第69話「元魔王、故郷に別れを告げる」

「…………つかれたー」


 十数分後。

 俺は黒い『王騎ロード』で空を飛び、フィーラ村の跡地に戻ってきた。

 そのまま翼を折りたたんで、古城の隠し部屋に移動させる。

 最後に機体前面を開けて降りて……俺はそのまま、床の上に座り込んだ。


「初使用でいきなり格闘戦かくとうせんなんかやるもんじゃないな……ほんと、疲れた……」

『おつかれでした。ごしゅじんー』


 移動中、ずっと肩に乗ってたコウモリのディックが、俺の前にやってくる。


『なんか変な赤いヨロイも「しゅんさつ」でしたねー』

「赤いよろい……『獣王ロード=オブ=ビースト』な」


 あれに勝てたのは飛行能力のおかげだ。

 相手が気づかない方向からの先制攻撃せんせいこうげき。それが効いただけだ。


 あとは、『王騎』の反応速度の違いもある。

 あの『獣王ロード=オブ=ビースト』も、前に戦った『霊王ロード=オブ=ファントム』も、フルプレートのよろいをまとった騎士きしのように、ぎこちなく、がちゃがちゃした動きだった。


 でも、この黒い『王騎ロード』は違う。

 オデットを抱いて飛んでるときは、彼女の動きや体温までわかった。

 戦闘中も、俺の身体の一部のように、スムーズに動いてくれたんだ。


「……なんなんだろうな。この『王騎ロード』って」

『ごしゅじんの秘密兵器ではー?』

「大昔の遺物だよ。俺の子どもの遺産でもあるけどさ」


 ライルは俺を二度と死なせないために、これを残した。

 というか、子どもに『死ぬな』って言われる守り神ってなんなんだって思うけど……それだけあいつにとって、前世の俺を殺したのはトラウマだったんだろう。正直、悪いことしたと思ってる。

 だからって、こんな謎鎧なぞよろいを残すことはないと思うが。


「本当に謎なんだよ。この黒い『王騎』は」

『名前は「ろーど=おぶ=のすふぇらとぅ」では?』

「それは前世の俺の名前と重なるから呼びたくない……今はな」


 俺は身体を起こして、肩に留まったディックの背中をなでた。


「謎ってのはな、まず、俺がこれをまとった時に流れたメッセージのことだ。第二に、この鎧は俺に取って使いやすすぎる。それも謎なんだよ」

『つかいやすいのは、いいのではー?』

「いや、おかしいだろ。俺の『魔力血ミステル・ブラッド』を浸透させたら、手足のように操れるって。しかも、投げた腕まで自在に動かせるんだからな」


 まるで、俺が自分用に作った『杖』のように。

 あるいは、俺のような生き物が使うことが、想定されているかのように……。


「最大の謎は、これに乗ってると他の『王騎ロード』の名前がわかることだ」

『同じ「ろーど」だからではないですかー?』

「違うな。『獣王ロード=オブ=ビースト』を使ってた奴は、この『王騎』の名前を呼ばなかった。つまり……この『王騎』は例外的に、他の『王騎』の名前がわかるようになってるか、あるいは最後に作られたか、ってことになる」


 本当に、謎ばっかりだ。

 研究しがいのあるアイテムだな。こいつは。


「……せっかくライルたちが残してくれたんだ。不老不死の時間を使って、ゆっくりと調べてみるよ」


 よいしょ、と気合いを入れて立ち上がり、俺は手足を伸ばした。

 緊張してた身体をほぐしてから、黒い『王騎』に『魔力血ミステル・ブラッド』をふたたび浸透しんとうさせていく。

 こうすれば、この『王騎』は俺にしか使えなくなる。

 さらに使い魔扱いになるから、どこからでも召喚できるはずだ。


 いちいちここまで取りに来るのは面倒だからな。

 王都に戻ったら、アイリスにお願いして隠し場所を作ってもらおう。準備ができたら召喚しょうかんすればいい。


 俺はもう一度、隠し部屋を見て回った。

 ライルのメッセージが他にもあるかと思ったが……なにもない。

 あるのは、黒い『王騎』の前に書かれていたものだけだ。

 せめて、こいつの説明くらいは残しておいて欲しかったけどな。


「……ライル。お前もこれに乗ったんだよな」


 でなければ、ここまで運べるわけないからな。

 だとしたらあいつも、俺と同じメッセージを聞いたはずだ。

 この『王騎』に名前がないことと、こいつがなにかの目的で作られたことを示すものを。


 それを知ったライルと──あいつの妻で天才肌のレミリアならどうする?

 放っておくか、それとも『聖域教会せいいききょうかい』対策として調べるか……?


「どう考えても、後の方だろうな」

『ごしゅじん……なんのお話ですかー?』

「俺の、めんどくさい子ども2人の話だよ。いや……息子と娘か」


『王騎』を調べていけば、ライルとレミリアと、アリスの妹のミーアがどうなったのかもわかるだろう。

 あいつらの子孫の居場所も、手がかりくらいはつかめるかもしれない。


 一応、俺は村の守り神だからな。

 村の子孫が元気にしてるかどうかくらい、確認しないとな。

 せっかく、記憶をもって転生したんだから。


「さてと。じゃあ、帰るか」

『かえりますー』


 隠し扉を──今までよりも厳重げんじゅうに閉じて、俺は古城を出た。

 村に戻ると、コウモリ軍団が、木々と廃屋はいおくのまわりに集まってた。

 いつの間にか、戻って来ていたようだ。


「お前たちは、このまま村と古城を守っていてくれ」

『しょーちですー』『ごしゅじんのおかげで、強くなりましたからー』『狩りも生活も楽になりましたー』『この地が、われわれのふるさとですー』


 ばさばさと、俺の回りを飛び回るコウモリたち。

 こいつらに任せておけば、村の守りは安心だろう。


「それから、もしも誰かがこの場所に来ることがあったら、近くに住んでるオフェリア=トーリアスに知らせてくれ。あいつ経由で、俺に連絡できるようにしておく」

『『『『しょーちですー!!』』』』

「それじゃ、俺は人間っぽい生活に戻るよ」


 今から戻れば、夜明けにはトーリアス領の城に着くだろう。

 そこでのんびりと、オデットとオフェリアが戻って来るのを待つことにしよう。


「……ん?」


 山を降りようとした俺は、ふと、アリスんちの庭に生えてる白い花に気づいた。

 ……なつかしいな。『バニルララの花』だ。

 こいつの種とみつはお菓子の材料になるんだっけ。

 遠い昔、子どもたちのおやつを作るとき、種と蜜を絞って使ってたのを覚えてる。週イチで、宿題をちゃんとやった順に食べさせてやってたっけ。


『バニルララの花』は山の上でしか採れないから、男爵領だんしゃくりょうでは食べたことがないんだよな……。

 ……久しぶりに作ってみたくなったな。

 焼き菓子にすれば、王都に戻るまで保つだろ。

 マーサにも食べさせてやりたいし、アイリスは……落ち着いて待ってたごほうびに分けてやるか。


「……それじゃ、また来るよ」


 俺は振り返り、夕暮れの故郷に向かって手を振った。

 空には、真っ黒なコウモリたち。これだけは昔と変わらない。


 でもまぁ、今の俺は男爵家だんしゃくけの次男坊、ユウキ=グロッサリアだからな。

 今、この時代に住んでる家に帰って、のんびりしたいところだ。


「行くぞディック。ついてこい」

『はいー。ごしゅじんー!』


 俺は『飛行スキル』を起動。木を蹴って、ふわりと山から飛び降りる。

 さてと。

 先に城下町に戻って、オデットの帰りを待つことにしよう。

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