第68話「黒き翼の『王騎』による獣退治と、伝説を歌う姫君」
──ユウキ視点──
……なんとか間に合ったか。
俺は
兜の中には色々な文字が表示されている。
目の前にある赤い、獣のような
これが敵の『
『グォッ、ガハァ!? ガアアアアアアッ! 貴様……キサマぁ!!』
俺の
獣のような身体をひねり、俺がまとう黒い『王騎』に、手足を叩き付ける。
そのたびに俺の手の爪が食い込み、奴の
やがて
こいつがこの『
『放せ! ハナセエエエエエエエエッ!!』
がごん。
『
何度も。逆上がりの要領で、勢いよく。
3度目で──衝撃が来た。
爪が震えて、奴の頭がこぼれ落ちる。
ちっ。やっぱり、まだこいつの扱いに慣れてないな。
オデットを抱えるのとは訳が違う。
力を入れすぎれば奴の頭を潰してしまうし、力が足りなければ逃げられる。
俺は元々魔術師だ。
『貴様は──その鎧も──「王騎」か!? だが、そんな機体は知らぬぞ!!』
深紅の『獣王騎』は路上に降りて、そのまま後ろに向かって飛ぶ。
文字通りの獣めいた動作で、空中で三回転。
路上に控えていた『アームド・オーガ』の元へとたどりつく。
あの動きを可能にしているのは『獣王騎』独自の機能だろうか。
……欲しいな。くれないかな。
『我は正統なる「ゲラスト王国」の後継者だ』
『獣王騎』の中にいる人物が言った。
割れた兜の隙間から、水色の目で俺をにらんでいる。
『この地には200年前「ゲラスト王国」があった。それを今のリースティア王国が奪ったのだ! トーリアス伯爵領など、盗賊の一味だ! それを奪い返して何が悪い!!』
『いや、悪いだろ。ゲラストの王家は「聖域教会」とつるんで戦を起こした「八王」のひとつだろうが』
男爵家の図書室で読んだ本に書いてあった。
『ゲラスト王国』の王家は『聖域教会』と共に戦争を起こして、さっさと敗れて、民を放り出して逃げたそうだ。
その後は行方知れずで、どこかで滅んだと思われていたそうだが……普通に生き残ってたんだな。名乗るところを見ると。
『大陸をぐちゃぐちゃの戦争状態にした王家を
『……黙れ』
ががっ、と、『獣王騎』の手足が、地面を
『これは我らの偉大なる計画の始まりである。我らは過去を取り返す。「
『……過去なんか取り返せるかよ』
俺だってアイリスだって、過去になんか戻れない。
できるのは、ずっと俺を待ってた村の連中の子孫と、一緒にいるくらいだ。
それに『古代器物』と『古代魔術』で巨大な王国を作るってのは、200年前に『聖域教会』が失敗したやり方だろうが。
なんでまた同じことやろうとしてるんだよ。くだらねぇ。
『Uruoooooooooooaaaaaaa!!』
不意に『
「お気を付けください! トゥルーロード! その化け物が吠えると、魔物が凶暴化します!!」
オフェリアが叫んだ。
彼女は兵士に守られて、後ろのバリケードの方にいる。
トーリアス伯爵も一緒だ。傷ついた兵士たちも後ろに隠れている。
よかった。ひと安心だ。
『グゥオオオオオオオオ!!』
『グゥガアアアアアアアアアアアア!!』
『獣王騎』の左右で、『アームド・オーガ』が叫び出す。
俺が内海の向こうで戦った奴らと同じタイプだ。
盾を持っていないのは、あれは『霊王騎』の装備を流用したものだからか。
『貴様は飛んで逃げられるだろうがな。その場合、後ろの連中はどうなる? 高ぶったオーガは、避難している住民を踏み潰すまで止まらぬだろうなぁ』
割れた赤い
『黒い
『わかった。そうする』
『行け! 「アームド・オーガ」よ。この町を
『『『『『グゥォアアアアアアアアアア!!』』』』』
『獣王騎』が腕を振り上げ──『アームド・オーガ』が走り出す。
同時に、俺は腕のガントレットを外し、空中に投げた。
作戦開始の合図だ。
『オデット。頼む!!』
「はいはい。あなたの使い魔は、全員配置についておりますわ!」
ばさばさばさばさ──と、羽根の音がした。
屋根の裏。
町のあちこちに隠れていた無数のコウモリが、羽音と共に飛び立ち──
そのまま『アームド・オーガ』と『
『──────な!?』
『獣王騎』の男性が目を見開く。
奴は俺に気を取られていた。だから、屋根の上に伏せていたオデットに気づかなかった。
俺は『獣王騎』に飛びかかる直前、オデットを屋根の上に下ろした。
遅れてやってくるコウモリ軍団の指揮を、彼女に任せたんだ。
「…………まったく。わたくしも使い魔にするつもりですの?」
屋根の上で、オデットがぼやいてる。
コウモリ軍団の指揮を取ってもらうために、彼女には俺の『
そうでもしないと、飛行中の乗り物酔いがひどかったからな。
俺の血で、パワーアップしてもらう必要があったんだ。
「おかげで、コウモリさんたちと言葉が通じるようになりましたわ!」
『はいー』『オデットさまー』『ごしゅじんのともだち』『めいれいして、してー』
「敵は包囲しましたわ。皆さま、一斉攻撃を!!」
オデットが宣言すると、コウモリたちの翼に光が灯る。
そして──
『『『『発動「
ずどどどどどどどどどどどどどどどどどどどどどどっ!!
『『『『『ギィヤアアアアアアアアアアアアァ!!』』』』』
『ぐぅおおおおおおおおおっ!!』
コウモリ軍団が撃ち放つ炎の弾丸が、『アームド・オーガ』と『獣王騎』を滅多打ちにした。
もちろん、コウモリたちの羽根には『古代魔術』の紋章を書いてある。
『魔力血』の効果がある限り、魔術は尽きない。
コウモリ軍団は、敵を円形に包囲している。安全距離は取ってる。
『アームド・オーガ』が棍棒を振っても当たらない。
『獣王騎』が来たなら、飛んで逃げられる。
けれど、敵はまったく動けない。
四方八方から絶え間なく火炎弾が降り注いでる状態だからな。
『アームド・オーガ』の鎧なんか、あっという間に穴だらけだ。
『獣王騎』には、魔術の耐性があるようだが……。
『くそぉっ! ばかな。こんなばかなぁああああああっ!!』
奴は必死で顔と腕を押さえてる。
俺の爪で割った部分だ。そこは生身が露出してる。魔術耐性は効かない。
『発動──「
俺はガントレットを外した手のひらから、巨大な火球を撃ち出した。
ぼこん、と、音がして、『アームド・オーガ』の上半身が消し飛ぶ。
鎧の腕の部分を外せば、『古代魔術』は普通に使える。
格闘戦をやるより、やっぱり俺にはこっちの方が性に合ってるようだ。
『グガ……ァ』『ゴバァァァッァ……』『ガハ…………ァ』
焼け焦げた『アームド・オーガ』たちが崩れ落ちていく。
残ったのは『獣王騎』、ただひとつ。
それも顔と腕を押さえたまま、動けずにいる。
『…………我が野望を…………貴様は…………何者だ……ぁ』
『名乗らねぇよ。この
『遊ぶだと!? ばかな。それほどの力があれば…………巨大な王国を打ち立てることも……』
『「帝国」じゃないんだな。お前が作りたいのは』
『…………?』
『さっきから気になってた。身近にガイウル帝国があるんだから、普通ならそれに対抗して「我も巨大な帝国を」とか言うだろ。壮大に。だけどお前は「巨大な王国」と言っている。つまり、お前は王として、帝国の下につく、ってそういう話じゃないのか?』
「と、いうことは、この者を支援していたのは、帝国ということですの!?」
オデットが声をあげた。
俺は飛んで、彼女と同じ屋根の上に移動する。
こっちを見てうなずいたオデットは、手を挙げて、コウモリ軍団の魔術を止めた。
火炎弾が止まり、『獣王騎』が顔を上げる。
皮膚を焦がした『自称 ゲラスト王国の子孫』は水色の目をつり上げて、こっちを見た。
『……貴様さえいなければ……』
『いるんだからしょうがないだろう』
俺は素直に答えた。
『お前の負けだ。その「王騎」を脱いで、お前と仲間の目的について話せ』
それに、俺だって、この『ロード=オブ=ノスフェラトゥ』で、いきなり実戦をするつもりなんかなかった。
これはライルの遺産だ。
誰にも見つからないところに隠して、バラしてじっくり研究するつもりだったのに。
『────
声がして、『獣王騎』が、その動きを止めた。
しばらくすると、ばつん、と音がして、獣めいた鎧の背中が開く。
その中から現れたのは、年若い男性だった。
髪は灰色、瞳は水色。
奴の
奴の左半身は鎧の外に出ている。けれど、右腕はまだ鎧の中だ。
まるで、なにかを隠そうとしているように──
一瞬、200年前の光景が頭をよぎった。
俺が『フィーラ村』に流れ着いて間もない頃だ。狩りを覚えたばかりの子どもたちが、『ダークベア』に魔術を当てて倒したことがあった。あいつらは大喜びで近づいて──
『近づくな兵士たち! そいつは隠した右腕で「古代魔術」を発動しようとしている!!』
気づくと、俺は叫んでいた。
槍を手に走っていたトーリアス領の兵士たちが、『獣王騎』のすぐ手前で立ち止まる。
オフェリアとトーリアス伯爵が、青ざめている。
オデットが声をあげる。自爆覚悟で火炎をまき散らす『古代魔術』があると。
灰色の髪の男が腕を振り上げる。紋章は『獣王騎』の中で、すでに描いていたらしい。魔術の炎が、一瞬、『獣王騎』のまわりを取り囲む。
その直前──俺は『ロード=オブ=ノスフェラトゥ』の腕をぶん投げていた。
「────な!?」
『古代魔術』を発動しようとして男が、俺を見た。
『ロード=オブ=ノスフェラトゥ』には、俺の『魔力血』がしみこんでいる。
『杖』と同じように、自由に操ることができる。
まるで俺と──見えない糸で繋がっているように、『ロード=オブ=ノスフェラトゥ』の腕は宙を飛び──
──『古代魔術』を発動しようとしていた男の腕を、切り裂いた。
「ぐがああああああああああっ!?」
男の腕が、だらん、と垂れ下がる。
『古代魔術』の発動が途切れ、噴き上がりかけた火炎が、消える。
男はそのまま、兵士たちに取り押さえられた。
手足を縛られて、口に布を突っ込まれ、そのまま地面に倒される。
これから奴を
アジトの方は……できれば、俺も探索に行ってみたいが。
『獣王騎』は背中をぱっくりと開けたまま、動きを止めている。
これで『
『……問題は、この黒い「
「姿を見せてしまいましたものね。どうしますの?」
俺の隣に座って、オデットが笑ってる。
『フィーラ村』から高速移動しても元気なのは、俺の『
『オデットは正体不明の「王騎」に助けられた。コウモリ軍団もそいつの指示を受けただけ、でいいんじゃないかな。兜越しだと俺の声もくぐもってるから、正体はばれないだろ』
「そうですわね……説得力としてはぎりぎりですわね」
『トーリアス伯爵には、オフェリアから説明してもらう。「魔術ギルド」は「獣王騎」が手に入ったわけだから、細かい文句は言わないだろう』
あとは、王都に戻ったあと、アイリスに相談しよう。
この『王騎』──『ロード=オブ=ノスフェラトゥ』を研究するための場所も手配しなきゃいけないからな。
『……そのうち、俺が人の世界から消えたら、じっくりと研究するからいいけどな』
「10年もすれば人の世界からいなくなる。これはそういう
俺のセリフを真似たあと、オデットは口を押さえて笑った。
『なんだよ。オデット』
「いえ、10年後、あなたとこの『王騎』が世界からいなくなっても、今日のことは誰も忘れない……そう思っただけですわ」
俺たちがいる建物の下、町の大通り。
そこに集まった人たちが──歓声を上げていた。
「おおおおおおおおっ!!」
「なんかわからんが助かった。ありがとう! 黒い鎧の人!!」
「あれは伝説の『王騎』……いえ、正義の鎧に違いないわ!!」
避難していた人たちも、兵士たちも、トーリアス伯爵もいる。
みんなこっちを見ながら腕を振り上げて、『よくわからん黒い
今、
「早くお行きなさい。あとはわたくしが、さっきの言い訳でなんとかしのいでみせますわ」
『──悪いな。オデット』
「
『彼女?』
ふと見ると、集まった人々の前に、オフェリア=トーリアスが立っていた。
彼女は両腕を広げ、みんなに語りかけるように──歌い出す。
『それは古の──伝説の時代────人を救ったロードの物語──』
古い古い、彼女の家に伝わる歌を。
「なるほど。オフェリアは、真実は適当にぼかして、伝説の存在がなんとなく
『さすがあなたの村の子孫……賢いですわね』
「──オフェリアの努力を無駄にするわけにもいかないか」
『はいはい。わたくしは後で「まぁユウキ、いったいどこにー?」って驚いてみせますわ』
オデットは俺に向かって、片目をつぶってみせた。
俺は『王騎』の翼を起動。
通常の『飛行スキル』とは比べものにならない速度で、空中へ。
そうして──人々の歓声とオフェリアの歌声を背に、その場を離れたのだった。
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