第68話「黒き翼の『王騎』による獣退治と、伝説を歌う姫君」

 ──ユウキ視点──



 ……なんとか間に合ったか。


 俺は漆黒しっこくかぶとの中でため息をついた。

 兜の中には色々な文字が表示されている。

 目の前にある赤い、獣のようなよろいの上には『Lord No.03  Lord of Beast』の文字。

 これが敵の『王騎ロード』の名前らしい。



『グォッ、ガハァ!? ガアアアアアアッ! 貴様……キサマぁ!!』



 俺の漆黒しっこくの爪に兜をつかまれた敵が、手足を振って暴れる。

 獣のような身体をひねり、俺がまとう黒い『王騎』に、手足を叩き付ける。


 そのたびに俺の手の爪が食い込み、奴のかぶとが、がりん、がりん、と削れていく。

 やがてわれてが割れて、隙間から中が見えた。灰色の髪の、まだ若い男の顔がある。

 こいつがこの『獣王ロード=オブ=ビースト』の持ち主か。



『放せ! ハナセエエエエエエエエッ!!』



 がごん。



獣王ロード=オブ=ビースト』が、俺の『王騎ロード』の腕を蹴る。

 何度も。逆上がりの要領で、勢いよく。


 3度目で──衝撃が来た。

 爪が震えて、奴の頭がこぼれ落ちる。

 ちっ。やっぱり、まだこいつの扱いに慣れてないな。


 オデットを抱えるのとは訳が違う。

 力を入れすぎれば奴の頭を潰してしまうし、力が足りなければ逃げられる。

 俺は元々魔術師だ。よろいをまとって格闘戦をやるのは向いてないんだ。


『貴様は──その鎧も──「王騎」か!? だが、そんな機体は知らぬぞ!!』


 深紅の『獣王騎』は路上に降りて、そのまま後ろに向かって飛ぶ。

 文字通りの獣めいた動作で、空中で三回転。

 路上に控えていた『アームド・オーガ』の元へとたどりつく。


 あの動きを可能にしているのは『獣王騎』独自の機能だろうか。

 ……欲しいな。くれないかな。


『我は正統なる「ゲラスト王国」の後継者だ』


『獣王騎』の中にいる人物が言った。

 割れた兜の隙間から、水色の目で俺をにらんでいる。


『この地には200年前「ゲラスト王国」があった。それを今のリースティア王国が奪ったのだ! トーリアス伯爵領など、盗賊の一味だ! それを奪い返して何が悪い!!』

『いや、悪いだろ。ゲラストの王家は「聖域教会」とつるんで戦を起こした「八王」のひとつだろうが』


 男爵家の図書室で読んだ本に書いてあった。


『ゲラスト王国』の王家は『聖域教会』と共に戦争を起こして、さっさと敗れて、民を放り出して逃げたそうだ。

 その後は行方知れずで、どこかで滅んだと思われていたそうだが……普通に生き残ってたんだな。名乗るところを見ると。


『大陸をぐちゃぐちゃの戦争状態にした王家をかたるな。しかも「王騎」を使って襲う相手が子どもかよ。恥ずかしい』

『……黙れ』


 ががっ、と、『獣王騎』の手足が、地面をいた。


『これは我らの偉大なる計画の始まりである。我らは過去を取り返す。「古代魔術文明の都エリュシオン」を取り返す。『古代器物』と『古代魔術』で、誰もが崇め見る巨大な王国を作るのだ! そのために────蛮族ばんぞくの支援を受けて……生き残ったのだからな!』

『……過去なんか取り返せるかよ』


 俺だってアイリスだって、過去になんか戻れない。

 できるのは、ずっと俺を待ってた村の連中の子孫と、一緒にいるくらいだ。


 それに『古代器物』と『古代魔術』で巨大な王国を作るってのは、200年前に『聖域教会』が失敗したやり方だろうが。

 なんでまた同じことやろうとしてるんだよ。くだらねぇ。



『Uruoooooooooooaaaaaaa!!』



 不意に『獣王ロード=オブ=ビースト』がのどを反らして、吠えた。


「お気を付けください! トゥルーロード! その化け物が吠えると、魔物が凶暴化します!!」


 オフェリアが叫んだ。

 彼女は兵士に守られて、後ろのバリケードの方にいる。

 トーリアス伯爵も一緒だ。傷ついた兵士たちも後ろに隠れている。

 よかった。ひと安心だ。



『グゥオオオオオオオオ!!』

『グゥガアアアアアアアアアアアア!!』



『獣王騎』の左右で、『アームド・オーガ』が叫び出す。

 俺が内海の向こうで戦った奴らと同じタイプだ。

 盾を持っていないのは、あれは『霊王騎』の装備を流用したものだからか。


『貴様は飛んで逃げられるだろうがな。その場合、後ろの連中はどうなる? 高ぶったオーガは、避難している住民を踏み潰すまで止まらぬだろうなぁ』


 割れた赤いかぶとの向こうで、水色の目の男性が笑った。


『黒いよろいの者よ、後ろの連中を殺すのはお前だ。我をここまで怒らせた貴様の責任だ。そう思わぬなら逃げろ。そう思うなら……止めてみせろ』

『わかった。そうする』

『行け! 「アームド・オーガ」よ。この町を蹂躙じゅうりんするまで止まるな!!』



『『『『『グゥォアアアアアアアアアア!!』』』』』



『獣王騎』が腕を振り上げ──『アームド・オーガ』が走り出す。


 同時に、俺は腕のガントレットを外し、空中に投げた。

 作戦開始の合図だ。




『オデット。頼む!!』

「はいはい。あなたの使い魔は、全員配置についておりますわ!」




 ばさばさばさばさ──と、羽根の音がした。

 屋根の裏。軒下ゆかした物陰ものかげ

 町のあちこちに隠れていた無数のコウモリが、羽音と共に飛び立ち──



 そのまま『アームド・オーガ』と『獣王ロード=オブ=ビースト』を取り囲んだ。




『──────な!?』



『獣王騎』の男性が目を見開く。

 奴は俺に気を取られていた。だから、屋根の上に伏せていたオデットに気づかなかった。


 俺は『獣王騎』に飛びかかる直前、オデットを屋根の上に下ろした。

 遅れてやってくるコウモリ軍団の指揮を、彼女に任せたんだ。


「…………まったく。わたくしも使い魔にするつもりですの?」


 屋根の上で、オデットがぼやいてる。

 コウモリ軍団の指揮を取ってもらうために、彼女には俺の『魔力血ミステル・ブラッド』を飲んでもらった。

 そうでもしないと、飛行中の乗り物酔いがひどかったからな。

 俺の血で、パワーアップしてもらう必要があったんだ。


「おかげで、コウモリさんたちと言葉が通じるようになりましたわ!」

『はいー』『オデットさまー』『ごしゅじんのともだち』『めいれいして、してー』

「敵は包囲しましたわ。皆さま、一斉攻撃を!!」


 オデットが宣言すると、コウモリたちの翼に光が灯る。

 そして──




『『『『発動「炎神連弾イフリート・ブロゥ」』』』』




 ずどどどどどどどどどどどどどどどどどどどどどどっ!!




『『『『『ギィヤアアアアアアアアアアアアァ!!』』』』』

『ぐぅおおおおおおおおおっ!!』


 コウモリ軍団が撃ち放つ炎の弾丸が、『アームド・オーガ』と『獣王騎』を滅多打ちにした。


 もちろん、コウモリたちの羽根には『古代魔術』の紋章を書いてある。

『魔力血』の効果がある限り、魔術は尽きない。


 コウモリ軍団は、敵を円形に包囲している。安全距離は取ってる。

『アームド・オーガ』が棍棒を振っても当たらない。

『獣王騎』が来たなら、飛んで逃げられる。


 けれど、敵はまったく動けない。

 四方八方から絶え間なく火炎弾が降り注いでる状態だからな。

『アームド・オーガ』の鎧なんか、あっという間に穴だらけだ。


『獣王騎』には、魔術の耐性があるようだが……。



『くそぉっ! ばかな。こんなばかなぁああああああっ!!』



 奴は必死で顔と腕を押さえてる。 

 俺の爪で割った部分だ。そこは生身が露出してる。魔術耐性は効かない。



『発動──「紅蓮星弾バーニングメテオ」』



 俺はガントレットを外した手のひらから、巨大な火球を撃ち出した。

 ぼこん、と、音がして、『アームド・オーガ』の上半身が消し飛ぶ。


 鎧の腕の部分を外せば、『古代魔術』は普通に使える。

 格闘戦をやるより、やっぱり俺にはこっちの方が性に合ってるようだ。


『グガ……ァ』『ゴバァァァッァ……』『ガハ…………ァ』


 焼け焦げた『アームド・オーガ』たちが崩れ落ちていく。

 残ったのは『獣王騎』、ただひとつ。

 それも顔と腕を押さえたまま、動けずにいる。


『…………我が野望を…………貴様は…………何者だ……ぁ』

『名乗らねぇよ。このよろいだって、そのうちバラして遊ぶつもりだ』

『遊ぶだと!? ばかな。それほどの力があれば…………巨大な王国を打ち立てることも……』

『「帝国」じゃないんだな。お前が作りたいのは』

『…………?』

『さっきから気になってた。身近にガイウル帝国があるんだから、普通ならそれに対抗して「我も巨大な帝国を」とか言うだろ。壮大に。だけどお前は「巨大な王国」と言っている。つまり、お前は王として、帝国の下につく、ってそういう話じゃないのか?』

「と、いうことは、この者を支援していたのは、帝国ということですの!?」


 オデットが声をあげた。

 俺は飛んで、彼女と同じ屋根の上に移動する。

 こっちを見てうなずいたオデットは、手を挙げて、コウモリ軍団の魔術を止めた。


 火炎弾が止まり、『獣王騎』が顔を上げる。

 皮膚を焦がした『自称 ゲラスト王国の子孫』は水色の目をつり上げて、こっちを見た。


『……貴様さえいなければ……』

『いるんだからしょうがないだろう』


 俺は素直に答えた。


『お前の負けだ。その「王騎」を脱いで、お前と仲間の目的について話せ』


 それに、俺だって、この『ロード=オブ=ノスフェラトゥ』で、いきなり実戦をするつもりなんかなかった。

 これはライルの遺産だ。

 誰にも見つからないところに隠して、バラしてじっくり研究するつもりだったのに。


『────投降とうこうする。この「獣王ロード=オブ=ビースト」を受け取りに来るがいい』


 声がして、『獣王騎』が、その動きを止めた。

 しばらくすると、ばつん、と音がして、獣めいた鎧の背中が開く。


 その中から現れたのは、年若い男性だった。

 髪は灰色、瞳は水色。せ型で──『聖域教会』の紋章がついた服を着ている。


 奴のくちびるが、動いているのが見えた。

 奴の左半身は鎧の外に出ている。けれど、右腕はまだ鎧の中だ。

 まるで、なにかを隠そうとしているように──



 一瞬、200年前の光景が頭をよぎった。

 俺が『フィーラ村』に流れ着いて間もない頃だ。狩りを覚えたばかりの子どもたちが、『ダークベア』に魔術を当てて倒したことがあった。あいつらは大喜びで近づいて──死んだふり・・・・・をしていた『ダークベア』に逆襲を受けそうになって──



『近づくな兵士たち! そいつは隠した右腕で「古代魔術」を発動しようとしている!!』


 気づくと、俺は叫んでいた。

 槍を手に走っていたトーリアス領の兵士たちが、『獣王騎』のすぐ手前で立ち止まる。

 オフェリアとトーリアス伯爵が、青ざめている。

 オデットが声をあげる。自爆覚悟で火炎をまき散らす『古代魔術』があると。

 灰色の髪の男が腕を振り上げる。紋章は『獣王騎』の中で、すでに描いていたらしい。魔術の炎が、一瞬、『獣王騎』のまわりを取り囲む。


 その直前──俺は『ロード=オブ=ノスフェラトゥ』の腕をぶん投げていた。


「────な!?」


『古代魔術』を発動しようとして男が、俺を見た。

『ロード=オブ=ノスフェラトゥ』には、俺の『魔力血』がしみこんでいる。

『杖』と同じように、自由に操ることができる。


 まるで俺と──見えない糸で繋がっているように、『ロード=オブ=ノスフェラトゥ』の腕は宙を飛び──


 ──『古代魔術』を発動しようとしていた男の腕を、切り裂いた。



「ぐがああああああああああっ!?」



 男の腕が、だらん、と垂れ下がる。

『古代魔術』の発動が途切れ、噴き上がりかけた火炎が、消える。


 男はそのまま、兵士たちに取り押さえられた。

 手足を縛られて、口に布を突っ込まれ、そのまま地面に倒される。

 これから奴を尋問じんもんして、『聖域教会』の残党のアジトと、ガイウル帝国との繋がりを聞き出すことになるだろう。

 アジトの方は……できれば、俺も探索に行ってみたいが。


『獣王騎』は背中をぱっくりと開けたまま、動きを止めている。

 これで『霊王ロード=オブ=ファントム』と『獣王ロード=オブ=ビースト』の2つが、王国側に渡ったことになる。


『……問題は、この黒い「王騎ロード」をどうするかだが』

「姿を見せてしまいましたものね。どうしますの?」


 俺の隣に座って、オデットが笑ってる。

『フィーラ村』から高速移動しても元気なのは、俺の『魔力血ミステル・ブラッド』を与えたからだ。アイリスと同じように、ちょっとだけ身体能力が強化されたらしい。


『オデットは正体不明の「王騎」に助けられた。コウモリ軍団もそいつの指示を受けただけ、でいいんじゃないかな。兜越しだと俺の声もくぐもってるから、正体はばれないだろ』

「そうですわね……説得力としてはぎりぎりですわね」

『トーリアス伯爵には、オフェリアから説明してもらう。「魔術ギルド」は「獣王騎」が手に入ったわけだから、細かい文句は言わないだろう』


 あとは、王都に戻ったあと、アイリスに相談しよう。

 この『王騎』──『ロード=オブ=ノスフェラトゥ』を研究するための場所も手配しなきゃいけないからな。


『……そのうち、俺が人の世界から消えたら、じっくりと研究するからいいけどな』

「10年もすれば人の世界からいなくなる。これはそういう機体モノですか……」


 俺のセリフを真似たあと、オデットは口を押さえて笑った。


『なんだよ。オデット』

「いえ、10年後、あなたとこの『王騎』が世界からいなくなっても、今日のことは誰も忘れない……そう思っただけですわ」


 俺たちがいる建物の下、町の大通り。

 そこに集まった人たちが──歓声を上げていた。



「おおおおおおおおっ!!」

「なんかわからんが助かった。ありがとう! 黒い鎧の人!!」

「あれは伝説の『王騎』……いえ、正義の鎧に違いないわ!!」



 避難していた人たちも、兵士たちも、トーリアス伯爵もいる。

 みんなこっちを見ながら腕を振り上げて、『よくわからん黒いよろい』──つまり俺をたたえてる。

 今、かぶとを取ったら大変なことになりそうだな……。


「早くお行きなさい。あとはわたくしが、さっきの言い訳でなんとかしのいでみせますわ」

『──悪いな。オデット』

男爵家だんしゃくけの次男坊が謎の『王騎』とコウモリ軍団を操って、敵の『王騎』を倒したなんていうのは、ツッコミどころが多すぎますものね。それに……彼女も協力してくれるようですし」

『彼女?』


 ふと見ると、集まった人々の前に、オフェリア=トーリアスが立っていた。

 彼女は両腕を広げ、みんなに語りかけるように──歌い出す。




『それは古の──伝説の時代────人を救ったロードの物語──』




 古い古い、彼女の家に伝わる歌を。


「なるほど。オフェリアは、真実は適当にぼかして、伝説の存在がなんとなくよみがえって、なんとなく救ってくれたことにするつもりか」

『さすがあなたの村の子孫……賢いですわね』

「──オフェリアの努力を無駄にするわけにもいかないか」

『はいはい。わたくしは後で「まぁユウキ、いったいどこにー?」って驚いてみせますわ』


 オデットは俺に向かって、片目をつぶってみせた。


 俺は『王騎』の翼を起動。

 通常の『飛行スキル』とは比べものにならない速度で、空中へ。




 そうして──人々の歓声とオフェリアの歌声を背に、その場を離れたのだった。


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