったから、味にいまいち自信がないんだけど……」


 俺は自分の分を手に取り、食べてみた。

 ……昔どおりの味だな。悪くないか。


「200年前の誰も知らないお菓子ですか。なんだか、貴重な体験をしているような気がしますわ」

「そんなたいしたものじゃないよ。オデット」

「アイリスが聞いたらうらやましがりますわね」

「そのあたりは、内緒ないしょにしてくれ」

「ですね。もう少しアイリスが早く着けば、一緒に食べられましたのに」


 オデットはお菓子を口にしてから、いたずらっぽく笑ってみせた。


「アイリスは今、『魔術ギルド』の者と一緒に、こちらに向かっているはずですわ」

「そうなのか?」


 俺はオフェリアの方を見た。

 オフェリアは、こくこく、とうなずいた。


「そういえばナターシャが、王都に救援を求めに行くって言ってたな。でも、早すぎないか?」

「ナターシャ姉さまを『アームド・オーガ』が襲った事件に、帝国が関わっていることがわかったらしいですわ」

「それで『魔術ギルド』の代表としてアイリス姫さまが来られることになったらしいです。父さまが言っていました」


 オデットの言葉を、オフェリアが引き継いだ。


「到着は?」

「明後日になるそうです」

「わかった。ちょっと今から『バニルララの花』を取りに行ってくる」

「どこまで過保護なんですの。ユウキ」


 オデットが苦笑いした。


「アイリスはリースティア王国の第8王女ですわよ? お菓子を食べ損ねたくらいで、機嫌を損ねたりしませんわよ」

「そうかな?」

「ええ。なにかあったら、わたくしが言い聞かせて差し上げます」


 オデットは胸を張った。


「それに明日は、ユウキとわたくしにはすることがあるのでしょう?」

「『獣王ロード=オブ=ビースト』の使い手……あいつのアジトの探索、か」


 確かに、先にそっちを片付けておいた方がいいな。

 アジトに仲間が潜んでいないかも確認しておきたいし。


 それに、奴と『聖域教会』が組んでるとしたら──その場所に、ライルとレミリアの手がかりがあるかもしれない。

『裏切りの賢者』と呼ばれたライルと、その妻のレミリア、そしてアリスの妹のミーア。

 彼らの消息がつかめるとしたら……アイリスが来る前に確認した方がいいな。


「……できれば、わたしもお手伝いしたいのですが……」

「オフェリアはここで待っててくれ。アイリス王女が着いたら、『獣王騎』について説明をしてやってくれ。調査には、オフェリアの代わりにガルムに手伝ってもらうよ」

「わかりました。トゥルー・ロードさま」

『おてつだいしますー。ごしゅじんー』


 元子犬のガルムが、俺の手の平をなでた。

 オデットはガルムの背中を掻いてやってる。ガルムよりも、オデットの方が気持ちよさそうな顔してるけど。


 さてと、今日は一日休んで、明日は兵士たちと一緒に探索に行こう。

 アジトにはどんな情報が残ってるか……まだ、わからないけれど。

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