第67話「深紅の獣と、黒き翼の元魔王」

 ──トーリアス領 北方の町──




『ヴォアアアアアアアアアア!!』


 全身にヨロイをまとったオーガが、腕を振った。

 巨大な棍棒が家を砕き、破片を飛び散らせる。


 ここは、トーリアス領の北にある町。

 国境の近くで異常が起きているとの報告を受けた領主は、この町で調査の準備をしていた。


 今は、娘のナターシャが王都に救援を求めに行っている。

 王都から人が到着し次第、本格的に国境付近の調査をはじめるはずだったが──


「まさかこの町に『アームド・オーガ』が攻めて来るとはな……」


 トーリアス伯爵と娘のオフェリアがこの町に入ったのは、今日の朝。

 オフェリアを連れてきたのは彼女の歌で、不安がっている住民と兵士たちを落ち着かせるためだ。


 だがそれを見計らったように、よろいをまとった魔物たちが現れた。

 数は6匹。

 大人の倍ほどの身長に、太い腕。武器は棍棒を手にしている。

 ユウキ=グロッサリアたちが言っていた『アームド・オーガ』に間違いない。違いは、手にしているのが棍棒だけで、盾を持っていないことくらいだ。


 いくら強いといえども6体。動きの遅い魔物だ。

 城門を閉じ、城壁を盾にして戦えば倒すことができる。それが常識だ。


 赤いよろいを着た化け物に、城門が内側からこじあけられていなければ。



『Uooooooooooooo!!』



 また、遠吠えが聞こえた。

 さっきからずっとそうだ。姿の見えない化け物が、町の近くに隠れているのだ。


 一度だけ、見張りの兵士がその姿を目撃している。

 獣のような姿をした、赤い人影だった。奇妙な鎧をまとっていて、獣のように現れて、素早く身を隠してしまう。

 そして──やつが叫ぶと、魔物が凶暴化バーサークするのだ。



『Urooooooooooooo!!』



 今も、遠吠えが聞こえている。

 その声を聞いた『アームド・オーガ』たちは一斉に腕を振り上げ、叫びはじめる。


『グゥオオオオオオオ!!』

『グゥオ!』『ヴオオオオオオ!!』


 地面が揺れる。

 6体の『アームド・オーガ』たちは町の大通りを、我が物顔で進み始める。


「──くそ。まただ!」

「魔物たちが『凶暴化』する! 全員、バリケードの後ろに隠れろ!!」


 兵士たちは、積み上げた材木や馬車の後ろに隠れた。

 城門が開かれてすぐに、伯爵の指示で作ったバリケードだ。

 それが、町中にはいくつも設置されている。


 兵士たちは槍を構え、『アームド・オーガ』が近づくのを待っていた。

 魔物たちだって、無限に戦えるわけではない。

 何度もダメージを与え続ければ、いずれは力尽きて倒れる。そう信じて戦うしかなかった。


『『『ヴォ! ヴゥオオオオオオオオ!!』』』


 バリケードの手前で、『アームド・オーガ』が叫び声をあげた。

 魔物たちは列をなし、一斉に走り出す。


「き、きやがれええええええっ!」

「た、確かお前らをあっさり倒した魔術師がいたはずだ。お前らだって、無敵じゃねぇ!!」


 兵士たちが叫び声をあげる。

 その目の前で、『アームド・オーガ』がバリケードに激突した。

 ぐしゃり、と音がして、バリケードが砕ける。

 積み上げた材木と馬車の破片が町の通りに飛び散る。

 それでも、魔物の突進を防ぐことはできた。


「全員、攻撃!! その後、次のバリケードまで下がれ!!」

「おおおおおおっ!!」


 兵士たちの槍が、動きの止まった『アームド・オーガ』の胴体に突き立った。

 鎧の隙間から血が噴き出し、兵士たちが歓声を上げる。


「放て────っ!」


 さらに、トーリアス伯爵の合図で、後ろに控えていた兵士が一斉に矢を放った。


「──『火炎弾ファイア・バレット』!!」

「──『石礫弾ストーン・バレット』!!」


 続けて魔物たちの側面に、火炎魔術と石弾の通常魔術が命中する。

 槍と矢、さらに魔術の連続攻撃を受けて、『アームド・オーガ』が膝をついた。


「効いている。『アームド・オーガ』は側面を狙うべし。あの方のおっしゃる通りだったな」

「「「今だ! 一斉にかかれ!!」」」


 動きの止まった『アームド・オーガ』に、兵士たちが殺到する。


『ヴォオオオオオ……ォ』


 ずぅん、と、音を立てて、『アームド・オーガ』が1匹、倒れた。

 残りは5匹だ。

 このままいけば倒せるはずだ。


「住民たちは、集会場に集まっているのだな!?」


 トーリアス伯爵は背後にいた兵士を振り返り、叫んだ。


「は、はい。すでに町の者たちの避難は完了しております!」


 伝令役の女性兵士はあわてて声をあげる。

 住民たちは、魔物がいるのとは逆側──南側の集会場に避難している。

 集会場は壁も堅く、いざというときに立てこもって戦えるように、見張り塔もついている。数十人の兵士が守りについている。今のところ、安全なはず──と。


「パニックになっていないのは幸いだな。この状況で、よく指示にしたがってくれたものだ」

「あ、それはですね。伯爵はくしゃくさま」

「住民たちは、わたしの歌で落ち着かせました」


 伝令役の女性兵士の後ろから、オフェリアが顔を出した。


「オフェリア!? どうしてここに!!」

「わたしは、わたしの英雄を迎える義務がありましょう」


 オフェリアは父に向かって、貴族としての正式な礼をした。


「あの方の助けを求めてしまったからには、わたしにはこの戦いを見届ける義務があります」

「……お前の母親の実家の、伝説の話をしているのか?」

「はい。お父さま」

「まぁいい。いまさら集会場に戻れとは言えぬ。わしの近くにおれ」


 トーリアス伯爵は剣を手に、苦笑いした。

 オフェリアが役に立ってくれたことは確かだ。

 彼女は『トーリアス領の歌姫』として知られている。オフェリアが「のほほん」とした顔で歌を歌えば、住民たちはなんとなく安心してしまう。

 今は、それが有り難かった。


「それに、お前が落ち着いているのでは、その伝説を信じているからであろう? ならば、それを兵士たちにも伝えるがいい。兵を鼓舞することができるのであればなんでもよい。この危険な状況ではな」

「はい。父さま」

「危険な状況……とお考えですか?」


 伯爵の言葉に、伝令の女性兵士が問い返す。


「魔物は制圧しつつありますが。それでも?」

「あの赤い獣がどこかにいる。奴が何者かわからぬ限り、安心はできぬよ」


 トーリアス伯爵がそう言ったとき、再び、遠吠えが響いた。



『──U……oooooooooo──ッ!!』



「奴だ! 近いぞ!!」

「父さま。ご覧ください。城壁の上に……」


 オフェリアが指さす先──城壁の上に、奇妙な化け物がいた。



『Urooooooooo!!』

『ヴゥオオオオオオオ!!』

『グゥオオオオオ!!』


 魔術の攻撃にひるんでいた魔物たちが、叫び返す。

 あの化け物の声に反応しているのだ。


『『『ウォオオオオオオオオオ!!!』』』


 身体を叩く炎と石礫を無視して、『アームド・オーガ』が腕を振った。

 丸太のような棍棒が、バリケード代わりの馬車に食い込み、砕く。さらに棍棒は積み上げられた丸太を突き崩し、そこで折れた。

 それでも『アームド・オーガ』は止まらない。

 血まみれの腕を振るって、丸太を、馬車を、さらには石壁を叩き続ける。


「な、なんだこいつらは!?」

「さらに凶暴化した、だと!!」

「魔術の連撃を浴びてるのに……止まらねぇ!?」


 ついにバリケードが砕けた。

『アームド・オーガ』は、馬車と丸太の残骸を踏み潰し──血のしみこんだ足跡を残しながら、兵士たちに向かって走り出す。


退け────っ!!」


 トーリアス伯爵は叫んだ。


「命を無駄にするな。次のバリケードまで退くのだ!! 魔物たちとて体力の限界はある!! むだに戦う必要はない!! 持ちこたえるのだ!!」


 伯爵の叫びに、兵士たちが応える。

 そのまま、兵士たちが後退しようとしたとき──




『──おろかな領主よ』




 城壁の上にいた赤い獣が、跳んだ。

 まるで野生動物のように壁を蹴り、空中で一回転する。

 そのまま獣は──文字通り猫のような動きで、建物の屋根に着地した。


「──速い。ばかな。鎧をまとっているのに、なんという速さだ!?」


 トーリアス伯爵は確信する。

 やはりこいつが城内に入り込み、城門を内側から開けたのだと。


 だが、なぜだ?

 そうまでしながら、どうして魔物を引き入れるなどという、遠回しなことをした?

 城壁を越えられるなら、町中を荒らし回ってもよかったはずなのに。




『──民には、真の王が戻ってきたことを知らしめなければならない』




 赤い獣は言った。

 奴は『アームド・オーガ』がいる大通りの屋根を駆け抜け、町の中央までやってくる。


 住民が避難している、集会場に通じる道、その屋根の上。

 そこから赤い獣が、トーリアス伯爵と兵士たちを見下ろしていた。


 奴が人か、それとも獣なのかはわからない。

 姿かたちは人間そのものだが、身をかがめ、両腕を地面につけて、じっと城内を見つめている。

 頭と背中にはタテガミのような飾りがあり、それが夕陽を浴びて光っている。鎧の後部には尻尾のようなものまでついている。

 奴は深紅のかぶとを揺らして、まるで、笑っているかのようだった。




『おろかなる王国の加護を受けた領主よ。貴様は我々の土地をうばった』




 赤い鎧の化け物は言った。




『ここは元々、「聖域教会」をあがめる「ゲラスト王国」の土地である。「聖域教会」が一時的にこの国から身を引いたのを利用して、トーリアスの領主が土地を奪ったのだ!』

「それは違います!!」


 不意に、オフェリアが声をあげた。


「『八王戦争』でこの土地が荒れ果てたとき、『聖域教会』は責任を取ることもなく逃げだした。その時、この土地の人々を助けたのが…………わたしのご先祖と、お父さまのご先祖。だから王国はここをトーリアス伯爵の土地としたんです……」

『ああ、不運なる「聖域教会」よ』


 赤い鎧の化け物は、たてがみを揺らしてかぶりを振った。


『なにも知らぬ民が……言うことを聞かなかったばかりに、迫害されて追放された。「聖域教会」の言うことを聞いていれば、もっと進歩した世の中になっていたものを!』

「……あなたは……『聖域教会』の……!」


 オフェリアの声に、一瞬、トーリアス伯爵と女性兵士が動きを止める。

 彼女が声を荒げるのを見るのが、はじめてだったからだ。


「あなたは伝説のロードを殺した……『聖域教会』の!?」

『知らぬな!! 我は歴史を正すだけだ! この「獣王ロード=オブ=ビースト」で、我らの土地を取り返し──そして腐ったギルドが管理する「古代魔術文明の都エリュシオン」を我らの手に取り戻すのだ!!』


 赤い鎧の化け物『獣王ロード=オブ=ビースト』が吠えた。

 赤い巨体がまるで獣のように跳ね、宙を舞う。

 そうしてオフェリアたちのすぐそばにある家の屋根に、着地した。


「────『王騎ロード』だと?」


 トーリアス伯爵は、オフェリアを背後にかばう。


王騎ロード』とは、かつて『聖域教会』が発見した、恐るべき力を持つ『戦術級鎧』だ。

 トーリアス伯爵も、名前くらいは知っている。

 あの忌まわしい『八王戦争』で、王たちが使うはずだった最強の鎧。それが『王騎ロード』だと。


「まさか本物の『王騎』か……? いや、偽物であろうが!!」

『どこまでもおろかな領主よ!!』


 深紅の『獣王ロード=オブ=ビースト』が、跳んだ。

 トーリアス伯爵とオフェリアの頭上を飛び越え、兵士たちに飛びかかる。

 兵士たちが反射的に盾を構える。


 ──が。


「ぐぅああああああああぁっ!!」


『獣王騎』の爪は、あっさりと兵士たちの盾を切り裂いた。

 そのまま『獣王騎』は兵士数体をまとめて蹴り飛ばす。


 動きが速すぎた。

『獣王騎』は、人の全身を覆う深紅の鎧だ。

 なのに、軽装の兵士さえも、その動きを捉えることができずにいる。


「無理に戦うな!! 退け!! 退がるのだお前たち!!」


 トーリアス伯爵の叫びに応じて、兵士たちが『獣王騎』から離れる。


「……貴様の目的はなんだ? 『王騎』を名乗る者よ」

『領土の奪還に決まっているだろうが。おろかな領主め』


 吐き捨てるように『獣王騎』は答えた。


『もとよりここは「ゲラスト王国」の領土。それをお前たちが奪っただけ。ならば、順番に取り返すまで。それだけだ』

「……すぐに王都から兵がくる。この町を占領したところで、維持などはできまい」

『ならば、人質を取るとしよう。民を魔術の実験台にでもすれば、おろかなる王も考えを変えるだろうよ。まずは……その娘をいただこうか』


『獣王騎』は、オフェリアを指さした。


『「聖域教会」には、貴様らの知らない技術がある。魔物を操るように、人を操る技術も……。作り替えてやる。今の世界を──なにもかも!!』

「オフェリア! 逃げろ!!」


 トーリアス伯爵はオフェリアを突き飛ばした。

 同時に、『獣王騎』が跳んだ。

 獣のような動きで宙を舞い、オフェリアに狙いを定め、その腕を振り上げ──




『────うちの子に触れるな』




 ──真横から飛来した黒い影に、跳ね飛ばされた。


『グゥアアアアアアアアアアッ!!』


 絶叫しながら、深紅の『獣王騎』が宙を飛ぶ。

 黒い影がそれを追う。空中で追いつき、かぎ爪で『獣王騎』の腕を掴む。

 そのまま黒い影は、『獣王騎』を建物へと叩き付ける。石壁が砕け、さらに『獣王騎』が絶叫する。


 それでも黒い影は止まらない。

『獣王騎』を掴んだまま空中高く飛び上がり──急降下。



 黒い影は、落下の勢いのまま──『獣王騎』を地面へと叩き付けた。




『────ぐがっ!? が、がはぁああっ!!」』

『大声を出すな。うちの子がおびえるだろうが』




 オフェリアが見ている前で、黒い影が立ち上がる。

 その影は、まるでドラゴンのようにも見えた。

 だが、身体は完全なる人型だ。全身を漆黒のよろいおおい、背中には巨大な翼が生えている。顔は見えない。漆黒のかぶとに隠れているからだ。兜の後部からはねじれた角が伸びている。竜に見えたのはそのせいだろう。

 だが、オフェリアには、その姿がまぶしくて仕方がなかった。

 全身、黒ずくめで、まるで邪竜にも見えるのに。

 かぎ爪で、『獣王騎』の頭部を掴んで放さないその姿が、まるで伝説の英雄のように見えたのだ。


『──ば、ばかな。我は「ゲラルト王国」……の。この「獣王ロード=オブ=ビースト」は……!!』


 深紅の『獣王騎』が、びくん、びくん、と跳ねた。


『──貴様は、なんだ……なんなのだその力は!?』

『黙れ』


 漆黒のよろいをまとった人影は言った。


『「聖域教会」と組んで滅んだ国の名前を、いまさら口にするな。はしゃぎまわって盛大にこけた馬鹿な組織を名乗って喜ぶな──うちの子を、おどすな』

『なんだ──なんなのだその機体は!?』

『────ロード=オブ=ノスフェラトゥ (仮)』


 その人物は告げた。


『覚えておく必要はねぇよ。あと10年もすれば、人間の世界からいなくなる。これは、そういう機体モノだ』

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